スキャンダルは突然に【文書ロイドシリーズ短編】

春眼 兎吉(はるまなこ ピョンきち)

スキャンダルは突然に


 夜討ち朝駆け。かつて記者のイロハとされた体育会系の根性論だ。

 携帯カメラとSNSがはびこった現在、すでに化石となりつつある。だが、この泥臭い『言葉』を必要とする業界も少なからず存在する。

 私が身を置く『スキャンダル記事専門雑誌』の取材現場もまさにその通りなわけで。


 ここはとあるホテルの前。今、まさに大物政治家のスキャンダルがあばかれようとしている。といっても女性関係。私は張り込み真っ最中。


「はい、見尽子みつこ。あんパンと牛乳買ってきた」

「B2(ビーツー)あんたねぇ、そのチョイスいつの時代の刑事ドラマよ」

 私は、詠原よみはら 見尽子みつこ。スキャンダル記事専門誌たる『週刊醜文しゅうぶん』の正社員記者だ。この雑誌は文字通り、人のみにくさをあばき、世に『つまびらか』にすることを使命とするスキャンダル記事専門誌。なんだかんだで主に芸能人のゴシップ記事が多いことでも有名で、私はそれを気に入ってはいないけど。

「見尽子は正義と確実に定義した指針はいやがるけど、それでも『だれかのためになる記事』やひいてはそれが『社会のためになる記事』を作るのが大好きだからねぇ」

 爽やかな笑顔で話しかけるこの青年はB2。正確には『人間』ではない。MUSTシステムが開発した【文書ぶんしょロイド文子ふみこ】のプロ仕様。一般には『文書ロイドPRO』とか『文子PRO』と呼ばれて、新聞記者を筆頭に『公的=社会的』な文章作成に携わる個人及び団体へ販売されているAIをアンドロイドに搭載しているタイプの文子シリーズだ。


「バッカっじゃ、ねぇのぉ~♪ 記事はにさえなりゃあ、いぃんだよ~ん」

「マスターの言うとおり。あなた方の思想は効率が悪くていけませんね」


 張り込み場所が被ったのも相まって賑やかにさえずるコイツらはライバル社たるFLAG(フラッグ)に所属するゴシップ記者とその相棒の文書ロイド。記者本人は相棒のことを『伴侶はんりょ』と言ってはばからないけど。


「アンタ達みたいな下世話な記事はなるべく書きたく無いんよ。私は崇高すうこうなる思想しそうで記事を思考しこうしたいの! でも今回は社長命令で仕方なく……」


「俺ぁ~フリーだから、そんな悲哀たぁ、無縁だけんどぉ、さすが【醜文砲之担手スキャンダラー】の言うことはちがうねぇ♪」

「正社員の辛いところですね。ご心痛……お察しします……プッ」


 好き勝手に絡みやがってウザいなぁコイツら。思わず反論してしまう私。

「そう呼ばれても、私はアンタみたいな『パパラッチ(ゴシップ写真を撮るために有名人を執拗しつように追い回すカメラマン)』とは違うからね。そこは覚えといて!」


 だが、絡みはなおも続く。

「つれないなぁ~♪ 同じ非合法ショップで『文書ロイド文子PRO』を買った仲じゃな~い、かぁ~♪」

「時間差あるし、そんな親密じゃないでしょうに!ってか、『秘密の共有』をネタにさりげに『脅して』来るなんて、腕はいいけどとことん『クズ』ね」

「そこは、褒め言葉だからぁ~ねっ♪ 崇高すうこうなる目的の為には手段は選ばんのですよっ!」

「ロリコンでペドフィリアなあなたの性癖を満たすのが『崇高すうこう』といえるのか疑問だけれどね」

「ミーコと俺の関係を悪く言うな! 俺ぁ~ミーコを愛してる。ミーコを維持・・する為ならどんなことでもしてやるさっ! 極めて『清い』交際をしている、と、念押しもしておくよぉ」

 しまいにゃあ、勝手に仲間に入れてくる始末。


 ホテルから大物政治家と腕を組んだ女性が出てくる。って、アレ、いつも良く目にする政治家さんやんっ!


 ヒャッハッーーー! とでも言いたげなテンションで写真を激写し、連れの幼女型文書ロイドのミーコをともなって現場を去る瀧蔵たきぞう

「大物政治家と聞いてはいたが、まさか総理大臣の不倫現場に居合わすたぁ、ツイてるねぇ、高値で売れそうだわぁ!」


「オィ、ちょっ……他社にスッパ抜かれたゾ! どうすんだよ?」

瀧蔵たきぞうとミーコは放っておきなさい。私はこれからやることがあるから」


 総理と別れ、その場を去る女性の後を追う。

 もう今頃は文書ロイドPRO後期型たるミーコの性能・・で、激写写真を元に我が国の総理大臣の不倫スキャンダル記事が完成しウェブ上にアップされてる頃だろう。

 今やウチの会社含めてスキャンダル雑誌も誌面だけで無くウェブ化もされていて、閲覧数に応じた広告収入で経費をまかなっている。PVに応じて、たいそう瀧蔵のインセンティブ報酬も跳ね上がるだろう。だってなぜかは知らないけど、我が国の読者って『不倫記事』がことのほか大好物だからだ。


