結婚しようよ ~彼女を救うたったひとつの冴えないやり方~
久我拓人
プロローグ ~結婚を前程につきあってます~
プロローグ
JR笹川口駅で電車を降りると、空はすっかりと暗くなっていた。恐ろしい程の田舎である僕の地元には、駅前だろうが街中だろうが容赦なく星空が見える。春休み、という時期もあってか、まだまだ寒く、僕は首筋を撫でていく風に思わず肩を上げた。いや、この場合は首を引っ込めたというべきか。今ほど亀を羨ましく思った事はない。嘘だけど。
「寒っ……大丈夫か?」
僕の言葉に、彼女はフルフルと首を横に振った。その動きに合わせて長い黒髪が横に振られる。ポニーテールにしている後ろ髪が遅れる様にして、ゆらりと揺れた。パッツンと直線で切られた前髪の下には細い眉に大きな瞳。寒さの為か、少しばかり赤く染まった頬が年齢よりも彼女を幼く表現している気がした。
地上よりも高い位置にある改札を出て、階段を下りれば目の前には何も無い。ただただ道路が広がっているだけで、駅前という好条件にも関わらず、店なんかは一店舗もなかった。唯一のスポーツクラブであるジムがあるだけで、あとはただただ街灯と道行く車のみだ。
僕の地元は、彼女にとって初めての土地なので、キョロキョロと辺りを見回している。都会育ちの彼女にとってはまるっきりの田舎は珍しいのだろう。おのぼりさん、ではなくて、おくだりさん、なのかもしれない。
「何にも無いね」
彼女はニコリと笑いながら、か細い声で僕に言った。
「まぁ、田舎だからね。僕の家からコンビニまで車で五分。本屋さんとレンタルビデオ店まで車で三十分。最近はハンバーガー屋さんも出来て、これでも発展してきた方だ」
へ~、と感心している彼女の手を取って、僕達はタクシー乗り場へ移動した。といっても、歩数にして十五歩。バスは一日に五本くらいしか無いし、夜になると走ってない。車が必須となっている僕の地元では、家族が駅まで迎えにくるのが主流になっている。
タクシーなんて誰も乗らないせいか、いつだって駅に数台が止まっていた。乗っている人なんて見た事がない。もしかしたら、僕が初めてのお客さんかもしれない。まぁ、そんな訳ないんだけど。
ちなみに、親には連絡したけど迎えの都合が付かなかった。というのも、彼女連れで帰るなんて言ったら自力で帰って来いとまで言われた。気恥ずかしいらしい。そんな繊細な親か? なんて思ったが、仕方がない。大学の学費と一人暮らしの為の生活費を出してもらっているのだ。文句は余り言えないよね。
「どちらまで?」
「大川村の公民館まで」
タクシーに乗り込み、運転手に行き先を告げる。はいよ、と柔和そうな笑みを浮かべて初老の運転手さんが発進させた。大川村。僕の生まれ育った故郷だけれど、地名までもが田舎くさい。なんだよ、大きな川って。せめて名前だけでも田舎から脱出して欲しいものだ。なんて思ってたりする。
彼女はタクシーの窓から外の景色を見ている。しかし、三分程で街明かり的なものは無くなり、あとは街灯か民家の明かりしか漏れてこず、中途半端な山が連なっているばかりだ。見ていて面白い物など、何も無い。
「あっ、あれ学校?」
「うん。中学校だ。僕も通っていた」
おぉ~、と何に感心しているのかサッパリと分からないが、彼女は嬉しそうに中学校を見送る。夜の学校なんて不気味なだけだと思うんだけどなぁ。僕も中学校の校舎を見てみる。吹奏楽部の部室である音楽室の警報灯が赤く光っていた。おぉ、こわいこわい。
「ご兄弟ですか?」
ちょっとした沈黙からか、運転手さんが声をかけてきた。
「えぇ、まぁ……」
僕は言葉を濁す。彼女にはちょっと悪いかな、と思ったけど……彼女は苦笑していた。まぁ、お互いに彼氏彼女に見えない事は自覚している。こればっかりは仕方がない。
曲がり角など一切なく、まっすぐに走っていくこと十五分。小高い山々に囲まれ、閉塞感たっぷりの場所でタクシーは曲がり、すぐに止まった。そこはちょっとした二階建ての建物で、これまた古く、一応は鉄筋コンクリート作りなんだけど、やっぱりボロボロな公民館だ。村での祭やちょっとした集まりに使われる程度で、余り活気が感じられる場所ではない。夜だと明かりも点かないので尚更だ。
僕はタクシーの運転手さんにお金を払って、おつりをもらってから車から降りた。先に下りていた彼女は山を見ていた。明かりなど一切ないので、山はただの黒い塊に見える。それがまた不気味であり、いかにも何か出てきそうなのだが、実際には鹿やイノシシやアライグマしか出てこない。幽霊や妖怪よりも畑に被害をもたらす危険な動物だ。おぉ、こわいこわい?
