誰かいる

足袋旅

カクヨムコン 4題目 ホラー

 家の中にあって『半開き』はよろしくないものとされている。

 扉やクローゼット、箪笥などの収納をきちんと閉めずに、僅かな隙間を開けているとそこに霊が寄るというのだ。

 家を見回してみてほしい。知らずに、または迷信だと笑って半開きのままにしている場所がないだろうか。

 普段の生活の中で、そこにふと視線が向くこと、気になること、不安になることはないだろうか。

 光を遮られ、奥に闇がわだかまる。

 そういった場所に彼らは引き寄せられ、こちらを覗き窺い見てているのかもしれない。



『視線』


 これは俺が大学生だった頃に、友人の家で体験した話だ。


 一人暮らしをしている友人の家へ行っては夜遅くまで遊び、そのまま数人が泊まるなんていうのはよくあること。

 ただその日はある友人(仮にAとしておこう)と2人きりで、ゲームをしたり漫画を読んだりとダラダラ過ごしていた。

 そんな折、ふとAが「シャワーを浴びてくる」と言って風呂場へと向かった。

 Aが暮らすのはワンルームのアパートで、玄関から入ってすぐ右手に風呂場、左手に洗濯機置き場。そこから引き戸の扉を一枚挟んでキッチンに繋がり、キッチンの正面にはトイレのドア、そして仕切りがなく居間があるといった長方形の造りだった。

 Aが引き戸の向こうに消えてからすぐに給湯器の稼働音がして、シャワーの音も漏れ聞こえていた。

 そんな音を耳にしながら、俺は居間の中央に置かれたローテーブル前に陣取り、カーペットが敷かれているから横になって、漫画を読むことで暇を潰すことにした。


 数分後、聞こえていた音が止んだことが切っ掛けで視線を引き戸の方へと向けると、引き戸がしっかりと閉まっておらず、若干ながら向こうの様子が確認できることに気付いた。

 風呂場から出てきた裸のAの姿なんて見てもなんの得にもならないどころか、目に毒なので『しっかり閉めろや』といった感想を抱くものの、わざわざ閉めに行ったりするのも面倒なのでそのまま放置することにした。

 そんな俺の耳に給湯器とシャワーの音がまた聞こえてきたから、Aが上がってくるまでまだ時間がありそうだと考えつつ、漫画を読む作業に戻った。

 