 だが、私は気にしない。




 路地裏で彼女・・対峙たいじする私。

 彼女は全てを悟っていたようで笑顔で私に答えてくれた。


「ふぅ、負けよ負け。私の負け。でもどうして私のことをアヤシいと思ったのかしら?」

「相棒のB2からもらったのは、情報の断片。そこには我が国は他国から情報戦を度々たびたび仕掛けられているという事実、と、世界をまたにかける女スパイが不倫戦法を得意としているウワサ話。あとは追加でB2が収集してくれた数多の情報が私の中の判断材料を補い『説得力』を増して行った」

「そして直感・・で見破ったのね。お見事だわ」

「いいえ、違うわ。これは直観・・。アナタの言う直感は『なんとなく』で出来るから、無地の天才でも感覚でいきなり判断下せるけど、私のやった直観とは確かな下地……知識とかね……のもとに生まれる奇跡きせき。下地がないと天才でも無理! つーかできないたぐいのものね」

「はははっ! ますます最高だわ! あなた! 気に入った!! 全てをつまびらかに公開してあげる」

 そう言って彼女・・は私にてを語り尽くしてくれた。




 さぁーてっ、『記事』を作るかっ!


 B2はこれまでの状況を整理し、視覚聴覚等に『接続』して得た5感を総動員して『文字化』し、私に『情報』として伝えてくる。私はそれをパズルの様に組み合わせるだけで記事があっという間に完成! ……というわけには簡単にいかない。

 なぜなら、その情報の判断や選定、時には別の情報角度から修正して、慎重しんちょうに組み上げないといけないからだ。そう、私自身が『思考・・』することによって。

 本来、文書ロイドPROシリーズにはそういった記事作成上の『思考・・』も『機能・・』に含まれているが、彼はそうしない。過去のトラウマからか、記事作成がイヤでイヤで仕方が無い、かつ物語作成が好きで好きでたまらない『嗜好しこう』らしい。

 その為、彼との最初の契約において、記事作成上の『思考・・』の放棄と物語作成の時間と精神の余裕の確保を締結させられている。


「大丈夫!記事作成は逆三角形。大事な情報は最初に一気に出して、記者の感想は最後に添えるだけ。あとは、写真かな」

迷うものの、取材漏れもなく、パズルのピースは全て揃い、作るべき完成形は見えている。コレなら苦労なく記事が完成させられそうだ。幸いにして、最初に撮りそびれた写真も彼女のセルフショットで補えたし。

「それにしても彼女はほんとにこころよく写真を撮らせてくれたなぁ。まぁ、顔はいつでも替えられるから全然問題ないと本人は言ってたけど」


 記事がもうようやく完成というところで、B2が話しかけてきた。

「なぁ、見尽子みつこ。あん時、女スパイに対して随分ずいぶんと僕を持ち上げてくれたみたいだけど、そんな崇高な存在じゃあ、ないからな、僕は」

「アンタが思ってるよりずっと私はアナタのことを信頼しているわよ。『記事作成上の思考は放棄する』って言ってるわりにはなんだかんだで苦労して集めた情報を整理・・してくれているんでしょう? あなたの情報・・とっても使いやすかったわ」

 私の素直な告白に照れたのか、彼はそれっきり黙り込んでしまった。




 こうして記事は無事完成し、FLAGに遅れて世に出た。ただ、私の記事自体がヤツの記事に飲み込まれてしまうことが気がかりだった。だってほらさぁ、『人って自分に都合の良いことしか信じない』じゃない?


 しかし状況は一変。彼女・・が全世界規模の雑誌のインタビューに出演し、今回の騒動の顛末てんまつを洗いざらい白状したのだ。

「写真……顔変わっているじゃないっ!」

「本当だ」

 B2と二人でくだんの雑誌を購入し閲覧えつらんしている。

 彼女はそっちの業界では世界をまたにかける有名な女スパイだったらしく、本名は明かさないという条件で大々的に全世界に『広告』を打ってくれた。彼女のインタビューが掲載された記事を見るとそこには。

「あそこまで気持ちよく『負けた』のは初めてで、思わず笑っちゃったから。あの国には本当にストロングな記者がいたって事ね。その記者をたたえて、今回は私の敗北宣言・・・・をキチンとしようと思ったのよ。また戦場・・で会いましょう見尽子みつこ、その時まで、チャ~オ♪」

 とても清々しい彼女の言葉が記事の中で踊っていた。強敵と戦った故の充実感か思わず私もとても気分が良くなっていた。




 後日、何故か私は政府に表彰された。

『我が国を救った英雄』と持ち上げられ、記者に囲まれた。で、色々と聞かれた。普段とは逆の立場だから、なんか新鮮だったけど。


「どうして皆が総理大臣の不倫疑惑に沸き立つ中で、冷静に『真実』を見極められたのか?あなたの『神眼』の所以ゆえんは?」

問われた記者に対して堂々と私は言い放ってやった。




「直観がささやいたのよ」と。






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【完結】文書(ぶんしょ)ロイド文子シリーズ原典『サッカ』 ~飽和(ほうわ)の時代を生きる皆さんへ~ 俺は何が何でも作家になりたい!そう、たとえ人間を《ヤメテ》でもまぁ!!


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