第6話 高校入学⑥

 突如現れた少女は、強く拳を握って仁王立ちで俺のことを見据えている。というかにらんでいる。

 数秒間沈黙が続いた。


 気まづくなり俺は、彼女の大きな瞳から目を逸らしてしまう。

 それをきっかけに名も知らぬ彼女は教室の中に一歩踏み込んで、段々と俺の方に近づいてくる。


「おっと。どうしたんだ?名前はなんて言うんだ?」

 さすがの永井先輩もただならぬ彼女の様子に異常を感じたのか俺の方に近づいてきた少女に割って入った。

 多分、先輩が止めてくれなかったら殴られてたかもしれない……そんな目をしていた。


「神楽坂いちはと言います」

 まさかだ。

 まさか過ぎるタイミングでまさかの人物が現れてしまった。

 このタイミングで来るのは想定外過ぎるだろ。

 これには幸太さんも頭を抱えております……。


 体格差がほぼ倍ぐらいあると言っても過言ではない永井先輩が彼女の前に立ちふさがっているが、彼女の目からは鋭いような殺意を感じる。

 例えるなら、先輩は熊のようで神楽坂は蜂のようだ。

 だけどこの時の永井先輩の安心感と言ったら、この上ないくらい頼りになる。


 というか今気づいたけれど、神楽坂なのか。

 この学校では上履きの色で学年が分かるように区別されている。

 ちなみに一年の俺らは水色で二年の神楽坂先輩は緑色だ。

 知らなかったな……神楽坂家の娘が俺と年が近いということは聞いていたけど一つ年上だとは……。


「先輩。どいてください」

 神楽坂は静かにそう呟いた。

「何故そんなに怒ってるんだい?浅影家の人間ってだけが理由じゃないでしょ。その様子だと」

 これ以上刺激したら爆発してしまうかもしれない彼女に幸太は優しく問いかけた。

「そこに人殺しがいるからです」

 殺意がこもっているかのようかの目で俺を睨んでる。

「それは大変だね。じゃあ人殺しなんかと関わってはいけないよ。ここから去った方がいい」

 幸太の皮肉めいた返しにも動じる様子はなく、神楽坂先輩は静かに言葉を続けた。

「その人殺しがさっきって言いました……――死んでいい人間なんていない」

 どうやら先程の永井先輩との会話を聞かれていたらしい。

 元々、浅影家に対して良いイメージを持っていないのに加えて、会話の中で俺が彼女の抱えている地雷に触れてしまったのだろうか。

 だけどなんだろうか……彼女から伝わる異常な怒りは。

 怒りというか憎しみとも言い難いなにか渦巻くような感情が彼女から伝わってくる。

 何でこんなにも異様に感じるのだろう……目? 雰囲気か?なにが彼女の逆鱗にふれてしまったのだろうか。

 分からない……。

「君は事件の詳細を知ってて話しているのかい?知らないのだったら今後僕たちには関わらない方が得だよ。というか口を出すな」

「確かに詳しくは知らないけど、私はさっきの発言をきいてしまったからには放っておく訳にはいかない。私は今の発言を誰かに流すこともできるんだよ?いいのかなそんな強気で。正当防衛で今助かっている状況なのに明確な殺意があったら浅影はどうなると思う?捕まっちゃ――」

 轟音が鳴り響いた。

 幸太が思いっきり机を殴ったのだ。

「黙れよ!何も知らないんだろ!だったら黙ってろよ!なんも知らないやつが勝手に口を出すんじゃねぇよ!黙れ黙れ黙れ!!」

 神楽坂先輩はビクッとして、俯いてしまった。

 永井先輩も黙って聞いているし、これには俺も驚いた……幸太がここまで感情をむき出しにするのは相当珍しい。

 いつも老若男女問わず笑顔を振りまいて、誰とでもすぐに仲良くなれるような爽やかな幸太がこんなにも声を荒げた。


 幸太はどう思っているのだろうか。

 事件関連の話を持ち出されるといつも横にいる幸太ばかり聞いて、話して、俺は何もしていない。

 幸太はそれでいいと言ってくれたけど、やはり幸太にも何か抱えているものがあったかも知れない……。

 知らず知らずと幸太を追い込んでしまっていたのは俺だ。

 また、また何もせずに誰かを傷つけてしまっていたのか俺は……なんて愚か者なのだろうか。

 静まり返った教室にキュッと椅子を引く音が響いた。

「俺が悪かったです。すみませんでした」

 俺は立ち上がってそう言った。

 彼女は俺がすんなりと謝ったことにおどろいているのだろうか。

 怒っているのだろうか。

 拳をぎゅっと握ったまま言葉に詰まらせている。


「とりあえずそこに座ったらどうだ?」

 数秒の沈黙が続いたが、永井先輩の一言で動き出した。

「……いや、大丈夫です」

 冷静さを取り戻したのか、彼女からさっきまでの勢いは消えている。

「へぇー。なんか用があってきたんじゃないのかい?わざわざ透夜にぶち切れにきたの?」

「おい、幸太……」

 止めに入ろうと思ったが困っている俺に気づいたのか、永井先輩が助け舟を出してくれた。

「よし!気づけばもうそろそろ下校の時間じゃないか。用があるなら今度でもいいか?部活紹介も部員があるときにやりたいしな!」

 確かにいつの間にか夕焼けで窓の外が淡いオレンジ色で染まっている。


「透夜」

「どうした幸太?」

「……もう帰ろう」

 幸太は顔を背けながらそう言ってバッグを手に取って席を立つ。


「待ってよ」

 俺も幸太に続いて帰ろうと、立ち上がると神楽坂先輩が止めに入ってきた。

「どうしたんだい?もう透夜は謝ったよ」

 幸太はため息をつきながら答える。


「――やっぱ何でもない……それじゃ」

 そう言って彼女は足早に教室を去って行った。


 

 

 


 

 


 

 

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