聖女は職業選択の自由を行使する

中田カナ

第1話

「おい!そこのメイド。ちょっと話があるからついて来い」

 王宮の廊下を歩いていると前方から第三王子殿下がやってきたので、壁際に下がってお辞儀をして通り過ぎるのを待っていたのに、なぜか目をつけられてしまった。

「私のことでございましょうか?」

「お前しかいねぇだろ。さっさと来い」

 確かに周囲には誰もいない。しぶしぶ第三王子殿下についていくとテラスに出た。

「話があるからお前も座れ」

「メイドである私が殿下と同席など恐れ多いことですので、このままで結構でございます」

 座らずに立っている。

「ったく、しかたねぇな」

 殿下が無詠唱でテラス全体に結界魔法を展開する。


「これで誰にも聞かれずに話せる。単刀直入に聞くが、お前は聖女だろ?」

「私はただのメイドでございます。勘違いではございませんか?」

 ニッコリ微笑んで答える。

「このあいだ勇者と認定されてから鑑定魔法も使えるようになってな。それに勇者の仲間となるべき人物は魔法を使わなくてもわかっちまうみたいなんだよ」

 そう。第三王子殿下は大神殿で勇者と認定されたばかりなのだ。

「もしも私が聖女だったとして、殿下はどうなさるおつもりでしょうか?」

「勇者は魔王を退治しに行くに決まってんだろ!お前もついてこい!」

 思わずため息をついてから殿下に頭を下げる。

「謹んでご辞退申し上げます」

「なんでだよ?!」

 殿下がテーブルをバンッと叩いて立ち上がるが、しれっと答える。

「せっかく王宮のメイドという安定した職を得ることができましたのに、魔王退治などというわけのわからないことなど私には出来ませんわ」

「お前、それでも本当に聖女かよ?!」

 その言葉に思わずカッとなる。


「好きで聖女になったんじゃないわよっ!」

 突然の私の大声にビビる殿下。

「私だって聖女と認定されたから、神殿で治癒魔法を使って人々の治療をしたりしてたのよ。ところが働いた分の報酬が欲しいって言ったら、神官の奴らときたら『女神様の御使いである聖女殿がお金になどこだわったりしてはいけませぬ』とかぬかしやがってさ!霞みでも食ってろってか?!」

 こぶしでテーブルを思いっきり叩く。

「そして私にはそんなことを言っときながら、神官の奴らは私が治療した人達から法外な金額を受け取ってやがったのよ。正義も自由もなけりゃ将来もありゃしない。そんなのやってらんないから逃げ出してやったわよ」

 一気にまくし立てたら、殿下はへなへなと椅子に腰を落とす。

「王宮でぬくぬくと暮らしてる王子様にはわかんないだろうけどさ、こっちは生きるのに必死なんだよ!魔王退治?それ、金になるの?メシ食っていけるの?どうなのよ、王子様?!」

 もう不敬とか知ったこっちゃねぇわ。


「す、すまなかった。お前の事情も知らず、いきなり勝手なことを言ってしまって」

 すっかりビビってる第三王子殿下。そういえば私より年下なんだっけ。

 今までこういう女に会ったことがないのだろう。まぁ、庶民でもそうそういないとは思うけど。

「それじゃ、この話はなかったってことで」

「待て!」

 さっさと逃げるに限ると思い、テラスから出て行こうとすると殿下に呼び止められた。

「勇者には勇者のやらねばならぬことがある。そのためには聖女であるお前が必要だ。報酬ならなんとかする。だから俺に協力して欲しい」

 振り返って殿下を見る。真剣なまなざしだ。ったく、しょうがないなぁ。

「ちゃんと納得できる報酬を提示してもらえなければ私は動きませんよ」

「わかった」

 うなずく殿下。


「それから魔王退治とかおっしゃいましたけど、まさか勇者様がぞろぞろと王家の家来を連れ歩くおつもりですか?私は王宮のメイドになる前に冒険者稼業も少々やっておりましたので、旅も狩りもそれなりに慣れておりますけれど、殿下は大丈夫ですの?」

 実は今も冒険者ライセンスは返上しておらず、それなりに高ランクだったりする。少々やりすぎて目立ってしまったので、ほとぼりを冷ましたくてメイドに転職したってのもあるんだけどね。

「もちろん家来など連れて行かない。だが旅や戦闘に慣れていないのは事実なので、これから訓練するつもりだ」

 よしよし、ちゃんと自覚があるようでよかった。

「それでは魔王討伐の旅に出るまでは王宮のメイドとして働かせていただきます。それでよろしいですね?」

「わかった」



 それから半年ほどかけて第三王子殿下はいろいろと準備を進めていた。

 魔王討伐の旅の報酬は、私の夢だったカフェの開業資金ということで落ち着いた。店舗兼自宅の設計図はすでに出来ていて、どこに作るかはまだ検討中だ。


 今日は旅に出る前の打ち合わせなのだが、なぜか困った表情の殿下が目の前に座っている。

「聖女であるお前は見つかったが、仲間となるべき賢者がまだ見つからなくてな」

 なんだ、そんなことか。

「私、賢者だったら知ってますよ」

「えっ?!」

 殿下が驚いた表情になる。

「殿下が勇者の仲間を感じられるのと同様に私にもわかりますからね。王宮のメイドになる前にたまたま遭遇したのですが、魔道具オタクのひきこもりで『魔王討伐とか面倒だからアンタらに任せる』と申しておりました」

