第63話 事後処理

 男達から話を聞く前に、まず綾那は疲労軽減のため「怪力ストレングス」を解除して、純白の鎧を取り払った。

 そうして聞いた話をまとめたところ――まず、彼らが「転移」で人を運べる事や、同じギフトもちが大勢集まると大きな力を発揮できると気付いた事。

 それらは、「表」の神がルシフェリアへ嫌がらせするためだけに、彼らの前に現れて入れ知恵をしたからで間違いない。


 その力で四重奏の家を狙ったのは、家ごとアリスを「奈落の底」へ飛ばして、彼女が周囲に助けを求める事のできない場所で監禁、暴行するという、バカとしか言いようのない犯罪目的のためだ。


 ただ、集まった者全てがアリス目当てではない。少なくとも幹事は――家ごと「転移」しようと話を持ちかけて、彼らを集めた黒幕の目的は違う。話によると、メンバーの暴行目的ではなくと考えての事らしかった。


 肝心の解散させたい理由については説明を受けていないし、そもそも幹事の行動理念に興味がなかったのか、彼らには分からないそうだ。

 綾那の目の前に居る男二人は、メンバーを暴行できればそれで良かったのだから。四重奏を解散させる云々など、至極どうでも良かったに違いない。


 そして、今一番重要な桃華を狙う理由について。

 この件に関しては、彼らが「転移」で最初に落ちた先が、東のアデュレリア領――その首都オブシディアンだった事が重要になる。

 首都オブシディアンには、アデュレリア領を治める領主の住まいがある。そしてその街は、桃華が生まれた場所でもあるそうだ。


 男らもまた「表」から見知らぬ土地へ「転移」して、文化の違う人間と出会って、途方に暮れた。と言うのも、主犯の彼らまで「転移」した先がバラバラで、いまだに多くの仲間と合流できていないらしいのだ。

 しかし、運よく街中で出会ったの勧めで、「転移」の力を活用して領主の手助けをすれば良いのではないか――と、領主を紹介されたお陰で生活には困らなかった。


 初めは、手紙や書類を離れた場所へ移動させるとか、倉庫の備品整理とか、大物家具の移動などを頼まれて――少しずつ信頼関係を築いていったある日、唐突に「人を攫って来て欲しい」と依頼された。

 桃華をアデュレリア領に連れ戻そうとしているのは、幼少期の彼女を知る領主の息子らしいのだ。


「私、本当にアデュレリアに居た頃の記憶が曖昧で――領主の息子と言われましても、全く分かりません……」

「『メゾン・ド・クレース』は、オブシディアンに店を構えていた時も富裕層に好まれる上等な服飾屋だったらしい。だから領主が家族連れで買い物しに来ていたとしても、なんらおかしくはないだろうな」

「俺らもよく知らねえけど、坊ちゃんが初恋をこじらせた結果の依頼だって話だ」


 彼らの言う坊ちゃんとは、領主の息子の呼称らしい。

 領主の息子は、幼少期――桃華は五つの時にアイドクレースへ移住したため、それよりももっと幼い時分の話だ――桃華に一目惚れして、彼女が王都に移住した後も変わらず一途に慕い続けているらしい。

 ちなみに息子は桃華と同じで、今年十六歳。正直、そんな幼い頃に好いていた――しかも、五歳から一度も会っていないような相手を一方的に慕い続けるとは、やや危険な執念のようなものを感じる。


 領主の息子はずっと、己が二十歳になれば求婚するのだと夢見ていた。それなのに去年、桃華は颯月と婚約してしまった。それも、通信機器のない世界で他領にまで「婚約者筆頭だ」と噂が流れてくるほど、二人の婚約は注目を浴びていたらしい。


 恐らく、結婚する気がないと思われていた悪魔憑きで有名な颯月が、幼馴染の桃華を婚約者に据えたからだ。まさか彼女は本物の婚約者で、「契約エンゲージメント」すらしているのではないか――と、勝手に邪推されたのだろう。


 息子が急ぎ求婚したくても、法律のせいで二十歳までは手も足も出せない。このままでは桃華を奪われる――と焦っていたところに現れた「転移」もちは、彼にとって正に、渡りに船であったのかも知れない。

 何せ、彼らの力をもってすれば人を一人攫ってくるなど、容易いのだから。しかも「転移」は魔法や魔具と違い、この世界に存在しない力だ。犯行の足がつく心配もない。


 遠く離れたアイドクレースから桃華を攫って来て、どこかへ閉じ込めてしまえば――例え、いずれ足がついて桃華の居場所を突き止められたとしても、息子が彼女と既成事実をつくる時間は十分にあるだろう。


