第57話 悩みの種

 街の大衆食堂で宣伝動画の公開を始めてから、三日。綾那は毎日竜禅と食堂へ足を運んでは、視聴者の反応を調べた。訪れる事のできない時間帯の様子については、店の者から話を聞いた。


 騎士という、どこか堅さを感じる職業。「表」でいうところの警察官の役割も担っている。

 過去に騎士とひと悶着あったような少々気性の荒い者から見れば、あの映像は「油断するな、あれは一般人ウケ狙いの演技、演出をしてすり寄っているだけだ」「魔物の肉なんて、わざわざ騎士にならずとも、傭兵になりゃ食える」と――。


 騎士と同等か、それ以上に生真面目な者からは、「騎士なんだから遊んでいないで、粛々と職務を全うしろ」と言われる事もある。何事も万人に無条件で受け入れられるはずもなく、否定的な意見が出るのは覚悟の上だった。しかし今のところは、綾那が予想していたほど過熱したアンチは現れていないらしい。


 更に言えば、綾那が期待していた「意外と楽しそうだな」「俺にもできるかも」「一回訓練の様子を見学しに行ってみるか」なんて言葉が、酒の席で冗談交じりに飛び交うらしい。

 同じ席に座る女性が口を揃えて「あなたが騎士になってくれたら、私達も『広報』に口利きしてもらえるかも? お願い、騎士になって!」「あなた元々、騎士に向いてると思っていたのよ!」なんて囃し立てるものだから、男性陣は満更でもない様子との事だ。


 人員補填を目的に広報に雇われた綾那としても、「力を持て余している人は、お願いだから騎士になって」である。そうでなければ、綾那が雇われた意味がないのだから。


 食堂内で動画の続編を望む声はチラホラ聞こえてくるものの、まだ第一弾が盛況なので、もうしばらくはあれ一本を繰り返し楽しんでもらいたい。

 そもそも演者の騎士らが多忙過ぎて、新たな撮影に手が回らないのだ。また近い内に撮影しようという話は上がっているものの、なかなか実行に移せずにいる。


 綾那にできるのは、次の撮影がいつ始まっても良いように、企画だけは練っておこうと頭を悩ませる事くらいだろう。騎士らは若手の訓練と書類の整理に忙しく、綾那も視聴者の反応をリサーチする時以外は、ずっと自室に篭りきりだった。


 見た目が派手過ぎるため「水鏡ミラージュ」なしで単独行動はできないし、気分転換に宿舎内を歩こうにも――仕事に関わる間は忘れがちになるが、そもそも綾那は人見知りなのだ。見知った者が傍に居ない状態で一人歩きするのは、あまり気が進まない。


「今日も、凄い人」


 綾那は自室の窓辺に立つと、遠くの方に見える騎士団の訓練場を眺めて、ぽつりと呟いた。訓練場では、漆黒の騎士服を身に纏う騎士達が、熱心に剣の指南を受けている。


 騎士団本部を含むこの敷地内は、王都を囲む外壁と同じようなものでぐるりと囲まれている。だから正門にしろ裏門にしろ、門から壁の中に入らねば中の様子を窺い知る事はできない造りになっているのだが――しかし、訓練場だけは違う。


 恐らく、「気軽に見学できた方が、働いてみようと思う人間が増えるかも」という期待を込めての事なのだろう。訓練場だけは、道路に面した壁の一部が鉄格子に変えられている。つまり街の人間は、見ようと思えば格子越しに騎士が訓練する様子を見学できるのだ。


 今までは、「騎士は死ぬほど婚期を逃す」という意味をあまり理解していない小さな子供達が、目をキラキラと輝かせて訓練の様子を見に来るくらいだったらしい。しかしここ数日は、明らかに食堂の動画が原因としか思えない、若い女性が道に溢れている。


 あの動画の演者であり、普段から訓練場に居る騎士といえば、軍師であり訓練の責任者たる幸成。そしてアイドクレース騎士団に入って日の浅い、旭だ。道に立つ女性陣は、もっぱらがフリーの旭目当て。間近で見る生の演者に、彼女らはキャーキャーと黄色い声援を上げている。

