第5話 序章5

 サーナリアさんの説明が続く。


「これからあなたには異世界で生きていく、キャラクターの職業を決めていただきます」

 俺の目の前に薄く光るパネルが現れ、様々なCLASS(職業)が表示される。

 『戦士ファイター』『狩人ハンター』『暗殺者アサシン』『狂戦士バーサーカー』『剣闘士ソードマン』『武闘家グラップラー』『呪術師シャーマン』『魔術師メイジ』『召喚士サモナー』『魔獣使いビーストマスター』……

 その中から俺が選んだのはやっぱり『死霊術師ネクロマンサー』だった。

(デーモンロード2でもこれだったしな)


「次にあなたの能力を決めていただきます。今回あなたにはクライアントより100ptのギフトポイントが設定されています。この場合の『ギフト』とは天賦の才能という意味だと考えてください。一部の能力が既に選択されていて変更ができなくなっているものは、弊社の過去の活動によって必要不可欠な物とされている物、又はクライアントの指示によって取ることが条件になっている物です。今回弊社から『勇者』1レベル以上、『言語』が指定されています。クライアントからは『長命』4レベル(最高レベル)、『ハンサム』2レベル以上、『絶倫』2レベル以上が指示されています」

「えっ」

 思いがけない単語に思わず声が漏れてしまった。

「何か質問がありますか?」

「あっ、いえ」

 サーナリアさんはまるで何に反応したか分かっているかのように少し睨む様な目をしていた。

(分かっているんだろうな)

「続けます。『勇者』を選択すると勇者用のスキルを取得できるようになります。1ptのレベル1ではアイテム等を用いての鑑定で勇者であることが明らかになってしまいます。3ptのレベル2では勇者であることが秘匿され、最初で選択いただいた職業であると鑑定されます」

 なるほど勇者であると明らかになってしまうと色々注目も受けるし動きにくくもなる。

 融通を受ける事もあるけど気が抜けなくなるならレベル2にした方がいいな。

「『言語』は今回のクライアントである『LAW』の神の加護の下にある生物との間において言語を介して意思の疎通ができるようになる能力です。これは会話のみならず、紙に書かれた言語や書物にまで及びます。過去に存在していた言語でも理解できます。この能力が必須とされているのはご理解いただけると思いますが、過去にあなたの存在していた世界で何ヶ国語もの言語を話し、読み書きができるというのを自慢にしている人を招いた時に担当者の忠告に従わず、『何とかなるって』とコミュ力の高さを吹聴して異世界に旅立った者がいましたが、辞書もテキストも教師もいない世界にあって挨拶すらままならず、挙句変人扱いされ鬱病を発症して辺境の建物に引き籠り、クライアントの怒りを買ったという事がありました。以来『言語』は必須となりました。異世界なめんなってことですね」

 そりゃ必須になるわ。

 現代日本と異世界の違いについて考えさせられる話だ。

「クライアントからの指示については『長命』と『ハンサム』については『ハーフエルフ(ハイエルフ)』だからなんだそうよ」

「おうっ、そうなんですか?」

 俺の目の前に光るパネルが再度浮かび上がり、キャラクターの情報が表示される。

 名前、種族、身長体重、年齢などが表記されていて、容姿がホログラフィーの様な物で浮かび上がっている。


 NAME:ユウキ アマギ

 RACE:ハーフエルフ(ハイエルフ)

