幽霊の出ない廃病院

くまゴリラ

幽霊の出ない廃病院

「なあ、肝試しに行かないか?」


 阿部の家でダラダラと酒を飲んでいると、口々に退屈という言葉が出てきたことから、伊東が夏場におけるありきたりな提案をしてきた。

 ありきたりな提案だったとしても、退屈していた男達が魅力的に感じるには充分なものだった。


「お、良いねえ。でも、ここら辺に心霊スポットってあったっけ?」


 遠藤は乗り気だ。


「いや、そういう話は聞いたことはないけど、廃病院ならあるよ」


 阿部が付近の候補地を提案する。


「いや、幽霊出ないんだろ? 行く意味ある?」


 乗り気ではないのか小田が否定的なことを言う。


「どんなスポットだって、最初の幽霊が発見されるまでは、心霊スポットなんて言われないよ。俺達が第一発見者になろうぜ!」


 言い出しっぺの伊東は廃病院に狙いを定めたようだ。

 退屈が紛れるのなら、幽霊が出ようが出まいが関係ないのかもしれないが……。


「じゃ、早速行きますか」


「え、もう?」


「善は急げ、鉄は熱いうちに打て、霊は夜中のうちに見に行け! だ」


「カメラ持って行くか」


 ワイワイと行く準備を進めて行く。

 持って行くものといっても大荷物を持って行くわけではない。準備はすぐに終わり、廃病院に向けて出発した。


 廃病院は町外れにあり、辺りに人気はない。

 雰囲気は充分にあるロケーションだ。

 あまりの雰囲気に気圧されてしまい、なかなか敷地に入れないほどだ。


「思ったより、雰囲気あるな……」


「本当に幽霊がいるって話はないのか? ここ」


 いつまでも門の前でモジモジしていても仕方ないということになり、敷地に入る。

 敷地内は手入れをされている様子はなく、草が伸び放題になっていた。

 懐中電灯しか持っていなかったため、苦労しながら草をかき分けて敷地内を進み、正面玄関の前まで来る。

 正面玄関は自動扉のようだが、もちろん動いてはいなかった。

 しかし、誰かが無理矢理開けたのか、扉は半開きで固定されていた。

 中に入ると、待合室だったと思われる広いホールが目の前に広がる。

 壊れた椅子がそのまま残され、古びたポスターもそのまま貼りっぱなしになっている。

 壁には、ポスターの他に『夜露死苦』などの落書きがデカデカと書かれていた。


「いつの時代だよ。この落書きは……」


「でも、俺達以外にも入ってる人いるんだな」


「入ってる人がいるのに心霊スポットじゃないってことは、誰も幽霊を見ていないのか」


「幽霊が出ないからって、このまま帰ったらつまらないし、何か面白そうな物探そうぜ」


 またもや伊東の提案で肝試しは宝探しに変更となった。

 手近にあった受付から入ってみる。

 そのままになっているキャビネットや机の中を確認してみるが、特に何も入っている物はなかった。


「普通の心霊話ならカルテの一枚でも入ってるはずなんだけどなあ」


「一番放置しちゃダメなやつじゃん。俺らより先に入った人がいるんだから、残っててもその人たちが持って行っちゃったんじゃないか?」


 当然といえば当然だが、何も残されていないことにガッカリしながら探索を続ける。

 明かりは懐中電灯のみ。

 遠くから犬の遠吠えも聞こえてくる。

 最高すぎるシチュエーションにだんだんと口数は減り、恐怖心が肥大していくのを感じる。


「幽霊が出なくても怖いものは怖いな……」


 沈黙に耐えらなかったのか小田が正直な感想を口にする。


「何も出ないから退屈ではあるなあ」


 言い出しっぺの伊藤は勝手なことを言っている。


「じゃあ、手術室だけ見たら帰って飲み直すか?」


「そうしましょ。そうしましょ」


 阿部の言葉に遠藤も同意する。

 手術室には手術台や踏台、バケツ、保温庫と表示された棚などが残されたままになっていた。


「ここは他よりも物が残ってるんだな」


 しかし、棚の中には特に何も入ってはいなかった。


「結局、収穫はなしか」


「ま、退屈しのぎにはなったでしょ」


「さっさと帰って飲み直そうぜ」


「いつまで、手術室見てるんだよ。置いてくぞ」


 四人は手術室から出て行った。




「……あれ?今何か聞こえなかったか?」


 最後尾にいた遠藤が立ち止まる。

 遠藤の言葉に前を歩いていた俺達三人も立ち止まる。


「別に何も聞こえ……」


 俺の言葉を遮るように手術室から金属が倒れたような音が聞こえた。

 四人で顔を見合わせる。


「い、今の聞こえた?」


 心なしか小田の声は震えている。


「見に行くぞ」


 伊藤が踏み出し、その後を全員で追いかける。

 手術室内を見てみると金属製のストレッチャーが倒れており、その横の床にさっきまでなかった懐中電灯が転がっていた。


「……さっきまでなかったよな?」


「誰だよ? ビビらせようと思って設置したんだろ?」


「全員、懐中電灯持ってるから、俺達のじゃないだろ」


 意を決して中に入ってみる。

 部屋の中を見渡しながら、懐中電灯に近づく。

 人影はない。


「誰かいるのか!?」


 伊東が叫ぶが返答はない。

 他の2人も部屋の中を見渡している。

 俺は懐中電灯を拾い上げる。