 そんな旭目当てで足を運んだらしい女性達も、いざ近くで幸成を見るとやはり「顔が良い」と気付くのか――彼に桃華という愛する女性が居る事を知りながらも、熱い眼差しを送る者が後を絶たない。


 綾那が「まずは女性向けのものを! 動画を見た女性をメロメロにしていけば、その内男性もついてくる!」と考えて作った動画なのだから、これは大成功だ。大成功なのだが、しかし、こうも毎日騒ぐ女性が集まるところを眺めていると、段々と「もしかして、とんでもない間違いをやらかしたのではないか?」と不安になってくる。


「あれ絶対、訓練の邪魔になっているよね……? ていうか、桃ちゃんにも申し訳なくなってきたような――」


 綾那は一人、大きなため息を吐いた。

 幸成が二十歳を迎える来年に、ようやく結婚できるのだと話してくれた桃華の笑顔。もしかして、彼女の笑顔を曇らせるような事態を引き起こしてしまっているのではないか。

 絨毯屋の大倉庫を焼け野原に変えるほど、桃華を深く愛する幸成の事だ。彼が他の女性に目移りするような心配はしていないが――しかし、いくら目移りしないからと言って、好きな男性が多くの女性に囲まれている様を見るのは桃華も辛いだろう。


 効果覿面こうかてきめんなのは喜ばしい事だ。しかし何事も、行き過ぎは良くない。

 綾那は彼女らの様子を間近で見た訳ではないので、全て人伝ひとづての話になるが――どうやら騎士はあのたった一本の動画で、「表」でいうアイドルにジョブチェンジされてしまったようだ。


 今まで「堅い」「危ない」「結婚できない」上に「団長が悪魔憑きでヤバイ」などと、騎士の内情をよく知ろうともせずに「皆がそう言っているから間違いない」と遠巻きにしていた街の人間達。

 それがたった一本の動画をきっかけに意識を変えてくれるとは、綾那としてもスタチューバー冥利に尽きるというものだが――。


 訓練場に見学しに来ている女性達は、演者を眺める事だけに飽き足らず、まるで新人発掘オーディションでもしているかの様相である。「あの若手は顔が良いから、大成するに違いない」「若手の内にツバをつけておいて、街に配属されたところを狙う」など、動画公開からたった三日で、早くも若手に目を付け始めているらしいのだ。


 よく見れば、『広報』本来の目的である男性の見学者も存在するのだが――格子前を熱量の高い女性陣が占拠していては、見学どころではないだろう。そんな女性の姿を見て、逆に「これだけモテるなら、やっぱり騎士になるのも悪くないぞ!」と思ってくれるならまだ良い。しかし、女性の様子に引く者が出てくると困るのだ。


「うーん……いや、こうなるように仕向けたのは私だけど――私なんだけど、そっか……結構、この世界の女性って行動力あるんだな……次、どうしよう」


 結果はどうであれ、騎士に対するイメージが「意外と親しみやすい」に軟化したのだ。

 動画の方針もしばらくこれで行きたいと思っているところ、いきなり「でも命の危険はあるし、この通りすっごい怪我もするよ! 良い事ばかりじゃないから、甘く見ないでね!」なんて水を差す動画は作りたくない。


 そういう現実的な動画は、もう少しクッションを挟んでから作らねば。折角「騎士になってもいいかも?」と思い始めてくれた男性が、全員「何を夢見ていたんだか」と目を覚ましてしまう。


「でもやっぱり、私一人じゃあ企画力に限界があるか……そもそも四重奏の企画って、ほとんど陽香がしていたもんなあ――」


 今まであまり深く考える事なく、ただ彼女の発案する企画を享受していたが――綾那は「再会した暁には、陽香をもっと労おう」と心に決めた。そして再び訓練場に目を向けると、やはりあの様子はよくないなと頭を悩ませる。


