山間部殺人事件
キザなRye
全編
「お前がいけないんだろう!」
日は暮れ、見回りしている五十代後半くらいのおじさんが木の根っこに足を引っ掻けて転んだ。
いや、木の根っこではない。
人間だ。
竹下は若手刑事と言われる刑事のうちの一人でキャリア組と呼ばれるエリートである。
他の課からうちに来てくれというオファーが引っ切り無しに来るそうだが、どうしても刑事になって人を助けたいという夢を叶えるために頑なに断っているらしい。
現場には竹下の先輩たちも沢山いて普通なら縮こまってしまうところだが、先輩たちと肩を並べるくらいの人物であるので自然に振る舞うことができる。
亡くなっていたのは被害者の所持していた免許証から
遺体発見現場が山間部で日中でも気温があまり上がらないことを加味すると死後7~10時間という辺りになりそうだ。
現場からは殺害使われたであろうはものは見つからなかったが、細いロープが発見された。
被害者の首には索条痕は残っておらず、このロープと被害者の死との関連性は不明だった。
現場の状況からしてどう見ても殺人で防犯カメラも何もないので犯人特定の唯一の鍵となりうるのがこのロープである。
この山が管轄の区域にある所轄署に捜査本部が設置された。
遺体発見現場が山間部ということもあり、基本的には現場に行かなくて済むような捜査の方法が推奨されていた。
遺留品等々は出来る限り探して回収したし写真は気持ち多めに撮ってあるので現場に戻りたくなるような場面は容易には出現しないのである。
遺体が発見されてから早い段階で遺族・夫の
お嬢様系の学校に小中校と通った後に某有名私立大学に入学、大学卒業後に亘と出会い一年で結婚、子供は授かることができなかったが夫婦二人で仲良くここまで暮らしてきたという。
聞いている側も夫婦間でのいざこざが起こったとは感じ取れず、楽しい生活の均衡を破ったように聞こえた。
捜査員たちは二人の幸せを奪った人を全力で挙げて全力で捕まえようと捜査に対してのモチベーションは上がっていた。
ただ現実はそうも甘くない。
今のところヒントというヒントは現場に落ちていた何に使ったか不明のロープだけである。
このロープはもしかしたら事件と無関係かもしれないし、犯人のではなくて被害者が持っていたものかもしれないしこのロープで手掛かりが掴める確証すらないのである。
手元のカードを見て竹下は本当にこの事件は解決できるのだろうかと段々不安になってきた。
周りの捜査員たち、特に先輩たちはやる気が絶頂にまでなっていて絶対に捕まえるぞ、と勢い付いているが竹下はその中に入ることができないくらい心配が募っていた。
やる前から諦めるなとよく言うが、この状況で犯人が特定できる方が凄いのは事実である。
今のところ唯一の手掛かりであるロープについての捜査と被害者の周辺の調査から本格的な捜査が始まった。
竹下はロープについての捜査に加わった。
まずは鑑識でロープに付着している指紋や繊維片がないか確認された。
ロープはあくまでも布と同じような構成でできているので認識できるような指紋という指紋は発見されなかった。
付着物に関してはロープの黄土色とはほど遠いような青っぽい繊維片がロープの一部に付着していて一つの手掛かりを掴んだ。
この繊維片と一致する服を探すのみである。
一方、竹下とは別の捜査班、つまり被害者の近辺調査を行っているところでは直接被害者の夫に話を聞きに行っていた。
今まで得ている情報はあくまでも千代が亡くなったことを伝えた上で少しだけ得た情報であってちゃんとした話を対面で聞きに行こうとそういうことである。
千代と亘は築三十年くらいするであろうボロいと言うと怒られてしまうが、古いアパートに住んでいた。
多分家賃が安くてそれほど不便とは思っていないから、であると思う。
「あくまでも形式的な質問なんですが、昨日の10時~14時はどこで何をしていましたか?」
「釣りしてました。
週に一度程度は釣りに行くんです。
釣りと言っても地引き網みたいなものなんですけどね。」
その他、被害者の家族構成や生い立ちのみならず、最近誰かに恨まれていなかったのかなど殺人の動機になりうるものも聞いた。
と言っても動機という動機らしきものは特になかった。
結局、亘のところへ行って話を聞いて新たな情報は得られなかった。
つまりロープだけが頼りである。
その後、事件の捜査に当たる刑事たちが一同に会して捜査会議が開かれた。
会議と言っても現状報告みたいなもので現場にあったロープから青色の繊維片が見つかったという極少ない情報が共有されただけである。