 BODY SIZE:178cm 68kg

 AGE:1865

 CLASS:死霊術師(ネクロマンサー)レベル1


「えっ!何ですかこの年齢!1865って!」

「特にクライアントからの説明はありませんので『そういうもの』と考えてください」

「え~、マジか。まぁ、しゃーないか。因みに『長命』レベル4ってどれぐらい生きられるの?」

 分からん事をうだうだ言っても仕方がないので分かりそうな事を質問する。

「健康に生きれば1万年は大丈夫なはずです」

 あ~、そいつはトール〇ン先生もにっこりやね。

「『ハンサム』にもポイントを増やしてレベル4まで上げれるわ。デメリットも出てくるけどね」

「どんなデメリットですか?」

 サーナリアさんは心当たりがあるのか、心底嫌そうに言う。

「一部の異性がストーカーになったり絡まれたり。同性から嫉妬されたり、嫌がらせを受けたり色々よ」

「それはきついですね」

「すべての人に好かれるなんてのは唯の幻想に過ぎないってのが良く分かるわよ」

 サーナリアさんは大きくため息をついた。


「それで最後のは?」

 敢えて『絶倫』という言葉を言わずに質問をする。

 だって恥ずかしいじゃん。

 その意図が分かったのかサーナリアさんが少し不貞腐れたような感じで『聞くのね』って目が言ってる。

「それについてはクライアントからのコメントがあったわ。『産めよ殖やせよ』だそうよ」

「戦時中かよ!!」

 思わず突っ込みが入る。

「まぁこの能力についてはレベルが上がるとポイントを消費することなく、能力の高い子孫ができる確率が上がるって部分が大きいわね」

「え~っと、分かりやすく説明していただいても……」

「勇者として外から優秀な能力を持った人物を連れてくるとなるとクライアントはギフトポイントを消費する必要があるの。今回のあなたのように100Pとかね。でも連れてきた勇者が向こうの世界で子孫を作る分にはクライアントがギフトポイントを消費する必要は無いわ」

「つまりクライアントにとってはその方がお得だと。優秀な子供が生まれる確率が上がるように『絶倫』レベル2が指示になったと」

 サーナリアさんはコクンと一つ頭を下げることによって俺の疑問に対する返事とした。


「まぁいいか。変えようの無い物は後で考えるとして、必須なのを除くと残りは76Pだからそれで何を取るか考えないとな。因みに100Pって多いのかな?」

 俺は目の前にあるパネルに表示されている能力一覧を見ながら話題を振る。

 サーナリアさんはいつの間にか手首のコンソールを操作して何か読んでいた様だが、顔を上げてこちらを一瞥するところを見るとちゃんと聞いていたようだ。

「一応弊社の推奨では勇者は25P以上という事になっているけど、50P以下で造られる事が多かったから100Pは多いわね。よくポイントを貯めたわねって思ったわ」

「そうか強キャラを造れるのか……」

「今回はその内の22Pはあなたの単純な強さとは関係のない能力に使われることが決まっているけどね」

「まぁそうなんだが。んっ?この右の宣伝スペースみたいな所に表示されている『得々勇者5点セット』とか『なるほど勇者セット』とかあるのは何だ?」

 パネルの右側の欄外みたいな部分に表示されている正に広告の様な部分について聞いてみる。

「あぁそれは特定の能力の組み合わせによって通常より少ないポイントでお得に取得できるサービス商品みたいな物です。例えば『得々勇者セット』は『勇者』レベル1と『獲得ステータスポイント増大』レベル2、『獲得スキルポイント増大』レベル2、『言語』と『時空間倉庫』レベル2。以上の5つの能力がセットになっていて、それぞれを別々に取ると合計8Pだけど特別に5Pで取得できちゃうのよ。お得でしょ?そうは思わない?」

