呪いのビデオテープ(VHSーC)

タカナシ

呪いのビデオテープ

「おーい。照山てるやまっ!」


 名前を呼ばれた照山は呪術やら降霊術やら、UFOやらUMAやらの怪しげな資料が積まれたデスクから視線をあげた。


「どうしました編集長?」


 照山はすっと、立ち上がると名前を呼んだ編集長へ尋ねる。


「お前、次の記事って決まったか?」


「いえ、それがなかなか良いのがなくて……」


 苦笑いを浮かべる照山という男は、オカルト紙『月刊アトランティス』の入社2年目の新人記者であり、日夜怪しい情報を見つけてはそれを記事にしていた。

 しかし、そんな怪しげな仕事をしているにも関わらず、照山は至って健康的な肌艶に清潔さを備えていた。

 今も、無精ひげも無く、スーツも新品のよう。その爽やかな笑顔は淀んだ空気を吹き飛ばす一陣の風のようである。


「それじゃあ、これを調べて見ろ」


 編集長から渡されたのは1つの封筒だった

 照山はデスクに戻ると中身を検める。


「なんだろう。これは……」


 そこには照山が見たこともないテープと一通の手紙が入っていた。

 手紙には、こう記されていた。


『この度、呪いのビデオを手に入れました。私が入手するまでに何人もが命を落としたいわくつきのものです。私では恐ろしくて中身を確認すらできません。もし、もしも勇気ある方がいるのでしたら確かめていただきたいのです。それを記事にしていただければきっと亡き友人も報われると思います』


「真偽はともかく、凝った手紙をよこして来たな。ふむ、面白そうだ。呪いシリーズはそれなりに人気もあるしね」


 照山はビデオテープを手に取ると、マジマジと眺めた。


「これが呪いのビデオね。初めてビデオテープを生で見たけど、こんな形状なのか。確か、ビデオテープっていうとVHSとかってのが正式名称だったな」


 さっそく中身を見ようと資料室へ向かう。

 そこでは色々な機材が置かれ、もちろんVHSを見る為のデッキも存在した。


「ええっと、これか……」


 今はあまり使われていないのか埃をかぶったデッキを見つけると、電源を繋いでいく。


「こいつ、本当に動くのか?」


 ビデオが全盛期だったのは照山が生まれる前。そんな遺物が未だに動くのか不安になりながらスイッチを入れる。


 が、しかし、ビデオデッキはうんともすんとも言わない。


「動かないな」


 何度かスイッチを入れ直したがダメで、仕方なく照山は諦めることにした。


「すみません。編集長、ビデオデッキが壊れているようなので、探してきますけど、購入費って経費で落ちます?」


 一応、しぶしぶながらも経費で落ちることになった為、照山はビデオデッキを探しに出かける。


「中古店ならあるかな」


 編集部から一番近くの中古ショップへと足を運ぶ。


「VHSのデッキですか? すみません。うちでは取り扱っていないですね」


 さらに3店舗回ったが、手に入れることは叶わなかった。


「こんなに売っていないものなのか? そもそもビデオっていういつ無くなるかわからない媒体に呪いを込めること自体、生存戦略として間違ってるだろ。それなら絵とか本の方がいいと思うんだよな。呪い込める側がそこまで気が回らないわけないだろうし、やっぱり呪いのビデオってフィクションだけのものなのか……」