 前回の誘拐失敗を受けた「転移」の男らは、改めて桃華の所在と座標を調べるために暗躍していた。どうもここ数日間、アイドクレース領に入り込んでいたらしい。今思えば、アルミラージ退治の撮影の帰り――綾那の目には東側の森が光ったように映ったが、アレはちょうど、森の中に潜む彼らが転移陣を展開させた光だったのだろう。


 ちなみに、絨毯屋が絡んだ事件の際に旭らが利用した、扉の鍵を無効化する特別な魔具。そして彼女の私室に置かれた机の上の様子を、リアルタイムで窺い知れる遠視の魔具は――全て彼らのが作ったものらしい。


 前回、正確な座標も桃華の動きも分かっていたのにすぐさま「転移」で攫わなかったのは、のちの捜査を攪乱するためだ。

「転移」で足がつかないからこそ、彼らには足のつく協力者が必要だった。旭達でも絨毯屋でも誰でも構わないから、代わりに「犯人だ」と祭り上げられる者が。


「そういえば……アデュレリア騎士団第四分隊が、家族諸共追い出されてしまった理由は? もしかしてあなた達、そこから関わっていますか?」

「結果として利用する事にはなったけど、俺らは手出ししてねえよ。単純にあそこの領主と分隊長の折り合いが悪いせいで――起こるべくして起きた、越権えっけん行為みてえなモンじゃねえの」


 ひとしきり話を聞いた綾那は、他に確認する事はなかったか考えた。そして、どうにも不明瞭にぼかされた部分があった事に思い至る。


「あなた達が街中で出会った、協力者というのは?」

「それは――い、言いたくても、詳しく言えない。そういう魔法がかけられてる」


 男達は途端に顔色を悪くして俯いた。「言えない?」と綾那が首を傾げれば、その後ろで腕組みしている鎧の騎士――颯月が静かに呟いた。


「へえ……誓約魔法かもな」

「誓約魔法?」

「闇魔法の一つで、人の間では百年以上も前から禁術扱いだ。秘密や契約を守らせるために施すもので、誓約を破った場合に起こる事象は、魔法をかけた者にもよる。罰として記憶を失うとか、体の一部を失うとか言われているが……人間には詠唱どころか、その魔法の名すら伝わってねえ。悪魔憑きでさえ使用できない魔法だな」

「お、恐ろしい魔法ですね。でも、悪魔憑きでさえ使えないって……それじゃあ、誰が?」

「つまり――コイツらに誓約魔法をかけたのは、じゃあねえって事だ」


 颯月の言葉に、綾那は目を瞬かせた。


「そんな禁術を平気で使うような相手だ、恐らく悪魔だろう」

「あくま――」

「実際興味が無い事もないが――桃華も居る手前、無茶はできん。コイツらが見るに堪えん状態になると困るからな。協力者の素性については、それ以上追及しない方が良いと思うぞ」


 確かに作り物ならまだしも、ライブでスプラッターシーンを見る勇気はない。綾那は無言で頷いた。「顔を覚えたからな」と脅してきた割に、悪魔ヴェゼルが綾那の前に姿を見せたのは、初日のたった一回きりだ。だからつい、この世界に悪魔なんてものが存在する事を忘れがちになってしまうのだが――。


(そっか、悪魔らしく悪さをしている訳だ……街中に入り込んでいるって事は、あのダイオウイカスタイルじゃなくて人の姿を?)


 今のところ綾那に被害が降りかかる訳ではないが、しかし東の領主が悪魔に取り込まれているとすれば、やや人の行く末が心配になる。

 とは言え、ひとまずだいたいの話は聞き終えた。あとはこの男達の処遇をどうするかだ。綾那が改めて男達を見やったところで、目の前に光る球体――もといルシフェリアが飛び出してきた。


『いやあ、余所者を懲らしめてくれてありがとう! 君がキラービーの巣を放り投げた時は僕、胸がスーッとしたよ。ある程度は気が済んだから、もう逃がしちゃっていいよ』

「――え? いや、逃がすって、でも」

『忘れたの? 彼らは「転移」もちだよ。牢屋に閉じ込めたって、両手両足を縛ったって、生きてさえいれば自由に「転移」できる存在だ。捕まえたってどうせ逃げられるんだから、同じ事だよ――それとも、二度と悪さができないようここで殺すの? そこまでの報復を求めるほど、僕の懐は狭くないんだけどな』

「そ、それは――」

「……創造神はなんて?」


 戸惑う綾那を見た颯月が問いかけてきたので、「生きている限りは捕まえても「転移」で逃げられちゃうから、それなら逃がしてやった方がいいって――」と、ルシフェリアの言葉を通訳する。

