第53話 完成

 時間の経過したアルミラージの肉――通称まずい肉。中性的な美貌をそのままに、和巳はそれを全力で噴き出した。彼はゴホゴホと苦しげにせて――綾那はその様子を撮影しながら、「こちらの編集機能でも、キラキラ光る虹のモザイクは入れられるのだろうか」と真剣に悩んだ。



 ◆



 討伐から一時間が経過して、すっかり風味が落ちてしまったアルミラージの肉。騎士は全員、好奇心から一度は『まずい肉』を食べた経験があるらしく――そしてその誰もが、口を揃えて「二度と食べたいとは思わない」と言った。

 しかし、今回は食べてもらわねば企画にならない。「魔物肉、美味しい。こんなものを好きに食べられる騎士が羨ましいでしょう?」それも良いが、それだけでは足りないのだ。

 とびきりまずい肉を食べて、大オチをつけて頂きたい。


 そして、動画を映すためのモニター魔具を借りる大衆食堂にもまずい肉を卸す。この動画を見た視聴者が、興味を持って肉を注文したり、街で動画の事を「面白いから食堂へ見に行くべきだ」と話題にしてくれたりすれば、ついでに経済も回せる。広報活動として大成功である。


 ゆえに、誰か一人でも良いから、まずい肉を食レポしてくれないか――とお願いしてみたところ、唐突に騎士五人の熾烈しれつなジャンケン大会が開催された。綾那は「奈落の底」にもジャンケンはあるのだなと感心しながら、図らずしも見応えのあるバトルが勃発した事により、これは動画の盛り上がりが増すぞと大喜びである。


 ――そうして栄えある食リポ係を任命されたのが、まさかの和巳であった。正直、見目麗しすぎる彼のキャラクター的にミスマッチ感はあるが、しかし彼らが正々堂々と戦った結果がコレなのだから、綾那が覆す訳にはいかないだろう。

 しょんぼりと落ち込んだ和巳の目の前で焼かれるアルミラージの肉。先ほどは焼ける匂いだけで涎が出たものだが、今回はどうにも様子が違う。


(なんだっけ、この匂い……なんか、生臭いというか――魚……そう、発酵した魚っぽいかな?)


 つい数分前まで絶品肉料理だったはずのアルミラージから、何故いきなり魚の匂いがするのだろうか。これは興味深いと、焼ける肉を撮影する綾那。しかし気付けば調理担当の旭以外、全員が簡易かまどから離れているので首を傾げる。

 調理している旭ですら顔を顰めているので、彼だって出来る事ならば、この場から離れたいのかも知れない。


 やはりこの国の人間はそもそも魚が苦手なのか。いや、正直魚介類に慣れ親しんでいる綾那からしても、この匂いは相当に癖が強いと思う。


「焼けました――」


 神妙な面持ちをした旭の手に握られた、アルミラージの焼き串。その見た目に問題はなく、先ほど食べた絶品の焼き串と、なんら変わりないように見える。プリッとした肉質に滴る脂。ただ、かなり独特な発酵臭を発している。これで腐っていないと言うのだから、不思議なものだ。


 その串を手渡された和巳は、なんとも言えない表情を浮かべてカメラ――綾那を見やった。その表情は、「本当にこれを食べるのか」と物語っているようだ。


「和巳参謀、グイッとイッちゃいましょう。後学のために、残った分は全て私が頂きますから」


 ――ひと口だけ食べて、騎士のリアクションが撮れればそれで良いのだ。

 和巳が手に持つ串には肉が二つ刺されているが、正直、ひと口齧ってくれるだけで彼の任務は完了だ。いくらまずいとは言われても、食材を残す訳にはいかない。残ったものは、企画発案者の綾那が責任をもって食す所存である。

 しかし和巳は、綾那の出した助け舟に安堵するどころか、ますます眉間に皺を寄せた。


「――いいえ、男に二言はありませんから」


 たかがジャンケン、されどジャンケン。勝負は勝負なのだ。それに負けてしまったからには、彼は男としてやり遂げるしかないのだろう。特に、女性と間違われるのがコンプレックスだと言う和巳は、殊更ムキになるのかも知れない。

 彼は深呼吸をすると、意を決したように顔を上げた。そんな彼の背後では、完全に他人事の幸成と颯月が「いいぞ、男気見せろ!」とヤジを飛ばしている。


(なんだろう……きっと皆にとって、とんでもない罰ゲームなんだな、コレ。なんだかさっきから、私の想定以上の面白動画が続いている気がする――なんて幸先がいいんだろう。もしかして、まだキューさんの加護って続いてる?)