ロープだけで捜査するのは心許ないので現場の山間部の周辺での聞き込みや千代をよく知る人物に話を聞くなどすることにした。
竹下は現場周辺の聞き込みに当たった。
とは言え、現場周辺はあまり人が立ち寄らないような山で話を聞くほど人がいないのである。
点々としている住宅一つ一つを回って昨日不審なことがなかったか、被害者を見たか、見たなら誰かと一緒にいたか、などを聞いていくが、情報という情報は集まらなかった。
被害者の家の近所では普段の千代の話を聞いた。
亡くなったことをも知らないのでそこの説明から話が入る。
皆、口を揃えて良い人だったのにと社交辞令のように建前のように言う。
話を聞いていくと大半の人があそこの夫婦は絶対に何かあった、表だけ仲良く見せているように見えると夫婦関係が良くなかったのではないかという話をしてくれた。
現場で見つかったロープについては繊維片の材質が調べられてさらにロープ自体も調べられた。
繊維片についてはナイロンであることが判明した。よくある繊維だ。
一方ロープには海水が染み込んでいるようで漁業に使われているものなのではないかということが分かった。
繊維片は漁業に使われる手袋なのではないかと考えられた。
ロープは週に一度程度、釣りをすると話をしてくれた亘のものなのではないかということになってロープを持って捜査員が亘を訪問した。
最初に話を聞きに行った捜査員とは別の捜査員だ。
「千代さんの遺体が発見された現場で見つかったロープなんですが、心当たりはありませんか。
我々が調べたところ漁業に使われていた可能性が高いのですが。」
「これ、僕のです。
先日自前の地引き網のロープが切れてしまってそれだと思います。
妻が勝手に持ち出したんですね。
これがないと修理のしようがなくて。」
「大事な証拠品となるので暫くはお預かりさせていただきますが、大丈夫ですか?」
「はい、妻も亡くなって釣りどころじゃないですから。」
捜査会議でロープの件と近所の聞き込みで得られた情報とが共有された。
結局ロープは何か事件の捜査に役立つものではなかったようだった。
一連の捜査会議の話を聞き終えて竹下にはある仮説が立てられた。
可能性が絶対にないとは言い切れない仮説である。
竹下は先輩刑事にこの仮説を話した。
その可能性あるな、と先輩の目は輝いていた。
竹下の仮説は捜査員たちにいつの間にか共有されていてしまいには捜査会議を取り仕切る管理官の耳にまで届いた。
管理官はこの仮説の裏付け調査を竹下を含めた五人に指示した。
竹下は遺体発見現場の下足痕から証拠を探そうとしていた。
現場の下足痕は鑑識が保存しているのでパソコンの画面とにらめっこしてそれっぽい痕を探した。
そこには山とは反対の場所で使う靴の痕があった。
竹下は先輩の刑事と共に犯人の家へと向かった。
自分で立てた仮説で話をしに行くので失敗したらとか悪い方向の可能性を考えてしまう。
先輩に自信を持てと励まされるのでどうにかやって来れている。
「刑事さん、何か分かったんですか。」
竹下にとっては初めての対面で向こうも初対面だ。
「ええ、犯人が。」
「誰なんですか、犯人は。」
「貴方ですよね、亘さん。」
「僕が妻を?
そんなことあるわけないじゃないですか。」
「私が貴方を疑い出したのは発見されたロープが貴方のものであると分かったときです。
死亡推定時刻に釣りをしていたと仰っているのにも関わらず、大事な道具が壊れているとは到底思えませんでした。」
落ち着け、と竹下は自分で自分を促した。
「そこで遺体発見現場についていた下足痕を調べていたところ漁に使う用の靴の痕が見つかりました。
山なのに海だなんておかしいですよね。
そこで確証を持ちました。
貴方の靴と照合したら確実なものになるでしょう。」
「僕の足掻きもここまでか。
僕の行動が馬鹿だったな。
漁に行く目の前でカッとなってしまってつい包丁で、バレてはまずいと思い山に遺体と包丁を遺棄しました。」
千代が競馬にのめり込んで借金を多く作っていたことで千代と亘は喧嘩になってしまった。
「私がやりたいことは尊重するって言ってくれたじゃん。
だからこれだって……」
「のめり込みすぎたお前がいけないんだろう!」
グサッ
千代の腹部に包丁が刺さった。
千代の遺体は釣りに行くついでに山林に捨ててきたというようなものでたまたまロープを山に落としてしまったとのことだった。
竹下は何だかやるせない気持ちになっていた。
山間部殺人事件 キザなRye @yosukew1616
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます