女子高生転落死事件

おめがじょん

沢渡美緒は優しい良い子












「女子高生転落死事件」



 ニュースの見出しを見るだけで不愉快な気分になった。

 自分が担当している事件がエンタメとして読者に扱われている気分になったからか、遺族の涙を見たからであるのかまでの判断はついていない。

 沢渡美緒18歳。都立新英高校普通科所属。部活動には無所属。アルバイトもしていない普通の女子高生だ。

 先週の午後、学校から生徒が屋上から落下したと警察に通報が入り、救急隊がかけつけた時には既に死亡していた。

 遺書はなかった。屋上は立入禁止区域となっていたが、カギは何年も前から半分壊れており生徒が侵入できるのは暗黙の了解となっていたとの証言もある。学校側は認めていないが、生徒からの事情聴取でそんな事実が多く出ている。事件が起きた時間は放課後。彼女は一人で屋上に上がって柵を超えて飛び降りた事になる。

 

「ヤマさん。またその事件ですか」

「ああ……。まだ自殺か他殺かどっちかはわかってないからな」

「他殺なんてあるわけないじゃないですか。普通の高校ですよ?」


 後輩の宮本が言う事は尤もだ。

 周りを調べてみた限り、沢渡美緒にトラブルはなかった。友人は多く無さそうであったぐらいで、家族も普通の家庭だ。サラリーマン共働き夫婦の一人娘。親も何が起きたのか全く分からず、話を聞くたびに泣いているだけだ。

 誰に恨まれるわけでもなく、悪い噂の一つすらない。どこか掴み処のない少女の写真を見てため息をつく。


「それもそうだ。……だけどな。何で死んじまったのかぐらいは調べてやらねぇと、この子も浮かばれないだろう」

「そうですね……。だから、私も結構本気で調べました。彼女の私物捜索の許可出たので調べた結果あるんですけど、聞きますか?」

「……宮本。彼女の個人的な部分を一番覗いているのはお前だ。全部知ったうえで、どんなイメージを今持っている?」

「そうですねぇ……。調べた感じだとファンタジーモノが好きそうでしたね。指輪の物語とか好きそうで、映画や本を沢山持ってます。SNSのアカウントでは犬の動画を上げるアカウントを複数フォローしていたので、多分犬が好き。スマホの写真にはケーキの写真が多く残っていたので、ケーキも好きそうですね。誕生日は先月の1月3日。この日は自分でケーキを作ったみたいです。作ってる最中の写真が多く残っていますし、SNSにも上がってました」


「いやまぁ……。ほんっとに普通の子だな。ファンタジーと犬とケーキが好きってさ」

「大体の女子が好きそうなものですからねぇ。私も好きですし」


 益々沢渡美緒がわからなくなってきた。何のトラブルもない少女が死を選ぶ程の出来事なんか何一つとしてない。


「そういえば、そろそろ学校へ行く時間ですね。今日は彼女と親しい生徒や担任に話聞きに行くんでしたっけ?」


「そうだ。校長に頼んで彼女と近しかったと思われる人を挙げて貰った。これで、何か手がかりでもあれば良いんだけどな……」





 学校の到着すると最初は多くの報道陣の姿が見えたが、今はもう殆どいない。

 人一人死んでいるがこんなものなのだろう。日常は嫌でも続く。流石に教頭は対応に追われ少し忙しそうだったが、他の先生は普通に見える。

 まず、聞き取り調査の一人は沢渡美緒のクラスメイトの千草惟子だ。隣の席だったらしい。身なりは着崩した制服に染めた髪と沢渡と仲良さそうなタイプには見えなかった。


「刑事さんさ。……沢渡さん。ぶっちゃけ自殺なの?」

「それはまだ調査中なんだ。自殺にしたって原因が何かあるだろう? それを知りたくて今日は君に話を聞きにきたんだ」

「そうなんだ……。まぁ、ウチだってわからないよ。死ぬ前だって何時も通りだったんだよ……。いつも見たく終礼終わったら教室をすぐ出てくから。

じゃあねーって言ったら、手だけ振ってくれてさ。優しい子だったんだよ? 教科書忘れたら見せてくれたし。授業でわかんない事あったら聞けば教えてくれたし」


「真面目で大人して優しい子だった?」

「うん。そんな感じ。誰に対しても分け隔てない感じ」

「君意外に沢渡さんは誰か喋る子が居た? 同じ趣味持ってる子とかさ」

「沢渡さんって何か趣味とかあったの? ウチ意外だと委員長が偶に話してるとこ見たね。あの人、ウチが沢渡さんイジメてんじゃないかって思っててさ。ほんとウザい」

「成程。委員長って……草間さんの事かな? 多分、次に聞き取りする子なんだけど」

「そうそう! 草間弥生! あいつ絶対ウチの悪口言うから信じないでね!」 


 そう言うと草間に対する千草の悪口が始まった。この二人はトラブルを多く抱えている事が大変よく分かった。何とか宥め落ち着かせ、ようやく文句が言い終わったのか満足したように千草は教室から出て行った。そして、廊下で言い合いのような声が聞こえた後、今度は眼鏡をかけ、黒髪を真っすぐ一つに結んだ真面目そうな少女が聞き取り部屋にはいって来た。