 その説明に、颯月の横に立つ幸成が眉を顰めた。


「いくら綾ちゃんが散々脅しつけてくれたからって、なんの罰則も無しにソレはないんじゃあ……」

『うーん……つまり君らは、彼らがまた「転移」を使って悪さをするのが不安って事?』

「それはそうですよ。良いですかルシフェリアさん、性犯罪の再発率って、とっても高いんですよ?」


 昔、メンバーの渚から聞かされた情報を得意げに話す綾那に、ルシフェリアは「ふぅん、そうなんだ」と呟いた。そしてやや間を空けてから、また話し始める。


『分かった。じゃあ、僕がちょっとだけ没収してあげるよ、この子達の力』

「没収? それは、彼らからギフトを取り上げるという事ですか?」

『全部じゃあないよ、一部だけ。「転移」の力が弱まれば、個人でできる事は制限されるよ。それこそ、本当にちょっとした物しか動かせなくなるんじゃないかな? 今後たった一人で大きな魔物を飛ばすとか、人を転移させるとかは無理だと思う――結局、「転移」もちが大勢集まれば厄介な事に違いはないけど……むしろ、大勢集まってくれた方がいいじゃない。そうすれば後で、まとめてエイ! できるでしょう?』


 明るく問いかけられて、綾那は真剣に考え込んだ。しかし、確かにそれが一番の落としどころのように思える。力を弱めれば犯罪率が下がり、しかも「表」の神由来のギフトを吸収すれば、ルシフェリアだって天使の力とやらを多少取り戻せるのではないか。


『僕の言う通りにするのが一番じゃない? 君にとっても、があるに違いないと思うよ』


 綾那は頷くと、颯月達に再びルシフェリアの言葉を通訳した。処遇を創造神の手に委ねるか、それが嫌ならこの場で彼らを殺してしまうしかないと。

 そうして彼らを納得させると、綾那は「よろしくお願いします」と光る小さな球体に頭を下げた。


『うん、やっぱり人間、素直が一番だよ! それに正直、この子達にとってもギフトを吸われちゃった方が良いと思うんだ。そうでなきゃ、めちゃくちゃな力の使い方を繰り返しているんだもの――「表」へ帰った途端に魔獣化させられるかも。「表」で人として生きるには、四割程度の力しか発揮できないぐらいがちょうどいい』

「て、「転移」の神様にそそのかされた結果だとしても、ですか――?」

『そうだよ、それが「表」のカミサマのやり方さ。本当、イヤなヤツらだろう? 彼らは、僕なんかよりよっぽど――まあ、僕はこの箱庭さえ守れれば満足なんだけどさ』


 ルシフェリアは言いながら、男達それぞれの額に一度ずつ触れた。綾那の目でも彼らのギフトが吸い取られる様子は分からなかったが、しかし光る球体――ルシフェリアの体が一回り大きくなったのを見る限り、無事に吸収できたのだろう。

 男達もまた、自分の身に何が起きたのか全く理解できていないようだった。


『終わったから、もう帰しちゃっていいよ? たぶん二人がかりでも、東のアデュレリア領へ戻るまで何回も「転移」を繰り返さないといけないから、すっごく大変だと思うけれどね』

「分かりました、ありがとうございます」


 ルシフェリアの言葉に頷いた綾那は、いまだ座り込んだままの男達を見下ろした。そしておもむろにマスクを外すと、まるで動画の視聴者へ向けるような愛想笑いを浮かべる。


「こちら側の神――いえ、天使様がお優しくて命拾いしましたね、もう帰っても良いそうですよ」

「い、良いのか!?」

「ただ、もし次また桃ちゃんの前に現れたら、その時は私……うっかり、すり潰してしまうかも知れません――だから、気を付けて?」

「ヒッ……!」


 笑顔と愛想だけは百点かもしれないが、話す内容はとても女性配信者のそれではない。

 彼らは慌てた様子で足元に転移陣を展開させると、負け惜しみのように「クソ! 「表」に戻ったら、男漁りしてる事もすぐ暴力に訴える事も全部、ネットに流してやるからな!」と言い残して姿を消した。


 綾那は「漁ってないし……! はなはだ遺憾である!」と嘆いたが、しかし巨大なキラービーの巣を人に向かって放り投げるという、なかなかに野蛮な行動をしたおかげなのか――不思議と苛立ちは消えている。


(まあ……色々と恥を晒した事に違いはないけれど)


