第19話 花の騎士
和巳が運んでくれた朝食プレートは、幸いな事に「表」で食べ慣れた食材と味付けばかりであった。
バターの香りがする焼き立てのロールパンに、ポテトとチーズが入った大きなオムレツ。
トマトとスモークチキンをたっぷり使ったレタスのサラダに、まるでステーキのような、こんがりと焼かれたブロックのベーコン。そして濃厚なコーンポタージュ。
綾那は、食文化に違いはないらしいと安堵した。ただ一つ懸念があるとすれば、朝から大変に食事量が多いという事だ。
さすが、体が資本の騎士団員のために用意された朝食メニューである。こんなにも分厚いベーコンをブロックのまま食べる機会は、なかなかないだろう。
「口に合いましたか?」
「はい、とても美味しかったです」
和巳に問われた綾那は、大きく頷いて――そして、少し悩んだ。
(本当に美味しいんだけど、これだけのカロリー……負荷高めの筋トレして、すぐに消費しなきゃ。というか多分、この調子じゃあ昼も夜も多いよね? い、言えば量を減らしてもらえるのかな……?)
ただでさえ太りやすく、しかも現状行動範囲を制限されているため、外で走り込みもできない。
果たして綾那は、自室で行う筋トレのみで体形を維持できるのだろうか。
人に頂いたものを残す訳にはいかないからと、綺麗に平らげてしまった。
綾那は空になった食器類をじっと見下ろしては、マスクの下で目を眇める。
(これは、毎晩寝る前に動けなくなるまで「
ギフト「怪力」は、使う力のレベルが高ければ高いほど体力を消耗する。
最大レベルの5まで行くと、使用後に過呼吸になるほど過酷な能力だ。しかも体力の消耗に比例して、カロリーの消費量も跳ね上がる。
ほとんど裏技に近いチートなダイエット法だが、背に腹は代えられない。
「さて、そろそろ皆が来る時間ですね。片付けてきますので、待っていてください。話しついでに少し外を歩きましょうか、いい腹ごなしにもなりますから」
「何から何まですみません……」
両手に一つずつプレートを持った和巳は、また奥の厨房へ向かって歩いて行った。
(それにしても和巳様――颯月様達と比べたら体が細いから、てっきり食も細いのかと思ったけど……色々と大盛りにしてた。あれでも、私のメニューは少なめによそってくれていたのかも)
頭脳派の参謀と言われていたが、やはり和巳も騎士なのだ。
日常的にあれだけ食べても体が細いとは、普段どれほど過酷な鍛錬をしているのだろうか。、職務自体も相当キツイものに違いない。
「お待たせしました、行きましょうか」
「はい」
食器を片付け終えた和巳に促されて、綾那は朝食会場を後にした。
◆
和巳に連れられて来たのは、騎士団本部の裏庭だった。少し離れた位置には、昨夜通って来た『裏門』と呼ぶにはやたらと豪奢な門も見える。
改めて見ると、本当に広大な敷地だ。元々は全て王族の私有地だったと言うが、肝心の王族が住まう屋敷はどの辺りにあるのだろうか。
そして、騎士団員が自由に移動できるのは、どこからどこまでなのだろうか。
「この辺りにはあまり、女性の目を楽しませるようなものがなくて――気分転換になればと思ったのですが」
どこか申し訳なさそうに笑う和巳に、綾那は首を横に振った。
「いえ、この建物を見ているだけでも、まるでお城の見学に来たみたいで面白いですよ。それに――」
綾那はその場にしゃがみ込むと、足元に群生している黄色い花を指差した。
青々としたツタをびっしりと地面に這わせて、葉はクローバーに似たハート形。
ツタに紛れて点々と咲いた黄色い小花が、葉の緑と鮮やかなコントラストを成している。
名前までは分からないが、「表」の道端にもこんな花が咲いているのを見た覚えがあった。