 ――と、そんなある日の昼下がりに、事件は起こった。


「綾那さん、いらっしゃいますか!?」

「か、和巳さん?」


 いつも物腰柔らかく、温和な彼にしては珍しい。焦った声色でダンダンと扉をノックする和巳に、綾那は慌てて扉を開けた。


「どうされました?」


 廊下に立つ和巳の顔色は大層悪く、焦燥しているのがよく分かる。

 ――もしや、あの訓練場に集まる女性陣がついに問題になったのだろうか。問題を作った原因である綾那は、すっぱりとクビを切られるのだろうか。

 ビクビクと怯えた様子で沙汰を待つ綾那。和巳は綾那の両肩をがっしりと掴むと、こちらが予想していなかった台詞を口にする。


「颯月様が倒れました」

「――え」

「とにかく執務室へ来てください、あなたの力が必要なんです」

「私の? わ、分かりました! 急ぎましょう!」


 和巳の言葉に、綾那は血相を変えて部屋から飛び出した。綾那の『力』が必要で、颯月が倒れたという事は――ほぼ間違いなく、彼は「解毒デトックス」が必要な状況に置かれているのだろう。誰かに毒でも盛られたのか、それとも外回りをしている間に、魔物から毒を受けたのかは分からない。

 分からないが、他でもない颯月の身に危険が降りかかっている事は確かだ。綾那にできる事があるならば、なんだってする。


 綾那は和巳と共に宿舎の廊下を走り、颯月の待つ執務室へ向かった。



 ◆



「颯月様!」


 和巳に連れられて訪れた、颯月の執務室。彼は来客用の長ソファに体を横たえ、目元を覆うように腕を載せてぐったりとしている。その様子に、綾那は息を呑んでその場に立ちすくむと、言葉を失った。


(あんな颯月さん、見た事ない。本当に苦しそう……!)


 マスクの下の瞳に、じわりと涙の膜が張った。彼は一体どういう状況に置かれているのか。本当に綾那の「解毒」で助かるのか。あのまま死んでしまうのではないか。

 綾那はまるで、足元が崩れていくような感覚に陥った。そんな綾那を置いて、和巳は颯月の下へ駆け寄る。


「――和か」

「ええ、戻りました。席を外して申し訳ありません」

「全くだ。さすがに、長く働き過ぎて……話し相手が居ねえと、今にも寝落ちしそうだっていうのに――」


 颯月の声色は酷くぼんやりとして不明瞭で、うなされているようだ。


「すみません、『特効薬』の存在に思い至ったもので」

「特効薬? なんだかよく分からんが、とにかく、今寝るのはまずい……確実に悪夢を見る自信がある。良いか、俺が気力を回復するまでは絶対に寝かせるなよ――綾?」


 億劫そうにゆっくりと体を起こした颯月は、ゆるゆると頭を振ってから顔を上げて――そこで初めて、部屋の入口で立ちすくむ綾那の存在に気付いた。彼の顔色は青白く、その表情はげんなりとしていて、いつもの覇気がない。しかし綾那の姿を認めた途端に、彼はパァアとその表情を明るくした。


「――特効薬……なるほど、考えたな和。でかしたぞ」

「恐縮です」

「そ、颯月さん……一体、何が――」

「綾、悪い。断じてセクハラしてるつもりはないんだが、今すぐに抱かせて欲しい」

「………………――はっ!?」


 ただでさえ何が起きているのか、綾那には理解できないのに――いきなり何を言い出すのか。綾那は颯月ではなく、事の説明と彼の制止を求めるつもりで、勢いよく和巳を見やった。

 すると、先ほどまでの必死の形相は見間違いだったのか、彼はいつも通りの柔和な笑みを浮かべて口を開いた。


「抱かれてください」

「――抱かれてくださいっ!? え? 「解毒」が必要なのでは……? あ、あれは別に、肌に直接触れていれば効果があるので、手の平を当てるだけでも十分なのですけれど……?」

「……「解毒」? ああ、まあ、確かに「解毒」が必要と言えば必要だ。ただ、手の平の柔らかさだけでは補えない、極めて深刻な状況だ」

「やわらかさ……?」

「とにかく人助けだと思って、黙って抱かせて欲しい。和、俺が妙な気を起こさんようにここで見張れ。最悪「風縛バインド」して構わん」


 颯月の指示を聞き、和巳は鷹揚に頷いた。そして綾那へ視線を送ると、「さあ、早く」と言わんばかりに顎をしゃくる。

 綾那は己の置かれている状況が何一つ理解できないまま、しかしソファに腰掛けたまま両手を広げて待つ颯月を見ると、「抗えない……っ、魔性の、力――っ!!」と呟きながら、その腕に吸い込まれた。


