第二章-4

 僕とメイムが出会ってから幾日かが経った。

 三月に入る頃には、大学の全ての学科は春休みに入っている。大学は夏休みが長いというイメージではあるが、実質、春休みも長い。夏休みと同じく学生達はアルバイトやサークル活動に勤しんだりしている。まぁ、就職活動をするのはまだまだ先だ。油断していると、とんでもない事に成りそうな気がするが……

 そんな頃になると、僕とメイムの関係は完全な友人関係となっていた。とは言っても、毎日メールを交換して、夕方に公園で話をする関係だけど。どこか遊びに行けたら良かったのだが、なかなか言い出せずにズルズルと時間が過ぎてしまった。ほら、いくら小学生とは言え女性を遊びに誘った事が無いもので……肝心なとこで意気地なしの自分が情けない。

 まぁ、それでも、メイムが僕を友人と思ってくれているし、彼女は凄く楽しそうなので、僕はこの関係を素直に『友人関係』とする事にした。持つべきものは単なる友達、という訳だ。助けるのも、助けられるのも、友達だからこそだろう、やっぱり。


「みてみて、だいぶ上手くなったでしょ?」


 今日もメイムは公園にやってきた。もちろん、僕は公園で待っていた。携帯での連絡も取り合えるが、自然と公園に来る事が二人の決まりみたいになっている。


「おぉ、もう一人で結えるな」


 メイムの髪は相変わらずのゴワゴワのまま。そのせいもあって、今まで結った事がなかったせいもあってか、彼女は上手く髪を結う事が出来なかった。小学校には相変わらずそのままで通っているらしい。友達はまだ出来ないそうだ。まぁ、仕方がないよね。


「ん~、でも六年生からにする」

「どうして?」

「その方がカッコ良くない?」

「なるほど。春休みの間にメイムに何があったのか、という感じだな。かっこいい」


 小学生に感じ取れるかどうかは分からないが、僕ならばそこに物語性を感じる。一体、この子は春休みにどんな冒険をしてきたのだろうか。みたいな。それが中学生ならば、遊んでると思われそうだが……さすがに小学生は大丈夫だろう。イメージチェンジ、で済む話だ。

 しかし、善は急げ、というしな。変化は早い方がいい。


「でも、どうせだったら、今から散髪したらどうだ? なんならお金だしてあげるけど?」

「ううん、空夜さんにこれ以上お金だしてもらったら悪いもん」

「駅前に千五百円で切ってくれるよ」


 スピード命という感じの床屋が駅前にある。店も簡素の作りで貧乏大学生にはありがたい。何より嬉しいのは、散髪中に話しかけられない事。僕みたいな人見知りにはとてもありがたいシステムだ。まぁ、そんな無骨な店に女の子を連れて行くのはどうかと思うけど。


「せ、千五百円……」


 ガガーンとばかりに、メイムが驚いている。値段の安さにビックリしたんだろうか?


「高い……」


 逆だった。高さにビックリしたらしい。


「いやいや、業界最安値とか広告が張ってあるよ。高くないし、たまには奢らせてくれ」

「でも……ん~……むぅ……」


 お、悩んでる悩んでる。良い傾向だな。メイムは、お金に関してかなり躊躇する事が多かった。自動販売機の温かいミルクティだけで、異常に喜んだり。人に奢ってもらうのが嬉しかったのかと思ったが、どうやら違うらしい。ミルクティなんて飲んだ事が無かったそうだ。


「水道から水が出ますよ?」


 と、素で言われた時はどうしようかと思った。何か泣きそうな気がして、それを誤魔化す様に笑っておいた。メイムと出会ってから、僕の涙腺は破壊されてしまったのかもしれない。まったく。


