ミス照井は法螺を吹く

名苗瑞輝

ミス照井は法螺を吹く

 これは姉が友人から聞いた話だ。

 彼女が住む街には照井てるい瀬愛らいあという女性がいた。

 年の頃二十五にして中学校で英語教師として教鞭きょうべんを執る彼女は未婚であったという。

 だが彼女は生徒にこう言うのである。


『婚約者がいる』


 果たしてそれは嘘か誠か。そのようなはかりにかけられたとき、誠であると証明する手立てが無ければ、嘘と審判が下るのがつねである。

 故に彼女はこう呼ばれるようになったのだ。


『ホラ吹きのミス照井』


 しかし、それでもなおミス照井は証明することをしないまま、婚約者の存在を主張するのであった。

 もちろん、彼女をホラ吹きと呼ぶだけの理由は如何ほどにもあった。

 婚約者の件は発端でしか無く、確かに蓋を開けてみれば、彼女の言うことは十が嘘では無いにせよ、真実は五ほどでしかないことが明らかとなっていく。


 だが一つ、不可解なことがあった。

 言い換えれば、彼女の言葉の五は真実。であれば、婚約者がいるというホラも、三の真実が存在するはず。

 しかしながら、この真実にたどり着いた者はこれまで居なかったのである。


 そこで一人の女子生徒が行動に出た。

 彼女はミス照井の住む家を調べると、休日の朝早くから張り込みを始めたのである。

 流石に初日から成果は出ないにしても、なんと二日目からミス照井が出かける機会が訪れた。

 女子生徒はその後を追う。


 やがてミス照井は駅までやってきた。婚約者と待ち合わせるのかと女子生徒は思ったが、ミス照井はそのまま駅の中へ入っていく。

 女子生徒は自転車だったため、慌てて駐輪場へ自転車を停めに行った。


 しかしそれがあだとなり、女子生徒はミス照井の姿を完全に見失ってしまった。

 そこでまずは電車に乗った可能性を考え、女子生徒は電車の時間を確認しようとした。しかしどうやら人身事故により電車は止まっているようだった。

 となると、ミス照井はまだ近くに居る。

 そう考えて女子生徒は、まずは駅構内を、それでも見つからずに駅の周辺を探してみた。


「──さん」


 すると背後から女子生徒を呼び止める声が聞こえた。

 聞き馴染みのある声に彼女が振り向くと、ミス照井の顔が目に留まった。


「こんな所で何をしているの?」

「えっと……」


 ミス照井の問いかけに、女子生徒は答えることが出来なかった。あなたを尾行していたなどとは、口が裂けても言えるわけが無いのだ。

 だが彼女が口をつぐんだとて、ミス照井はそれを理解していたようで彼女にこう説いた。


『人のあとを追ってはいけない』

『人に迷惑をかけてはいけない』

『人を無闇に疑ってはいけない』

『人が     てはいけない』


 最後の言葉だけ、女子生徒は聞き取ることが出来なかった。

 しかし説教を聞き返すつもりもなく、女子生徒は話が終わると逃げるようにその場を去って行った。


 翌日、学校ではある話題で持ちきりだった。

 ミス照井が自殺したのである。

 場所は彼女が住む家から少し行ったところにある駅。通過する快速列車に飛び込んでのことだった。

 彼女の家には遺書が残されていた。死を選んだ理由は、婚約者の死によるものだ。

 婚約者もまた自殺であった。その原因は、ミス照井が浮気を疑い、身の潔白を証明できなかったこと。その死を発見したのもミス照井であった。


 そして彼女を追いかけた女子生徒も、やがて学校から姿を消した。

 彼女は何があったのか、誰にも語らなかった。しかしただ一言、こう言い残していった。


『人が死ぬのを見てはいけない』

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ミス照井は法螺を吹く 名苗瑞輝 @NanaeMizuki

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