痛いおんな
樹 亜希 (いつき あき)
束縛する男、のがす女
「鳥羽君、今日の帰り予定ある?」
亜由美は実験する手を止めてスマホを白衣から取り出して、lineを打ち込んだ。
「いいけど、カギは持ってるでしょ」
返事はすぐに来た。
付き合って一年、コロナ破局が一年だったので、本当は付き合って二年になるはずが彼から別れを切り出されて亜由美は、
「ああ、そう。別にいいけど」
あっさりと返事をして背中を向けた。
つまんないの、同じ大学だから顔を合わすことができるのに、コロナで会えない日が続いただけで、もう無理とか言い出す男に用事はないわと思っていた。感染拡大地域の住居の彼と私とでは立場が違っていた。
亜由美の母は乳がんの手術をして一年が過ぎたばかりで、その辺を見越していつものようにデートや旅行ができないだけで、なんで別れなきゃならないのかと安く見られたものだと、少しだけイラっとした。
自分の気持ちばかり押し付けやがって!!
それから一年が経過して、お互いに大学を卒業して大学院に進学することが決まっていた三月の初めに、鳥羽雄二からlineの連絡があった。別れた後も連絡だけは時々とっていた。憎しみあい別れたわけではないので、友人のような感じであった。
「話ある。時間とってほしいんだけど」
「なに?」
「亜由美ちゃんは怒るし許さないだろうけど、お願いがある」
大体の予想はできる。最近大学で亜由美が先輩や教授と歩きながら話をしているときに彼の視線を感じていたからだ。
第三波といわれるものが、低くなり新規感染者の数が少なくなってきたが、それでも油断はできない。自分がウイルスを持ち帰ることは母の命を脅かすことに通じるから。
大学から最寄りの駅までの間に人一人分ほど開けて歩きながらの会話の中で雄二の口からは予想の通り復縁の申し出だった。
「いいけど、あんた。自分が何を一年前にしたか、わかっているんだよね。私、こう見えて怒っている気持ちに変わりはないわけ。寛大な性格だから許してあげているけれど、本当はあり得ないんだから。私のお母さんも家まで遊びに来て泊めてあげたのに、あの子はあほなの? と言っていたけど。覚悟あるの」
「わかってる、でも許してくれなくてもいいし。お母さんになじられてもいい。でも僕には友人も少ないし、今までのようにとか思わない。だけど、チャンスをくれないかな?」
亜由美のほうを見ないで前だけ見ている。これが少し鬱になりクリニックに通院していた彼の精一杯だと思っていた。惚れた弱みのような何かが心の隅っこでくすぶっていた。
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