第1章 優樹、異世界に立つ

第7話 俺にこの手を汚せというのか?(緑)

 瞼に写る明るさに覚醒を促される。

 薄く目を開けるとそこには……

「……知らない天……」

 そこに天井など無かった。

 あるのは覆いかぶさるように広がった木の枝と葉っぱ、その隙間から覗く青空だった。

 頬を撫でてゆくそよ風、ささやく草達。

 まだ陽は高く、雲が楽しそうに浮かんでいた。

 名も知らぬ鳥がピーチクパーチクと飛んでいる。

 あっ、何かもっとでかいのに食われた。

 そんな長閑な(?)景色に見惚れていると時間が経つのを忘れてしまう。

「いかんいかん。ぼーっとしてたら日が暮れてしまう」

 上半身を起こして周りを見ると寝ていたのが小高い丘の上の1本の木の根元付近だというのが分かる。

 ……何故だか着ていた衣装が黒くなっている。

 しかも汚れだとかそういうのでは無く、初めから黒かったかのような衣装に変わっている。何か骨みたいな装飾まで付いてるし。

 ネクロマンサーの呪いみたいなものだろうか?

 訳が分からん。


 視線を遠くへ向けると少し離れた所に高い壁に囲まれた街を見下ろすことができる。

 街壁に空いた街門から様々な格好をした人が出入りしているのが見て取れる。

 とりあえず街に入ることを考えるとグー〇ル先生のように『異世界知識』が街に入るには『入街税』が必要だと教えてくれる。

 街に所属している証明ができるものが無いと税金を取られてしまうようだ。

 しかし『異世界知識』ってのは不思議な感覚だ。

 有る筈の無い知識が頭の中にあるってのはちょっと気味が悪い。

 自分が自分でなくなってしまうんじゃないかという怖さがある。

 記憶喪失の人が突然何かを思い出したときの感覚と言えば分かるか?

 ……すまん、俺も記憶喪失になったことが無いから分らん。

 とにかく違和感ありまくりだ。


 グー〇ル先生のお陰でとりあえずお金を作らなきゃいけない事が分かった。

 となると手段は何が考えられる?

 街に入る前にお金を手にする事を考えると、モンスターを倒してお金を得るか?持っている人から奪うか?借りるか?

 後者はハードル高そうだから前者一択だろうな。

 やることが決まったら動くべきだ。

 自分が寝ていた周りを見渡すと右手のあった辺りにひのきの棒ことクォータースタッフが置かれていたので拾い上げる。

 やはりこの世界に来ても右手の感触は薄い。

 触っただけではそれが何なのか分らなかった。

 意外と持ち歩くとなると邪魔なそれを『時空間倉庫』に放り込む。


 体を起こし立ち上がると街とは反対側に体を向ける。

 空を見上げると青かった。

 白い雲が浮かんでいた。

 異世界に来てもそんな見慣れた部分があると安心できた。

 深呼吸を一つすると、懐かしい感じがした。

 田舎で嗅いだ草のにおいだからかな。

 何とかなりそうだと感じることができた。


 丘を下って行くと街から続く街道にたどり着けた。


 その街道を街から離れる方向に歩いていくこと2時間程、何組かの人達と行き交うことはあったが特にモンスター等は出現せずに、街道の左側の木々の密度が段々高くなってきて森のようになってきている場所にたどり着いた。

 このまま街道を行ってもモンスターと遭遇する可能性は少ないだろうと思い、方向だけは見失わないように気を付けて昼なお薄暗い森の中へ分け入ってみることにした。


 下生えや木の根に足を取られながらもそれなりの距離を大して疲れることもなく歩くことができたのは、『運動』のスキルのお陰かも知れないな。

 さらに森に入って2時間ほど歩いて行くと前方から何かの気配がする。


「jbvcdちゅjbんhty?」

「yfjkfちゅいkjhgf!」


 木の幹に隠れ『時空間倉庫』からクォータースタッフを取り出しながら気配を窺うと小柄な何かが話し合っている。

 体長120cm程の2体のそれはグー〇ル先生によると『ゴブリン』というモンスターに特徴が似ている様だ。

 その他のモンスターの姿は見える範囲には感じられない。

(初っ端から人型か)

(俺にやれるのか)