 何か知らんがサーナリアさんがまるで覆いかぶさってくるように迫ってきた。

 鼻が少し拡がっているようだし、興奮しているようだ。

 声のトーンも1オクターブは高い。

 満面の笑顔が少し、ほんの少しだが怖い。

 いや、かなり怖い。

 駅前で青いイラストを勧めてくる女性の様だ。

「つ、壺はもう充分です。3つで充分なんです。これ以上は……はっ!?」

「壺って何のこと?」

 サーナリアさんが先程までの興奮がまぼろしの様に冷めた目で俺を見ている。

「本当に壺は間に合っているんですよ。親父に押し入れの奥を見られたら何て言われるか……」

 サーナリアさんの目が何か残念なものを見る目に変異している。

「そう?残念ね。話を元に戻すけど、『なるほど勇者セット』は同じレベルの『獲得ステータスポイント増大』と『獲得スキルポイント増大』を取得すると割引が受けられるわ」

「あ~、それは便利そうですね。前の『得々』の方は100Pってことを考えると微妙でしたが、『なるほど』の方は使えそうですね。ありがとうございます。ところでこの『スマートフォン』ってやつは文字が薄い灰色になっていてチェックもできないようなのですが、これは……」

 サーナリアさんはジトッとした目つきをしたと思ったら、

「昔、男ありけり。全裸でここへ来たのでスマートフォンを持っていませんでした。それを知った担当者は『スマートフォン』の能力を選べなくしてしまいました」

「わっ、分かりました。理解できました。伊勢物語風に始めなくても大丈夫です。『ネットスーパー』何て取ったらファンタジー感が無くなりそうだし……」

「あっ、そうでした。『ギフトポイント』を残したままで異世界に行くと、『ギフトポイント』は『勇者ポイント』として使うことができます。異世界でピンチの時に心の底から願うと『勇者ポイント』を1P消費して通常よりも良い結果を得ることができます。『1足りない』を防ぎ成功にすることができるんです」

「じゃあ『美樹、手を離すんじゃない。俺が何とかするから。』『優樹、もう駄目みたい。もう手の感覚が無いの。あなただけでも生きて』『何言ってるんだ。もうすぐみんな来てくれる。後少しなんだ』『ううん、ここに来たらみんな死んでしまうわ。私、あなたに会えて幸せだった。本当よ。もう充分幸せにしてもらったわ。これ以上を望んだらバチが当たってしまうわ』『本当にもうすぐなんだ。聞こえるだろう?あいつらの駆けてくる足音が。だからもう少し頑張ってくれ』『ごめんね、優樹。私がいないからって負けちゃ嫌だよ。私は強いあなたが誰よりも好きなんだから。じゃあね、さよなら』『嘘だろ美樹!美樹ーーー!!』ってのが防げるのか?」

「長い!あながち間違っていないところがさらにイラっと来るわ」

 右の握り拳をわなわなと震わせるのは是非辞めていただきたい。

 握り拳を振り下ろされる処に俺の頭があることを想像すると胃に穴が開きそうデス。


 

……2時間後


「えっと、まだ決まらないのですか?」

「まだですね。全ての能力は理解しましたが、これらをどのようなバランスで構成したら一番強いキャラクターになるか。その最適解を検討しているところです。俺はこのキャラクターの作成の時間が一番好きなんです。信長の〇望なら500以上は最低確保します。WIZならボーナスポイント20や30では満足できません。キャラメイクでどんぶり3杯はいけます」



……さらに2時間後


「ちょっと残業の申請をしてきます」

「分かりました。行ってらっしゃい」



……さらにさらに2時間後


「ステータスとスキルも振らないといけません」

「分かりました。行ってらっしゃい」

「……」



……さらにさらにさらに2時間後


「できた!ついに完成したぞ!!」

 サーナリアさんは舟を漕いでいた顔を上げると周囲を見渡してから

「……はっ!?完成したのですか?」

「……今、寝てました?」

 俺はジトッとした目をサーナリアさんに向ける。

「じゅる……なっ何を言っているのです。夢でも見ていたんじゃなくて?」

 涎を秘密裏に処理するのに失敗したようだ。

「それはあなたでしょ?まあいい。完成しましたよ」


「そしたら最後に武器を一つ差し上げます。何をお持ちになりますか?」

 パネルに表示される武器一覧から一つ選びOKする。

 すると手の中に空中からストンとそれが現れた。

 長さ1.8m、太さ直径約4cm弱の『ひのきのぼう』

 またの名を『クォータースタッフ』である。

 軽く振ってみる。

 旋回させてみる。

 袈裟懸け、切り上げ、払い、刺突。

 使い勝手を試す。

 

