脅かす女

サイトウ純蒼

脅かす女

「悪いけど俺と別れてくれ」


「えっ!?」


タカオの部屋から出てきたカオルは、突如言われた言葉に驚いた。


「ど、どうして? 今だってたくさん愛してくれたじゃない……」


動揺するカオル。タカオが無表情で言う。


「今日で終わりだ。悪いな」


そういうとタカオはアパートのドアをバタンと閉めた。


「ちょっと、どうして? どうしてよ………」


カオルは顔を両手で押さえるとその場にしゃがみ込み声を殺して泣いた。





「おはよ、マリ」


カオルは大学に入ってからの友達であるマリに会うといつもと変わらずに挨拶をした。入学して10か月。マリとはいい友達関係を続けている。それはタカオと交際した月日と同じである。


「マリ、私フラれちゃった」


「えっ?」


マリは大人しい女の子であったが、カオルの言葉には普通の人並みに驚いた。


「どうして?」


「分からない。新しい女でもできたのかな……」


「カオル……」


「私ね、絶対許さないから……」


そう言うとカオルは不気味に笑った。




――え、心霊スポット?


――そうだよ、俺好きなんだ


――嫌よ、私そういうのキライ


――大丈夫、俺がいるから


――えー、どうしよう……


――来週の土曜日の夜ね


――ええ、あ、いや、ダメってばあ……、あん……



新月の夜

タカオのアパートの近く

停められた一台の軽自動車

中に座るひとりの女子大生

その手にあるのは盗聴器の受信機


「くくくっ……、タカオ……、私はあなたが…スキ……ダヨ……」


真っ暗な車内にぼんやり光る液晶パネル

その薄明かりに照らされてカオルはひとり不気味に笑った。





「え? 肝試し?」


カオルは大学でマリを見つけると走って行って声を掛けた。


「そう、街外れの廃墟になった病院あるでしょ。あそこでやろ」


「でも……」


あまり乗り気がしないマリ。しかし頼まれたら断れない性格をカオルは知っていた。


「大丈夫。肝試しをするんじゃないよ。脅かす方」


「脅かす?」


「うん、オバケの格好して待ち伏せするの。で、来た人を脅かすの」


「そんなの……」


マリは明らかに嫌そうな顔をした。


「じゃ、今週の土曜日の夜ね。迎えに行くから」


カオルはそう言うとマリに別れを告げた。





「こんばんは、マリ」


「うん……」


土曜の夜、カオルは軽自動車でマリを迎えに行った。後部座席にはオバケの衣装なのだろうか、白い服が積まれている。


「本当に行くの?」


「うん、大丈夫だって」


カオルは車を郊外の廃病院へ走らせた。



廃病院に着くとカオルは車を藪の中に止め、持ってきた懐中電灯をつけた。


「やっぱり結構雰囲気あるね」


恐る恐る病院内に入るふたり。

入り口は鉄格子の門があったが、一部が破壊され中に入れるようになっている。病院の窓ガラスはその多くが割られており、壁にはスプレーの落書きがされている。


「カオル……」


マリが怖そうな声を出す。


「よし、この辺でいいかな」


カオルはそういうと持ってきたカバンの中から白い服と赤いスカート、そして化粧道具を取り出した。


「カオル……?」


カオルは持ってきた服を上から着ると顔を真っ白に塗り、そして真っ赤な口紅で大きな口を描いた。


「どう? 口裂け女」


昼間見れば滑稽なのかもしれないが、今この夜の廃病院では十分に怖い。


「い、いいんじゃない……」


マリが答える。


「よし」


その時だった。

外で車が止まる音がして、中から男と女が降りてくる声が聞こえた。


(来た)


カオルとマリは病院の壁に身を潜めた。



「タ、タカオ……、ここちょっとやばいんじゃない……」


タカオに連れられた女が彼の腕を掴みながら言う。


「だ、大丈夫だよ。前にも来たことあるし、俺がいれば大丈夫……」


カオルはふたりの接近を感じ少しだけ体を見せた。



「きゃあーーーーー!!!!!」


カオルの姿を少し見た連れの女が悲鳴を上げる。


「う、うわあああ!!!」


その悲鳴に驚くタカオ。ふたりは慌て逃げるように走って入り口に向かう。


「いやあ、いやあああ!!!」


ふたりはそのまま車に乗り、エンジンを掛けて走り去っていった。




「ふふっ、上手く行ったわ。快感~!」


カオルは逃げ去ったふたりを見て薄ら笑いを浮かべた。


「あら、これは?」


そしてその場に落ちていた携帯を見て再び笑った。

それはタカオが持っていた携帯電話。電源を入れると待ち受け画面には新しい彼女の写真がある。


「けけけっ……」


カオルは少し不気味に笑うと携帯を床に置き、近くに転がっていたブロック片で思い切り叩き壊した。


「くくくくっ……」


壊れた携帯を見てカオルは再度不気味に笑った。





すっかり人を脅かすのが癖になったカオルは、その日から時間があればマリを誘って廃病院に通った。週末ごとに現れる暇な大学生達。それらはカオルの絶好の獲物であった。

そしてしばらくすると大学内、そしてSNS上で廃病院がちょっとした有名スポットになった。


――出る、ということで。




その日もカオルはマリを連れて廃病院に潜んでいた。

すっかり病院内の構造も覚え、もはや手に取るように院内を移動していた。時にはマリにも変装させ一緒に驚かす。簡単に悲鳴を上げるバカども。カオルにはそれがもう快感でたまらなかった。


「来たわよ、今日の獲物」


カオルは車の音が病院近くでしたのを確認して、一緒にいたマリに言った。


廃墟の壁に隠れるカオル。

しかし、しばらく待っても誰もやって来ない。

カオルが言う。



「おかしいわね、獲物来ないじゃん………」


そうひとりつぶやくと、後ろにいたマリがかすれ声で答えた。


「来てるよ、獲物………」


「え、どこどこ?」


マリの言葉を聞いて周りを見るカオル。しかし誰もいない。


「マリ、獲物いないじゃん。どこにも………」


そう言って後ろを振り返ると、自分を指差しているマリがいた。



「えっ?」


何も言わず不気味に笑うマリ。

そしてその口が徐々に裂けていった。

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脅かす女 サイトウ純蒼 @junso32

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