リディア・バルカ隠棲1
その人里から少々離れている屋敷が立派な物なのか。それとも単に古いのか。アイラには分からなかった。
兎に角自分からお願いして使者になったのだ。まず会って文を渡さなければ。そう自分に言い聞かせ、案内の者の後ろを歩く。
した事を想えば腰の物は許されないだろうと思っていたのに、素通しであったのを少し喜んで。
ただ案内されてる方向が奇妙な気がした。ここはもう屋敷の端。応接間としても目的の人物の部屋としてもおかしいのでは―――「こちらになります」―――えっ。
「アイラ・ガン殿。ラスティル・ドレイク殿にリディア・バルカがご挨拶申し上げます。ようこそおいで下さいました。お一人ずつご用件を頂戴致したく。
まずガン殿、どうぞお話しくださいませ」
直立し深く頭を下げた相手を他人行儀、だと思う。しかし職務で来たなら誰でもこうする人物だからと気を取り直したくて、目に映った疑問をと、
「えっと、なんで、牢に入ってるの? ここはリディアの家でしょう?」
本人が何時も通りな為、普通なのかも。と思うが、居るのは木の格子に隔たられた個室。窓は大きく筆記用具まであり中々快適そうでも牢屋と言うしか無い。
「勿論咎められた故。父にトークでの愚行に対する罰として、暫くこの部屋で生活するようにと。して、ご用は?」
「う、うん。この文を。カルマとグレースから」
格子越しに態々膝をついてうやうやしく。何かの皮肉かな。とも思うが、アイラには良くわからなかった。
丁寧に文を開き、
「成程」
「え」
一呼吸分も見ずに畳んでしまう。そして直ぐに返書、であろう物を書き始められ、
「読んだの? カルマから、確かに読んでもらうよう言われてて、その」「勿論。バルカ家は今やトークへ税を納める豪族同然で御座います。トーク閣下の文、あだおろそかに出来ましょうか。
しかし誠に残念ながら
よって恐れ多くありますれど此度の無上のお話。お受けいたしかねます。
使者はフィオ・ウダイ殿で十分任に堪えましょう。何といってもグレース・トーク殿のビビアナへの対応が秀逸で御座いました故。
ただ老婆心ながら一つ。ビビアナが風の速さでジョイ・サポナを族滅させようとしている事、既に庶人さえ知る所。次の方針が決まる前、一日でも早く使者を向かわせた方が無難かと。
最後にかの男へ詫びたいとのお話ですが、
話しながら絹へ書くリディアに何とかという感じで首を振れば、扇でゆっくりと布に風を送り始めた。少しでも早く要件を済まそうという気に思えて仕方がない。
―――確か、言わないといけない事が……あ、
「あ、あのね。グレースも、その、立場をおもんかばって、欲しいと思っただけで」
「あの男が逃げた時の話で御座いましょうか。ならば世にも珍しき寛容なお考えでありますな」
こちらを見もしない相手に焦りが増えて、
「ぼ、僕も、殺す気は無かったんだ。ただ、あの時、体が動いて」
「左様ですか。情のある話と存じます。さて乾きました。ではこの返書。トーク閣下へお届け願います。
本日はトーク筆頭の将である貴方様のご来駕、誠恐悦至極でありました。
言うは僭越なれど、再びお会い出来る僥倖があるかも不明なれば。アイラ・ガン殿の武運長久をこの場にて祈り見送らせて頂きます」
立って歩み寄る時も視線を下へ。格子越しなのに両手で持ち、片膝までついて。
自分が悪いのだとアイラは思う。でもリディアなら分かっているはずなのに。だって、あんな……っ!
「リディアは、あの場に居たじゃない」
「貴方様が功を上げ、無事ニイテ家を迎え入れた場でありましょうか?」
「ッ! 他に無いでしょ! なら分かるよね。怖かったんだ!
ニイテ家が、全員纏めれば戦場でも僕が勝てない者たちが、一瞬で虫みたいに、何の抵抗も出来なくて。何時も何処にでも居る官吏なのに。
ダンがその気になれば僕だって同じ事になるんだろうと思った。そうしたら、背中を向けてる今しか。グレースやカルマが何とか抑えられる今しか、勝てないって!
それにこんな、煙みたいに。居たのかも分からなく消えるなんて誰だって分からないよ!」
涙交じりの絶叫。それに対してリディアは、
「成程。ごもっとも。と、存じ上げます」
顔を上げもしないのがアイラには酷く辛い。ただ頭を下げた姿勢で自分の足を見られている。とまで考えが及ばないのはささやかな幸運だった。
「もう……アイラとだけでは呼んでくれないの?」
少し、気配が変わった。リディアが漏らした息は苦笑に似て、しかし顔は上げず。
「思い起こし下さいませ。
トーク筆頭の将である貴方様の名を呼び捨てるなど言語道断。
それでも奇妙な状況に即そうと愚考した挙句あのような態度に。
今ではその必要も無く。ただただご寛恕を請うのみ。
加えて
どうか哀れなまでに愚かなこの身に構わず、こちらの書簡をトーク閣下へお届け願います」
「ッッッ! ……分かった。そうする」
言い含められた事を口に出すため何とか、気を落ち着けようと大きく深呼吸。
「断られたら言えって。考えが変わったら何時でも良いから一報が欲しいってグレースとカルマが。……僕も、待ってる」
そう言って書簡を受け取り。リディアは改めて姿勢を正し。やはり顔は上げず。
「お言葉ご厚情、決して忘れませぬ。良き時節が来ることを
「……うん。―――ラスティルは、どうするの?」
「幾らかの用事もある。此処で別れよう。カルマ殿にもし会ったら、どうなろうと挨拶には伺うと伝えてくれ」
「そう。……じゃあね」
最後に畏まったままのリディアを一瞥し、足早に去ったアイラの足音が消えて。
リディアが立ち上がる。体を伸ばした。それだけのはずが、何故か気圧される物をラスティルは感じた。
「して。ラスティル・ドレイク殿。貴卿の立場が
「は? 拙者の主君はダンだ。どうも、酷い不義理をされた気がするが。
一応カルマ殿から話は聞いた。しかしあちらも良くわかっておられぬようでな。ならお前に尋ねるしかあるまい。だから此処に居る。……アイラと一緒に来たのは、何となくだ。
それで、教えてくれるのか。……先のアイラと同じようにする気ならば帰ろう」
眉を片方だけ上げ、立ったまま正対してきたリディアを見て、こっそりと安心する。合格、に思われた。こんな小さな事でも確信を持てるような相手では無いが。
「承知致しました。では
******
「十日ほど必死に捜索するも足取り掴めず。最後にジンが裏切り者を出した対処にトークで働く草原族の官吏と兵士の半数を退去。己を含む統括する者を複数交代。これらを馬五百頭の貢物と一緒に申し出たのを見、
後は同程度の知識と存じます」
「―――何とも、凄まじい、話。なのだろうな。訳分からん。が正直な所だが。
しかしダンの行方、本当に分からぬのか?」
「
そうですな……。あの方の髪。常に簡素なご気性にも関わらず、男の普通より長めなモノミロト風の髪型で御座いました。
今頃奴隷の如く剃り上げているやも。かように何年も掛けて痕跡を消す準備をしていた方をどうやって見つけるのです。
名もダンではあり得ない。当然ライルでもない」
ラスティルの目が驚きで開く。口止めされ自身は誰にも話してない。なら、
「本人から聞いたのか?」
「まさか。バルカ家は貴族なれば。
唐突にやってきた者を家へ入れるなら前職くらい調べてくれるのです。当然、本人が気づかない程度の配慮も」
「成程。……ならば本当に行方知れずか。あいつは……一体何であったのだろう。大志が無いようである気配もあった。それにニイテ家一党の皆殺しを企むとは。何か予想はつくか?」
「当然の疑問と存じます。されど……それはあの方を探る質問。既に去られたとはいえ、
ラスティル殿はトークを出てお知り合いのサナダ家へ行かれるおつもりでは?」
「それは、まだ決めては……。
ただ戦友が居ても主の背中を襲った所にこのまま留まるのは気が進まぬ、な。