「あ、雨……」


 悩んでいたメイムに、ポツリと雨粒が落ちる。僕も空を見上げると、顔に雨粒が落ちてきた。真上には暗い雲が覆っている。冬の雨は、雪よりも冷たく厳しい。


「えぇ~……せっかく空夜さんとお話できると思ってたのに」


 メイムが残念そうに息を吐く。

 ふむ。丁度いい。もう一歩、彼女に踏み込んでみよう。


「僕もそう思ってた。あぁ~……良かったら、メイムの家に行っていい?」


 僕は少し言葉に詰まりながら言った。

 白状しよう。僕は生まれてこの方、女の子の家には行った事がない。だから、楽しみ半分、恐ろしさ半分、といったところだ。もちろん、彼女が普通の生活をしている訳がない。そこは、肝に命じてある。


「ほんと!?」

「僕が今まで嘘を言ったかい?」

「言ってない! わ~、嬉しい嬉しい! 嘘だったら海千山千だからね!」


 嘘ついたら海千山千? 嘘をついたらズル賢い……という事か? いやいや。


「それを言うなら、嘘ついたら針千本、だ」

「あ、それそれ」


 文字数すら違うぞ。というか偏ったボキャブラリーだなぁ。どういう知識の蓄え方をしてるのだろうか。


「って、本格的に降り始めたか。行くぞ、メイム!」

「あ、待って待って!」


 メイムのマンションには何度か彼女を送っている。僕は先行して走り始めた。雨はそこまで激しいものではないが、このままでは濡れ鼠になってしまうのは確か。僕とメイムは店や家の屋根伝いに走り続け、マンションまで辿りついた。その頃には、メイムが僕の前を走っていたけど。小学生の無限の体力には敵わない。


「空夜さん、大人なのに遅い」

「はぁはぁ……僕は大人じゃない。ぜぇぜぇ……大学生だ」


 その場で座り込みたいのを必死にこらえながら、息を整える。


「大人と大学生って違うの?」

「ふぅふぅ……全然違う。大人は賢い生き物だが、この世で大学生ほど馬鹿な生き物はいない」


 まぁ、普通に学生をやっている大学生もいるけれども。きっと、有名な大学ならば、その限りではないのかもしれないけど。それでも、大学生という生き物は、一番油断しきっていると思う。だからこそ、僕はこんな所にいるのかもしれない。もちろん、後悔は無い。


「へ~。そうなんだ」


 メイムは妙に納得して頷いている。それ、僕を見た感想だろうか。まぁ、いいけど。

 それからメイムはマンション前に設置されたインターホンみたいな装置に入力を始めた。覗き見たところ、電話みたいな数字がついたボタンが並んでおり、そこで部屋番号と鍵になる暗証番号を入力すれば良いらしい。とりあえず、プライバシーの何とかを侵害しない様に、僕は暗証番号を見ない様にしておいた。ピッピッとなる入力音のせいで四桁の数字という事が分かってしまったけど、仕方がないよね。

 メイムの入力が終わると、自動ドアが本当に自動で開いた。現代技術の発展にビックリだ。まぁ、これぐらいは簡単なんだろうけど。


「空夜さん、はやくはやく。三十秒で閉まっちゃうよ」


 自動ドアの向こうでメイムが急かす。どうやらタイムリミットが設定されているらしい。それでも、三十秒は余裕がある。はいはい、と返事をしながら僕はマンション内へと足を踏み入れた。

 マンション内は、これまた綺麗だった。毎日、掃除をする人を雇っているのだろうかって位に壁が白い。そして、床も仄かに僕達の姿を反射している。まぁ、スカートの中身を確認出来る程の反射率は無いので、気にする必要もないか。

 メイムはエレベーターの上矢印を押す。しばらく待てばエレベーターがやってきて、静かに扉が開いた。むぅ、何か高級感があるなぁ。雨の中を走ってきた靴で大丈夫だろうか。脱いだ方がいいかもしれない。


「何してるの?」

「いや、別に」


 汚れなんか関係なくエレベーターに乗り込むメイムに対して、僕は躊躇気味。おっかなびっくりと乗り込むと、メイムは二十五階のボタンを押す。どうやら、このマンションは三十階まであるらしい。絶対、金持ちだらけだろう。偏見かもしれないけど。とりあえず、エレベーター内にある監視カメラに会釈しておいた。怪しい者ではございませんよ。

