Black Lotus
中川さとえ
Black Lotus
「あ、すみません、入らないでください。すみません。」入り口に立つのは最寄りの交番の警察官。どこにでもある住宅街のどこにでもあるショボい公園のなか、マッパのオッサンが死んでた。
通報があったのは小一時間ほど前。現場検証に駆り出された鑑識の職員が二人、土を集めてみたり写真を撮ったり。「どうですか?」目隠しに吊るされたビニルシートを少し捲る警察官。「一通りは。あとは解剖で、ですかね。」「その…首の、…それタトゥーですかね?」「おそらく。…でも死因ではないと思いますよ。」「なんですかね、それ。焔?」「うーん、何でしょうね。花かな?写真は撮ってあります。」車が着いた。ご遺体をpickupしに来たのだ。
載せるもの乗せたら、車は鑑識もついでに乗せてさっさと行ってしまった。
「例のご遺体さん、くも膜下出血。」「あ、じゃ病死ですか。」「そうみたいね。身元もわかったよ。これね。…報告書頼むわ。」「了解です」若い方の警察官は渡された書類を眺めていく。
死亡者氏名 吉井浩司さん(52)身長157 ㎝体重84㎏
脳動脈瘤の破裂による急性硬膜下血腫からの出血。この血腫は外傷性のものではないとみられる。既往症として高血圧高脂肪。血液から………薬物反応は無し。
外傷として、両手足首に擦過傷拘束痕、腹部に軽度の打撲痕、首部前方左側にタトゥー、形状意匠は不明。
ニコ丸スーパー傘木店店長…
公民館で葬儀は行われてた。警察官も焼香した。(香典は事情を説明した。)遺族と話はしとかないとな、と思ったからだが、正直どう話すかとかは決めていなかった。葬儀は遺族の方々とスーパーの方々で執り行われているようで、マッパとタトゥーは完全に無かったことにされてるようだった。それならそれでいいかな、警察官は心底そう思った。言いふらす必要はないもんな。
"ざまぁ"
え?
聴こえた。
微かだか確かにそう聴こえた。警察官はあわててあたりを確認する、が 特定出来るわけはない。葬儀に参列する人がなにげに寄り、離れ、たゆんでる。
まあ、そうかな。職場ならそうかもな、警察官は思い直そうとした。特にな店長とかなら嫌われたりもするかもな。そんな悪意じゃないくてもさ、そんなもんだ、きっと。
ご遺族の手が空いたらお悔やみをいって、事件性は無いみたいですていってあげよう。警察官はそう思った。
あ、でも…タトゥーの謎は残ってる。
画面が光って見えない。
木陰に入った。画面に静止してる画像が映ってる。
"オトドケシマシタヨ。"
はい。確かに受け取りました。"ソウテイガイアリマシタガ イカガデシタカ。"
問題ないです。大丈夫。
"ザマァ デキマシタカ"
はい。存分に。
"コチラモオヤクソクノモノ 確認シテオリマス。ソレデハコレデ 私達 一切合切ノ 完了デス。二度トオメドオリハ致シマセン。御多幸ヲ オイノリ申シ上ゲマス。ゴキゲンヨウ。"
はい。お疲れさまでした。
静止画像は消えた。RU-IN と書かれた動画がひとつ残ってた。が画面はすぐ真っ暗になり、明るい壁紙に代わってファイルはこっそりしまわれた。
どうも御世話になりました。遺族と話ができたのは葬儀が完全に終わった日暮れ。交番まで来てくれたのだ。1週間ほど会ってなかったのだ、と妻(56)が言った。
「私が同窓会の連絡があって、故郷に帰ってた」という。メールとかしたですけど、と。返事てありました?無かったんですがきにしなかったんです。なるほどね。「戻ったら居なくて。」でもあんまり気にしなかったんだ、と。そんなもんだろう。「…倒れてひどくぶつけたんですかね。可哀想に。」…この奥さんはあのタトゥーを打撲痕と思ってる。確かに青黒い色ではあったけど。タトゥーて思い付きもしないんだな。
奥さんとの話はもういいかな、と思った。ナニかあってからまた聴く、でいいや。
交番の電話がなって、中古のゲーム屋の前で子供がたむろしてるから見てくれ、という。
一応、見に行きましょう。お仕事だし。
行ってみたら3人が喋ってた、そうで。とくにヤンキーとかな風でもないし、
"なんもしてないですよ"そうだよね、ちゃんと勉強してね。"もちろん。"その時だ。ひとりのこのスマホの画面。ちよ、ちょっとそれみせて?"え?"
これだ…これなあに?
「あ、それは、ブラックロータス」。
これだ。首に描かれてたタトゥー。
Black Lotus
…ね。これなあに?