 なんにせよ、良い事だ――そうして意を決した和巳の迎えた末路が、冒頭の全力肉噴射である。


 ゴホゴホと激しく噎せながらも、今の己の姿がカメラに映して良いものではないと察したらしい和巳は、馬車の陰へと移動した。高みの見物を決め込んでいた他の騎士の面々はと言えば――腹を抱えて笑う者二名、口元を押さえて震える者二名に分かれた。あの真面目な旭まで笑っているのだから、この罰ゲームは騎士の間で有名なモノなのかも知れない。


 ちなみに桃華も、馬車の荷台に座ったまま口元を押さえて、笑い声を上げないよう震えている。


「どうですか皆さん、屈強な騎士でさえ耐えられない、まずい肉です――さて、私も試食してみましょう」


 投げ捨てられなかっただけ、まだマシと言うべきか。どさくさに紛れてかまどの上の鉄板に戻された、まずい肉の焼き串。綾那はおもむろにそれを手に取ると、一言も言葉を発する事が出来なかった和巳の代わりに、食リポしようと口にした。


「えっ、ちょっ、綾ちゃん! 何も綾ちゃんまで食べなくたって……!」


 慌てた様子で手を伸ばす幸成に構わず、綾那は肉を咀嚼する。


「う――こ、これは……なんという事でしょう、先ほどと同じアルミラージには思えません……! 触感はまるで、分厚いゴムのようで――ング、とてもグニグニしていて、なかなか噛み切れません……っそれにこの味と、匂い……何かに似ていると思ったら、魚醤ぎょしょうに近いですね! それも未精製の、かなり癖が強いもの――苦手な人には相当厳しい食べ物です……!」


 綾那は事細かに食リポしながら、しかしいつまで経っても噛み切れない肉の塊を、思い切ってゴクンと飲み下した。魚醤――精製された市販のナンプラーならば癖も少ないが、これは癖が強すぎる。まるで、発酵させた魚が一つも取り除かれる事なく、そのまま全部まとめて口の中に入ってきたようだ。

 食べ慣れない風味に、綾那はマスクの下で眉根を寄せた。


「罰ゲームにぴったりなこのまずい肉、今回は特別にいくつか食堂へ卸していますよ! 皆さんも一度、試してみてくださいね。お口直し用の注文をすることも忘れずに――と、一言注意をしておきますが」


 綾那はそこで一旦言葉を区切ると、ゴホンと咳払いをしてから再び口を開く。


「では、今回の動画はここまでです! またお会いしましょう、サヨウナラ~」


 己が映る訳にはいかないので、綾那は音声のみの挨拶をしてからカメラを下ろした。そこでふと、「ああ、和巳さんの問題のシーンは、彼のキャラ的にもモザイクではなく音声のみで楽しんでもらうのが良いかも知れないな」なんて漠然と考える。

 そして、「まずかったでしょ、平気!?」と慌てたようにカップに入った水を差し出す幸成に礼を述べながら、口の中に色濃く残った魚醤の後味を喉奥へ洗い流す。


(なんて奥が深いんだろう、魔物肉)


 たまたまアルミラージが魚醤風味なのか、それとも全ての魔物肉がこうなってしまうのか――否が応にも興味が湧いてしまう。やはり綾那は生粋のスタチューバーなのだろう。


「しかし、綾那殿はあれを飲み下せる胆力の持ち主なのか……強者つわものだな」

「え? いやあ、なんと言うか……結構、罰ゲームとは縁深い職業だったので」


 苦笑する綾那に、竜禅は感心したように「ほう」と呟く。そう、綾那は過去四重奏の企画で、罰ゲームとして苦い茶や激辛ソース、ドリアン、くさや――果てには、「全く飲み込めない、喉が拒絶してる」と涙を流しながら、シュールストレミングを食べた事だってあるのだ。