 二十五階に到達すると、エレベーターはまた静かに停止する。ドアが開くのを待って、僕とメイムは廊下へと出た。ここもまた白い壁に、白い床。これじゃ足跡が目立つだろうと思ったけど、不思議と汚れていない。お掃除ロボットでも常駐しているかの様だ。

 エレベーターから数えて、五つ目の扉がメイムの家だった。鍵は掛かっていないのか、メイムはドアノブを回して、ドアを開ける。


「鍵は?」

「入り口の機械で番号入れると、勝手に開いてるよ?」

「……すげぇ」


 なんだこのシステム。あと、メイムが当たり前でしょ、みたいな顔をしているのも納得できないなぁ、まったく。


「ただいま~」

「お邪魔します」


 ドアを潜り、玄関に入る。ここは玄関というのだろうか? 良く分からないけど、とりあえず、メイムが靴を脱いであがる。僕もそれに習って靴を脱ぎ、部屋の中へとあがった。

 しかし、なんだろうな。家には、それぞれ独特のにおいがある。それが、いわゆる生活臭というやつなんだろうが、今いる玄関には全くそれが感じられなかった。

 メイムは、玄関からすぐの部屋に入った。メイムが入った部屋の前にもう一つドアがあり、廊下の突き当たりにも、ドアがあった。とりあえず、僕はメイムの後を追って、部屋へと入る。


「いらっしゃい、空夜さん」


 少し照れた様にメイムが迎え入れてくれる。

 小さな部屋だった。

 そして、何も無い部屋だった。

 いや、あるにはある。恐らく、小学校の教科書だろう。それが床に積まれている。それから、メイムの服と下着類か。それが数枚。机代わりと思われるダンボールの箱が中央にあって、あとは、布団だけ。暖房器具も何も無い。気温以上に冷たい部屋だった。


「……お邪魔しま~す」


 笑顔を作れただろうか。自信が無い。ただ、覚悟していた分だけ、余裕はあったと思う。


「座って座って」


 お客さんが嬉しいのだろうか、メイムは終始笑顔を浮かべている。まぁ、そんな雰囲気を壊す必要はない。僕は遠慮なく、彼女のおもてなしを受ける事にした。


「えっと、こういう時ってお茶を出すんだっけ?」

「そんな台詞を聞かされると、僕はお構いなくって言うぞ」

「あはは。え~っと……」


 そう言って、メイムは自分の財布を取り出した。もしかして、お茶の常備もないのだろうか。ちくしょう。

 僕は素早く財布を取り出す。小銭要れから五百円玉があったので、それをメイムに渡した。


「温かいお茶がいいかな。ついでにメイムの分も買ってきたらいい」

「え、でも空夜さんはお客さんだから、私がお金出さないと変じゃない?」

「いやいや、僕はお客さんである前に友達だ。友達をそんなキッチリもてなす必要は無い」


 そうなんだ、とメイムは納得する。まぁ、これは嘘じゃない。友達が遊びに来たのに、かしこまってお茶を出す人なんかいないだろう。


「じゃ、買ってくる」

「いってらっしゃい」


 メイムはパタパタと駆け足で出て行った。玄関の扉がガチャンと開きガチャンと閉まる音が聞こえる。

 さて、この間に出来る事は……


「あの髪の原因を探る事だよな」


 僕はメイムの部屋から顔だけを出す。風呂場はどこだろう、と思うが……真正面にあるドアがそれっぽいよな。

 とりあえず、開けてみる。うん、正解だ。扉の先には洗面台があり、そこにまた二つのドアがあった。一つはトイレで、もう一つは風呂だろう。当たりを付けて、僕は奥側にある扉を開いた。

 そこは、普通にお風呂だった。自動でお湯が入れられるタイプなのか、温度調節機能があるのか、判断は付かないけれど、綺麗なお風呂だった。水垢などは付いていない。使用されていないのだろうか、と浴槽を除き見れば、濡れた後がある。つまり、きっちりとメイムが掃除をしている訳か。


