モルグにて
千石綾子
モルグにて
夜中にモルグで仕事をするもんじゃない、と先輩にはよく言われたもんだ。でも俺はそんな忠告は屁とも思っていない。
「出る」とか「出ない」とかそう言うホラーじみた事よりも、ここに運ばれてくる死体の多くが人間の手によって命を絶たれてるって事の方が余程恐ろしい。
俺は聖人でも何でもないけれど、人を殺す奴の気が知れない。今日もこうして理不尽に命を奪われた遺体と向き合っているのは、犯人を捕まえる手がかりを少しでも手に入れるためだ。
「おっ、プリン見っけ」
友人で殺人課刑事のジェイクが、冷蔵庫からプリンを取り出した。
署内総出で捜査にあたってるっていうのに呑気なもんだ。と俺はため息をつく。
「食うなよ、それは俺の夜食だ」
ちぇっ、とジェイクが舌打ちする。本当に、呑気なもんだ。俺が徹夜で
「で、何か分かったのかよ」
ジェイクは偉そうにたずねてくる。
「ああ、犯人と揉み合った時に付いた傷がある。それと爪の間に犯人のものと思われる皮膚が残ってるよ」
容疑者を絞り込めれば、DNA鑑定で一発で分かるだろう。その前に犯罪者のデータの中から合致する奴が見つかるかもしれない。
しかし、犯人は単独犯ではないと思われる。目撃者の話では、被害者は数人の男に追われていたということだ。
現場の向かいにあるコンビニの防犯カメラにもその姿は映っていた。被害者は、男たちに追われ、捕まり、揉み合った後に腹や胸を数回刺されて失血死した。その様子も粗い画質ながらカメラは捉えていた。
だが、それだけでは終われない。主犯に繋がる証拠がまだ出てきていないからだ。
犯人達の中には、今世間を騒がせている強盗殺人犯のグレイの姿もあったはずだ。奴が主犯に違いない。何故なら「被害者本人」がそう語っているからだ。
『死体は雄弁に物語る』
──ある有名な法医解剖医の言葉らしい。だが、俺はこう言わせてもらいたい。
『死体は無駄にやかましい』と。
「なあなあ、ホントにグレイも居たんだって。俺、もう少しであいつを捕まえるところだったんだぜ」
俺は聞こえないふりをする。
「あっ、聞こえないふりしやがって。俺がもっと証拠になるもの掴んでおけば良かったのにって思ってるんだろ。なあ、そうだろ」
俺はさすがに我慢がならず、ジェイクを怒鳴りつけた。
「うるさい! 遺体が証言したなんて言ったって何の証拠にもならねーんだよ!」
このモルグの死体は夜中になると動き、やかましく喋り出す。悪意もないし、ゾンビでもないので怖がる必要はないんだが、とにかくうるさい。しかもジェイクの奴ときたら、ひたひたと裸足で(裸足どころか全裸だが)モルグを歩き回る。
「何か思い出せそうなんだけどなー。死にそうだったから意識が朦朧としててなー」
眉根を寄せて考え込むジェイク。俺はあまり期待せずに答えを待った。暫く考え込んだ後、ジェイクの死んだような目がカッと見開かれた。
「俺、そういえばグレイのピアスを飲み込んだよ!」
「マジか! でかしたジェイク!」
俺は思わずジェイクを抱きしめていた。死んでからはやたらとうるさかったが、気さくでいい奴だった。もうすぐ子供も生まれるって時に……。涙が堪えきれなかった。
その時、ジェイクの体から力が抜けた。ああ、朝になったのだ、と俺は気付いた。これから胸を開いてグレイのピアスを取り出してやる。お手柄だったぞ、ジェイク。
そうしてジェイクの胃にメスを入れた俺は思わず叫んでいた。
「あっ、お前……。俺のプリン食いやがったな!」
了
(お題:ホラー)
モルグにて 千石綾子 @sengoku1111
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