天使

卯瑠樹 夜

第1話 天使

 「最近さぁ、2階でなんか音がするんだよね。」

相談してきたのは実家で暮らしているひとつ下の妹だった。


「いつもの事じゃない?」

実家は古く、小さい時もよく2階の部屋で音がしたり、階段を誰かが降りてくる音なんかがよくしていた。

なので、そういう相談を今さらされてもあまり驚くことはなかった。


「えーでも、な~んか、いつものと違うんだよねぇ…」

なんて適当なことを言ってくる妹に、少しあきれながら

「わかった、わかった。今度の休み帰ってみるよ。」

と返事をした。

別に霊感があるわけでもないが、とりあえず妹の気がすむように、確認の為実家に帰る事になった。


~次の日の休み~



実家に帰るのは久しぶりだった。しかも泊まりでなんていつぶりだろうか。

そんな事を考えながら車を運転していると、目的地の実家が見えてきた。


「ただいまー。」

玄関をあけ、声をかける。

「お帰り、疲れたでしょ?ゆっくりしてな。今、何かとってくるから。」

母はそう言うと台所へと消えていった。

面倒見のいい優しい人だ。


「ねー、最近また変な音してるの?」

お茶とお菓子をもって戻った母に聞く。


「ん~それが、母さんは全然気づかないのよ。千嘉はよく聞いてるみたいだけど。」

千嘉とは妹の名だ。


「えっ、そうなの?」

これには少し驚いた。実家にいた頃は何か音や気配があると皆が、気づいてたからだ。


「う~ん。あの子の言うとおり、いつもと違うのかなぁ」


「バカな事言わないの!怖いじゃない!」

母は本気で怒っている。


「ハハハッ、ごめんって。大丈夫だよ。」

そう言いながらも、内心では"視れる"かもしれないと、うずいてはいけない好奇心がウズウズしていた。


「ただいまー。お姉ちゃん来てる~?」

妹が私用を済ませて帰ってきた。


「お邪魔してますよー。」 

私はおちゃらけて返事をした。

「お姉ちゃん、2階みた?」

ふざけた姉とは反対に凄く真剣な顔で聞いてきた。

「いや、まだ見てない。何かあるの?」


「何もないけど…」


「も~何なのよ。とりあえず一緒に上がってみる?」


「うん。」

不安そうな顔の妹と玄関に入ってすぐ横にある2階へと続く階段を登ってみる。

すると途中、見慣れないものがあった。

「羽?」

拾ってみたもののこの真っ白な羽が何の羽かまでは分からない。

「あんたの?」

千嘉に聞くと、

「ううん、そんなの知らない。てか、今まで気づかなかった。」

その真っ白な羽は女性の手のひらサイズくらいはある。普通、狭い階段にこんなのが落ちてたら気づくはずだ。


「……」

「……」


2人は羽を見つめて沈黙していた。


「あんた達ー、夜ご飯は何がいーのー?」




ビクッと肩があがった。

突然声をかけられたのと妙な空気感の中にいたせいだろう。

「「お母さん!!」」

千嘉と声が重なった。


「なーに?二人して。」

階段下で母が不思議そうにしている。

そんな顔を見て気が抜けた。

「ハハっ何でもない。2階みた後で、一緒に買い物行こう。」

怖がりな母には羽の事は話さず、2階を見にいった。




夜ご飯を食べながら、久しぶりの家族団らんを楽しんでいた。家族と言ってもうちに父親はいない。それは小さい時からなので特に寂しさもない。これが我が家の"普通"だ。


結局、2階には何もなかった。音は夜中がとくにひどいらしいので、それまではゆっくりしようと千嘉と話した。

「今日は居間で皆で寝ようね。」

まだ少し不安そうな妹はそう提案した。




前に話したが、うちは古い家のつくりだ。

居間に入って右側に二部屋、左側は台所だ。どちらも襖でくぎられている。当然隙間もある。子供の頃は何故かその隙間が怖くてしかたなかった。


「頭の向きはこっちでいい?」

台所の方へ足を向けるかたちで母が布団を準備している。

「うん、ありがとう。わたしやるよ。」

布団の準備をしてると千嘉がやってきた。さっきより不安そうな顔になっていた。


「大丈夫だって。」

気楽に言うと

「…うん。そうだね…」

と千嘉は不安がにじむ笑顔をむけた。


~深夜~


何か音がする…いや?これは声?

起きようとすると目は開けれるが、体は動かない。

ぼんやりした意識のなかで音の正体を探ろうと必死になる。

その音のような声は隣で寝ている千嘉に何か訴えているようだ。


(な、に…?)

その不気味な訴えに不安を感じ、妹の無事を確認しようと横目でみると、なんと襖の隙間からクモのように細く長い青白い人間の手が妹の方へとのびている。

それを見て驚きはしたが不思議と恐怖感はなかった。ただ、その手はやはり妹に何かを催促している様子だ。

妹は催促されるたび、うなされている。

そんな姿にとっさに声をだそうとするが、まったく声がでない。


(やめて!妹に触らないで!)