「えらいな。見習わないと」


 そこで気づく。風呂場に並んでいるはずの物がない。特に、女性が住んでいるのなら、確実にある物が無い。風呂を掃除する洗剤があるっていうのに、肝心の物が無かった。


「シャンプーが無い……」


 ちぐはぐだ。石鹸はある。なのに、シャンプーが無い。リンスも無い。なのに、風呂掃除の洗剤はある。どういう理由で、こんな訳の分からない状況になるんだ……


「髪の毛の原因はこれか」


 とりあえず、メイムの髪がなぜ傷みまくっているのか、その原因が分かった。単純にシャンプーを使っていない、という事だ。

 しかし、洗剤を買うお金があるのなら、シャンプーも買えると思うんだが。どうして、買わないんだろうか。理由があるのだろうか。


「…………」


 考えても、観察していても答えは出ない。とりあえず、僕はメイムの部屋に戻る事にした。こんな所を見つかったら、変態扱いされるかもしれない。いや、どこをどう取れば、変態になるのかサッパリと分からないけど。トイレと間違えた、とか下手な言い訳は通じないだろう。たぶん。

 足早にメイムの部屋に戻り、何事も無いかの様に座り直したところで、入り口の扉が開き、閉まるガチャンという音が聞こえてきた。


「ただいまっ!」


 やけに笑顔を輝かせて、メイムが言う。


「おかえり~」


 僕はそれに応えて、普通に返した。その言葉を、メイムは噛み締める様に聞くと、だらしなく口元を緩めて、えへへ~、と笑う。

 あぁ、もしかしたら、『ただいま』も『おかえり』も彼女には滅多に経験できてないものなのかもしれない。だから、たったこれだけの事で、満面の笑みを浮かべる事が出来るのだろう。


「はい、お茶。あと、おつりです」

「ありがとう」


 僕はペットボトルのお茶とおつりを受け取った。小銭ぐらいメイムにあげても良いのだが、お金で彼女を釣っているとは思われたくないので、やめておく。

 そんな事をしては文字通り『援助交際』という事になってしまうし。あまりにイメージが悪い。そもそも、真実をオブラートに包んだのが援助交際という言葉だ。あれはただの売春であり買春である。いわゆる姦通だ。不倫の意味も持つが、この言葉がなにより真実だと思う。


「どうしたの空夜さん?」

「いや、ちょっと寒いなって思って」


 メイムの部屋に暖房は、無かった。エアコンの類も見当たらない。雨に濡れた後という事もあってか、少しばかり温かい空気が欲しいのも確かだった。


「寒い時はどうしてるんだ?」

「布団に包まってるよ。こうやって~」


 メイムは毛布を頭から被ると、それに包まってしまう。まぁ、そうだろうな。暖房器具が無いのなら、僕だってそうする。


「でも、それじゃぁ僕が寒い」

「あ、そっか。どうしよう?」


 ちなみに、毛布の類はもう無い。見渡す限り、あとはタオルぐらいのものか。う~む、仕方がない。


「よしメイム、毛布貸して。そんで、ここに座れ」


 僕はあぐらをかく。そして、その足の上を指し示した。毛布が一枚しかないのなら、二人で一緒に包まればいいじゃない。と、昔の女王が言ったかどうかは知らないけれど。暴君と恐れられた女王がそんな優しさをみせたら、部下はきゅんきゅんしちゃったかもしれないけれど。

 メイムは頭上にはてなマークを浮かべながら僕に毛布を手渡した。どうやら分かってないらしい。とりあえず、言われるがままにメイムが僕の足に座る。軽いな。髪の毛のボリュームが凄いから余り印象に残らなかったが、メイムは年齢の割に小さいのかもしれない。ちゃんと食べているのだろうか……


「これで、どうするの?」

「こうやるんだ」


 僕は毛布を羽織るように持つと、そのままメイムを抱きかかえる形で毛布に包まった。


「わわわ」

「これなら、二人とも温かいだろう」


 どうやらメイムは照れているらしい。あうあう、とよく分からない言葉を発し、おろおろと部屋の中を見回している。誰かに見られる事も無いのに。むしろ、誰かに見られたら困るのは僕の方だ。このまま逮捕されるだろう。そうなってはメイムは助けられない。なんだか複雑だな。

