第8話 名前?

「なあ、お前に望みはあるか?」


「望み?」


「何か欲しいものがあるかというのだ」


「うーん、そうだね。家族が欲しいかな」


「家族か」


 少年の言葉に嘘偽りはなかった。女神ならそれが分かってしまう。


「おじいちゃんがね、死んじゃう前に『家族を持ちなさい』って言ってたの」


「なるほどな」


 女神は微笑んだ。少年にではなく自分自身にだ。


「ならば私が家族になってやろう」


「えっ、ほんとう!?」


「ああ、一人ではさみしいだろう?」


「やったぁ! ありがとう!」


 少年は女神の予想通り喜んだ。女神もまた駒ができて嬉しかった。


「なら、契約しよう」


「契約?」


「そうだ。正式な契約が必要だ。早速、契約しようではないか」


「うん!」


 女神の契約。それは二人が家族でいる限り、少年は女神をどうしても裏切ることができなくなるというものだった。たとえ、何があってもだ。少年は幼くもあって契約の意味を深く理解していない。


(いいぞ。さあ、少年よ。私の物となれ)


「ねえ、おねえさんの名前ってなんていうの?」


「何? 名前だと?」


「僕は冬樹っていう名前だけど、おねえさんは?」


「……っ」


「?」


(私の名前は………ふっ、もう思い出せないな)


 神は力を失うと名前を失う。女神は力を一部だけ取り戻したが、自分の名前を思い出せなくなっていた。


「………私には名前はない」


「! そうなの?」


「ああ、別に問題はないが………」


 この時、女神は寂しさを感じていた。そんな自分を意外だと思った。別にこだわっていたわけではないのに、こんな感情がわくなんて………。


(何だこれは?)


 そんな女神の気持ちに思うところがあったのか、少年は思い付いたことを口に出す。


「じゃあ、ボクが名前をつけてあげるね!」


「な、何を言って………!?」


「名前があった方がいいでしょ?」


「! う、うむ。そ、そうだな。それもいいかもな。任せよう。ただし、女神にふさわしい名前にせよ」


「うん!」


(変な名前だったらお仕置きが必要だな)


 女神は少年の提案に乗った。新しい名前を持てるのが嬉しいのか妙に緊張する。


「おじいちゃんから聞いたんだけど、神様は人に試練を与えて試すんだよね?」


「む? まあ、そうだな」


 本当は嘘だ。弄んだだけのはずだ。


「それならね、シレン。シレンって名前はどうかな?」


「! むう………そうか。シレン………」


 女神は少年が思い付いたその名前がとても気に入った。


(妙だな。最初に聞いた名前がすぐに気に入るなんて。幾つか候補を挙げるなり文句を言うなりすると思ったのだが………これは一体?)


 女神は自分の心の奥底から喜びが沸き上がってくるのを感じていた。不思議な気分だ。


(こんな気持ちが沸くなんて………縁起がいいな)


「おねえさん?」


「ふふっ、少年よ。私の名前はシレン。シレンだ!」


「うん! そうだね、シレンお姉ちゃん! それからね、僕のことは冬樹って呼んでね!」


「冬樹………冬樹か」


 女神は新しい名前を呼ばれることにも喜びを感じた。不思議に思いながらも、彼女も少年の名前を呼ぶ。


「そうだったな、冬樹。これからやっかいになるぞ」


「うん! よろしくね!」


 女神と少年。ーーシレンと冬樹はお互いの名前を呼びあって、笑いあった。


 この日から二人は今まで経験してこなかった新たな生活を始めた。

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