「家、どこ?」
「もうちょっと先」
公民館の周りには家はない。僕は県道の先を指差す。二十メートルほどでT字路があり、そこから先に家が連なっている。僕の実家はそのT字路を右に曲がった二件目だ。
僕が歩き出すと彼女はちょこちょこと着いてくる。珍しそうに辺りを見渡しているけど、すぐに前を見た。見る物が山と家と畑しかないからだ。
いや、違うか。
彼氏の家に初めて来るのだ。緊張しない方がおかしいか。しかも、事情がたっぷりとある。僕なら今頃逃げ出しているかもしれない。それ程までに妙ちくりんな状況であり、事情なのだ。
「大丈夫か?」
「うん……」
彼女はそう頷く。しかし、繋いでいる手は震えていた。震える程、外が寒い訳ではない。
「大丈夫、ただの無茶ぶるい」
「それを言うなら武者震いだ」
あれ? と彼女は首を傾げた。この分だと、さほど心配する必要はなさそうだ。僕は苦笑しながらも歩を進める。
程なくして、我が家に着いた。そんなにボロボロではないが、それほど新しい訳でもない、普通の家。これといった特徴もなくどこにでもある様な二階建ての家。あえて特徴を示すのならば、母が趣味で植えている花とかの植木鉢やらが乱雑に置いてあるぐらいか。秩序も種類分けもされておらず、あまり綺麗に見えない。それが特徴というのも悲しいが、それ以外にあげる物がないので仕方がない。
ちらりと彼女を見てみる。緊張しているのだろう、そわそわと玄関辺りを見回していた。時折、胸に手を当てては心臓の音を確かめる様に、大きく深呼吸をしている。そんな様子がちょっとコミカルで、可愛らしくて、僕は少しだけ笑ってしまった。
「もういいかい?」
「も、もういいよ」
かくれんぼ風に聞いてみると、かくれんぼ風に返ってきた。多少の余裕はあるとみて、僕は玄関のドアを開ける。田舎だから、鍵が常にかけられている事はない。せいぜい寝る前にかける位だ。ガラガラと音を立てて玄関が横にスライドする。あらかじめ、家族には帰ると伝えてあるだけに、玄関には明かりが灯っていた。
「ただいま」
見慣れた玄関から声をかける。僕の声に反応してか、それとも玄関の開く音に音に気づいたのか、足音が近づいてきた。一人は玄関からすぐにある居間から。もう一人は居間とは別の部屋から。最後の一人は階段をドタドタと降りてくる。
「おかえり」
一番早かったのは居間から出てきた母親だった。料理を作っていたらしく腕まくりをおろしながらやってきた。
次に部屋から出てきたのは父親だった。いつもの様に柔和な笑みを浮かべて、おかえり、と声をかけてくる。
そして、最後に階段を降りきった妹が挨拶もそこそこに僕の顔を見て、キラキラとした表情で聞いてきた。
「お兄ちゃん、彼女は!?」
三人の期待が高まるのを感じる。僕は今回、実家に帰ると伝えた時に、彼女を連れて帰ると連絡した。少しばかりシリアスに伝えたつもりだったのだが……どうしてか、僕の話は上手く伝わってなかったらしい。
僕の彼女には問題がある。
いや、世間体からみれば、問題があるのは僕の方か。
ともかく、色々と相談し決心し決断しなければない為に、こうして僕は彼女と一緒に実家に帰ってきた訳で。
歓迎してくれるのは嬉しいのだが、果たして事実を……真実を知った上で、本当に歓迎してくれるだろうか。いくら親や妹と言えど、所詮は違う生き物だ。考え方なんて分かるはずもない。音楽性の違いで一家が離散する事はないが、考え方の違いで離散する事は良くある。大抵、問題を抱えた誰かの責任なんだけど。それが今回、僕に成らない事をどこかの誰かに祈るばかりだ。
「ねぇねぇ、お兄ちゃん! はやくはやく!」
「あ、あぁ。メイム……」
僕は彼女の名前を呼ぶ。メイム、と呼ばれた彼女はおっかなびっくりと玄関から入ってきた。そして一礼する。長い黒髪がハラリと揺れた。
「あ、あの……はじめまして。空夜さんと付き合ってます柚妃メイムです」
メイムはそう挨拶して、再びちょこんと頭を下げる。
彼女が頭を上げた時、まず最初に父親が意識を失った。
うん、無理もない。
気を失って頭を壁に打ち付ける父親を解放する事なく母親はあんぐりと口をあける。
うん、これまた無理もない。
そして、最後に妹が叫び声をあげた。
「え~! お姉ちゃんが出来ると思ったのにぃ!」
無理もない、とは言い切れない。やはり妹はどこかズレてるな。というより馬鹿だな。将来が心配だ。なんて事を思いながら、僕はメイムを見た。彼女も僕を見上げる。
そう、彼女の身長は僕の半分くらいしかない。どうしようか、と心配するかの様な目で僕に訴えてくるので、僕は苦笑しながらも彼女の頭を撫でた。
「大丈夫、僕の家族だ。きっと理解してくれる……と、いいな」
この玄関での惨事を見ると、少々自信がなくなってくる。とりあえず父親を起こした方がいいか。僕はいまだに固まってる母をそのままに、ぎゃあぎゃあ騒いでる妹を放っておいて、父親を担ぎ、居間へと移動した。もちろんメイムを連れて。
これは、僕とメイムが出会ってから結婚するまでの物語。
色んな障害を乗り越える物語。
十九歳の大学生と十一歳の小学生が結婚する物語。
ロリコンと笑うなら、僕を笑うがいい。
勝手に指をさして笑っていればいい。
馬鹿と言われようと、阿呆と罵られようと、僕は甘んじて受けよう。
だけど、忘れないでくれ。
これは、僕とメイムが幸せになる物語なんだから。
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