「花がたくさん咲いていますから、十分です」
「花――花、ですか」
「あれ……違うんですか?」
「いえ、カタバミという花です。このサイズの花弁では、葉の方が目立って雑草と捉えられがちですけれど」
「カタバミ! 聞いた事があります。へえ……これがカタバミだったんだ」
「……花に興味が?」
和巳に問われて、綾那は曖昧に笑った。
別に詳しい訳ではないのだが、
その時に何種類か花を育てた経験があって――まあ、その後「次は家庭菜園がいい」と言い出したメンバーが居たため、花壇は野菜畑になってしまったのだが。
「昔、ちょっとだけ育てた事がありますよ。花と、野菜」
「野菜も?」
「ええ。野菜の実を付ける前に、綺麗な花を咲かせるのが楽しいですし……何より、後で美味しく食べられるでしょう?」
「なるほど、それは……そうか、野菜を育ててみるのも面白そうですね」
「和巳様は花がお好きなんですか?」
和巳は、綾那の言葉に目を丸くした。
そしてすぐさまパッと目を反らすと、どこか気まずげな表情を浮かべる。
「…………そのせいでよく、女性のようだと揶揄されるんですよ」
「あ……そ、それは」
花が好きと言うだけではなく、和巳の中性的な容姿が拍車をかけているような気がする。
ただ、彼の反応を見るに相当気にしているようだ。無遠慮にそんな事を口にすれば、きっと不快な思いをさせてしまうだろう。
綾那だって――もう慣れたとは言え――「怪力」を発動させるたびに『ゴリラ』と揶揄されるのは、なかなか辛いものがある。
望まぬ揶揄をされる憂鬱さ、和巳の気持ちはよく分かるのだ。
「えっと……和巳様、お花のいい香りがするから、言われるんですかね? こう……桜みたいな?」
せめて外見には触れないように、どうにかしてフォローしようと必死だ。
――いや、果たしてこれがフォローになっているのかどうかは謎だが。
和巳は「おや」と僅かに片眉を上げると、綾那の顔をまじまじと見た。
「随分と鼻が利きますね? これが何の香りかなんて……今は桜の季節ではありませんから、尚更」
言いながら彼が懐から取り出したのは、小指サイズの小さな巾着袋だ。
途端に桜の香りが強くなって、綾那は頬を緩ませた。
「わあ、いい香り。匂い袋ですか?」
「ええ、中に桜の花弁でつくったポプリが入っています」
「ポプリですか! ……つくるの、楽しそうですね」
「――まあ……、…………そう、ですね」
今まで、散々揶揄されてきたらしい花の事だ。
やはり素直に認めるには抵抗があるのか、和巳は複雑そうな表情のまま巾着袋を懐にしまった。
(もし
綾那は漠然とそんな事を考えた後、ふと世間話をしに来た訳ではないのだと思い直した。
「和巳様、お話の続きですが――」
「綾那さんが他領のスパイだと疑われている理由――でしたね。その説明をするにはまず、この国が抱える問題について話さねばなりません」
「はい、お願いします」
「リベリアスには、五つの領それぞれに騎士団があります。騎士の職務は領地を巡回して、領民に危険が及びそうなものを排除する事。滅多に姿を現さない悪魔との戦闘記録はありませんが、眷属や魔物は別です。年々増加傾向にあるため、こちらから積極的に討伐する必要があります」
ここまでは既に颯月から聞いた話だ。綾那は無言で頷いて、続きを促した。
「領内全てが守るべき範囲なので、どうしても人手が必要になります。アイドクレースで言えば、本部はここ王都に置いていますが――街は王都だけではありません。他にも人が暮らす集落が多数あって、交代で巡回する必要がある。
「……大変なお仕事ですね」
王都に住居を構えていても、別の町村へ頻繁に出張しなければならない。
