とある教授の一日

弱腰ペンギン

とある教授の一日

 私の朝は一杯のコーヒーから始まる。

 コーヒーには何も入れない。基本的にブラックだ。

 たまにミルクを入れることはあるが、そのままの味を楽しむのが私のこだわりだ。

 毎朝コーヒーを片手に、ゆっくりとした時間を過ごすのが日課であった。

 しかし、この日は朝からチャイムが鳴った。

 どうも事件があったようで、警官が訪ねてきたのだ。

 不審者を見ていないかということだった。

 私は日中、部屋にいることが多いので不審者は見ていないと伝えた。

 それを伝えると警官は残念そうな顔と共に退散していった。

 そして訪問は一度きりではなかった。

 日中何度もチャイムを鳴らしたかと思うと、入れ代わり立ち代わり様々な警官が訪ねてきた。

 よほど大事件が発生したのだろう。協力は必要なことだろう。ただ、私の研究を邪魔しないで欲しい。訪問が10を超えたあたりで、さすがに私も辟易してしまった。警官に帰るよう伝えると、何か困ることがあるのかと詰め寄られた。

 驚いたことに、警官は10回以上訪問されても市民は快く協力するものだと考えているらしい。そんな馬鹿な。

 しかし、いかに警官といえど、自宅に押し入る権利を有しているわけではない。しっかりと断ると退散していった。その日は。

 次の日からひっきりなしにチャイムが鳴るようになった。具体的には一時間おきくらいに。それを一週間も続けられるとさすがに我慢の限界が来て警察署に苦情を入れた。ところが。

「うちから警官が向かったことはありませんが?」

 という答えが返ってきた。どういうことだ?

 疑問に思っていると、またチャイムが鳴った。ちょうどいい。どういうことか聞こう。

 ドアを開けると、やはり警官が訪ねてきていた。誰それを知らないか。不審な人間は見かけていないかということだった。

 私は警官に『本物の警官である』と証明できれば答えると伝えた。すると警官は困った顔をして『手帳しかない』と答えた。

 手帳を見れば確かに警官であるようだ。

 ではなぜ、警察署はあんなことを言ったのだろう。

 まぁいい。とりあえず警官を部屋に通した。


 それから一か月ほどたった。警官が部屋に尋ねてくることは無くなった。

 おかげで私の研究はどんどん進んだ。はかどった。

 ただ、外の治安が少し悪くなっているような気がする。具体的には向かいのビルから火が出ているが、誰も来ていない。

 消防署も警察署もどこも動いていないのだろうか。

 ぼんやりしていると扉を叩く音がした。物置からのようだ。

 何かあったのかと扉を開けてみると驚いた。警官がまだ生きていた。

 何人目だったかちょっと覚えていないが……いや嘘だ。この警官で328人目だ。

 衣服をはぎ取られ、手錠で身動きが取れないようにしてあったのに、どうして扉までこれたのだろう。あぁそうだった。手首を切り落としたんだ。

 代わりに肉体を再生する遺伝子を埋め込んだはずだが、どうやら不発だったらしい。

 再生する個体とそうでない個体の違いはなんだろうか。これが解決されれば、娘の体もいずれ再生させられる。待ち遠しい。

 この個体でもう少し実験をしたかったが、仕方がない。処理しておこう。

 私は殺虫剤を部屋に放り込むと扉を閉めた。一週間ほど飼うと、いろいろと虫が湧くのでこうするのが一番手っ取り早い。

 問題は次の個体だが、あふれるほど訪問してきた警官はもう手に入らないということだ。

 アパートの住人はもう使ってしまったし、もうここでは簡単に手に入れられないだろうな。

 ここを引き払ってさっさと次の場所へ行くとするか。研究は何処でも出来る。娘の骨と、私さえいれば。

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とある教授の一日 弱腰ペンギン @kuwentorow

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