 最早「やや癖の強い魚醤」程度では、綾那を泣かせる事など出来やしない。


「とにかく、今日の撮影はこれで終わりにしましょう。あとは私の編集次第ですね、皆さん本当にお疲れ様でした」


 綾那が深々と頭を下げれば、幸成と旭が安堵したようにほっと息をついた。


「楽しめたか?」


 小首を傾げ問いかけた颯月に、綾那は満面の笑みを返す。


「――ええ、とっても!」


 今日一日、綾那は本当に楽しかった。初めて見る景色に、初めて見る魔物。数々の魔法と、まだ綾那もよく知らなかった騎士達の愉快な姿。今は一刻も早く本部に戻って、撮影した動画の編集をしたい。鉄は熱い内に打て――だ。

 しばらくの間は王都アイドクレースの大衆食堂で独占放送になるだろうが、ゆくゆくは全国的に配信できれば良いのにと思う。そうすればキューの到着を待たずとも、各地に散り散りになった仲間達が「王都に綾那が居る」と気付いてくれるだろうに。


 綾那は改めて周囲の景色を見回した。色の変わらない漆黒の空、浮かぶ光源。一面に広がる草原に、街道が続いた東の森。


(ん? 今一瞬、森で何か光ったような――気のせいかな)


 綾那は数度目を瞬かせて東の森を見たが、しかし変わった様子は見受けられない。恐らく、空に浮かぶ魔法の光が妙な反射を起こしたのだろうと納得した綾那は、颯月に「早速ですが、編集のやり方を教えてください!」と頭を下げた。



 ◆



「颯月さん、安価に手に入る楽器はありませんか?」

「楽器?」


 パソコンに似た魔具で颯月から動画の編集方法を教わった綾那は、困り果てていた。編集については、やり方の違いはあれど根本的には「表」でやっていた方法とそう変わらない。カット&ペーストは勿論、テロップも入るし、やろうと思えば画像やイラストも挿し込める。

 それは良いのだが、しかしパソコンの中にひとつも音源がないのは大問題だ。効果音にしろBGMにしろ、音があるのとないのとでは、動画のキャッチーさに天と地ほど差が出る。


 騎士団の訓練の様子を撮影して団内で流す分には、BGMなど必要としないのだろうが――しかし今回の動画は娯楽としての要素が大部分を占めるので、音なしではあまりに味気ない。だからと言って、この領に普及されている音楽を流用するのは、著作権的に問題があるはずだ。


 そこで綾那が考えた対策は、「自分でBGMを作るしかない」である。腐っても『四重奏』というグループ名を冠する綾那、楽器の演奏はお手のものだ。しかも、スタチュー内で著作権フリーとして扱われていた楽曲ならば、耳にタコができるほど聴いている。完璧に再現するのは無理でも、ある程度似たような楽曲に仕上げる事は可能だろう。

 ただしこの場に他のメンバーが居ないため、綾那一人でいくつか楽器を演奏したものを録音して、それを重ねて無理やりひとつの曲にするしかない、というのが少々手間である。


「音がないのが寂しくて、自分でなんとかできないかと思って――」

「へえ。アンタ、楽器もできるのか」


 綾那の作業場として颯月の執務室の一角を借りているのだが、彼は意外そうに目を丸めた。綾那は「ふふふ」と得意げに笑う。


「元々、家族とは楽器を弾く集まりだったんですよ。楽器に関しては多種多様に手を出してきたので、割と幅広く演奏できます」


 綾那は低音至上主義で、ベースやコントラバス、木管ならファゴット、金管ならチューバなど、とにかく低音の楽器を好んで演奏していたのだが――しかし低音だろうが高音だろうが楽器が異なるだけで、演奏方法はさして変わらない。そこまで大きな問題にはならないだろう。


「楽器なら、別館にいくつか保管されているものがある。好きに使って良いぞ」

「えっ、良いんですか? 助かります……早速行って来ても良いですか?」


 意気揚々と立ち上がった綾那に、颯月は笑みを返す。


「案内する。あと、出る時にマスクを付け忘れるなよ」


 颯月に言われて、綾那は執務室に入ってから外しっぱなしにしていたマスクの存在を思い出す。「あっ」と声を漏らし慌ててマスクを付けた綾那は、はにかみながら颯月の後について行った。