 綾那はソファに座らずに立ったままだ。颯月は綾那の腰に腕を回すと緩く引き寄せて、みぞおちあたりに顔を埋める。そして、「はああぁ……」と、心の底から安堵するようなため息を吐き出した。


「――骨じゃない」

「骨……?」

「綾、やっぱりアンタ、間違いなく俺の特効薬だ。お陰でスケルトンに襲われる悪夢を見ずに済む――」

「………………あの、和巳さん。颯月さんは一体、何を仰っているのですか?」


 颯月に抱きつかれたまま顔だけで後ろを振り向いた綾那は、いつのまにか颯月と反対側のソファに腰掛けて、優雅に茶をすすっている和巳に問いかけた。彼はことりとカップをテーブルに置くと、神妙な面持ちで頷いた。


「実は、夜通し街の外を巡回していた帰りに、街中で女性に囲まれてしまいまして」

「はあ」


 綾那が初めて颯月と出会った時、彼はたった一人で街の外を巡回していた。だからてっきり、寝る間も惜しんで社畜を窮めているのは彼だけだと思っていたのだが――どうやら、時にはお供を付ける事もあって、しかもそのお供まで社畜らしい。


 颯月と和巳は、動画を視聴した女性の間で人気ナンバーワンの座を争っている。そんな二人が街中で肩を並べて歩いていたら、それは囲まれて当然だろう。


「綾那さんもご存じの通り、颯月様は、その……アイドクレースの女性があまり得意ではありません。くわえて、夜通し労働した後で仮眠を取るタイミングと重なったため――精神的に追い込まれて、本部へ戻って来た途端に倒れてしまわれたという訳です」

「そ、颯月さん、そこまで痩せた女性が苦手なんですか!? 倒れるほどに……!?」


 驚愕の声を上げた綾那の下で、颯月は顔を埋めたまま小さく頷いた。絶句した綾那を他所に、和巳は続ける。


「どちらにせよ仮眠を取るタイミングだったので、倒れたのは構わないのですが……しかし、颯月様が「このまま寝るとスケルトンに襲われる夢を見るから、絶対に寝たくない」と駄々をこねるものですから」

「――その『スケルトン』というのは、もしかしなくても骸骨の魔物でしょうか」

「ええ」

「いや、待ってください。痩せた女性が魔物に見えているって事ですか!? まずくないですか、ソレ!?」


 綾那は頭を抱えた。「苦手」と言ったって、限度があるだろうと思っていたのだ。なんなら、今後集まってくる女性の相手をしている内に、苦手意識さえ薄れるのではないか――なんて、呑気に考えていた。


 しかし実際、こうして倒れた颯月を目の当たりにすれば、思うのは「正妃様、教育熱心も程々にしてください」である。正妃の実子である王太子と颯月は仲が良いらしいが、もしかして王太子も同じように痩せた女性が苦手なのだろうか。だとすれば綾那は切実に、「正妃様、どうかもっとお手柔らかに」と伝えたい。余計なお世話なのだろうが。


「それで、「気力が回復するまで話し相手になって、俺を寝かせるな」と命じられて……ふと、我が団にはスケルトンとは全く違う女性が居たなと思い至った次第です」


 にっこりと笑う和巳に、綾那は「よくよく考えると、失礼な事を言われていないか」と目を眇める。アイドクレースに居るとどうしても、綾那は肉感があると捉えられてしまう。今まさに綾那の腹に顔を埋めている颯月だって、「骨じゃない」と言って安心しきっているのだから。

