15年目の告白~生瀬見という街の由来〜

明石竜 

第1話

 生瀬見(きせみ)ニュータウン。

 緑豊かな丘陵地にあり、空気もきれいで、気候も穏やかなとても住み心地の良い街である。

 街の東西を流れる清流『生瀬見川』は昔、無名の川だったが”浅瀬でサワガニやカワゲラ、タガメ、ゲンゴロウなど、数多くの生き物たちが見られる”ということから、最近になって漸くこの川に名前が付けられた。

 そして街開きと共に新しく誕生した市の名前にもなった。

 この川は、今では生瀬見市民の憩いの場である。バードウォッチングをしたり、スケッチをしたり、河川敷ではテニスや野球なんかを楽しむ人々の姿が数多く見られる。

 川沿いの道をジョギングするのも気持ちいい。

 この街は大都会の喧騒から逃れて、静かな場所でのんびりと暮らしたいという考えの人々が多く移り住んで来た。住民は車の使用はなるべく控え、この街が出来た当初の静けさを保ったまま街はどんどん大きくなっていった。

 教育機関、病院、大型ショッピングモールなどなど、生活には欠かせない施設も一通り揃っている。

 住民の多くはその他にも家庭から出るゴミの排出量を少なくしようとしたり、街の清掃活動を積極的に行ったり、豊かな自然環境を守っていこうと意識している。

 ボクの両親は、街開きが始まるとすぐにここへ移り住んだ。

 当時は幼かったボクも今では高校3年生になった。この街と共に成長し、大自然の恩恵を受けてきた。これからもずっとこの街で暮らしたいと思っている。

 数年前、この街にも新しく大学が開校され、学園都市としての機能もますます充実してきた。そこへ入学するためにボクは日々受験勉強に励んでいる。何せここの大学なら、この街から出なくて済むからだ。


nを相異なる素数p1,p2,・・・,pk(k≧1)の積とする。a,bをnの約数とするとき,a,bの最大公約数をG,最小公倍数をLとし,

f(a,b)=L/G

とする。

(1)f(a,b)がnの約数であることを示せ。

「この問題の証明方法についてだが……」


 この街の大学受験予備校、生瀬見ゼミナールの夏期講習1日目の講義を受け終えて、そこからの帰り道のことだった。


「……何だろう、この虫?」

 ボクは、木に今まで見たこともない生き物が止まっているのを見つけた。これも自然豊かなこの場所だからこそ目にすることが出来るものなんだなと思い、嬉しくなった。


翌朝、朝刊の折り込みの市政だよりに市長からのメッセージが書かれていた。

「こんなこと、15年近く住んでて初めて知ったよ」

「まさか、ずっと隠してたなんて思わなかったわ……」

 それを読んだボクの両親は驚いていた。


 申し遅れて、すいません。どうしても今年言わなければならない事があるのです。ひょっとすると、もう姿を目撃してしまった方がいらっしゃるかもしれません……


 という前書きから文章は始まった。

 これによると市長は街の開発にも携わった人で、今から17年前、何も無かったこの地域にニュータウンを開発中、どういうわけか知らないが、日本には生息していないはずの17年ゼミがこの辺一体に大発生し、一旦工事の中断を余儀なくされた。

 しかし開発計画を白紙に戻すわけにもいかず、ほとぼりが冷めてから再び開発を進め、それから2年後に街開きされ、新規住民の募集を始めたのである。そして今年がこの街が出来てから初めての大発生の年にあたるというのだ。

 ボクが昨日見かけた虫は17年ゼミだったのだ。その時点では数匹程度しかいなかったが、これから一気に増えていくらしい。

 彼らはこの街が出来てからずっと地中で羽化する時を待っていたのである。

 そして生瀬見という地名は”17年ゼミが大発生する”という裏の由来もあったことも知らされた。

 市長はそんな重大な事実を街開き、つまり市が誕生してから15年目の今年、昔からの住民にも初めて告白したのである。


 それから数日のうちに、何十万、いや何十億匹もの17年ゼミが沈黙を破って次々と地中から這い出して街中を覆いつくし、街の機能は完全に麻痺してしまった。

 至る所に死骸が散乱し、とても人が住めるような状態ではなかった。

 けれども誰一人として、この街から出て行こうとする者はいなかった。なぜなら、日本国内で唯一、このセミが観察出来るという珍しさ、この現象は一時的なものにすぎないこと、そしてなにより、この街の住民は自然をこよなく愛し、数多くの生き物たちと触れ合うことが大好きなのだから。

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