拙者は、武人だ。お前とダンのは中々面白かったが、基本的に派閥争いは面倒で好かん。戦いに、兵と領民だけを考えていたい。
そうなれば知ってる所へ行くしかあるまい。……悪いか?」
幾らか不貞腐れた様子のラスティルに、リディアは一礼すると、
「
お言葉、至極真っ当にて良きお考えと申し上げましょう。サナダと申す者、ラスティル殿にとっては実に良き所とも。
あの者たち、今も生きているなら大きな領地を持つ野心に燃えているはず。当然良き戦も多い。微小ながらこのケイを手にする可能性さえありましょう。ケイ第一の者にならんとする気概がありますからな。
もしもその野望が叶った暁には、このリディア・バルカが困窮している時お助けくださいますようお願いいたします。と、今出来る限りの恩を売って送り出すのが無難ではありますれど……。
はてさて。これからの話。如何なる場合何者にも他言せぬ。と、お誓いくださいますか?」
聞きたくない。とラスティルは思う。しかし聞いた方が良いに違いなかった。
「誓おう。我が槍にかけて」
リディアは重々しく一つ頷き、
「実の所、少しばかり古い貴族であれば常識であり勿体ぶり過ぎとは存じますが。
あの者たちが大家となればケイ全地と民の先行きは暗い。故にせめてかの者たちが逆らってはならぬ者となりおおせてしまうまで、援助なさらぬよう願いたいのです。
この戦乱の時、己と属する者以外全て敵であると言うのに、親しかったジョイ・サポナ滅亡の要因を少しばかり増やした
「なっ! わ、わだかまりと言うほどでは! ……何にしても笑止。と言いたいか」
「
言われて自覚できるまで不貞腐れた顔を手で掴んで改めてから、
「聞く。知っての通り愚か者なれば見識を伺う機会は逃せん。それで、何故サナダ殿がこの国の主となっては先が暗い。内政の手腕も大したものだぞ」
「良きお答えです。
これは往々にしてよくあると存じますが、貴卿は過去の英傑が如何にして敵を倒し国を興したかは知っていても、その後如何にして保ったかを深く考えた事がおありでない。
本来であればケイ全体を覆うこの戦乱。二代を越える戦いとなってより不透明となるように思えます。しかしコルノの乱が終わりし後、全地において豊作が続き諸侯は兵糧に縛られず済むためか時の動きが速い。……まるで神が早く結果を出すよう思召すかの―――ああ、いえ。失礼。要らぬ憶測を。
つまり、最上の結果であるソウイチロウ・サナダ一代でのケイ統一をしたと致しましょう。ならその後は。
粛清。粛清。良き後継者に継がせる為なら親兄弟、功ある臣下も容赦せず。
これは必要な事ですぞ。さもなければ富と兵の源である土地が分散され、君主の力が減り意思の分裂により内乱が起こる。
しかしこれでさえ賢明で良識を持ち幸運な英傑の話。
凡その者は戦うのに忙しく次代を育て損ない一代限り。古い貴族であれば家臣に教育させてこれを補おうと致します。しかしその古き強大なビビアナでさえ子育てに成功したとはとても。
かように家の、国の存続は難しい。して有能極まるサナダはこの難事、果たせましょうか?」
「それは……まだ、子自体も居らぬはず故分からぬが。果たせる、かもしれないではないか。親としてどうしようも無さそう、では無い。と、思うぞ?」
「よろしい。国を興して更に有能な後継者を育て得る。出来ると致しましょう。
なれば功臣の扱いは? 国が治まれば当然戦いは無くなり、武官は常に文官の指示に従わなければならなくなりまする。
ラスティル・ドレイクなら世の流れを見て意地を押さえましょう。
されどロクサーネ、アシュレイ。あの二人、天地がひっくり返ろうとも戦場の勇以外認めぬ者たちと見ております。更に子が産まれればその者たちも同じになろうと。
特にロクサーネはサナダの子を産むつもりでしょう。親子共にどれ程の厚遇を望むやら。