しかも眷属。あんな恐ろしい地球外生命体との戦いばかりでは、心も体も休まる時がないだろう。
(皆さん朝早くから訓練していたみたいだけど、拘束時間はどのくらいなんだろう? 就寝時を除いて個人の時間がないとか? だって、トップの颯月様ですら真夜中に森の見回りしてるぐらいだよ……? もしかすると騎士団って、とんでもなくブラックな職場なのかも知れない)
綾那は一抹の不安を覚えた。
何せ今彼女は、そんなブラックな騎士団の『広報係』としてスカウトされているのだから。
「確かに大変ではありますが、これでも花形職業
「……過去形なんです?」
「ええ、残念ながら。実は五つの騎士団全てに共通する
「問題、ですか」
「それは――」
深刻な表情になった和巳を見て、綾那はごくりと喉を鳴らした。
皆の憧れだった花形職業。その人気が陰るほどの問題とは、一体なんなのか。
やや背筋を正して話の続きを待てば、和巳はため息交じりに口を開いた。
「――死ぬほど、婚期を逃すんです」
「……婚期を?」
「ええ」
「…………死ぬほど?」
「死ぬほど」
「………………なるほど?」
笑えば良いのか、それとも深刻に受け取れば良いのか判断できない。綾那はマスクの下で、逡巡するように目を泳がせた。
スパイ疑惑の解けない女相手だから、煙に巻かれているのだろうか――とも考えたが、和巳の表情を見る限り至って真剣だ。
どうやら騎士団の抱える問題とは、本気で「死ぬほど婚期を逃す事」らしい。
「そ、れは――理由を伺っても?」
「そうですね、まず一所に定住できない事。どうしても家庭を築きにくいです」
それは分かる。
例えば「表」でも、出張しがちな夫をもつと「一緒に居ないなら、何のために結婚したのか分からない」とか、「不倫の心配ばかりしている」とかいう話をよく聞いた。
勿論、中には出張しがちで常に距離を保っているからこそ、夫婦互いを尊重できて上手く行く――という話もあるが。
「次に、出会いが少ない事。巡回で各地を回ると言っても、あくまでも仕事ですから遊んでいる暇はありません。巡回せずに本部で待機する場合でも、基本的に本部と宿舎の往復で十分生活できてしまいます。食事は無料で食べられるし、衣類や日用品についても商人が宿舎まで足を運んでくれますから」
(訓練や仕事で疲れ果てて、王都に居ても街へ繰り出そうっていう頭にはならないのかな……? やっぱりブラック?)
思わず苦笑する綾那だったが、ふと別の疑問が浮かび上がる。
「あの、職場恋愛は禁止なのでしょうか?」
広報とは言え綾那を騎士団に誘うぐらいなのだから、きっと女性騎士も居るのだろう。
魔力ゼロ体質が稀にしか生まれないという事は、つまりこの国の住人であれば女性だって魔法を使えるはずだ。
もし別れたら――と考えれば若干気後れするものの、同じ境遇に置かれた者同士であれば、巡回が多い事にも理解があるのではないだろうか。
そう思って口にした疑問だったが、しかし和巳は「いえ」と首を横に振った。
「もう、二十年ほど前になりますか――女性が騎士になる事は、法律で禁止されています。騎士だけでなく、魔物狩りを
「法律で? 意外と男尊女卑が激しい国なのでしょうか? 力の劣る女性は邪魔になる、と……?」
「逆です。これは、何においても女性を守るための法律――まあ、過保護だとは思いますがね」
「守る……では、女性に怪我をさせないために、そもそも戦いの場に出るのを禁止したという事ですか?」
「ええ」
それはそれで、どうなのだ。綾那は腕を組んで首を傾げた。
そもそもなぜ、そんな法律が制定されたのか。
二十年ほど前ということは、もしかすると今の王が制定したものなのかも知れない。