"お巡りさん、カードゲーム知ってます?遊戯王みたいな、デュエルスタンバイ!て""それらの大元みたいなカードゲームのカードで超レアカードなんです。"
"ある意味最強のカード、て言われる。お値段がスゴいんだよ"
へぇー……知らなかった。
「ね。このカードゲーム流行ってるの。」
どうかな。海外なら流行ってるかも。国内はそもそもがマニアックの系列だし。俺らの同級生でも知らない奴のほうが多いよ。
「そうか。…このカード強いの?」
んー、なんていうかな。使うやつが強くないと効果でない、ていうか…。うん。けど強いやつが使えばもう誰も勝てない、て。
カード自体は生け贄のカードなんだ。地に捧げるの。そう、そしたら最強の場に仕上がって…。そこではもう誰も勝てない。
「そうなんだ。」
子供たちが大真面目に頷いていた。
それが Black Lotus 。
そうだ。思い付いて子供たちに聞いてみた。この絵柄てさ他で見たことある?ネットとか、ゲームアニメそれから…なんか流行ってるぽいとか。
考えた子供たちのお返事は特にはないかも、だった。
「ただいま。」子供のひとりが家に帰る。当たり前のこと。食卓には弁当がふたつ。これもこの家では当たり前のこと。兄ちゃんいるのかな…。「兄ちゃん…、お弁当あっためる?」
「お?…見てわからんか。ボス終わったらな。」
「…ハンバーグと唐揚げ。どっちする?」「ハンバーグ。」
やがて兄弟が電灯の下もそもそご飯を食べる。この原風景は未だに生き残っておるらしい。
「今日、お巡りさんがさ…」「ナニしたのおまえ。」オヤクソクな会話。なにもしてないよ。
「ブラックロータス?」
「そ。兄ちゃんなんか知ってるかな、て思って。」
「うーん…あれかなあ。RU-IN 」へえ?やっぱりなんかあるんだ?「いや俺も知らねーよ。そんなウワサ聞いただけ。」ふうん。なんなの、それ。「あれだよ、地獄少女とかの系譜。」えー。…兄貴はハンバーグにもマヨネーズをかける。「トビラが例のブラックロータスだって聞いたぞ。…依頼料もブラックロータスて。クソ高い。」うわ。闇の殺し屋。「いや殺人請け負いじゃない。殺す、じゃないそうだ。俺知ってるのはそれくらい。」へー、お巡りさんに教えてあげようかな。「やめとけ、やめとけ。ろくなことならねえし。」そうだね、そうだよね。おい、唐揚げ一個寄越せよ。…ハンバーグ少しくれる?
警察官はスマホを開いた。ナニか気になって検索をしてみてた。ブラックロータス、画像、タトゥー、そんな言葉をとりとめもなく。庭、公園、裸、男、…
小さな地方の記事が出てきた。先々月の猪狩市。ふたつむこうの市になる。トレーラーに跳ねられて死んだ男。これって…。
「すいません!ちょっといいですか!」警察官の剣幕に主任が折れた、俺が電話してみよう。猪狩市の該当交番。あ、すみません、子島市傘木交番です、実は先々月の交通事故なんですが、はい、はい…。
ずいぶん長い電話は切られた。
「おい。」はい、
「先々月、はだかで怯えた様子の男性が路地で発見されて、」…はい、
「保護しようと近付いたら狂ったように逃げまどってガードレールを乗り越えて飛び出し、運悪くトレーラーに牽かれて死んだんだそうだ。」…はい、
「この男、タトゥーがあった。首と胸にも。写真を送ってもらってる」主任!
「…このふたつ、事件かもしれないな。」来た。画像。それはBlack Lotus。
「650万…!スゴいな」
なんだ、またオークションサイトですか。
「違う違う。…うわ1700万だって?マジかよ。」
なに、なにみてるんです。
「やーお宝まとめサイトてやつ。みて、これ、」
んー?カードですか?お菓子とかに付いてる。
「お菓子とかについてはいないけどさ、こいつスゴいのよ。」トレーディングカードてやつ?「そそそ。これがね、すごい値が付いてるの。ブラックロータス」
あれ…?「…なに、」それ見たことある。「ええええっ!いつ!どこで!」あ、いえいえ。カードでなくて。「へ?」そっか。この花だったのか。「なに?分かるように話してよ。」保護した患者さんがタトゥーいれてたんですが、これでした。「は?」そう。三個も入れてたんですよ。全部同じ柄。この花でした。
「へ。」もう、…何年前かなあ。あー、元気かなあ、あの人。…すごい心配だったの思い出しましたよ。
パタパタパタパタと近付く足音。
「先生がた、さっさと晩ごはん食べちゃって下さい。夜間診療受け付け時間になりましたよ。」看護師長に怒られた。
猪狩市から子島市からさらに遠い卯月市市民病院の何でもない一夜のこと。
Black Lotus 中川さとえ @tiara33
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