 微かな不安を覚えつつも、照山は古い機器を集めていたクラスメイトを思い出し、そこへ連絡を取ってみた。


 クラスメイトは理由を話すと快諾し、照山はその日の夜に落ちあう事となった。

 しかし、約束の時間になってもクラスメイトは現れず、待ちぼうけを食らっていると、着信音が鳴り響いた。


「もしもし。えっ!? 家が火事になっただって。VHSのデッキも燃えた。いや、そんな事はいいんだが、無事なのか?」


 ちょうど誰もいないときの家事だったようで被害は家だけだという言葉にホッと胸を撫でおろす。

 それと同時に、照山の脳裏に、「これは本物の呪いのビデオなんじゃないか」という疑念が沸き起こると同時に笑みがこぼれる。


「今まではニセモノばかりの取材しかできなかったのに、とうとうホンモノに巡り合えたかもしれないっ!! これは何としても、何を犠牲にしても観なくてはっ!!」


 さっきまでの疑いの念はどこへやら、照山はホンモノと思しき呪いのビデオを見つけたことに歓喜していた。


 照山はすぐにスマートフォンを取り出すと、フリーマーケットアプリでビデオデッキを探す。

 経費で落とせない可能性が高いので避けていたが、ホンモノかもしれないとなれば話は別だった。


 念のため2台落札しておき、届くのを待った。


 特に障害もなく、届いたそれを開封し、すぐさま呪いのビデオを入れようとしたのだが。


「ん? なんだこれ? サイズが全然違う。ぶかぶかだ」


 ビデオデッキの入り口より、送られてきたビデオは小さい。

 照山はしっかりとそのビデオテープを見ると、VHS-Cと刻印されている。


「VHS-C? VHSに種類とかあるのか?」


 ネットで検索すると、8ミリカメラに取って代わられる前のハンディカメラ用のカセットらしい。それをテレビで見るには普通のVHSのサイズにする専用アダプターが必要との事。


「今のSDカードのようなものか」


 照山は再びフリマアプリで調べるがアダプターは売っていなかった。


「くそっ!! この呪いのビデオって見る為に多大な労力を使うことが呪いってオチだったら絶対許さないぞ。もう、これは仕事とか関係なく、絶対観て証明してやる!」


 まるで憑りつかれたように、照山はアダプターを探した。

 その捜索は休日をも使うほどで、小ざっぱりとした見た目は見る影もなく、無精ひげは伸びっぱなしだし、髪もぼさぼさ。目にはクマが刻まれ頬にもコケがみられた。

 ある日ようやく隣県に置いてある店があるという情報を手に入れ、赴いた。


「ようやく、ようやく手にいれたぞっ!」


 編集部の最寄り駅に帰ってきたときにはすでに日はとっぷりと暮れていた。


「これでようやく証明できる」


 照山は紙袋の中身を見ながら歩いていると、急に目の前に光が差し込み、ドンッという音が耳を刺した。


                   ※


「照山、今回は災難だったな。とりあえず、ゆっくり休んでおけよ」


 編集長から優しい言葉とフルーツの盛り合わせが送られた。


 照山は自動車に轢かれたが運よく左足と右手を骨折するだけで済んだ。

 今は完治まで病院生活を余儀なくされているが、命に別状はない。


「編集長。きっとこうなったのも呪いのビデオの所為だと思うんですよ」


「何言ってるんだ。まだ観てすらいないんだろ?」


「ええ。でも、観ようとしただけでここまでひどい目に会うんですよ。きっとホンモノです。俺じゃあしばらく記事を書けそうにないので、是非、編集長に書いてほしいんです!」


「いいのか? これはお前が追っていたヤマだろ?」


「俺、実は編集長がいるから今の編集部に入ったんです。だから、編集長にだったら喜んでネタを譲れるんです!」


「そこまで言うなら仕方ない。こいつは私が見ておこう」


 編集長は呪いのビデオテープ(VHS-C)とアダプターを手に病室をあとにした。


                ※


「ようやく。ようやく、ホンモノを編集長に渡すことが出来た……」


 照山はニヤリと笑みを浮かべた。


「あんたが昔書いた、日本崩壊論。素晴らしい本だったよ。オカルトとは思えないほど真に迫っていた。その本を読んだ親父が海外に土地を買うのも無理はない。ただ、その不動産屋がインチキ不動産で英語のわからない親父は良いカモになった。よくわからない謎の土地税や維持費と称して多額の請求が再三に渡り送られた結果親父は自殺。お袋も心労で倒れた。

 確かに、こんな胡散臭い話を信じた親父もバカだが、当時は何人も信じた奴がいたらしいが……。つまり、こんな本がなければ俺の一家が無くなることもなかった。

 だから、ささやかながら復讐をさせてもらう。お互い様だから、この1度。たった1度だ。俺がホンモノの危険なオカルトを見つけたときには、それをおっかぶってもらう。

 オカルトにはオカルト。それが俺の復讐だ。

 さて、編集長は無事に見れるかな?」


 照山は病室の窓から帰路につく編集長を見送った。

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呪いのビデオテープ(VHSーC) タカナシ @takanashi30

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