意識では必死に叫ぶが、

「うっ、あっぅぅぅぅっ…」

実際には小さく唸る程度にしか声がでない。

なんとか声をだそうと唸り続けていた。


時間にしてどのくらいだろう。次第に息が苦しくなってきた。細長く気味の悪い手はずっと催促をやめない。

(やめ…)

そう思い必死に頑張っていたが、呼吸もうまくできなくなっていき、いつの間にか意識は途切れてしまった。


次の日、とくに何事もなく朝を迎えた。

妹もいたって普通だった。


「お姉ちゃん、昨日何か聞いた?」 

母が出掛けたタイミングをみはからい千嘉が聞いてきた。

「うーん、とくに何も?」

流石に自分が見たままを妹に話す気にはならなかった。


「本当に!?」

信じられないという顔でこちらをみている。

「本当だよ。…あんたは?何か聞いたの?」

昨夜の事を千嘉自身はどう感じていたのか知りたかった。


「…わたしも、別に…」

その歯切れの悪さに疑いの目をむける

「ほんとに?」


「う、…本当は少し寝苦しかった。でも、たいした事じゃないよ。悪い夢を見た時くらい。」


「そう、なら気にしすぎじゃない?」

これ以上、不安にさせまいと誤魔化すことにした。恐怖心や弱い心には悪いものが寄り付きやすいとどっかで、聞いたことがあったからだ。

「そうかな?」


「そーだよ!ずっと考えてるから、何でもかんでもソレっぽく聞こえたり、感じたりしちゃうんでしょ?」


「そっか、そうだね。」

ほんの少しだがホッとした顔をした妹をみて安心したが、それと同時にアレをなんとかしなければと頭を悩ませた。






あれから、夜になるまで色々と検索した。

今はネットが身近にあり本当に助かる。

が、アレが何かはわからなかった。


「当たり前か…」

落胆しながら刻々と過ぎていく時間とだんだんと暗くなる空を家の中から見つめるしかなかった。












「お休みなさい。」

何の解決策も見つけられないまま寝る時間になってしまった。

(昨日のはたまたまだったのかも…)

なんてあり得ない事を考えながら、千嘉が寝入るのを見守ると自分もゆっくりと目をとじた。







「…ボソボソ…ボソ…」





「ボソ…ボソボソ…ボソボソ…ボソ」






(…あの音…声だ…)

少しずつ意識が浮上してくる。

体は動かない。ゆっくりと目をあけ、横目で千嘉を確認する。

千嘉は眉間にシワをよせ何かにうなされている様子だ。そのすぐ上にはやはりあの手がのびてきている。


「う、うぅぅぅぅっ…」

(やめて!やめて!)

声をだそうとするが、やはり声はでない。

「うっ…ぅぅぅぅう…」

(なんで!?ででよ!)


「うぅぅぅぅっ!」


必死に抵抗していたその時だった。

髪は短く、ガリガリに痩せ、目も頬も痩けている人らしきソレが突然目の前に現れた。

真っ白だがボロボロのローブを着ていた。


(てんし…?)

何故だか分からないがそう感じた。

だが自分が知っている天使とはかけ離れているし、光輝いてもいない。目の前にいるのは

幸せを全部吸いとられ、人の悪意や憎悪、悲しみだけ与えられたような顔をしていた。


(な……に……)


だが自分の目の前に現れたのにも関わらず、ソレはやはり妹の方へ向きなおすと、また手を伸ばそうとする。


(やめて!)


「うぅぅぅぅ!」

(手をださないで!)

「うぅぅぅぅっ!」

(く、苦しい…)

なんとか隣で寝ている母を起こそうと必死に声をだそうとした。喉がつぶれそうだった。

(さわるなっ!!!!!)



「うううううううっ!!!!!」

今までで1番声が出せたんじゃないかと思った瞬間


「ねぇ!起きてっ!起きなさいっ!」

声が聞こえた。

「うなされていたけど、大丈夫?」

母が私の顔を心配そうにみつめていた。


「はぁ…大丈夫。ちょっと怖い夢みちゃって。」


「そう?ビックリしたわ。大丈夫そうなら母さん寝るわよ?」


「うん、起こしてごめんね。ありがとう。」

そう言うと母は布団にはいって、寝息をたてた。


スゥー…ハァァー…


大きく深呼吸をした。

(あれはヤバかった…)

そう思いながらもやはりアレに恐怖心はなく、ただ妹に何かされる焦りみたいなもの

だけを感じただけだった。


千嘉を確認すると、うなされることもなくスヤスヤと気持ちよさそうに寝ていた。

(良かった…)

ホッとした瞬間、どっと疲れと眠気が襲ってきた。



次の日の朝、特に変化はなかった。

自分の喉に鈍い痛みがある以外は。

(無理やり声だしたしなぁ)


千嘉にもそれとなく聞いてみたが

「昨日は久しぶりにゆっくり寝れたよ!お姉ちゃんの言う通り気にしすぎだったみたい。」

と元気いっぱいに出掛けていった。

まだ少し不安はあったが、ずっと実家にいる訳にもいかず私もアパートへ帰った。



あの後、何度か妹に実家での様子も聞いてみたが、うなされたり、音を聞くことも無くなった言う。

いったいアレが何だったのか?

妹に何を求めていたのか?


今もわからないままだ…。


 


終わり



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天使 卯瑠樹 夜 @UKIYORU

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