しかも主君であるユリア。サナダ。共に二人を臣下として見る意識が異様に小さいと見ました。
何と申すべきか……大きな街によく居る、お互いを兄妹と呼び合うならず者の集まり。あれに類する身内意識があるように。
それは決して民の上に立つ者の意識では御座いません。二人の分を越えた行動に対しても、口で咎めるだけで徹底した処罰をせぬ。過去さような事例がおありでは?」
「まぁ、元は村の自警団と聞くからな。……あったし、分かる。……しかし二人は人の意見を聞く人物だ。今も周りに人が居るし、国を起こせれば更に居よう。それでも、難しいか」
「おや。
さればかく申します。本人たちが生きてる内はまだよろしい。名声と、恩義と、情に互いが縛られ。問題が起ころうとも最上の結果になる。との希望を持てます。
しかしそれらが薄くなる次代に残るのは、先代の功績に胡坐をかき広大な土地と兵を持った高慢な子孫に加え、周りに巣食う乱を起こして益を得ようと企む者たち。悪しき条件全てが揃ってしまっている。
サナダの有能さはこの際ほぼ意味をなさないでしょう。優れた内政にて産まれた国の力はそのまま相争う武力として用いられるのみ。
これは過去この地で骨となりし国全てで起こった事。と、申し上げても過言では御座いません。
故に。偉大なる始祖はそもそも争えぬよう無情な決断をなされてきました。
この内乱を如何に上手く収めようと、次の内乱が直ぐ起こるようでは徒労より悪う御座います。ソウイチロウ・サナダはそうなる気配が濃い。
もし。かの者がこの国の新しき帝王と確定した時には。家の存続を求めて忠実な臣下となる道を
ラスティルは、反論したいと思った。しかし道理の通った反論が思いつかない。元から目の前の年下の娘と口で戦えば何をどうしても勝てるとは思っていない。
だが……まずは間を取りたいと思って、
「それが正しいなら拙者に誰の臣下となるようお前は言うのだ。これが試しでダンと言えば奥の部屋からあいつが出てくるのなら、そう言うがな。居ないのであろう?」
「残念ながら。さて……誰の臣下が良いかは結局何を諦めるかとなりますが。
まず負け犬の遠吠えと言われようともトークはお止めします。テリカ・ニイテ一党の能力を最大限見積もってもまず滅びましょう。それとマリオ・ウェリアも気になる点が在るにしてもやはり怪しい。石に躓くだけで致命傷と見ており」
「待て待て待て。トークが滅ぶ? 何故。ビビアナとの同盟が成ると言うのは嘘か?」
「九割がた成りますぞ。しかして以後は非常に剣呑な山登りとなるは必定。ビビアナの不安定さ。疑心。そういった物を知らぬトークとニイテでは必ずや崖から転げ落ちる。持って十年と見ております。
そもそもビビアナの隣であれば家としての生き残りを諦め、犬馬の労を誓いませぬと。
少しでも世を見れる人物ならば皆そう知っているからこその、大軍師グレース・トークの評でもあるのです」
「お、お前。自分たち抜きにはトークが滅ぶようにしていたのか?」
「しかとお聞きになりましたか?」
「は? ……あ、そもそも無理であった、のだな。失礼した。頷ける所はある、が。お前とダンが居ればトークが残ったように聞こえた。流石に言い過ぎと思える」
「勿論。諸侯として残る希望が絶無とは申しませんが、現在の土地を許されたまま残すのも厳しい。あの方には何かお考えがあったようにも思えますが……もはや知るすべ無き事、残念でなりません。
ただし。我らがいればトークの姉妹に妥協する動機を与え得たで御座いましょう。特にあの方は下の者の方が得をしていると公言しておられるのもあって、その当たり異常に上手い。
よって残る大きな所はまずイルヘルミ。良き所と成りましょう。現在このケイで最も才知に長けた君主は、いえ。個人はかの者と申してよろしい。しかもあの者の人材への欲望はおぞましい程。忠義の者を大いに好んでもおりますし、貴方様なら本人が膝をついて迎えるものと。