理由が分からない以上なんとも言えないが、颯月が綾那に対して「いくら戦う力があっても、戦闘職は厳しい」と言った原因は、確実にこれだ。
法律で禁止されているならば納得である。
「この法律が制定されたせいで、騎士として働いていた女性は全員職を失いました。眷属と戦えるだけの力を持っていた方々なのに、本当に悔やまれます。勿論、新たに女性を雇用する事もできませんから、結果として全騎士団が男所帯に成らざるを得なかったという訳です」
「なるほど。その法律が、騎士団の婚期を更に遠ざけたと」
「はい。だからと言って、周りの騎士が耐えているのに今更逃げ出せませんから」
ただでさえ命の危険があって、定住できず、結婚もできない。そんな辛い職業に就きたくないから、将来有望な若者達は騎士を敬遠する。
そして現役の騎士は、人手不足に苦しむばかり。それらがいくら辛くても、周りを差し置いて逃げ出す事はできない。
なんと恐ろしい負のスパイラルだろうか――。
「それに、雇用契約の更新が最短でも二年単位なのもハードルの一つです。一度でも足を踏み入れたら、余程の事がない限り逃げ出せない――こうして入団希望者は年々減少し、今ではどの騎士団も深刻な人手不足に悩まされています。そして、ここからが本題なのですが……綾那さんがスパイ扱いされている理由です」
「は、はい」
「現状、入団者が少ない以上は新たな戦力を望めない。しかし人手を確保しなければ、領内の安全を守れない上に、現役の団員の負担が増えるばかりです。手っ取り早く解決する方法は――他所の騎士団から団員を引き抜く事」
和巳の言葉に、綾那はぽかんと口を開いた。
どの騎士団も等しく困っているのに、どうして引き抜きなんて自分本位な事ができるのか。
「それは……アリ、なのですか?」
「限りなくグレーです。禁止する法律はありません、言わばモラルの問題ですね。勿論アイドクレース騎士団では、そのような行為は颯月様が禁止しています」
「……他の騎士団は違うと?」
「事実、既に何名も引き抜かれていますから。一体どのような条件を提示されたのかは、知りません。まあ、知りたくもありませんけれど」
和巳は不快そうに眉根を寄せた。
これはなかなか、難しい問題のようだ。基本的に領間の仲が良いとは言え、こればかりは全く別の話だろう。
つまり綾那は、別の騎士団が送り込んできたスパイ――スカウトマンだと思われている訳だ。
婚期を逃すという理由で敬遠されるくらいだから、「見合いを確約するから、我が騎士団へ」と分かりやすい餌を使われたのか。
もしくは、綾那のような女で直接釣り上げて領まで連れ帰り、契約さえ結んでしまえば少なくとも二年間は自領の騎士団員として働かせられる。
そのような騙し討ちが横行しているとは、あまり考えたくないものだが。
しかしここまで話を聞くと、颯月から騎士団の広告塔になるよう勧められた理由も分かる。
女っ気のない騎士団の広報に女性を使えば、「入団したって女性は居ないし、婚期が――」という理由だけで敬遠している、独身の男性を集められるかも知れない。
「理解しました。ところでさきほど、アイドクレース騎士団は特に問題があると仰っていましたが……?」
「ああ、アイドクレースの場合は――古い慣習ですが、「立場が上の者から順に結婚すべし」というものがありまして」
「まあ、それは、なかなか……上の方々はプレッシャーですね」
どこか遠い目で話す和巳。恐らく『参謀』という役職もちである彼も、立場が上の者に含まれるのだろう。
綾那はちらりと目線を下げて、彼の左手を確認した。
(え、あれ、指輪ない……? こっ、これだけ美形でも結婚できないって、騎士団まずくない!? 「表」なら考えられないんだけど! 美形の無駄遣いじゃない!)
