黒き血と、薔薇喰いの剣

兎庵あお

第1話 昔話はお伽話

 この国には《薔薇喰いの剣》というお伽噺がある。


 世界が闇に包まれたとき、黒き血の者が薔薇喰いの剣をもって戦い、闇を打ち払って世界を救った、という話だ。

 薔薇喰いの剣というのはそれはそれは美しい剣で、世界が平和に戻った時、人々はこぞってその剣を手に入れようとしたらしい。

 それを悲しんだ黒き血の者は、薔薇喰いの剣をこの世界のどこかへ封印した。

「いつか再び世界が混沌の渦に呑まれたとき、薔薇喰いから持ち主を喚ぶだろう」

 そう言って、黒き血の者はこの世を去った。


 俺は、子供のころからそのお伽噺が大好きだった。

 薔薇喰いの剣はどれほど美しいのだろう。

 黒き血の者は薔薇喰いとどうやって世界を救ったのだろう。

 そもそも、黒き血というものは、何なのだろう。


 周りは成長するにつれて、その話を「お伽噺」として認識していったようだが、俺は十六歳になった今でも、そのお伽噺が現実にあったことなのでは、という期待を持ち続けている。



 ドフトボルゲ魔術学院に入ったのも、そのお伽噺を追いかけすぎた結果だ。

 この魔術学院なら、お伽噺が本物だという手掛かりがあるかもしれないと思ったからだ。

 ……残念ながら、入学して二年目にして成果なしなのだが。


「おい、ハル。ハル・グレーフィン」

「はい?」


 名を呼ばれて振り返ると、片眼鏡の男性教師が立っていた。

 年の頃は二十代前半くらいだろうか。細身だががっしりとした身体に、筋肉の盛り上がった肉体。

 「片眼鏡の似合わない先生」で有名な教師だが、本人ーーエドガード・ガラン先生は知らない噂だろう。


「お前、三号棟の第五資料室に入りたいと申請していただろう」

「はい」

「物好きだな、なんでまた資料室なんかに」

「実は……祖母がこの学院の卒業生で、昔どこかの資料室で大切な形見の指輪を落としてしまったらしくて……。祖母のためにも、俺が在学している間に見つけてあげたいんです。一号棟と二号棟の資料室は探し終えたので、あとは五号棟まで順に探していきたいなと思ってて」


 もちろん嘘だ。

 だが資料室に入れれば、そこにある書物は読み放題なので、《薔薇喰いの剣》の記述を探すことができる。

 ガラン先生はうんうんと何度も頷き、俺の方をぽん、と叩いた。


「祖母想いのいい男だな、お前は。真面目で成績もいいし、特別に資料室の利用を許可された。今日の授業が終わったら行くといい」

「ほんとですか!? ありがとうございます!」


「ただし」

 がしり、と肩を掴まれ、

「ついでに資料室の掃除をすること。そういう条件でなら開けてやる」


 にっ、とガラン先生は笑みを浮かべた。


「毎度やってることなので、それくらいなら構いませんよ」

「おお、さすが優等生は違うな。この前他の生徒に空き教室を解放したらゴミだらけにして帰っていったぞ。まあ、確かに掃除しなくていいなら、いくらでも使ってもらっていいかもな!」


 ガラン先生は満足そうに満足そうな声で笑った。


「では、授業に戻れ。放課後になったら鍵をとりに来い」

「ありがとうございます」


 ぺこりと一礼し、俺は廊下を離れた。

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