 疑問は浮かんだが状況から見て、この世界で生きていくにはとりあえず殺る以外の選択肢は無い。

 敵までの間と周囲、戦闘予定範囲の特に足元とクォータースタッフを振り回せるスペースを確認する。

 問題なさそうだ。


 深呼吸を2回、覚悟を決めて飛び出した。


「gfrてmふぇzk……!!」

「sろcdrm……!?」


 まだ敵の態勢が整わない内に接近し、移動する力をも攻撃に乗せるべく振りぬく。

 右手をスタッフの端部に持ち替え、左手を下方から掬い上げる。

「せいっ!!」

 1匹目が武器を構える前に一撃与えることができた。

 攻撃箇所は右側の敵の足だ。

 グジャっという感触がスタッフを通して感じられる。

 酷く嫌な感触、考えたら負けだ。

 1匹の移動力を削ぐ事はできた。

 相手の方が数が多い場合は、同時に戦闘する敵の数のコントロールが大切。

 足を破壊した方の『ゴブリンのようなモノ』から少し距離を取りつつ、別の1匹と戦う。

 既に錆の浮いたショートソードを構えた『ほぼ特徴はゴブリン』は防御をあまり考えていないかのように、遮二無二攻撃を加えてくる。

 これくらいの攻撃なら軽くいなせる。

「おっと」

『ほぼゴブ』の左上からの攻撃を右下に逸らせると、そのまま体を回り込ませて左上から打ち下ろして転倒させる。

 転倒したほぼゴブの横に立ち上から押さえつけるようにして魔法を放つ。

『ドレインタッチ』

 ほぼゴブの体からどんどん生命力が失われていくのが分かる。

 押さえつけられていた状態から抜け出そうと暴れていた『ほぼゴブ』から力が抜けてゆき、動かなくなった。

『ほぼゴブ』の死体が出来上がった。

 ここからがネクロマンサーの真骨頂である。

 ほぼゴブの死体を生贄に捧げて『スケルトン』を召喚。

『サモン・スケルトン!』(アンデッド召喚)

 死体が地面の中に吸い込まれて行き、死体のあった場所の地面から骨ばった手が突き出された。

 両手が地面に置かれたと思ったら頭蓋骨がせり上がって来て、胴体を地面から抜くように押し上げられた。

 両足が地面から抜かれて、両手で地面から錆の付いた武器と盾が取り出された。

 そこまで始まってから30秒程が経っていた。

 結構頑張った方だと思うよ、うん。

 次はエレベーターみたいにせり上がってくるイメージで召喚するよ。

 イメージって大切だよ。


 その間に足が動かないほぼゴブが叫び声を上げて敵を呼んでいた。

 敵は4体に増えていた。


 スケルトンにはとりあえず『サーチ&デストロイ』を指示しておき、俺より先行させる。

 動けるほぼゴブ3体がスケルトンと接触したところに、倒れて動けないほぼゴブにクォータースタッフという長い武器を生かしてアウトレンジでボコる。

 まさに外道!!


「君の父上がいけないのだよ。モンスターに生んだ君の父上がね」

 そうやってお道化てごまかさなければ吐いてしまいそう。

 力任せに上からの打撃を加えること3発で敵は緑色の血を流して動かなくなった。

 頭の中にどこかで聞いたことがあるような安っぽいファンファーレが鳴り響いた。

 レベルが上がったのだろう。

 しかしこのファンファーレはまずい。

 クレームがつく前に適当なのに変えないとヤヴァい。

 

 ファンファーレとレベルアップの件は今は置いておくとして、2体目のスケルトンを召喚する。

 今度はイメージを変えることによって5秒程で召喚が終わる。

 すぐさま3体のほぼゴブと戦っているスケルトンに駆け付ける。

 スケルトンは傷だらけになりながらも生きていた。

 いや、アンデッドだから。

 もう死んでるから。

 とにかくまだ立っていた。

 これで3対3。


 後はもうスケルトンに壁役を押し付けて、アウトレンジでちょっかいを出すだけだった。

 敵を1体倒すとすぐにスケルトン召喚。

 そうなると4対2、もう敵じゃなかった。


 残り2体を倒してそれもスケルトン召喚の贄にした。

 周囲の索敵をして、近くに敵がいないことを確認できた頃にはどっと疲れが出た。

 肉体の疲れだけでは無い。

 きっと精神的な疲れが大きかった。


 今まで現代社会に生きてきて、俺を本気で殺そうと向かってきた敵はいなかった。

 敵視されることはあっても殺意を向けられたことすら無かった。

 だがここではそうじゃない。

 殺さなければ殺される。

 実感としてそう感じる。

 俺より強い敵が沢山いるこの世界で生き残るのは簡単ではない。

 それは事実だろう。


浄化クレンズ

 体に着いた緑の返り血等を魔法で落として、

水作成クリエイトウォーター

 喉を潤した。


 少し落ち着いた。

 そういえば敵を倒した時に、お金の音がしていたな。

 時空間倉庫の収容物一覧の中にお金の欄ができていた。

 倒した敵が落としたお金とアイテムは自動で倉庫に収納してくれるようだ。

 集まった金額は2016G(ガイン)、1匹で約400G、能力で4倍になっているので通常なら約100G。

 1Gが約10円程度の価値だとグー〇ル先生が教えてくれる。

 あれだけの思いをして通常だと1000円程度だと、お金だけでは割に合わない。

 何かいいアイテムを獲得してればいいが。

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