いや、もしかすると彼が左利きで、かつ参謀という立場上書類仕事が多く、筆記の邪魔になるからあえて外している――だけかも知れない。
というか、そうであって欲しい。お願いだから結婚していてくれ。
「颯月様は、このような古い慣習に囚われずに、相手が居る者から好きに結婚していいと仰いますけどね。代々続いて来た、暗黙の掟のようなものですから。皆、颯月様を差し置いて身を固める事などできないと遠慮してしまって――」
そうして物憂げに息をつく和巳に、綾那は目を瞬かせた。
「え? でも、颯月様は婚約者が居らっしゃいますよね? 指輪、されているじゃあないですか」
「はい? そうですが……
「へ……?? ただのって、結婚の約束をされている方、なのでは――」
きょとんと目を丸めた和巳に、綾那は訳が分からなくなる。
婚約者とは、結婚の約束をした相手のはずだ。そんな存在が居るのに、なぜ「颯月を差し置いて」なんて事になるのか理解できない。
「ああ――颯月様が仰っていた、文化が違うというのはこの事ですか」
「な、なんですか……? どういう事です?」
「少々分かりづらいかも知れませんが、颯月様の婚約者――彼女
「うん!? ちょ、ちょちょ、ちょっと待ってください! 達? ふ、複数形ですか!?」
「え? はあ、そもそもあの方は一夫多妻を認められていますから……ああ、いえ。私が言いたいのは、そうではなくて――」
「いいえ! もう結構です! そりゃあ、神ですもの!? 一夫多妻、ええ、そうですよね! これ以上は聞きたくありませんので、お願いです、やめてください!!」
「……ふむ、これが文化の違い――何やら、色々と誤解されているような気がしますけど」
また文化の違いだ。
一夫多妻あり、浮気は合法。そんな文化を、「表」で育った者が簡単に受け入れられるものか。
綾那は和巳に向かって掌を突き出して、「NO!」と話を強制終了させた。
いや、正直、颯月は綾那の唯一絶対神ゆえに何をしたっていいのだ。
綾那の元・神である
彼がファンに手を出しまくっている事も、女性を妊娠させた上に中絶させまくっている事も、お金持ちの女性をパトロンにして都合よく使っている事だって――。
綾那からすれば、「絢葵さんは神ですから? だってあんなに格好いいんだよ?」で済む話だった。
何せ絢葵が無茶したところで、綾那にはなんの迷惑も掛かっていない。
そもそも妊娠、中絶、パトロンその他諸々された女性達だって、自ら望んでそこへ向かったのだから、少なからず責任がある訳だ。
一方的に被害者ヅラをするのはどうかと思う。
幻滅するどころか、綾那の目にはいつだって宇宙一格好いい男として映るだけだった。
颯月の事だって基本的にはそうだ。
今や絢葵を超えた新・宇宙一格好いい男なのだから、例えどんな無茶をやらかしたって「いや、神ですから?」で済む。
(でも、これは違う!)
彼が絢葵と違うのは、指輪をつけて婚約者の存在を示唆するくせに、堂々と綾那を愛人に勧誘してくるところだ。これはいただけない。
綾那は四重奏のためにも、浮気がどうとか略奪愛がどうとかいう恋愛スキャンダルだけは、起こしたくないのだ。
昨今の「表」の風潮からして、たった一度の過ちだろうが人生を棒に振ること間違いなしである。
特に綾那のような、顔と名前を出して仕事するような者は尚更だ。
「まあ、そうですね。こればかりは、颯月様本人の口から聞かれる方がよろしいかと」
不意に苦笑を浮かべる和巳に、綾那は思考を振り払うと首を傾げた。
「え、でも、私、しばらく颯月様には」
「ええ、幸成の気が済むまでは会えないでしょうね」
その言葉に、綾那は目を丸めた。それはつまり、少なくとも和巳の気は済んだという事だからだ。
「私が言うのも変ですけれど、そう簡単に信用していいのですか? もしかすると、本当に騎士の方を引き抜いちゃうかも知れませんよ」
「そもそもの話、実は副長が何も言わない時点で、その心配はゼロに等しいんですよ」
「竜禅さんが?」
「あの方は人の悪意に敏感ですから。特に、颯月様へ不利益をもたらすような人間には」
「それは……凄いですけど、では、私はなぜ……?」
なぜ、少なくとも颯月を害す存在ではないと分かった上で、それでもまだ試すようなマネをするのか。そんなに胡散臭いのか。
やや落ち込んだ様子の綾那に、和巳は柔和に微笑んだ。
「すみません。そうですね……私の場合は、貴女の人間性を探りたかったから。幸成は――恐らく颯月様の食い付き方が異常なので、どうしても心配になるんでしょう」
「く、食い付き」
「幸成はああ見えて厳格ですから、なかなか気を許しません。でもまあ、綾那さんならそう時間はかからないと思いますよ」
「そう言われましても……」
綾那は何やら、脱力してしまう。
昨夜幸成に「追い出せないなら、消すしかない」と物騒な事を言われた気がするが、本当に気を許してもらえる日なんて来るのだろうか?
「応援していますよ」と微笑む和巳に曖昧な笑みを返して、綾那はひっそりとため息をついたのであった。
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