最後に気付いたこと

髙橋

なぜかは分からない、だがそうなってしまった。


 私はもうすぐ死ぬ。

病気の進行は早かった。体に不調を感じ、病院で診察を受けた時にはすでに手遅れだった。

まず、何かの間違いではという考えが浮かび、その後なぜ自分が、という考えになった。

しかし、病状が悪化するにつれ直観として理解した。

私は昔から勘だけは鋭いほうだ。だから分かる。どうやら本当に死ぬらしい。


 ベッドで寝ていることが増えると人生を思い返すことが増える。

私の人生は「良い人生だった」などと虚勢を張る気すら失せるほど後悔の多い人生だった。

病気になるまでは私は実に傲慢で他人に対する思いやりなど皆無だった。

当然周囲の人は離れていったが、気にもしなかった。

しかしこうして不治の病に罹り、死を待つ身になると、考えさせられることばかりだ。


 私は死ぬ。それは構わない。自分なりにもう覚悟はしたつもりだ。身辺整理をし、入院も治療もやめた。延命処置ではなく自宅で一人最後を迎えることを選んだ。

見舞いに来るものもいない。これまで私のしてきたことを考えれば当然だろう。

数日に一度、訪問看護が来るのみで来客は皆無だった。


 死が近くなり、ずっと一人でいるといろいろな考えが頭に浮かぶ。そうした妄想をして時間をつぶすのが最近の私の日課だ。

 今日は、もし世界中にいる人間が死に絶え、自分一人残ったらということを空想してみる。


 ある日を境に世界中の人が次々に死んでいく。何がきっかけは分からない。原因も分からない。

ただ死んでいく。決して止められない。

病気、ウイルス、生物兵器、いくつの可能性が考えられたがどれも違ったようだ。

神からの天罰を主張する者もいれば、宇宙人が侵略のために強力な紫外線のようなものを降り注いでいるなんて説もあった。

しかし、どれもただの戯言でしかない、皆ただ混乱しているだけだ。

 謎の大量死が止められないと分かると、各地で混乱が広がり、暴動や自暴自棄になった人が多く出た。しかしそれも長続きしなかった。

 人類同士が滅ぼし合うより前に死は速やかに、平等に世界中に広がっていった。

死のみが唯一の平等である、と誰かが言っていた。

 なるほど、そうなのかもしれない。

 

 このような具合に、そんな状況にもし自分がおかれたら、なんてことを空想しているのだ。


 人がどんどん死んでいくということは各インフラも止まり、テレビやラジオ、ネットも止まる。

情報を得る機会が失われる。家族や友人も次々と死ぬことになるだろう。

 そんな状況の中でもし、残っているのは自分だけだとしたらどのような実感なのだろうか。

この国だけではない、もう世界中で自分しか生き残っていなかったら、どんな気持になるのだろうか。

 信じられないことが起こっているが、自分一人しかいないのだから、はっきりと自覚はできるはずだ。ならばなぜ、まだ自分は残されているのか。

 考えても分からない。理屈では説明できないことが起きてるのだから。

一人でできることなど、たかが知れている。大抵の人は何の特徴もない平凡な人間だ。ごく普通の家庭で育ち、友人を持ち、恋人を持ち、家族を持つ。

 しかしもう一人もいない。誰も残っていない。

私だけが残された。なぜなのか。



 そんなことを空想してみるのだ。自分でも馬鹿げていると分かっている。しかし死にかけているとはいえ、一人で過ごすと案外時間を持て余すものだ。

 しかし今回の空想は、あながち的外れではないかもしれない。

世界中の人が死に絶え、自分だけが生き残っている。今の私の状況はまるでその逆だ。

私はもうすぐ死ぬが、世界はそんなこと無かったかのように順調に明日も機能し続けていく。

 虚しく感じるかもしれないが、人の一生とはそういうものなのかもしれない。


 それにしても今日は訪問看護が来る日だが、いつも来る時間より、だいぶ遅れているな。

なにかあったのだろうか。




 ちょうど地球と月の中間の位置にいる宇宙船の中、二つの生物が会話をしている。


「地球に撒いたウイルスの調子はどうだ?」


「はい問題なく、全て順調です。この星の支配種である人間という生物はあと一人を除き、ここ数日で全て死に絶えました」


「その残った一人というのはどんな奴だ?」


「どうやら我々のウイルスに対しては奇跡的に抗体を持っていたようですが、本人はそのことに気付いていません。それどころか、自分以外の人間が死に絶えたことにすら気付いていないようです」


「なんて間抜けな奴だ。それでそいつはどうする?」


「別の病気に罹っており、直に死ぬでしょう。これで地球は我々のものです」

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