美しくも残酷な夜の世界

葵 悠静

本編

ひたひたひた……


夜は好きだ。人が寝静まり、街そのものに誰もいなくなったかのような静寂。

明かりが消えて、まるで世界の終末を迎えたような真っ暗な空間。


ひたひたひた……


その中を悠然と歩く私。

まるで、世界の全てを手に入れたかのような錯覚に陥る気持ちのいい時間。

そんな暗闇を歩くのが私の趣味だ。


ひたひたひた……


それなのに……それなのに、今日はずっと誰かが一緒だ。

連れなんていないし、そんなのはこの時間には必要ない。

一人でこの空間を歩くのが好きなのだ。

決して誰かとこの時間を共有したいわけじゃない。


ひたひたひた……


ああ鬱陶しい。

早く通り過ぎるかどこか別の場所に行ってくれないか。

そうだ、私がこの音から遠ざかればいいのだ。

曲がり角を見つけては曲がり、音から遠ざかろう。


ひたひたひた……


……なんで。

曲がっても曲がっても、いくら遠ざかろうとしても音が離れてくれない。

まさか幻聴。いやいやまさか、ほとんど毎日この趣味を楽しんでいるけど、こんな幻聴今まで1度も聞いたことがない。


ひたひたひた……


音の正体を確かめてやろう。

そう決意して音の方に振り返った。


タッタッタッ……


音が変わった。それに気づいた瞬間、突然の浮遊感を覚える。

え、何!? 持ち上げられた? なんで?!

突然の恐怖に必死に叫び、持ち上げられてる腕に向かって噛み付いたりもした。

再びの一瞬の浮遊感、そして地面に落ちる。


逃げなきゃ……逃げなきゃ……!!


タッタッタッ……ドっ!


また違う音が耳に飛び込んできたと同時に私の世界が暗転した。


……ひたひたひた……ひたひたひた……ガチャ……


どうやら殴られて気を失っていたらしい、酷く頭が痛い。体も殴られたのだろうか。節々が傷んでいる。

音と一緒に私の体が揺れる。どうやら捕まってしまったようだ。


ひたひたひた……


どうやら五感は塞がれている訳では無いらしく、周りの様子が確認できる。

ここはどこだろう。

……人が倒れてる。随分痛めつけられているのかぐったりしていて、生きているのかどうかも怪しい。

でもそっちにはあまり意識は向かなかった。生きてるか死んでるかなんてそれ以上確認しようとは思わなかった。

それよりも目に付くものがあった。


ひたひたひた……


私を抱えたまま人は歩き続ける。

抵抗したいが、苦しいくらいに両腕で抱え込まれてるし、この状況で抵抗できるほど残念ながら、私の体は大きくない。

抵抗する術がない。


ひたひたひた。


足音が止まった。

水の匂いと一緒に酷い血の臭いと獣臭さ、腐敗臭が鼻につく。

なに……ここ……

目の前の景色を見て、先程目に映った情景を思い返す。


多分ここはこの人の部屋だ。

部屋の中に散乱した手と足……それに長い尻尾。

全部なにかの残骸だ。


逃げなきゃ、逃げなきゃ……逃げなきゃ!

頭が真っ白になるのを留めるようにそれだけを必死に考える。

抱え込まれてた両腕から片腕がとかれる。

少し楽になったこれなら逃げれる……!


しかしその後すぐに男の手が目の前に迫り、その手に持っていた何かを口の中に無理やり放り込まれる。


なに……? 何を飲まされたの?

いつも食べているものとは明らかに異なる苦味を口の中に残しながら、液体のそれは吐き出すまもなく、体の中に流れてしまう。


「ああ、今のままじゃダメだ……完璧じゃない」


突然の開放感。突然地面に落とされた。

なぜかは分からないけどこれで逃げられる!

体を必死に動かそうとするが、何故か体が動かない。

全身に力が入らない。


ひたひたひた……


人が近づいてくる。

このままじゃダメ。あの残骸と同じになってしまう。

嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ


シャーー!!


私の必死の抵抗も虚しく、人の手に持ったソレが私の足に突き刺さる。


「いいねぇ、いいよぉ」


ハァハァハァ……


足が転がってる。痛みで思考が鈍る。


ハァハァハァ……


手が転がってる。もう何も考えられない。


ハァハァハァ……


いつも鬱陶しく私の横目に映っていた尻尾。

それが何故か今は目の前に転がっている。もうどこが痛いのかも分からない。


「これで君も完璧だ! 僕が可愛がってあげる」


もうあの静寂には戻れないんだな……。

私の頭にソレが突き刺さる。

私の目の前から世界が消失した。

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美しくも残酷な夜の世界 葵 悠静 @goryu36

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