「なんだと?!」

「たぶんすでに居所を変えてると思いますから、探すのは困難だと思いますよ」

 嘘だけどね。

 あいつは辺境の地にそれなりの規模の研究施設を作り上げていたから、間違いなく転居などしていないはず。まぁ、口止め料として高機能のマジックバッグをいただいてるから殿下には教えないけどね。

「それじゃ俺とお前で行くしかないということか」

「そうですね、やめておきますか?」

「いや、必ず行く!」

 ちっ。

「あ、それから2人きりだからって私に手を出したりしないでくださいね」

 急に顔が赤くなる殿下。

「こ、これでも王族だ。女性に無体なことなどしない!」

 ふふふ、年下くんはかわいいねぇ。



 それからしばらくして私は王宮のメイドを辞め、勇者である第三王子殿下と2人で魔王討伐の旅に出た。馬車は国王陛下が提供してくれたが、第三王子ともなると放任主義らしい。殿下の母君である王妃様だけが見送ってくださったが、

「旅のおみやげ楽しみにしてるわね~」

 と、えらく軽いノリだった。

 マジックバッグのおかげで身軽な旅だが、まさか殿下もマジックバッグを持っているとは思わなかった。さすがは王族。でもまぁ、私のにはだいぶ劣るけどね。

「それにしても、なんでお前はメイド服なんだ?」

「この方が慣れていますし、盗賊狩りするのに向こうから寄ってきてくれますから便利なんですよ。あ、もちろん必要な武器や防具はちゃんと持っていますからね」


 時々私が第三王子殿下に指導しながら盗賊や魔獣を狩りつつ旅は進んでいく。殿下も魔獣をさばいて料理できるようになり、なんとか冒険者としてやっていけるくらいにはなったかな。

 次第に町や村がまばらになり、宿もないので野営をするようになった。

 焚き火をかこみながら殿下に私が作った食事を手渡す。

「いつものことながら、お前の料理って本当に美味いよなぁ」

 ガツガツ食べる殿下。若い男の子はホントよく食べるよねぇ。

「カフェの開業が私の目標ですからね。これでもいろいろと勉強はしていますよ」

 王宮のメイドになったのは、王宮の図書室にしかない外国の料理本を読みたかったってのもあるんだよね。おかげで今は求めていた情報はだいたい身についたし、今日の料理もこっそりその知識を使っていたりする。

「それに疲れも取れるし、魔力の回復もえらく早いんだよなぁ」

 別に意識してやってるわけじゃないんだけど、料理にも聖女の癒しの力がこもっちゃうみたいなんだよねぇ。



 さらに旅は進み、馬車では進めない険しい道になってきたので、辺境の村役場に馬車を預けて徒歩に切り替える。

「殿下、いまさらなんですが根本的なことをうかがってもよろしいでしょうか?」

 歩きながら殿下に問いかけてみる。

「なんだ?」

「どうして魔王討伐しなければならないのですか?」

「ど、どうしてって魔王は悪い奴だからに決まってるじゃないか!勇者は魔王を退治しなければならないんだ!」

「魔王がいったい何をしたんですか?誰がどう迷惑を被ったんですか?」

「う…」

 言葉に詰まる殿下。

「まずは魔王と話し合った方がいいと思うんですよ。殿下だって見ず知らずの人が突然やってきて喧嘩を売られたら納得できないでしょう?」

「それはそうだが…」

 殿下がとまどう表情になる。

「無益な戦いはしないに限りますからね。まずは対話から始めましょう。ねっ?」

「…わかった」

 年下くんは素直で大変よろしい。本当は旅に出る前に言ってもよかったんだけど、あの頃は頑なで言っても聞きそうになかったからなぁ。



 そうこうするうちに魔王城に到着し、魔王と話したいと言ったらわりとあっさり謁見の間に通された。

 頭に大きな角の生えた体格のいい魔王が玉座で待っていた。

「いきなり門や城を壊したりしない人間の勇者は初めてだな。それでここまで何しに来た?」

 勇者である第三王子殿下が一歩前へ進み出る。

「俺は勇者と認定されてから、ずっと『魔王討伐しなければならない』という意識に囚われていた。だが、旅の途中でここにいる聖女に諭された。なぜ勇者と魔王は対立しなければならないのだろうか?」

 魔王がため息をつく。

「確かに大昔は魔界と人間界は戦いを繰り広げてきたが、不毛なので互いに干渉しないということになり、今は交流もほとんどない。だが、勇者というジョブには魔王討伐というものが刷り込まれてしまっておる。もはや呪いみたいなものだな」