「すいません。……色々とうるさくて」

「いや……。草間さんは千草さんが沢渡さんをイジメてたと思っているのかな?」

「いえ……。沢渡さんと千草さん全然タイプが違うから……」

「ではイジメはなかったと」

「そうですね。あの二人、タイプが違い過ぎて傍から見るとイジメられっ子とイジメっ子にしか見えないだけなんですよ。私、イジメとか許せなくて……」

「沢渡さんからそういう相談された事はあった?」

「私から聞きました。でも沢渡さんは何時もそんな事ないよって言ってました。後は、私の友達が学食行った時に、偶に一緒にお昼食べるぐらいの関係ぐらいでした」

「お昼は何処で食べてたのかな?」

「教室ですね。私がいつも学食に行って居ない千草さんの席に座る形でした」

「沢渡さんとお昼一緒に食べて何か変わった事あった? 後は沢渡さんがよく何を食べていたとか、何が好きとか?」


「いえ……得には。いつも私の愚痴を優しく聞いてくれる良い子でした……」

「うん。わかったありがとう。じゃあ、担任の先生を呼んできてくれるかな?」


 草間は一礼すると部屋から出て行った。何となく、ここまで話を聞いていて一つの違和感に気づいた。最後は担任教師の番だ。部屋で待っていると、流石に憔悴した感じの40代ぐらいの女性教師が現れた。教頭と同じぐらい疲れているのだろう顔色が悪い。


「先生。お疲れ様です。お忙しいでしょうが、お話を伺わせてください」

「はい……。私にわかる事でしたらなんでも……」

「彼女と仲の良い生徒は?」

「私の見てる限りでは草間さんと千草さんでしょうか」

「沢渡さんの印象に残っているエピソードとかあります?」

「大人しい子なので……。ただ、真面目な子でした。私が頼んだ事は必ずやってくれましたし……」

「他には、誰かと喧嘩したとか。学校行事で賞をとったとか、悪い話とか良い話はありますか?」

「申し訳ありません……。得に、思いつきません。落ち着けば思い出せるのかも知れませんが、今はちょっと……」


「わかりました。先生もお疲れでしょう。今日はこの辺で終わります。……最後に、屋上をもう一度調べたいので上がらさせて貰いますよ」


 担任に丁寧に挨拶をして教室を出る。丁度、放課後ぐらいか。彼女が飛び降りた時間とも近い。


「あまり収穫ありませんでしたね」


 宮下がそう言う。正直、正気か──とまで思った。だが、わからない奴には一生わからないのかもしれない。

 

「なぁ、宮下。お前学生時代に嫌な事はあったか?」


「そりゃもう沢山ありましたね。友達と喧嘩したりとか、部活で先輩にしごかれたりとか沢山です」

「その分楽しい事もあったろ?」

「そうですね。今でも部活仲間とは連絡とってますし。……なんとなく、久しぶりに学校来るとあの頃の事を思い出しますね」


 宮下と並んで歩きながら学校内を屋上目掛けて歩く。沢渡はどんな心境でこの道を歩いたかを想像しながら。やがて、屋上に辿り着く。半分壊れたドアを力で押して空け、広い外へと出た。そして、沢渡が飛び降りた場所まで来ると、


「良い眺めですね」


 楽しそうな生徒達の姿が見えた。部活動に向かって走っていく者。友達と追いかけっこしている者。世界で一番平和な景色にしか見えない。


「そうだな……。なぁ、宮下。お前、イジメられるより、先輩にしごかれるより、教師に怒鳴れるより学校内で怖い事ってあるか?」

「難しい質問しますね……。そんなもんあるんですかね? 思いつかないです」

「俺はあると思う──。多分、何もないって事が一番怖いんじゃないかって」

「無視とか……って事ですか?」


「無視じゃない……。"無関心"だ。この学校に3年間も毎日通って。誰も沢渡の事、つい最近調べた俺達より知らないってどういう事なんだ? 一番近しい子に聞いたって、沢渡の趣味も知らない。好きな食べ物ですら答えられない。沢渡と"何かした"って話の一つすら出てこないんだ。出てくるエピソードはどれも沢渡に"何かをしてもらった"って話だけだ。……誰か、彼女の事を知ろうとした人間は居なかったのか!? こんな状況じゃ、死にたくなったって誰に何を叫べば良いのかわからねぇよ!」


 感情のままに叫んでしまった。呆気にとられたように口を開けたままの宮下の顔をみてようやく我に返る。


「…………それが、彼女が自殺した理由だと?」

「……いや。わからねぇ。沢渡美緒は死んじまったからな。でも俺は、沢渡の置かれていた環境が健全だとは思わねぇよ」

「ヤマさんに言われて想像してみましたが、少し怖いですね」

「誰に聞いても優しい穏やかな良い子……。それじゃあ、何も知らないのと一緒だ。誰だって、興味のない他人の悪口なんか言わねぇからな」


 風が吹いて少し身が揺らいだ。もしかしたら、風で倒れたのかもしれない。もしかしたら、風に身を任せたのかもしれない。終わってしまったという事を感じながら、俺は空を見上げため息をついた。










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女子高生転落死事件 おめがじょん @jyonnorz

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