 ◆



「いかがでしょうか――?」


 アルミラージの撮影から、はや二日。BGMづくりという予定外の職務も挟んだため、本来綾那が想定していたよりも動画の編集に時間がかかってしまった。しかし、なんとか形にする事はできた。

 今日は、作り上げた動画を関係者へ披露する場を設けてもらったのだ。まずは演者の許可取り。彼らが納得した上で、満を持して街の大衆食堂へデータを渡したい。

 ちなみに食堂へ卸すアルミラージの肉だが、腐らないよう颯月に頼んで氷魔法で冷凍保存している。一度まずくなればそれ以上味が悪くなる事はないらしいので、ある意味安心だ。


 毎日まずい肉を卸す訳ではなく、あくまでもアルミラージの肉があるのは動画公開初日だけ――しかも、数に限りのある限定品だ。そのため大衆食堂の店主には、まずい肉の宣伝入りバージョンと、肉の在庫がなくなった時点で宣伝なしバージョンに切り替えられるよう、二本分のデータを渡すつもりでいる。


(人様に動画を見せて、その感想を聞くなんて……いつぶりだろう?)


 四重奏のメンバー間には、既に信頼関係が結ばれている。誰がどう編集しようがそれなりのものができると信用しているため、今となってはわざわざ「どうかな?」なんて意見を聞く事がほとんどない。

 綾那は緊張した面持ちで、動画を見終わった騎士達の反応を待った。


「いや、正直、凄ぇと思う」


 まず口を開いたのは幸成だ。彼の言葉に綾那はパッと表情を明るくさせたが、しかし幸成は「ただ――」と続けた。


「綾ちゃん、俺と旭の事 盗撮し過ぎじゃねえ?」


 目を眇めながら「禅が「水鏡ミラージュ」使う前からやってるよね?」と問う幸成の横で、額に手を当て俯いていた旭も、ゆるゆると頷いて無言のまま同意する。

 綾那は軽く握った拳で己の頭をコツンと叩くと、小首を傾げ「えへへ」とあざとく笑って誤魔化そうとした。しかし、微塵も誤魔化されてはくれなかった幸成が「いやいやいや――」と言葉を続けようとしたところで、おもむろに颯月が口を開く。


「よく撮れてんだから別に良いじゃねえか、何が問題だ?」

「何がって言うと、全部が問題にも思えてくるんだけどよ」

「普段ウチで撮ってる演習の動画と一緒だろうが。綾は、騎士団のイメージアップを図るために最善を尽くしただけだ」


 取り付く島もなく断言する颯月に、幸成は「颯は綾ちゃんのやる事、成す事全肯定派だから、お話になんないんだよ」とため息交じりにぼやいた。


「いえ、しかし、撮影手段はともかくとして……確かに素晴らしい出来だとは思います。後ろで流れていた音楽も、綾那様が作られたのですよね?」


 旭の問いかけに綾那が笑顔で頷けば、彼は素直に「凄いですね」と感心する。馬車で移動するシーンはフルートメインで朗らかに。アルミラージ討伐時はギターとドラムを使ってロック調に。食事のシーンはピアノで明るく軽快に。


 普段領内の催しか何かで使うものなのか、別館には様々な楽器が揃っていた。そもそも音楽ソフトでもあれば打ち込みだけで簡単に作れたのだが、手元にないのだから仕方がない。綾那はそれらの楽器を借りて、なんとかBGMを完成させたのだ。

 ただ、本当に簡素なつくりの曲ばかりだし、録音した各楽器の音を無理矢理合成したため、ズレも気になる。四重奏のメンバーの耳に入れば「雑」と酷評されてしまいそうだが、しかし無音よりは遥かに動画が見やすくなったはずだ。


 編集した結果、動画の総再生時間は約二十分ほど。短すぎると記憶に残らないし、逆に長すぎてもダレてしまう。しかも流す場所は街中の大衆食堂だ。動画を視聴するためだけに、注文もせず長時間居座るような客が出ては困るだろう。二十分ほどであれば、食事しながら視聴するのに丁度いい長さなのではないか思ったのだ。


