伸ばし髪

和成ソウイチ@書籍発売中

伸ばし髪


 これは知り合いの妹さんから聞いた話なんですがね。


 彼女、生まれつきの霊媒体質で、幽霊のたぐいをよく目にしてたそうなんです。

 両親きょうだいの中でそういう体質なのは妹さんだけだったんですな。『かくせいでん』っていうんですかね? 彼女の祖父もそれはそれは強い霊能力の持ち主だったそうで、妹さんは祖父の力を受け継いだんだろうって話でした。


 妹さんはたいそうなおじいちゃん子だった。

 なにせ霊の話ができるのが周りでは祖父しかいない。小さい頃から金縛りやら霊のイタズラやらに悩まされていた妹さんは、事あるごとにおじいちゃんに相談していたそうです。


 するとね、ピタッと止まるんですって。霊のイタズラが。相談のたびに。

 すごい力を持っていたんですなあ。


 だから彼女にとって祖父のアドバイスは絶対だったんですけど、たったひとつだけ、に落ちない助言があったそうです。


 ずっと髪を伸ばしておきなさい――と。


 何か意味があるのかなと妹さんも思ったそうですが、相手は尊敬する祖父。髪型に特にこだわりもなかった彼女は、言われたとおりに髪を伸ばしていた。

 絹のような黒髪を腰まで伸ばした美少女。霊でなくても目が吸い込まれるってものです。

 けど不思議なことに、吸い寄せるのは生きてる人間の視線だけで、悪霊の類はぱったりと来なくなったんですな。

 妹さんは思ったそうです。おじいちゃんが私の髪に力を注いでくれたんだ――って。

 そうやって平穏な日々が続きました。


 転機が訪れたのは、彼女が社会人になって3年目のときでした。

 祖父がお亡くなりになったのです。


 それから妹さんの周りには、また徐々に霊が集まるようになってきた。しばらくは祖父のアドバイスに従うことで霊を退けてきたのですが、だんだんそれも難しくなってきた。

 そこで妹さんは行動するわけですな。

 おじいちゃんに会いに行こう――と。一般人にはとても思いつかない発想です。

 だってもう亡くなっているんですよ? この世にいない人なのです。


 しかし、そこはお互い力ある者同士。

 きっと霊体になっても話ができると思った妹さんは、空き家となった祖父の家にやってきました。

 外観はどこにでもあるような、こぢんまりとした日本家屋です。

 でも妹さんは玄関に立った瞬間からビンビンに感じるんですな。この世ならぬ者の気配を。

 さすがの彼女も、深呼吸して気持ちを落ち着けるのに時間がかかったそうです。


 鍵を開け、中に入る。

 時刻は午後5時過ぎ。これから夕暮れに差しかかろうとしている時分です。いわゆるおうときというヤツですな。

 差し込んでくるわずかな陽の光で、空中に浮かんだ白いほこりが見える。ふわふわと、音もなく漂うそれらは、まるで祖父を慕う霊魂ひとつひとつのよう。


 妹さんは慎重に歩みを進めます。

 古い建物なので、鳴るんですな。床が。ぎしり、ぎしり……と。

 息が詰まりそうになりながら、妹さんは部屋をひとつずつ回っていきます。台所、トイレ、寝室――。


 だが、何もない。


 最後は居間。本命です。なぜなら、ここには仏壇があるから。

 居間は雨戸まで閉め切っていて、他の部屋よりだんぜん暗い。

 床は畳敷きなので、足音も消えます。


 妹さんはスマホのライトをけ、部屋を照らしました。そして意を決して「おじいちゃん」と呼びました。

 ゆっくりとスマホを動かして、居間の隅から隅、天井のはりにまで灯りを向けます。


 気配はすごい。

 なのに……ないんです。何も。空っぽになった部屋のどこを見ても、祖父の姿はおろか、イタズラ霊のひとつもいないんです。


 妹さんはこのとき、たいそう落胆したそうです。

 もうおじいちゃんは助けてくれないのだ、と。私が大人になったから、と。


 諦めて引き返そうとしたとき、ふいに、がたがたがたっ、と雨戸が騒ぎ始めました。

 妹さん、怖がるよりも喜んだそうです。

 ああ、おじいちゃんが来てくれた――って。


 ドキドキする胸を押さえ、雨戸に手をかけます。

 そしてゆっくりと、開きました。

 雨戸はまるで油を差したかのように滑らかに開いたそうです。


 そこには――何もありませんでした。


 雨戸の外は縁側で、雑草に埋もれた庭木と塀が見えるだけでした。

 妹さんは居間と縁側の境に呆然と立ち尽くすしかありませんでした。


 そのとき、だったのです。



 ふいに誰かが。



 ポンッ――と。



 彼女の背中を押しました。



 妹さんはよろけて、縁側の方へ一歩踏み出します。



 次の瞬間――ガシィンッと凄まじい音を立てて、雨戸が閉まったのです。



 振り返った彼女の目に、ハラハラと舞う細くて黒いものが映りました。

 それは、妹さん自慢の髪の毛でした。


 彼女はまばたきもせず、吸い寄せられるように雨戸に顔を近づけました。

 背中から夕暮れの輝きが差し込んできます。

 その光をキラリと反射して、雨戸の合わせ目が輝いていました。よく見ると、床から天井まで、雨戸のふちが鋭利な刃物へと変わっていたのです。


 妹さんはゆっくりと自分の頭を触りました。腰まであった黒髪は、うなじの後ろ辺りまでばっさりと切り取られていました。




 おじいさんの家から戻った彼女は、それ以後、霊に悩まされることはなくなりました。霊を感じ取る能力を失ったのです。

 これが、彼女の体験したお話です。


 もしかしたら、髪を伸ばせというアドバイスは、実は彼女自身の力を髪に集中させるためだったのかもしれません。わかりませんがね。

 妹さん、今でも元気ですよ。じんはくめいにならずに済んでよかったです。きんしんですかね?







 ああ、そうそう。


 ひとつ言い忘れました。妹さんからの話ではなかったので。


 ご近所さんが言うには、あの家、今でもたまに出るそうですよ。

 亡くなったはずのおじいさんが、縁側で大事そうに日本人形をでる姿が。


 人形は、見たこともないほど綺麗な黒髪をしていて、おじいさんはくことなくくしを入れ続けているとか。




  

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