 綾那は深いため息を一つ吐き出してから、眉尻を下げておずおずと颯月達を振り返った。


「この度は騒動に巻き込んでしまって、本当に申し訳ないです」

「えっ、そんな、だって! 彼らがアイドクレースにやって来たのはそもそも、私の因縁なのですよね? 綾那お姉さまが謝る事ではありません!」

「いや、でもあの人達がリベリアスにやって来たこと自体、私達が原因みたいなものだから……とても未成年が対峙していいような、まともな大人でもなかったし――私も散々、見苦しい恥を晒しましたし」


 ポソポソと呟きながら遠い目をする綾那に、颯月は鎧を着たまま首を傾げた。


「恥?」

「いやっ……なんていうか、その。ある事ない事言われて、ついカッとなって暴れちゃった――とか?」

「ああ、なんだ、そんな事か。俺は惚れ直したから安心していい」

「えっ」

「んー颯って本当……まあ楽しそうで何よりだけど。俺、今度から綾ちゃんだけは怒らせないようにしようって思ったよ。普段優しげであんま怒らない人って、いざキレた時マジでやばいんだよな」


 言いながら一人頷く幸成に、綾那は複雑な心境のまま曖昧な笑みを返した。幸成の横では、桃華が随分と興奮した様子で両手を握り締めている。


「お姉さまの不思議な魔法――前に見た時は篭手だけでしたけれど、全身鎧だったんですね! まるで颯月様の「魔法鎧マジックアーマー」と対になっているような、真っ白で綺麗な鎧でした……お二人が並ぶと、絵になりそうです」

「対に――?」


 うっとりとした様子で話す桃華に、綾那は改めて颯月の姿を見やった。眩い純白の全身鎧の綾那と、暗い紫紺色の全身鎧の颯月。


(たっ、確かに、若干形も違うけど、まるで色違いのペアルック!? 陽香からは「ゴリラアーマー」とか「スーパーゴリラモード」としか言われなかったのに――神とオソロだなんて、なんて光栄なの!)


 綾那は思わず「嬉しい」と笑みを零したが、しかしすぐに「だから、こんな事で浮かれていたら、本気でファンを裏切る事になるんだってば!」と己を諫める。


 颯月もまた鎧の下で小さく笑ったあと、「とりあえず、王都へ戻るか」と口にした。幸成と桃華は頷くと、踵を返して街の方へ歩き始める。彼らにとっては姿の見えないルシフェリアも、まるで二人を祝福するようにぐるぐると機嫌よさげに飛び回っている。

 ちなみに、街道に砕け散った蜂の巣――今となっては土くれの塊――の片付けについては、後ほどアイドクレースの騎士を呼んで頼むとの事だ。


「綾、帰ろう」


 颯月は、綾那に向かって手を差し出した。くすぐったくてはにかみながら彼の手を取ると、綾那は「はい」と頷いた。このあと街中を歩くため、彼はまだ「魔法鎧」を脱ぐ事ができないのだろう。


(ああ、早くお顔が見たいな――いや、友人兼ファンとしてね? ラブじゃなくてライクだからね!)


 鎧の硬い感触を手の平に感じながら、颯月の顔を見上げた。するとその瞬間、突然強く腕を引かれたかと思えば、あっという間に彼の胸に抱きしめられて、綾那は硬直する。


「颯――」


 彼の名を呼び掛けた綾那の声に被せるように、その背後でキラービーの羽音が響いた。


「え……っ!」


 まさか、綾那が放り投げた巣の中で生き埋めになったキラービーに、生き残りが居たのか。ぎゅうと颯月に抱きしめられたまま、身じろぎして後ろを振り返れば――魔法の毒針を剥き出しにして、こちらへ向かってくるキラービーの姿が見えた。


 いかなる毒も効かないと言ったって、「怪力」の鎧を纏っていない生身の状態で刺されれば、それなりの傷を受けてしまう。それを危惧した颯月が、綾那の盾となってキラービーの攻撃を受けるつもりなのだろう。

 しかし、いくら「魔法鎧」を着ていても、全くの無傷では済まないのではないか。魔法の知識なんて全くない綾那は、サッと青褪めた。


(ルシフェリアさん、「良い事ある」って言ったのに! また話が違う!!)


 間近で颯月が傷つくところなど、見ていられない。そんな事をしても守れないと知りながら、綾那は彼にギュッとしがみついて瞳を強く閉じた。


 ――すると、その時。辺りに「パァン!」と乾いた破裂音が響き渡った。続けて、綾那と颯月に迫っていたキラービーが短い悲鳴を上げて、ぽとりと地面に落ちる。


「なんだ――?」


 何が起きたのか分からないと言った様子で、低く呟いた颯月。破裂音に遅れて綾那の元に届いたのは、科学の発展していないリベリアスには存在しないはずの、火薬の匂いだった。

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