あなたは5億円を5年後までキープできる?

ちびまるフォイ

5億円もちのホームレス

「ここにあるのが5億円です。こちらを差し上げます」


「え!? いいんですか!?」


「もちろんです。ただし、5年後までキープできていたらの話ですが」


「……はい?」


「5年後までに、この5億円が1円でも手をつけられていたら残りのお金はすべて没収します。

 無傷で5億円を5年キープできていたら、はれて5億円はあなたのものです」


「この大金を前にして使わないなんて……」


「チャレンジ諦めますか?」


「バカいえ! やるに決まってるだろ!」


アタッシュケース5個分の5億円をあっという間に手に入れた。

しかし、その5億円は使ってはいけない5億円。

ごちそうを前におあずけされている犬のようだ。


5億円を手に入れたという情報が広まると、

友人知人だけでなく知らない人からもたくさんの連絡が飛んできた。


「あなたの友達の従兄弟のはとこのイマジナリーフレンドの〇〇です。

 5億円を手に入れたそうですね、ちょっとそこの高級フレンチでお話聞かせてください!」


「ぜったい奢らせる気だろ!!」


金に群がる亡者たちは札束ビンタでやっつけた。

こんなにも人間があさましいなんて思いもしなかった。


近づいてくるのは目を「¥」に変えた人間だけでなく、悪い人もやってくるようになった。


「兄ちゃん、5億円キープするのに苦労してるって話きいとるで。

 わしがボディーガードしてやるか? んん?」


「い、いえ結構です……」


「まあまあ、5年なんて結構な時間やで?

 わしがおはようからお休みまでガードしてやるけんのぅ」


「そういって、用心棒代をあとでよこせとせびるつもりだろ!」


暴力団をふりきり警察に飛び込むが、5億円の所持者だとわかると警官も目の色を変える。


「助けてほしいなら、少しばかりの"気持ち"が欲しいものですなぁ」


「市民助けるのに金を要求するなんて聞いたこと無いぞ!!」


もはや誰も信用できない。

誰もが目の色を変えて5億円を切り崩そうとしてくる悪漢だ。


5億円ひいては自分の身を守るにはどうするべきかと考える。


カムフラージュするために自分の服をボロボロにし、

ホームレス同然のみなりで毎日橋の下で暮らすようにした。


「あ、あなたは5億円の!?」


「ああ……そうだよ……」


5億円男と嗅ぎつけてやってきた人たちも自分の身なりで言葉を飲んだ。

もはや5億どころか1円すら残ってなさそうな見た目だからだろう。


「失礼ですが……どうしてそんな生活を? あなたは5億円を持っていたのでしょう?」


「ギャンブルですっちまってね……途中で手をつけて5億が回収される前に、増やそうと思ったのさ……」


「うわぁ……なんか、すみません……」


見た目による説得力もあってか、友達も友達と自称する人たちも近寄ってこなくなった。


5億円キープしてから3年後のことだった。

ホームレス生活にもなれて来た頃に、病院の近くを通ると門の前で頭を上げる人がいた。


「どうか! どうか私の娘を治療してください!!」


「顔をあげてください。病院も医療活動とはいえボランティアではないんです。

 お金がない人にはなんとも……」


「このままでは娘は死んでしまいます! 治療費は後でなんとかしてお支払いします!!」


「しかし……そんな確証どこにもないですし……」


「お願いします! 娘を助けてください!!」


母親の背中におぶさっている娘は今にも死にそうな顔色をしている。

自分の手元にはどんな治療でも受けれるであろう5億円があった。


あと2年我慢すれば5億円が手に入る。


「関係ない……俺には関係ない……!」


目をつむって病院を素通りした。

悲痛な母親の叫びを聞くまいと念仏のように「関係ない」といい続けた。


その後、娘がどうなったかは知らないし知ろうともしなかった。



5億円キープしてから4年目になった。


実家からの連絡を受けて飛んで帰ると、両親が危篤状態になっていた。


「なんで……前はあんなに元気だったじゃないか……!?」


「うちに、5億円があるかって……いつもいつも……いろんな人が来てね……」


自分ではあずかり知らないところで取材や5億円目当てのハイエナが実家にやってきてたらしい。

人のいい両親はいちいちそれに対応した結果に精神を追い詰められ、体を壊したらしい。


けれど心配させまいと黙っていたことで更に病状は悪化。

海外の高価な先進医療を受けないと助からないという。


「いかがいたしますか? 治療費は高額になりますが、確実に助かりますよ……?」


「い、いくらですか」

「1億円ほど」


「……そっ……そんな金額……」


払えないことはなかった。

けれどあと1年待てば5億円が手に入る。

これまでずっと我慢してきた5億にやっと手が届く。


両親は弱った体でなんとか喉を動かした。


「いいんだよ……これも運命なんだよ……お前はお金を使わなくていい……」


5億円はそれでもキープされた。

両親はその後に命を落とした。


最後の1年もホームレス生活を続けたがどこか空虚な気持ちがずっと続いていた。



ついに5年目へとたどり着いた。


「おめでとうございます、チャレンジ成功です!!

 1円もつかわずに5億をキープするなんて、すばらしい!!」


「そうですか……」


「おまたせしましたね。その5億円はあなたのものです!!

 それだけではありません、あなたの努力に免じて追加で5億! 合計10億を差し上げましょう!」


目の前には追加で5個のアタッシュケースが並んだ。


「10億おめでとうございます! これからはセレブな生活し放題ですよ!

 クルーザーで世界旅行や、おいしい食べ物も食べ放題!

 欲しいものはなんでも買えちゃいますし、我慢とは無縁の人生です!!

 さあ、あなたはなにをしますか!?」


「なにも……」

「へ?」



「なにも……思いつきません……。家族も友達も失ってしまいました。

 5年のホームレス生活でお金以外のすべてを失ってしまった。

 もはやお金があっても使うアテなんてないんです……」


「……そうですか」


男はアタッシュケースを持って去っていった。

やがて次の現場に持っていくとにこやかに話した。



「10億円を5年後までキープできれば差し上げましょう!!」

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