「呪い、か」

 呆然としている殿下。


 そんな殿下を横目に見ながら魔王が侍従に合図すると、謁見の間にテーブルと道具が運び込まれる。

「なんだ?これは」

 殿下が尋ねると、玉座から降りてきた魔王が説明する。

「古より伝わるピコピコハンマーとヘルメットというもので、勝負に使われるものだな。じゃんけんして勝った方がピコピコハンマーで相手の頭を叩き、負けた方はヘルメットをかぶって防ぐ。防ぎそこねて叩かれたら負けだ。さて、やるぞ」

 真剣な表情の殿下と、なぜか楽しげな様子の魔王を黙って見守る。

「「たたいて、かぶって、じゃんけんぽん!」」

 じゃんけんは魔王が負け、殿下がピコピコハンマーで魔王の頭を叩く。

 そもそも魔王は角があるのでヘルメットをかぶれない。

「まいった、わしの負けだ。これで魔王討伐は完了じゃな!わはははは!」

 魔王の豪快な笑いが謁見の間に響いた。



 事の成り行きをじっと見守っていた私は、すっと前に進み出た。

「魔王様の寛大なご配慮に感謝申し上げます。そのお礼とお騒がせしたお詫びに私の料理を献上したいと思いますが、魔王様は甘いものはお好きでしょうか?」

「うむ、実は甘いものには目がない」

 マジックバッグから次から次へと菓子類を取り出す。私のマジックバックは状態を維持したまま保管できるので、どれも作りたてだ。

「鑑定魔法で見たところ毒はなさそうだな。どれ、さっそくいただくとしようか」

 真っ先にふわふわのパンケーキに手を伸ばし、口にしたとたん魔王が目を見開く。

「これは美味い!ほどよい甘みで口の中で溶けるような食感もたまらぬな」

 もはや手が止まらない魔王。

「魔王城の皆さんもどうぞ召し上がってください!お菓子以外の料理もお出ししますわ」

 帰りの食事の分をある程度残しつつ、マジックバック内の料理を放出する。魔王城の使用人達がお酒も持ち出してきて、そこからはにぎやかな大宴会となった。



 私と第三王子殿下は魔王城に一泊させてもらい、別れの挨拶のため再び謁見の間に向かう。

「聖女よ、このまま魔王城に留まって働く気はないか?見たこともない料理や菓子を作るそなたになら料理長の座を与えてもいいくらいなのだが」

「大変ありがたいお申し出なのですが、私は自分のカフェを持つのが夢なのでございます。開店いたしましたら、ぜひ足を運んでいただければと思います」

 魔王に頭を下げる。

「そうか。わしは転移魔法が使えるから、そなたの店がどこに出来ようともいつでも行けるので、まぁそれもよかろう。店が出来たら知らせよ。それから欲しい食材があればいつでも申し出るとよい。出来る限り手配しよう」

「ありがとうございますっ!」

 魔王に指示された侍従から通信の魔道具を手渡された。

 やったぁ!新たな食材調達の伝手が出来たぞ!これで今まで手が出せなかった料理も作れるようになるかも。



 帰りは特に問題もなく王都へ帰還し、王妃様は第三王子殿下が魔王からいただいためずらしい宝石にごきげんだった。

 国王陛下も王妃様も、勇者というのものがどういう存在か知っていたのかもしれない。魔王討伐という目的を達することでしか抜け出せない呪縛のようなものだったのだから。


 しばらくして王都と魔王城のちょうど中間あたりに私のカフェがオープンした。魔王討伐の旅の報酬により理想の建物を建てることが出来た。

 まぁ、カフェらしからぬ丼物とか魔獣の肉なんかも提供しているけれど、私は素朴でほどほどにかわいい建物のカフェが開きたかったのであって、料理は私に出来るものなら何でも出していくスタイルだ。

 そこそこの規模の町で、近くに魔獣の森があり、冒険者ギルドからも近い。街道の宿場町でもあるので商隊や旅人も多い。冒険者時代の仲間も顔を出してくれるので、それなりに繁盛している。

 休みの日には自分で食材調達の狩りもできるので、申し分のない立地といえるだろう。

 

 人間に化けると渋いダンディなおじ様になる魔王は、ほぼ毎日やってきてはスイーツを堪能していく。食材提供してもらっているお礼に新作の味見役として無料で振舞うこともある。

「あいかわらずそなたの料理は美味いな。やはりわしの専属にならんか?いくらでも贅沢させてやれるし、かわいがってやるぞ」


 勇者である第三王子殿下は魔王討伐の旅ですっかりアウトドア生活に目覚めてしまい、王族を抜けて冒険者になった。あいかわらず言葉遣いは悪いけど、基本は素直な年下くんである。

 そしてこの町に住み、これまた毎日のようにカフェへやってきては食事していくとともに魔獣の肉も提供してくれている。

「お前の料理を食べてしまったら、もう他では食えんな。出来れば俺は一生お前の作った料理を食べたいぞ。お前といるとなんだか楽しいしな」


 なんか口説かれてるみたいな言葉が時々聞こえる気がするけど、単純に料理を褒められてるだけだよね?

 さてと、新作の料理は何にしようかなぁ。

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