 某杖術の言葉にあるように、

『突けば槍、払えば薙刀、打てば太刀、杖はかくにも外れざりけり』

 手の位置、使い方によって多彩な攻撃、防御ができる。

 うん、問題ないようだ。

 右手が完全ではない以上、片手用武器は選べない。

 両手用武器で防御にも使える使いやすい武器を考えたらこれだった。


「これにします」

 サーナリアさんに力強く頷いて見せる。

 サーナリアさんは軽く頷いて返すと、

「あとあなたにはHPを回復するポーションが4つ与えられます。それで全てです」

 自分の格好を上から下まで見まわす。

 服装、靴、武器、ポーション。

 それだけだった。

 正直なところ不安一杯だ。

「少年、何しけた面をしてるんだ?まさかママのおっぱいが恋しくなったって訳じゃないんだろ?」

 いつの間にかタレスティさんが部屋に入って来ていた。


 俺に母親の記憶は無い

 物心ついた時には居なかったのだ。

 周りの人に聞いても誰も知らなかった。

 親父は何も語らなかった。

 俺は母親を知らない。

 母親の写真も見たことがない。

 だが母親の事はタレスティさんには関係ないことだ。

 

 それにしてもどうしてタレスティさんは俺を子ども扱いをするのだろう?

「最後まで子ども扱いですか?どうすれば一人前に扱ってくれますか?」

 何故かそんな言葉が口から出ていた。

 別にタレスティさんに一人前に扱われたからと言って、何が変わる訳では無いだろう。

 しかし、この人に一人前扱いされる人になるのには意味がある様に感じた。

 タレスティさんは面白いおもちゃを見付けた猫の様な目をしたと思うと、俺の頭を抱え込んでヘッドロックをかけてきた。

 俺の頭に胸が当たることを全く気にしていない。

「お前はここに全裸でやって来た。でもそれはお前のせいじゃなかったんだろ?だったら堂々としていればいい」

 タレスティさんは俺の頭を開放すると俺の胸に拳をあてて言い放った。

「隠したいのは未熟だからか?己を磨け!」

 何も言えなかった。

 美樹を繋ぎ止めておけなかった俺に言い返す資格は無かった。

「そうだな、異世界に行ってもサーナは担当者としてお前の事をず~っと見てる。お前、あいつをその気にさせてみろ。そうすれば一人前と認めてやる」

「サーナリアさんをその気に?」

 二人してサーナリアさんを見ていたらキョトンとしてこちらを見返してきた。

「あいつは今までそういう物に一切興味を示して来なかった。サーナをその気にさせたら何の文句も無い。抱かれてやるよ」

「んな?」

 タレスティさんは呆然とする俺の顔を両手で挟むと濃厚なキス、フレンチ・キスを食らわしてきた。

「んんっ……んっ、ぷはぁ」

「こいつは前払いだ。前に進もうとする男は嫌いじゃない。頑張りな」

 そう言うとタレスティさんは俺の方を向かずに軽く手を振って扉から出て行った。


「サーナリアさん!」

 呼びかけに答えてこちらを見たサーナリアさんに頷いて見せる。

「準備はいいのね?」

「はい」


「私サーナリアはこの場所から『公式ガイド』として『勇者』であるあなたを担当し通話を介してアドバイスを送ります。通話は受話器の形のアイコンから相手を選ぶことで可能です。よろしくお願いいたします。それでは、これからあなたを違う世界へ送り届けます。」

 サーナリアさんは姿勢を正して説明を行うと、

「行ってらっしゃいませ」

 深々と頭を下げた。


「行ってきます」

 そう言った途端に俺の体はサーナリアさんの前から跡形もなく消失した。

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