愛デンティティクライシス

コタツの猟犬

アナタを見つめて…………

ドクンッ!


(またか、またなのかよ)


毎日、会社からの帰宅時間がこれぐらいの時間帯になってしまうと、

決まって彼のゴールデンボールが縮み上がる。


原因は分かっている、この全身を舐め回す様な視線だ。


ドクンッ! ドクンッ!


(くそっ! 何なんだよアイツはっ!)


この視線を感じると、彼の体は、

い竦みの術を喰らったように動かなくなってしまう。


ドクンッドクンッドクンッ!


(不味い……脂汗が出て来た)


だが、ダメだ。絶対にダメだ。


此処で逃げてしまっては。


相手がどれだけの怪物だったとしても、

正面から向き合ねばならない。


でなければ、この先、一体どれだけの時間を、

この怪物に付きまとわれることになってしまうのか。


そちらの方が余程怖い。


万が一、このまま元の世界に帰れなくなる。

ということも、あるのだ。


本当に万一ではあるが、あるにはあるのだ。


その可能性が。


(だから、わからせてやらねばならん。だから、闘わねばならん)


そう決意し、視線の主の元へと、近づいていく。


ドッドッドッドッドッ!


アイツとの距離が縮まる度に心臓の音は五月蠅くなる。

体は重くなる。足は引きずるようにしか動かない。


しかし、何とか怪物の前に立つ。


「あら、良く気付いたわね♪

 これが愛の力ってヤツぅー?」


すると、そんな彼の体と心臓の音とは裏腹に、

その怪物はあっけらかんと言葉を発した。


「ほざけ。マジでいい加減にしねぇと、ぶっ殺すかんな」


自身の恐怖と緊張を振り払うために、ドスの利かせた声で強めに言った。

すると、視線の主は目を輝かせて嬉しそうに言う。


「もちろん、いいわよ♪

 ぜひアナタそのキカン棒で、アタシをぐちゃぐちゃにして♪」


「そういう意味じゃねぇっ!」

「そういう意味じゃないって? じゃあ、どういうこと?」


「ああぁん⁉」

「やだ、こわ~い!

 本当に分からないから説明して欲しいだけなのに」


目の前にいるこの怪物は、

自分から下ネタに話を寄せたのに、白々しい態度だ。


この態度こそが、俺に対して更に恐怖を植え付けているとも知らずに。


「恐怖してんのはこっちだよ!」

「でも、そうやって言うのは、私のこと意識してるからだし、

 だから、過剰に反応するんでしょ?」


「んなわけあるかっボケっ!」

「ねぇ淳ちゃん。アナタもなの?」


「ああぁ⁉」


「人の事を性別だけで判断してるの?」

「してねぇよっ!」


「嘘よっ! そうやって、ワタシを責めるのは…………

 アナタと同じものが付いてるからでしょ!」


そう、目の前にいるのは、男だ。

髭剃り痕が青々としている男だ。なんならモミアゲも立派だ。


だが、心は乙女だ。


そういう怪物に、俺はほぼ毎日ストーカーされているのだ。


だけど、俺も今を生きているんだ。

見た目や、性別で判断したりしない。


といっても、単純に女の子が好きだし、ノーマルではある。


とはいえ、女の子より全然可愛い男の娘や、

華奢で全然男を感じさせないジャニーズ系イケメンならば、

最早わからん。


そんな子達に誘われたら、

まぁいいかな。とか思ってしまうかも知れん。


しかし、目の前にいるコイツは、めちゃくちゃ男だ。

寧ろ俺よりもよっぽど男らしい見た目をイカツイ男だ。


フェロモンがプンプンに出ている様な、ダンディーだ。

髭ダンディーだ。


それがくねくねしているのだから、

これが恐怖以外の、ホラー以外の何者だというんだ。


もし、そういう状況になったら、

間違いなく俺が受けだろう。


俺の初めてを捧げてたまるかっ!


「あのなぁ」

「うん、なぁ~にダーリン」


ゴッ!


「いいか?

 次にダーリンとかふざけたこと言ったら、

 マジでブッ飛ばすかんな」

「いた~い。もう殴ってるじゃない~」


パキパキ。


「聞こえなかったか?

 マジでブッ飛ばすって言ったんだ」


恐怖心を再び振り多う為に、強い行動に出た。


「だって……そうしたらどうしたらいいのよ」


泣きべそをかき始めた、

髭のダンディー様はくねくねしながら言い始めた。


「あのなぁ、まず男女がどうとか言う前に、

 人としての常識を弁えろ!

 誰であっても人をつけ回しちゃダメだかな」

「……はい」


「んでな、そのゴツイ体でくねくねするな、単純に気持ち悪い」

「…………うぅぅ」


「泣くと更に気持ち悪いぞ?」

「…………」


「いいか? ただでさえハンデは多いんだ。

 少しでも可愛く、綺麗にすんだよ」

「…………だってぇ」


「だってじゃねぇ、先ずその髪型と髭をどうにかしろ。

 んで、お前は体を鍛え過ぎだ。程度ってもんがあるだろっ!

 お前はボディビルダーか? アスリートか?」

「…………ふぁい」



クドクドクドクド…………。




数年後。



信じられないぐらい綺麗な子を連れた、

うん〇の出が、昔よりも大分良くなった俺がいた。


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愛デンティティクライシス コタツの猟犬 @kotatsunoryoukenn

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