語り伝えられるが如き英傑を主君とし、千年語り継がれる戦いがしたければかの者です。難点は次の戦でまず死ぬであろう事。それと、貴方様の美貌であれば閨に呼ばれた時どうするか決めておいた方が無難かと」
相変わらずな話の急さについていこうとしていたラスティルの額に更に皺が寄った。
「あまり、派手過ぎる者は落ち着かぬのだが。根が田舎者なのであろう。
しかし残るビビアナは更に派手か。あの者の魅力は分かるぞ。全てを持っている。何より勝者となろう。戦はやはり勝たなければな。
ただし醜い派閥争いがあるし、人材が多すぎて大事にされぬ覚悟をせねばならん。……で、結局何処が良いと?」
「ご明察。ビビアナの所へ御行きになるなら僭越ながらこの身が同道し紹介致します。必ずとは申せませぬが本人に会い、派閥と距離を保てるよう力を尽くす所存。
この場合ビビアナが勝者となりし時に我が一命守られるようお口添えを頂きたく。
さて。結局の話で御座いますが。今後二十年隠棲を考えている小貴族が居ります。
この者、乱世は生き抜いて家を遺した者が勝者と見切っておりまして。その臣下となり、細く長く生きるというのは如何?
一応の領地も御座いますし、乱世なれば盗賊その他の処理は絶えず。或いは付き合い戦に呼ばれし時、筆頭の将として使われましょう」
「に、二十年隠棲? 待て。何か…………あ。
お、お前なぁ! 結局は自分の配下になれと言うのか!? 都合の良い事をよくもそんな重々しく!」
「これより始まるビビアナとイルヘルミの戦い必ずやビビアナが勝つ。とは言い切れぬ物を感じております。しかしこの結果によりケイの運命が激変する事だけは明確。
で、ありますのに静観しようとせぬのでは。愚劣と申し上げるしか無く」
「う、ぐっ。……この話は、そもそも……ああ、どうしたらお前からダンについて聞けるのか、だったか。
…………。しかし、二十年隠棲だと? し、本気か? お前の父上は厳しいと聞くが、流石に数年も経てば許してくれよう。そもそも罪というのが承服しかねる」
「正気ですとも。元はそのつもりであったのです。この乱の先行きが見えるまで十年は確実にかかる。その間に子供を作り、勝者が決まり、欲を言えば勝者が少しばかり困っている時に仕官を願おう。と。
敗者側となれば族滅さえ見える。勝者側でさえ力を見せては同輩、主君から危険視され粛清されかねない。調整は非常な困難でありますのに。
自分の主君を勝者にしたいというのも考え浅きように思えて仕方が御座いません。
同じケイ人。心に病なく、健康な次代を遺してくれれば後は臣下の出来次第が多分にて大差あるはずもなく。少なくとも族滅を賭ける価値があるとは。
更に民の為と言うのであれば疾く服従するが最上。いえ、己の為でも凡その者は服従がよろしいでしょう」
「……やはりお前と口喧嘩は生涯せぬ。自害してしまいそうだ。
しかしだとすると益々分からん。何故ダンの配下になった? 二十年隠棲するのなら少しくらい遊ぶと決めたくらいしか思いつかん。にしては時に己よりあいつを優先しているように見えた。しかも自ら。滅多に無い事では、ないのか?」
「して、お答えは?」
「……ああっもう! 数年前であれば先を見過ぎだ。と、言ったと思うのだがな。
どうやら二人に毒されたらしい。暫く世話になりたい。短くともビビアナとイルヘルミの戦いが終わるまでは。
それでは駄目か? 前々から不思議でならなかったが益々気になっている。餌なら卑怯すぎる」
「餌では御座いませぬよ。賢くなった。と
さて、
帰ったか」
当然ラスティルも家僕らしき者が近づいていたのは気づいていた。しかし意外に感じる。話を途中で断ち切って下僕の相手をするのは目の前の人物がしない類の失礼と思えて。
