第7話 高校入学⑦
辺りは薄暗くなっている。
校門をくぐる生徒もちらほらといるがもうほとんどの生徒は帰っている時間帯だろう。
それにしても、何か話しかけるべきなのだろうか。
あの後、部室を出てから現在に至るまで幸太とは一言も話さずに沈黙が続いている。
どうして神楽坂先輩が俺にあれほどの怒り、嫌悪を現してきたのか。
俺に問題があったのは百も承知なのだけれど、それにしても幸太までもがあそこまで感情的になったのが一番想定外だった。
想定外というか意外だったというべきか。
――分からない。
幸太が俺のために怒ってくれたと考えてしまうのは、おこがましいのだろうか。
いや、俺が知らず知らずのうちに幸太を追い込んでしまっていたのかもしれない。
あの事件以来、大体の人間が俺から離れていったけど幸太だけは違った。
俺は幸太に救われたのだ。
人の痛みも分からない人殺しの俺に生きていいと言ってくれた唯一の友達。
甘えてしまっていたんだろうか俺は。
「なぁ幸太」
「どしたんだい?」
幸太の返事がいつもより力が弱いのは気のせいだろうか。
いや、気のせいじゃないよな。
「……ごめん」
夕暮れ時。
いつもは学生で溢れかえっている通学路は二人だけで、やけに静かに感じるな。
自分の鼓動が早くなっているのが聞こえる。
「……なんでだよ」
幸太がつぶやいた。
「なんで透夜が謝るんだよ」
「それは俺が幸太になにも――」
「いつもそうだ!透夜は自分ですべてを受け入れてさ!謝る必要なんてないのに、一体どうやって許されるつもりなんだよ……本当は透夜は人殺しなんかじゃないだろ……」
少しだけ、少しだけだけど聞けた気がする。
自分のことばかりで、幸太の声に耳を傾けることなんてなかったんだ。
――確かに俺は詩央里の父、あの男を殺したわけじゃない。
けど、あの男が居ても居なくてもどうでもいいんだ。
詩央里が生きていればただそれだけでよかったのに……。
何回恨んだだろうか。
何度も何度も俺が死ねばよかったのにと後悔して、繰り返して、今この時さえそう思ってる。
だけど、結局俺は何一つ変わらないんだ。
「いや、俺は人殺しだよ。それは変わらない。誰に何と言われようと一生背負って生きていかなければならないんだよ」
「透夜は何も悪くないんだよ!……詩央里さんだってそう思っているはずだ」
「お前に何が分かるんだよ!詩央里が死ぬあの瞬間も!あいつの気持ちも何も知らないお前に何が分かるんだよ!」
「分かってたまるもんか!俺はなんにも分からないさ!だけど、詩央里さんは……詩央里は、お前のことを……」
そう言って、幸太はうつむいた。
何を言おうとしたかは分からないけど、今更聞きたくもないし、どうでもいいんだ。
そもそも俺は許されようとなんて思ってないんだよ。
詩央里が死んで俺が生きてることが間違ってるのだから。
濁せない記憶を何度も思い出して、這いつくばって生きて、生きて、生きて……あぁ何度目だろうか。心が荒んでいくのが分かる。
「もういいんだよ……ごめん幸太。……帰ろう」
「だから……なんで謝るんだよ」
幸太の声は力弱く、春風とともに消えていった。
いつぶりだろうか。あんなに声を出しのは。
のどはが枯れて、唇が渇いている感覚が不快で早く潤したい。
近くに自販機はないし、帰り道にスーパーにでも寄るか。ちょうど冷蔵庫の中の食材も減ってきたし、お金も持ち合わせているし飲み物はその時まで我慢するか。
あの後、幸太とはお互いの帰り道で別れるまで一言も話さなかった。
最後に一言、別れの挨拶があったけど明日はどんな顔して、会えばいいんだろうか。
今までも、何度か言い合いをしたときがあったけどその時はどうしていたっけ。
あぁ、そうだ。
そういえば隣にいた詩央里が言い合いを止めてくれたときもあったな。
気が弱いくせして割り込んできて、泣きそうになっていたな。
今はもう聞くことができない声が、脳裏にフラッシュバックする。
なんでだよもう。何度も聞いたあの声を少し忘れている気がして、イライラする。
あいつの死ぬときの表情はこんなにも鮮明に覚えているっていうのに。
幸太は俺のことを悪くないって言ったけど、なんにも気にせずただ前を向いて生きていくことなんてできないだろ。俺だけが生きてしまっているのに、あいつを殺してそんな生き方して許されるわけないだろ。
なぁ……詩央里……。
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