 流れとしては、綾那の音声のみのオープニング――「アイドクレース騎士団の日常をお伝えします」といったようなものだ――から始まり、馬車の横を歩く颯月に対するインタビューと、綾那殺しの笑顔、そして馬車に揺られる幸成と旭の姿。

 竜禅の解説付きの和巳の戦闘シーン、「水鏡」で姿を隠しながら撮った幸成と旭の連携のとれた戦闘シーンと、誰よりも早く「水鏡」に気付き手を振るファンサービスまで行った颯月の姿。

 アルミラージが突っ込んできたせいで「水鏡」の強制ネタばらしからの幸成、旭のリアクション、その後ろの颯月と和巳。旭が手際よくアルミラージを調理するシーンに、全員の食事風景。罰ゲームをかけた本気のジャンケン大会と、音声のみでまずい肉に苦しむ和巳の肉声に――最後は綾那の挨拶で動画の締めだ。


 思いのほか撮れ高が多かったため編集は難航したものの、綾那自身、ノリと勢いで撮った割にはなかなかの出来だと思っている。


「どうでしょう、大衆食堂にデータを渡してしまっても良いでしょうか……?」


 問題は、ほぼ全編に渡って盗撮されている若い二人と、音声のみとはいえ動画内で醜態を晒すハメになってしまった、和巳の反応である。

 窺うように騎士の面々を見やれば、颯月と竜禅が即座に頷いた。旭は「そもそも自分に拒否権はない」とでも言いたげに、まるで諦観したような虚ろな表情で頷き、意外な事に和巳も笑顔で頷いた。

 ちらと幸成を見やれば、彼もまた「いーよ、ダメって言ったってどうせ団長命令が飛んでくるだけだから」とため息を吐きつつも頷く。


「ありがとうございます! 早速、大衆食堂へ行っても良いですか?」


 綾那は安堵して颯月に問いかける。時刻はまだ昼前、朝の十時だ。もう少しで昼食をとるために客足が増え始める頃だろうから、動画を流すには丁度いい時間帯なのだ。

 ちなみに大衆食堂の店主には、事前に「動画データができたら店に置かせてほしい」と頼んで承諾を得ている。店主は新しい試みに好意的で、この動画が店の目玉になり、動画がきっかけで客が増えれば万々歳だと言ってくれた。魔物のまずい肉を売る事に関しても面白そうだと喜んだため、食堂の店主は相当に頭の柔軟な人物であると思う。


「表」のようにインターネットを介した動画配信ではないので、視聴者のリアクションが作成者である綾那に伝わりづらい。できれば公開初日くらい、綾那も大衆食堂に入り浸って視聴者の反応を生で見たいところだ。

 実際の反応を見て、このまま女性向けで突き進むのか、それとも男性向けに硬派な動画に方向転換させるのか――今後の動画方針を固めていきたい。


「禅、綾の護衛を頼めるか? 「水鏡」を使えるのは、俺を除くとアンタだけだ――街の人間の反応が見たいなら、姿は変えた方が良いだろう。綾はただでさえ目立つ上に、マスクも外せんからな」

「ええ、構いませんよ」


 颯月の言葉に頷く竜禅に、綾那は「ありがとうございます、助かります」と礼を述べる。


「綾、本当なら俺も一緒に行ってやりたかったんだが……今日は外せん会議があってな。欲に駆られて下手にサボると、また痛い目に遭いかねんし――」


 げんなりとした表情の颯月に、綾那は苦笑いを返す。彼はいまだに、正妃に連行された日の傷が癒えていないのだろう。


「でもそれって、副長の竜禅さんは参加しなくても平気なんですか?」

「私はほとんど颯月様の飾りのようなものだから、気にしなくていい。私の仕事は、颯月様の手が回り切らない部分へ手を貸す事――だから今回は、綾那殿の護衛がソレだな」


 淡々と答える竜禅に、綾那は「絶対に飾りなんてモノじゃないだろうな」と思った。

 しかしここは、彼らの厚意に甘えようではないか。団長の颯月が良いと言っているのだから、これで良いのだろう。


 綾那は改めて礼を言うと、早速に本分のデータを手にして「では、納品に行って参ります!」と、竜禅と共に勇ましく出かけたのであった。

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