十二のサイン

まきや

第1話



「おじいちゃん、寝る前にお話して!」


「どんなのがいいんじゃ?」


「この前の妖精とか小鬼が出てくる童話みたいな話は嫌い! もっと人がバンバン死んじゃう過激なやつがいい!」


「ますます眠れんじゃろうが! まったく、近所の悪ガキたちに影響を受けおって。仕方ないのぉ……ではとっておきのお話をしてやろう。夜中にトイレに行けなくなるほど、怖いやつじゃ。それでも聞きたいか?」


「うん!」


「よかろう。では聞かせてやろう。これはある田舎の村で起こったお話じゃ……」




――――――――――――――――




 村のはずれに性根の悪い双子が住んでいた。二人は根っからの嘘つきで、人をからかう事だけを生きがいにしていた。


 ある日、彼らの家の前を二人の旅人が通りかかった。ひとりは弓で獲物を仕留めるたくましい猟師、もうひとりは羊の毛皮を着た射手いての召使いの男だった。


「「射手さん。羊の男さん。永遠の生命に興味はないかい?」」


「永遠の命だって? まことの話か?」


「「嘘じゃないよ!」」


 双子のひとりが射手に教えた。


「この先の川にいる、黄金の山女魚ヤマメを生け捕りにしておいで!」


 もうひとりが羊の男に教えた。


「この先のほこらに住んでいる、乙女の心臓を獲っておいで!」


「「その二つを持ってきたら、僕らが秘密の方法で料理してあげる! 食べれば永遠の命を得られるよ」」


 話はまったくのデタラメだった。だが男たちは双子の話を簡単に信じた。


 射手は魚を、羊の男は乙女の心臓を。二人はそれぞれの道を行った。



 射手が小川に着いてまもなく、金色の山女魚は見つかった(なにせ鱗が金色だから目立つのだ)。だが思わぬ先客がいた。


 かにさそりだった。


 蟹は大きな左のハサミで魚の頭をがっしりとつかまえていた。蠍は小さなハサミで反対側の尻尾をつかんでいた。陸と水に住むハサミを持つ者同士の引っ張りあいは、永遠に続くかと思われた。


 蠍は尻尾の毒針で何度も攻撃し、ついに毒を蟹の脚の付け根に打ち込んだ。と同時に蟹が右のハサミをふるい、蠍の頭を砕いた。


 二匹は死に、結果的に草むらで成り行きを見守っていた射手が、戦わずして勝者となった。


 獲物を持ち上げた射手はぎょっとした。魚は傷ついてぐったりしていた。そういえば『生きたまま持ってくる』が、双子の片割れが言った条件だった。


 あたりを見回すと、水際に誰かが捨てていったと思われる水瓶が放置されていた。


 射手は水瓶に川の水を汲み、慎重に魚を沈めた。こいつがくたばる前に、急いで双子の住む家に帰らなくては。


 射手は走った。




 ほこらに向かう羊の男の足取りは重かった。


 彼には射手のように武器を扱う技もなければ、体格にも恵まれず、性格は臆病だ。


 そんな彼が乙女に手をかけ、ましてや心臓をえぐり出すことができようか。


 唯一、羊の男には狡猾さがあった。あとは運さえ味方すれば……。


 考えながら道を歩いていると、前方からふたつの悲鳴が同時にやってきた。声に驚き、臆病な羊の男は慌てて木の影に隠れた。


 まもなく前方から、牡牛おうしのように醜い大男と、白髪の小男が走ってきた。ふたりとも何かに追われている様子だ。


 逃げる彼らが身を隠した場所は、偶然にも羊の男と同じ木の背後だった。


「助けてくれ。借金取りに追われてるんだ! 獅子のような恐ろしいやからだ! 返す金が無いと分かれば殺されちまう!」


 牡山羊おやぎのようなチョビ髭の生えた小男が、羊の男に懇願した。


 まもなく借金取りが現れた。牙をむき出しにした獰猛な男で、頭髪が獅子のたてがみのように荒々しく逆だっていた。


 隠れていた三人はすぐに見つかった。


「金を返せ! さもなければこの棒で打ち殺すぞ!」


 大男も小男もただ言葉なく震えていた。


「旦那、この先のほこらにいる乙女の心臓は、黄金以上の価値があるらしいですぜ。どうせ殺すなら、金の無いこいつらよりも、先にその乙女を殺してくれませんかね? 分け前ははずみますんで」


 羊の男の言葉を聞いて、獅子の男はポンと手を打った。


「よかろう。だが俺から逃げるなよ!」


 獅子の男は鼻息荒く、ほこらへと歩いていった。


 突然、羊の男は二人に胸ぐらをつかまれた。


「おい、お前! 助けてやったと思ってるな? 結局、俺たちは死ぬ運命だ。それなら獅子が戻ってきた所を三人で襲いかかろう。丘の上にちょうどいい納屋がある。あそこで待ち伏せだ!」


 まもなく遠くから乙女の悲鳴が聞こえた。


 三人の目に戻ってくる獅子の姿が見えた。手に血まみれの棍棒と乙女の心臓を持っていた。


 このままだと自分も殺され、さらに心臓も持ち帰れないだろう。羊の男はこっそり納屋から抜け出すと、鼻息荒い獅子の前に出てひざまずいた。


「雄牛と牡山羊の男が旦那を殺そうと、あそこで待ち伏せしています!」


 獅子の男は怒り狂って納屋の扉を蹴り開けた。


「お前らの殺す順番を決めてやる!」


 借金取りは納屋の脇に転がっていた古い天秤を取り出し、天秤皿の両側に二人を放り投げた。


 天秤は雄牛の方に傾いた。すぐに断末魔の悲鳴があがった。羊の男が身震いしている間に、もうひとつ小さな悲鳴が響いた。


 このまま見ていたら羊の男も殺されてしまう。逃げ出そうとしたその時、道の向こうから水瓶を持った射手が歩いてくるのが見えた。


「射手の旦那! 心臓はあそこにいる獅子の化け物が持ってます。やっつけてください!」


 射手の行動は素早かった。すぐさま納屋へと飛び込むと、巨大な矢で借金取りの胸を撃ち抜いた。


 羊の男はほっとした。これでようやく永遠の命が手に入る。


 射手と羊の男は、魚と心臓を手に双子の家へと戻った。


「さあ、料理を食わせてくれ」


 まさか戻ってくるとは思わず、双子はうろたえた。だがそれも一瞬だった。


 適当に料理を食わせればいい。永遠の命が嘘だと分かるのは、どうせやつらの寿命がきて死ぬ直前なのだから。


 双子のひとりが魚を焼き、ひとりが心臓を煮てスープを作った。そのどちらからも何とも良い香りがした。


「あんたらにも永遠の命を得る資格がある」


 射手が運んできた料理を四人分に取り分けた。双子と射手と羊の男は、あっというまに料理を食べ終えた。


 双子たちが喉を押さえて苦しみだした。羊の男は口から泡を吹いている。射手の指が震え、スプーンが床に落ちた。


 猟師のカンで、彼だけが答えに行き当たった。


 蠍の毒だった。蟹と争っている時に、毒針が何度も魚に突き刺さっていたのだ。草むらに隠れていたせいで、射手はその場面を見落としていた。


「無念……」


 射手が最後の言葉を発した。


 四人はその場に倒れ、二度と息を吹き返さなかった。




 雲の上から一部始終を見ていた神は、人の欲が招いた悲劇をうれいた。


 そして永遠の教訓に残すべく、この物語の象徴を十二の星座サインにして、夜空にい止めたのだった。





(十二のサイン    おわり)

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十二のサイン まきや @t_makiya

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