声なき悲鳴

相内充希

声なき悲鳴

 シンとした部屋の中、森村亨がキーボードをたたく音だけが響く。高校の入学祝いに買ってもらった愛機だ。

 本音を言えば、デスクトップなのが不満と言えば不満だが仕方ない。でも欲しかったスペックのノートは、高価すぎて却下されたので妥協した。それでも使えば愛着もわく。


 実際勉強でも使っているし、年末には親の年賀状も作ったり、母親のPTA関係のチラシ作りにも協力した。おかげで亨の評判は上々。クラスでもパソコンは使える方だと自負してる。

 おかげで大学になったら高スペックのノートパソコンを買ってもらえる約束はとりつけたし、この愛機でもゲームもぬるぬる動く。動画編集だってばっちりで、友だちとゲーム実況の動画もひそかに出した。


 でもそれは表の顔。


 パソコンがほしかった本当の理由は別にあるのだ。



「やばい、あと二時間しかない」

 カチコチと無情に進む時計を睨みつけても、あいにく時間は止まらない。

(時間よ止まれ、止まるんだ!――って、止まるわけないか)


 中二病みたいなことをしたと肩をすくめ、ぐるっと首をまわし、大きく息をついた。眠気覚ましに椅子から立ち上がり、肩を回してみる。

「コーヒーでも飲むか」

 最近コーヒーを飲むようになった。もちろんブラックだ。

 インスタントだけど。

 粉少な目だけど。


 猫舌仕様に作ったコーヒーを飲み干し、改めてパソコンに向かう。

 サラッと書いた文の一部を読み直し、ニンマリと笑った。


「やっぱ俺って天才じゃね?」


 画面に並ぶ文字は亨が初めて書いた小説だ。


 * * *


 主人公は、ひょんなことから地上で生活することになった元悪魔・阿久万里夫。きまぐれに人間の魂を対価に願いをかなえていたが、最後の契約者であった男の願いは「自分とは違う何かになりたい」だった。

 万里夫は男と話すうちに、退屈しのぎにちょうどいいと、自分とその男の魂を入れ替えた。男は悪魔に、万里夫は人間になったのである。

 期間は八年。

 悪魔にとっては瞬きほどの時間だが、いざ人間になってみると一日一日が長くて新鮮だ。それでも少し退屈してきた万里夫は、暇つぶしに探偵のまねごとをすることになるのだが――。


 そんなファンタジーテイストのミステリーである。

 万里夫の年齢は最初大人にしようと思ったが、高校生のほうがカッコいいと思い直した。クールでミステリアス。女子にもひそかに人気があるけど、万里夫にとっては子どもすぎだ。相手になんてしない。


 そんな時、万里夫のクラスメイト三橋優樹菜の父親が死んだ。

「お父さんは殺されたのよ!」

 そう訴える優樹菜の依頼(ただし、探偵の正体が万里夫だとは気づいていない)で捜査を始めた万里夫。


 優樹菜の父が死んだのは、三橋の経営する会社の社長室。

 窓もドアも閉まっていて、状況的にはどうみても自殺。遺書はないけれど警察はそう断定した。なぜって? 彼を殺したいほど憎んでいる相手がいないからだ。

「でもお父さんが自殺する理由もないのよ。私の誕生日にネズミーランドに行く約束だってしてたんだから!」

 そう訴える優樹菜。実は大事なことを隠しているようで――。


 * * *


「いいねぇ。我ながらいい出来」

 万里夫がいつも黒づくめのクールな少年なのに対し、優樹菜はロングヘアの清楚な美少女だ。

 おとなしいので目立たないが、実はかなりのナイスバディ!!

 このあと万里夫の助手にもなる大事なキャラだ。


 万里夫は魂は悪魔だけど、身体は人間。多少超人的な力を使い、使役する魔物もいるけど、基本普通の高校生。

「だからこそ、かっこいいんだよな」


 読み返し悦に入ってたところでハッとする。

 まずい。締め切りが近い。


 初めて書いた小説は、大好きなシリーズを出版している出版社への公募用だ。

 頭の中ではすでに、「処女作受賞」の文字と、「大型高校生作家デビュー」の文字がバーンと出ている。

 口の端が不敵にあがった。


「見てろよ、佐藤」

 中学の同級生の顔を思い出す。

 亨は中学の時Web小説にはまった。その中でも自分と同じ中学生らしき作家のファンになった。

 佐藤と話すようになったのは、たまたま同じ作品が好きだと知ってよく話すようになったからだ。 


「でもさあ、俺だってこれくらい書けると思うんだよね」

 ついそんなことを言ったのは、模試の帰りだったか。

 同じ中学生が書けるんだ。自分にだってネタさえあれば書けると思った。

 でも佐藤が「じゃあ書いてみれば」と、どこか冷たい声で返したから、なんかムキになってしまい、けんか別れのようになってしまった。高校も別で、中学のクラスLINEグループで時々見かけるけど、話しかけるきっかけを失っている。


 でももし亨が作家としてデビューしたら?

 ほらな?

 そんな感じでまた話せると思うのだ。


 だから書く。

 大丈夫。あとは書式を整えて送るだけ。

「応募要項チェックよし。送るぞ――――あれ?」


 送れない?


 時間は午後十一時五十分、締め切りまであと九分。


「嘘だろ。Wi-Fi通じてない」

 たまにある不具合だ。いつもならしばらく電源を抜くなどするけど、今はそんな暇はない。

「えっと、えっと。あ、線直接つなげばいいのか?」

 たしか父親のパソコンはWi-Fiじゃなくて、何かコードをつないでる。


 予備あったっけ? でもそもそもルーターは下の階だ。デスクトップじゃすぐに持っていけない。


 じゃあ、一分だけでも電源抜いてみる?

「ああ、もう五分しかない」


 サポートに電話。

「夜中じゃ無理だ」


 親。

「寝てるし、ぜったい俺のほうが詳しいし」


 思い切って一度、リビングに置いているルーターの電源を切る。じりじりと一分だけ待つ。

 再び電源を入れて次々とライトが付くのをにらみ、部屋に駆け込んで何度もネットにつなぎ直す。


「くそっ。つながらない」


 あと二分……



 一分……



「つながれ、つながってくれ!……」


 カチ

コチ

 カチ

コチ…………………… …… 。






 …………………………………!!!!!!

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声なき悲鳴 相内充希 @mituki_aiuchi

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