ロマンス至上主義
砂中静流
雨別
「団子でも食べに行こうか」
心中前夜、着物の袖で私の頭を包み込んで雨を凌ぐあなたが優しい声で言った。
少し上にあるのだろう顔は、水滴のカーテンと、雨を含んだ闇色の髪で、見ることは叶わない。
跳ねた泥がふたりの足元を汚しても、私たちは動かない。あなたの病人のように白い指先が雨の冷たさからか、ふるりと震えるのだけが、視界の片隅に鮮やかだった。
「おかしな人だわ。最期の贅沢というのなら、もっとすてきなものを食べましょうよ」
雨が強くなった。私の声が届いたのかどうかわからない。
あなたの耳に届く前に、しとどに降り続く雨で流されてしまったかもしれない。
通りを番傘の着物が過ぎてゆく。三人目だったろうか。私たちからはしっかりと見えているのに、まるであちらからは私たちが見えていないよう。
私たち、まるで二人きりなのね。
甘味処は雨の中に仄かな明かりを灯していた。
注文したみたらし団子は温かく、つやつやと輝いている。口に含むと優しい甘さが広がった。あなたはこの甘さが恋しかったのかしら。
隣で同じものを咀嚼するあなたの体温が、雨で冷えてもなお温かく感じた。
「なんだか、とっても幸せね」
ふと漏れ出た私の言葉に、あなたが瞬間瞳を丸くしたのを私はよく見ていた。
「そうかい、ああ、本当にそうだね」
そういって、微笑むような息を漏らしたあなたの顔は、降りやまない雨へと逸らされ見ることは叶わない。
私たちはこの恵みの雨の中で、足跡を残すこともなく姿を消す。あなたが私の言葉に諦めるような顔で頷いた時から決まっていた。
紫陽花の咲き乱れる人気のない池のほとり。あなたの熱を持った白い指と指を絡ませて、ゆっくりと瞳を閉じた時にやっぱり私は、とっても幸せだと感じた。
だから、背中に感じたあなたの大きな掌の感触も、振りほどかれた冷たい指先も、すっかり忘れることができるのです。
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