 目の前には、メイムの髪の毛が良く見える。確かに、傷みまくっていて、ボロボロだ。恐らく、石鹸でしか洗ってないんだろう。いや、その前にどうして切らないんだろうか。貧乏なんていうのは、しょせん言い訳だ。その気になれば、普通のハサミでだって、髪は切れる。


「なぁ、メイム。どうして髪を切らないんだ?」

「え~っと、貧乏だから」

「嘘だろ、それ」


 うぅ、とメイムが唸る。


「……本当はおまじない」


 おまじない?


「髪を伸ばすと、願いが叶うってクラスの女の子が言ってたのを聞いたの。だから、ママが早く帰ってきます様にって」


 つまり、これだけ伸びるまで母親が帰ってきてないって事じゃないか……


「あはは~。でも、やっぱりおまじないじゃ駄目みたい。ぜんぜん願い事が叶わないや」


 のんきに笑うメイムを、僕は少しだけ強く抱きしめた。

 彼女が泣いていないのが、余計に辛い。メイムが笑顔なのが、余計にキツイ。

 母親が帰ってこないのを、当たり前だと思っている、その常識と、その現実と、この社会と、何も出来ない自分に、激昂し、激怒した。

 叫びたくなる。

 ばかやろうって。

 誰に言いたいのか分からないが、罵詈雑言が口から溢れそうになってくる。母親なのか、それとも、こんな世の中になのか。まったく分からないけれど。それでも、メイムを困らせる事になるから、僕はその言葉を飲み込んだ。

 悪意なんて、子供の前で見せるべきじゃない。僕は、大人じゃないけれど。馬鹿な大学生だけど。それでも、メイムよりかは常識と世界を知っている、


「なぁ、メイム」

「なんですか、空夜さん?」

「僕は、正義の味方になるよ」

「正義の?」

「うん。ヒーローにも英雄にもなれないけれど、正義の味方になる」

「そうなんだ。凄いですね」

「おう。そうだぜ。僕は凄いんだ。友人からは、『根源殺し』って言われてる」

「おるたなてぃぶ、ぶれいかー?」

「あぁ。ゼロかイチか、白か黒か。それだけを判断し、それ以外を排除する人間。冷たい極論だけの、そんな人間だ」

「へぇ……?」

「そんな僕が最初で最後の正義を実行するぜ」

「一回だけなんですか?」

「おう。何度も言うが、僕は英雄じゃないし、ヒーローでもないから。だから、たった一人しか助ける事が出来ない。たった一人を救うだけでも、精一杯なんだ」

「……」

「メイム。僕は、君を助ける」

「…………」

「僕が、お前を幸せにしてやる」

「………………」

「だから、お願いだ」


 毛布を外す。冷たい空気が僕達の間に流れた。

 メイムが振り返り、僕を見る。

 僕もメイムを見た。


「メイム。僕に……助けられてくれ」


 沈黙。

 メイムが僕の眼を見る。

 僕も、メイムの眼を見た。

 何を語る? 何を想っている? そんな事はどうだっていい。僕は決めた。もう、決めてしまった。関わってしまった。関心を持ってしまった。出会ってしまった。行き会ってしまった。縁が合った。縁を繋いだ。縁を結んだ。

 だから、僕が助ける。他の誰もが出来なかったけど、僕が助ける。保障はどこにもない。けど、失敗しない。失敗なんかするはずがない。

 正義の味方なんだぜ。正義の味方は、いつも遅れて来るけど、絶対に助けてくれるんだ。いつだって、駆けつけるのは遅いんだけど、最後はハッピーエンドで終わらせてくれる。それが正義の味方なんだ。

 英雄でも、ヒーローでもない。正義の味方に、僕は憧れて、そして、成るんだ。

 そのものに。

 正義の味方に。


「…………」


 長い長い沈黙。

 メイムは一度、顔を伏せて、そして上げた。

 笑顔だった。

 そして、一言、


「はいっ!」


 と、応えてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る