 何度も言うが、綾那だって決して太ってはいない。ただアイドクレースに住む女性が細すぎるというだけだ。


 とは言え、ここまで頻繁に自尊心を傷つけられると、綾那自身「本当はめちゃくちゃ太っているのでは……?」と不安になってくる。

 なるほど道理で、アイドクレースに移住してきた他領の女性まで、日が経つと共に痩せていく訳である。集団心理とでも言うのか――これは最早、洗脳や脅迫観念に近い。


「や、やっぱり、もう少し強度を上げて体を絞るべきでは……?」


 運動量が少ない割に騎士と同量の食事メニューをとっている綾那は、とり過ぎたカロリーをなんとか消費しようと、毎晩寝る前に倒れるギリギリまで「怪力ストレングス」のレベル5を発動させるという、ややチートなダイエット法を続けている。


 お陰で体形を崩さずに済んでいる訳だが――しかし四重奏のキャラ的にも、師と陽香の「太りすぎるな、痩せすぎるな、現状維持」という教え的にも、やり過ぎは禁物なのだ。

 うーんと小さく呟いた綾那の言葉に、颯月がパッと顔を上げた。その顔色は今までと打って変わって、随分と明るくなっている。


「頼むから、綾はそのままで居てくれ。俺の心が死ぬ」

「死――いえ、でもやはり、郷に入っては郷に従えと言いますから。ここに居る間くらいは、痩せた方が良いのかも……」

「ダメだ、やめろ。ただでさえアンタ、腰回りが三センチも細くなっているんだぞ――あ」

「……三センチ」


 口が滑ったと言わんばかりに、ばつが悪そうな顔をする颯月。綾那自身も知らない、あまりに詳細な数値を彼が把握している理由と言えば、一つしかない。


「颯月さん、また勝手に私の事を「分析アナライズ」しましたね……?」

「違う、誓って下心じゃない。いつも健康管理のつもりでやっているから、何も心配しなくていい」

「いいい、いつもやっていらっしゃる!?」

「俺は綾が心配なだけだ。だから、アンタの全てを把握しておかないと」

「そ、そんなDV彼氏みたいな事を言わないでくれますか!? ――和巳参謀、颯月騎士団長が無茶苦茶なんですが! セクハラです、プライバシーの侵害です、やめさせてください!」

「婚約者同士、仲が睦まじくて大変よい事です」

「そんな話は今、していませんけどね……!」


 柔和な笑顔でのほほんと茶をすする美貌の騎士に、綾那はグッと下唇を噛みしめた。幸成辺りが居れば話は違ったのだろうが、今この場に綾那の味方もまともなツッコミ役も居ない。

 四重奏だけに飽き足らず、アイドクレース騎士団にも深刻なツッコミ不足問題があるのか。暴走しがちな颯月のブレーキ役――とは名ばかりの竜禅は、彼のやる事、成す事全肯定派。和巳も出会い初めこそ警戒心が強いものの、しかし一度懐に入れてしまえば割と豪胆な性格である。


(これは、幸成くんの苦労が忍ばれるよ……旭さんも真面目だけど彼はまだ入団したてだから、この人達にツッコむなんて荷が重いだろうし――)


 幸成は一番軽薄そうに見えて、その実、誰よりも厳格で常識人だ。だからこそ綾那も、彼に認められるまで約ひと月もの時間を要したのである。

 こうして騎士達が好き勝手に話すようになったという事は、恐らくそれだけ、綾那の存在を仲間として認めてくれたという事に他ならない。それは嬉しいのだが、しかしここまで一方的に振り回されると、さすがに辛いものがある。


 綾那は深いため息を吐き出して、「仮眠をとるなら、私もう帰っていいですか?」と投げやりに問いかけた。


 颯月は再びごろんとソファに横たわると、いつもハーフアップにっている白い紐をほどいて、抜き取った。そして結んだ跡のついた髪の毛をくしゃくしゃと、手で乱雑に撫でつけている。

 綾那は彼が髪を下ろしたところを初めて目の当たりにして、「ああ、やっぱり素敵」と、感嘆の息を漏らした。颯月は頭だけ起こすと、綾那に悪戯っぽい表情を向ける。


「帰るなと言えば、添い寝のサービスは受けられるのか?」

「そ……、や、――な、……うぅ、受けられません!」

「かなり揺れましたね」


 即答できなかった綾那に、和巳が粛々とツッコミを入れた。「ツッコミできるじゃないですか!」と吠えた綾那は、退室の挨拶を口にしながら、逃げるように執務室から出て行ったのであった。

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