 更に数分後、ふと居心地が悪いといった感覚を覚えた。

 体勢を変えてみるものの何かが気になるといった具合に、どうも落ち着かない。

 横になるのを止め、起き上がった俺は原因を突き止めた。

 先程気付いた引き戸の隙間から、Aがこちらを覗いていた。

 驚き肩を跳ねさせた俺は、驚かされた怒りと驚いてしまった気恥ずかしさからAに「ふざけんな」と怒声を投げかけ、座る場所を移動することで視線を切った。


 また風呂場から音がし始め、どうやらシャワーの合間にわざわざ人を驚かせるために出てきたのだと知ってさらに怒りが増した。

 しばらくして風呂場のドアが開く音が聞こえ、Aがほどなく居間に戻ってきた。

 待ってましたとばかりに文句を告げる。


「お前さ、ふざけすぎ。そもそも俺が気付かなかったらどうする気だったんだよ」

「は?なにが」

「は?じゃねえよ。俺を驚かしてなにがしてえんだって言ってんだよ」


 惚けるような返事に苛立ち、声が荒げた。


「は?」

「あっ!?」

「待てって。なんでキレてんの。驚かすってなにさ」

「さっきそこから俺を覗いてただろうが。なに惚けてんだよ」

「してないけど」

「は?」

「だからしてねえって。覗いてたってなんの話か分かんねえんだけど」


 まだ惚けるかと睨むが、Aは本当に訳が分からなそうな顔を浮かべていた。


「目が合ったよな?」


 改めて確認する。確かに俺は俺を見つめる目と視線を合わせた。しっかりとそれを認識している。


「いつ」

「お前が風呂に入ってる途中…。出てきてそこから覗いてたよな?」

「途中で出たりとかしてないけど」


 この家には今、自分とAしかいない。なのにAは違うという。

 じゃあ俺は誰と目が合ったというのか。

 恐る恐る引き戸へ目をやる。

 今は完全に閉じられたその先が怖くて仕方なかった。

 Aに事情を話し、二人揃って背筋を冷たくさせながらその日は帰宅することにした。

 引き戸は開けたくなかったが、勢いよく開けて逃げるように帰った。


 その後Aが俺が見たようなものを見ることは無かったらしく、おかげで俺が嘘を吐いて逆に驚かそうとしたとまで疑われる始末。

 でも俺は嘘なんか吐いていない。

 幸いAとは友人関係が続いたが、奴の家に行くことだけは二度となかった。

 



『かくれ鬼』


 あれは私がまだ児童保育に通っていた頃。小学生に上がったばかりのことだったと記憶している。

 歳が近く、その日保育所にいた友人五人とかくれ鬼をして遊ぶことになった。

 かくれ鬼は分かるだろうか。

 かくれんぼと鬼ごっこを足したもので、逃げる人は終始走り回るのではなく隠れてもいいというものだ。

 私は逃げる要員となって、どこか隠れる場所はないかと探しながら逃げていた。

 田舎ということもあって、範囲は保育所周辺にあった空き地や林の中、道路と広めだった。

 私はまず道路を走って林の方へ行こうと考えていたんだと思う。

 そんな最中、保育所と民家の間にできた細い隙間。人は1人通るのがぎりぎりといった狭さの場所を見つけた。

 奥に抜けることもできるし、隠れることもできる良い場所だった。

 嬉々として向かおうとした私だったが、残念なことに他に行かざるをえなかった。

 何故ならそこには既に先客がいたからだ。

 暗くて誰かは分からない。だが肌色が白く、同い年くらいの少年がそこに佇んでこちらに顔を向けていることは分かった。

 きっと友人のうち誰かだろう。

 そう思って私は当初の考え通り林の方へ向かった。

 三人が前を走っている。みんな林を目指していた。

 空き地は見通しがいいから隠れるのに向かない。その点林ならば木が生えているのだから隠れやすい。そのため向かう場所が被ってしまったわけだ。

 全員で同じ場所に居たら見つかりやすいけれど、それでも私たちは構わず林へと入り、鬼がくるのを待った。

 三十秒を数え終わった鬼が私たちを探しにやって来て、それから大いに逃げ隠れして遊んだのだった。


 さて私たちは五人で遊んでいた。鬼は一人。逃げるのは四人。

 鬼は保育所の敷地内で数を数えてから私たちを追った。

 私が逃げる時、私の前を三人が林へ向かっていた。

 はて、家の隙間に居た少年は誰だろうか。

 保育所にいた歳が離れた関わりが薄い子だろうか。

 いや、背格好は同い年くらいに見えた。

 保育所に通っていない近所の子の可能性はある。

 そんな子が保育所と民家の合間にある暗がりに佇んでなにをしていたというのか。

 そもそも肌の色が白いと感じたが、白すぎやしなかったか。

 こちらに向けていた顔。あれは暗くて分かり難かったが、笑顔なんか浮かべていなかったと記憶している。無表情だったか、もしくは恨めしそうと表現できるものではなかっただろうか。


 小さい頃の話ながら、私の記憶からこの出来事が消えてくれない。

 あの子は誰だったのか。それが分からなくて当時は覚えていたのだろう。

 だが大きくなるにつれて、誰だったかというよりも、アレはなんだったのかが気になり、そして不気味に思えて忘れられない記憶としてこびり付いてしまっている。

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誰かいる 足袋旅 @nisannko

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