パラケルススに首ったけ

猫フクロウ

錬金術師の弟子

「急げ!遅れるで!」


「こんな時に寝坊なんてシャレにならねぇぞ。」


二人の男は急いでエレベーターへ駆け込む。


「ふぅぅ!ギリギリ間に合うな。」


「はぁ、はぁ、そうだな。」


『こちらのエレベーターは高層階直通です。26階まで直通運転を実施します。』


「「え!?」」


エレベーターの事務的な機械音声が聞こえた。


「「えええええぇぇぇ!?」」


二人の男の叫びは、無情にも遠退いてく。




「て・・・てめぇ・・・嫌がらせのつもりか?」


足を震わせ、吐きそうになりながら力也りきやは言う。


「俺も苦手なんや・・・そんなんするわけないやろが・・・少しは頭使こて物言えや、ボケ!」


げんなりと言い返す策矢さくやも足を震わせていた。


「ああ!?俺が頭使ってねぇって言いたいのか!?」


「ほお、使っとったんか?そら知らんかったわ!」


「てめぇ!少し頭いいからって調子乗ってんじゃねぇそ!ああ!?」


「そやって無意味に吠えとるから、頭使っとらん言おんじゃ、ボケ!」


「てめぇ!」


「なんや?やるんか?」


二人の言い争いはヒートアップする。


「おい、にーちゃんたち。こんなところで喧嘩するのはやめろ!」


通行人が仲裁に入る。


「うるせえ!黙ってろ!」


力也りきやは通行人を突き飛ばしたが、とっさに策矢さくやが体を支えたおかげで倒れずに済んだ。


「すんません、大丈夫でっか?」


「あ、ああ。大丈夫だ。」


「おい!無関係な人に何しとんじゃボケ!」


「うるせえ!こいつが邪魔したんだろうが!」


力也りきやが通行人を指さす。


しかしそこに通行人はいなかった。


「「ん!?」」


あまりの突然な光景に二人は目を疑った。


策矢さくやはある考えが浮かび、急いで持ち物を調べた。


「ない!師匠のクリスタルが盗まれた!」


「はぁ!?あの通行人か?」


当たりを見渡すが、二人の喧嘩の野次馬が集まって探せない。




チン!




少し離れたところでエレベーターのベルが鳴る。


音の出元を確認すると、さっきの通行人がこちらに手を振りながら乗ろうとしていた。


「おった!あそこや!」


叫び声と同時に二人は駆け出す。が追い付かず扉は閉まった。


「おい!あいつ、仲間か?」


「いや、使いっ走りやろ。」


「でもあれが盗られたらヤバいだろ?」


「ああ。」


二人の脳裏に師匠の姿が浮かぶ。


「「ひぃ!」」


あまりの恐怖に身震いした。


「俺らで盗り返すんや!」


「ああ。」




室内の非常階段は壁に囲まれていて好都合だった。


「うおおおおおお!俺が盗り返すんだあああ!」


壁から壁へ飛び移り、猛スピードで階段を下る力也りきや


「あのアホ、下から人おったらぶつかるぞ。」


しかし今はそれくらいの大胆さが好ましい。


さっきのエレベーターは1階までの直通。少しでも早く1階へ着くのが望ましい。


その為に力也りきやの“壁に吸い付く力”の錬成陣は非常に役立っている。


だが策矢さくやはそこまで動けないので“壁をすり抜ける”錬成陣で1階づつ降りる。


「着いた!」


力也りきやが一足先に到着しエレベーターを確認したが、既に盗人はいなかった。


「おったか!?」


策矢さくやが遅れて到着する。


「いや、居ねぇ!どうする?」


姿が確認出来なければ追うことは出来ない。


「まかしとき!」


策矢さくやは即座にクリスタルを入れていたポケットに錬成陣を描く。


錬成陣を描き終わると、矢印が浮かび上がる。


「こっちや!あとこれも持って行き!」


二人で駆け出すと同時に策矢さくやは数枚のメモを渡す。


「“探知”の陣や。これでお前も追えるやろ。」


「こっからどっちが捕まえるか勝負だな。」


「アホ!んなんやっとる暇あるかボケ!」


「いいんだぜ?盗まれるヘマの尻拭いを、俺がやってやっても。」


「あぁん!?お前に負けるわけないやろ?頭使こて物言えや、ボケ!」


「なら決まりだな。俺がしっかり捕まえてやるから安心しろ~。」


そう言い合うと力也りきやは高くジャンプし、吹き抜けの2階へ飛び移った。


「吠えてろ、ボケが!」




建物の構造上、地下への逃走は出来ない。


つまり1階から外へ出るか、建物内で別の仲間と落ち合うかの二択だ。


力也りきやが2階に行ってくれたのは有り難かった。


「ふん、どっちんしろ外が利口やな。」


策矢さくやは建物を飛び出し、再度“探知”の陣を描き矢印を出した。


なんと建物の外を指していた。


「こっちが当たりや!もろたでアホゴリラ!」


“跳躍”と“引力”の錬成陣を使い、矢印の方向にひとっ跳びすると、人込みの中で走る男がいた。


「見つけたで!」


人込みを避け、歩道の街路灯を飛び渡りながら急いで進む。


「あ、錬金術師だ!おーい!」


人込みの中の子供が策矢さくやの姿を見て手を振りながら大声で叫ぶ。


(今は邪魔やから静かにしとって~)


と心の中で叫びながら笑顔で手を振り応える。


その瞬間、人込みから歓声が沸く。


「任務か?がんばれ~!」「キャー!錬金術師様よ~!」「事件か?カメラ!カメラまわせ!」


(ああ、めんどくさいのぉ!)


と笑顔を崩さず心の中だけで毒づき、次の街路灯へ飛び移った。


そしてあることに気付いた。


「あれ?あの盗人は?」


人込みの中、走っていた盗人は何処かへ消えていた。


「しもた!見失った!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る