 俺達が使っている懐中電灯と同じ物だ。

 つまり、近くのコンビニでも売っている、どこにでもある物だ。


「おい、これ!」


 落ちていた懐中電灯から少し離れたところで伊東が何か見つけたようだ。

 伊東に視線を向けると、デジタルカメラを手にしている。

 さっき見たときは、そんなもの落ちていなかった。


「録画中だぞ、これ」


「マジか……」


 伊東に近づき、デジタルカメラを確認する。

 こ、このカメラ……。


「俺の持ってるのと一緒だ……」


 懐中電灯といい、俺は鳥肌が立つのを感じた。


「……中身、見てみようぜ」


 伊東の提案を目で拒否するが、気づいてもらえなかった。

 俺の部屋で中身を見ることになった。

 自宅への帰路、俺の足取りは他の三人に比べ重かった。

 あのカメラの中身は見ない方が良い。

 漠然とその考えだけがあった。

 自宅が見えてきた。

 手術室で見つけたカメラが俺の持っている物と同じだった……。

 そのことにどうしようもない不安感を抱いていた俺は、自宅にあるはずのデジタルカメラを一刻も早く確認したくなり、自宅へと走り出した。

 後ろから三人が何か声をかけてきていたが、何を言ってるのかはわからなかった。

 自宅に入った俺は、デジタルカメラを保管していた棚を確認する。

 ……棚の中にデジタルカメラはなかった。

 呆然と棚の中を見ていると、他の三人が入って来た。


「どうしたんだよ? 急に走り出してって……。おいおい、この演出はやりすぎだろ」


 伊東の言葉の意味がわからず、振り返ってテーブルの上を見た俺の顔は血の気が引いた。

 テーブルの上には、コップが5つ置かれていたのだ。


「一人、連れて帰って来ちゃいました的な?」


 遠藤も茶化してきたが俺の様子を見て、コップが俺の演出ではないことがわかったようだ。

 うまく声が出ないが無理矢理状況を説明する。


「み、見つけたカメラ……俺……持ってるの……同じだった。不安で……か、確認したら……な、な、ないんだ。カメラが……ないんだ!」


 泣きそうになりながら話す内容に他の三人の顔も青ざめる。


「とりあえず見てみようぜ。ただの忘れ物の可能性もある」


 伊東が冷静に言い、デジタルカメラをテレビに接続し、震える手で再生する。

 映像は廃病院の前から始まっていた。

 俺達四人が門の前から敷地内の様子を伺っているところだ……。


「こ、これ誰が撮ってるんだよ……」


 小田が泣き出しそうな声で問いかけてくる。

 その質問に誰も答えられなかった。

 デジタルカメラは俺達の様子を気にすることなく淡々と映像を流し続ける。

 映像の中の俺達は、ホールから受付、診察室へと移動して行く。

 特に心霊現象は映っていない。

 俺達が会話しながら進んで行く様子を後ろから撮影しているだけの映像。

 誰が撮影したかもわからない映像。

 暑いはずなのに俺達は震えながら映像に釘付けになっていた。

 映像の中の俺達は手術室に入って行く。

 撮影者も俺達と同じ様に手術室の中を確認しているのか画面が室内の様々な場所を映す。

 映像の中の俺たちは飲み直すという話になり、手術室の出入口に向かって歩き出す。

 撮影者も俺達の後を追おうとするが、画面がピタリと止まる。


「嘘……だろ……」


 撮影者の声だろうか、俺達四人とは違う声が流れる。

 映像の中の俺達四人は次々と手術室を出て行く。

 最後に手術室を出た遠藤がカメラに振り返り、


「いつまで手術室見てるんだよ。置いてくぞ」


 と言った。

 俺達は遠藤を見る。

 遠藤は青ざめた顔をただ左右に振っている。

 心当たりがないとでも言いたげな精一杯のジェスチャーだった。


「阿部! 伊東!! 遠藤……小田あ……」


 突然、映像内から名前を叫ばれ、全員顔を引きつらせながら画面に視線を戻す。

 撮影者は半狂乱になっているらしく、俺達の名前を叫びながら腕を振り回しているようだ。

 画面が休みなく振られ、すごいスピードで画面が変化する。

 と、ビデオカメラが撮影者の手からすっぽ抜けたのか、ゆっくりと一方向に風景が流れ、壁にぶつかったような音ともに一瞬画面が止まったかと思うと、次の瞬間に落下した。

 床に落ちたビデオカメラは、先程まで撮影していた主の方にそのレンズを向けているようだ。

 メガネをかけた俺達と同い年くらいの男が半狂乱に手を振り回しながら、俺達の名前を絶叫している。

 男は、腕を振り回しているがその場から一歩も動かない。

 動かない理由はすぐにわかった。

 男は床の中に沈んでいっているのだ。

 下半身が床の中に沈み切った男は手近なストレッチャーを掴み、沈み込むのに抵抗するが掴んでいたストレッチャーが倒れ、盛大に金属音を響かせた。


「ああああ! うわあああ! た、助け……」


 男の叫びは虚しく響き、男の姿は床の中に完全に消えてしまった。

 男の姿が床の中に消えてすぐに俺達が手術室に入って来る。

 伊東がビデオカメラを拾い上げ、映像はそこで終了した。

 誰も声を出せず、青ざめた顔でテーブルの上に置かれた5つのコップを見ていた。

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