「はい。見張り台からはもう見えないとの報告が。戻る様子も無いと」
「なら鍵を。ラスティル殿。お付き合いを。いい加減耐え難くありますので」
家僕が牢へ近づき鍵を開け中からリディアが、
「お、おい。父上からの命を破って良いのか?」
焦って言うラスティルに小首を傾げ、
「そのような純朴な態度を取られるとお言葉通り己が陰湿な卑怯者と思えて参りますな。
父上への詳細な手紙を書くのは本日で御座います。トークの対応が確定しなければ書いても致し方ありますまい? 罰もありませぬよ。予定が狂いは致しますが。
そしてこの格子は盾代わり。かの方のような目に合いかねないと言うのに、立場に縛られあの痴れ者へ首を見せなければならない以上、この程度の小細工は」
「し、痴れ者。……やはり怒っていたのだな」
「ふむ。怒り、でしょうか。ああ、まずその文を燃やせ。灰も残さず埋めよ」
老練と見えた家僕の顔に恐怖が浮かんだように見えて驚くも、言い捨て歩き出したので慌ててついていき、
「カルマ殿の直筆となれば使いようがあろうに」
「されどこれから滅ぶ者からの配慮がどのような結果を呼ぶか不明にて」
「……先の返書でも少し思ったが。見たくもないのか? だとしてもあの返書の書き方は。良くできるなあのような離れ業を」
「明察で御座います。しかし返書を離れ業はご見当違い。
元よりトークの
苦労したのはかの方への謝罪を読んだ時でしたな。失笑を押さえるのに必死で。一度背中を襲ったあの方を謝罪の場へ招くなど、殺す同然の難儀と思われますのに」
言いながら風雅、であろう庭の中心まで歩き、リディアが足を止めた。てっきり茶でも飲むのだと思っていたが違うらしい。そして「失礼を」と言って、踊り、なのか。体を動かし始めた。
ゆっくりと、手足と体自体まで捻り、伸ばし。大きな呼吸を合わせて。
「それは何をしている?」
「出会い、少しばかり
人は、特に貴族であれば。表現し難い不快な気持ちを感じるときがあるだろう。
そういう時、人に当たるのは下の下。物に当たるのも優雅ではない。しかも体を好きに動かそうにも難しい時がある。だから体の中にある物全てを吐くように息を吐き、家族がする体操があればそれを。無ければ適当に。
出来れば知らず知らず溜まってる物が減るよう毎夜寝る数時前にするのはどうでしょう。こうすれば嫌な気分が減ると考えれば結構体は騙されてくれる。気がします。と、これを教えてくださいました。
子供の時分には理解しかねましたが、長ずるにつれ有難く感じております。
……あの方は、かような近くの人間へそれと知らせず至宝を下さる所がお有りでした。であるのに、アレは―――と、ふぅぅぅぅぅうううう」
確かにそういう所があったな。と、ラスティルも思う。そしてため息を一つ吐き。
「拙者も真似させてもらおう。実は少しばかり苛立っている」
「すぅぅぅ―――。何を、で御座いますか?」
「すうぅぅぅ。……お前、ではないぞ。先のアイラの言いようだ。曲がりなりにも主君の背中を襲っておいて言語道断と言うほかない。
前から偶に居る愚物のような、『何をしたか』を見ず『自分がどう感じたか』が全てになる時のある奴だと思ってはいたが……よくもああ言えたものだ。近頃は幾らか良くなっていると感じていたのだがなぁ」
「はぁぁぁ―――。おやおや。本日のラスティル殿の口は南方の蜜柑の如く甘う御座います。何時の間にそのような特技を身に付けられたのやら」
「あ、甘い、か?」
「ええ。それと良くなっていた理由は明確で御座いましょう。
ふっ、ふっ、ふぅうう……。しかし。やはり、足らぬ。
さてラスティル殿。かの方はこうも仰いました。可能であれば大声も良いかもです。と」
「は?」
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