幼馴染は怖い話がしたい

そばあきな

幼馴染は怖い話がしたい


「怖い話がしたい」と幼馴染は言った。

「ああ、うん、分かった」と僕は答えて準備を始める。どうせやるなら、うんと怖い雰囲気の中で話をした方がいいだろう。


 そうして深夜二時、僕と幼馴染は真っ暗な部屋に集まることになったのである。

 部屋の電気をつけないまま、鞄から取り出したロウソクを灯し、幼馴染は口を開いた。



「――これは、ある大学生が体験した話です」



 その大学生のことを仮に「Aさん」と呼ぶことにします。

 大学生になり、Aさんは実家から離れて一人暮らしを始めました。初めは慣れなかった一人暮らしも板につくと、Aさんは楽しい学生生活を謳歌できるようになりました。


 しかし、Aさんはある時から不思議な現象に悩まされることになるのです。


 部屋に一人でいても誰かに見られているような気がする。どこかに出かけて部屋に帰ってくると、家具がわすがにずれているような気がする。そして、登録していない電話番号から頻繫に着信がかかってくる。そんな現象がいくつも起きたのです。


 もしかしたらこの部屋には霊がいるかもしれない、とAさんは怯えてあまり家に寄り付かなくなってしまいました。

 しかし、それこそ彼らの思う壺でした。

 部屋の主がいない場を見計らって、彼らはさらに悪さをしていったのです……。



「どうかな、怖い?」と一度呼吸を置いて幼馴染が僕に尋ねた。

 幼馴染の言葉を聞いて、僕は用意していた言葉をゆっくりと口にする。





 僕の言葉に、暗がりで見えづらかったが、幼馴染は確かに笑った気がした。





 今まで何度も聞いたセリフは、相変わらず背筋が寒くなるような声色で、僕はさすがだなと感心してしまう。

 幼馴染の部屋にビデオカメラや盗聴器、そうでなくとも合鍵を作り侵入してきた奴らが全員震え上がればいいと思いながら、僕もできる限りの不気味な笑いを部屋に響かせた。



「この部屋の主も可哀想だよね。知らないうちに、彼らに部屋を荒らされているんだもの」

「うん、本当に……」


 そう言って他人事のように笑う僕の幼馴染は、暗がりで今ははっきりとは見えないが、相変わらず綺麗な顔をしているのだろう。

 僕の幼馴染は顔がいい。顔がいいので昔からよく人が寄ってきていた。

 それが害のないただの人ならよかったのだが、大抵どこか変な奴――端的に言えば不審者やストーカーの類に、幼馴染はどうしてだか好かれやすい。

 そのため、幼馴染に付き纏う不審者やストーカーたちを、僕らは定期的に追い払うかビビらせるか警察に突き出すかしなければいけないのだ。


 ――仕掛けられたビデオカメラや盗聴器を逆手に取って奴らをビビらせよう、というのは幼馴染が提案したものだった。霊らしき二人の声の内、明らかに一人は幼馴染本人なのだが、まさかストーカーされている本人がストーカーの存在に気付いていて、逆に霊のふりをしてビビらせるなんて大掛かりなことをしているとは思わないのだろう。大抵本物の霊だと思ってくれ、ビビってストーキングをやめてくれる。


 ちなみに現在怖い話(ほぼ幼馴染本人の実体験)をしている幼馴染の部屋には、今回調べていないのでどれだけあるか分からないが、相変わらずいくつものビデオカメラや盗聴器が仕掛けられているはずだった。つまり仕掛けた奴らは、本来欲しかった幼馴染のプライベートな情報ではなく、僕らが暗がりでクスクスと笑う映像ないしは音声を聞くことになるのだ。


 仕掛けられたビデオカメラや盗聴器を逆手に取った、いわば「逆ドッキリ」は、僕らがストーカーたちに仕返しを行う手の一つだった。


 何度も怖い話をしてきて、僕も幼馴染も霊のふりが相当うまくなってきただろうな、と思う。何なら二ヶ月に一度くらいは行なっているので、幼馴染のストーカーたちの間ではあの部屋は事故物件だと思われていそうな勢いだった。

 でもまあ、すでに住人ではない人間によっていくつも合鍵が作られているような部屋なので、事故物件というのもあながち間違いでもないのかもしれない。

 このまま曰く付きの物件なんて噂が立ったらどうするつもりなんだとは思うが、そもそもにおいてストーカーなどという後ろ暗いことをしている奴が、自分の住んでいない場所の霊の噂を誰かに軽率に話すこともないだろう。

 妙な噂が立たないことを願うばかりである。



 ひとしきり不気味な笑みを響かせた後、幼馴染がふうとロウソクを消し、今度こそ部屋は暗闇に包まれた。見事に部屋の主ではない謎の存在を演じ切った僕らは、なるべく音を立てずに部屋から立ち去っていく。



 あとは朝になって、たった今帰宅したふりをした幼馴染がビデオカメラと盗聴器だらけの部屋でそれとなく僕に電話をかけるだけだった。




「――あ、もしもし? 昨日のピザパ楽しかったよ、誘ってくれて本当にありがとう。……そう、今帰ってきたとこ。それでさ、ちょっとおかしなことがあって……。出ていく時には絶対なかったと思うんだけど、今帰ってきたら部屋の中に消えたロウソクが置いてあるんだよね。……これ、一体何だろうね」

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