グローサへの答え2
「………………。実は、逃げる際に離れ離れとなり、こちらへ来るかもしれぬ者が一名おります」
「そう、それは心配ね。それでどんな意味でも一名、なのかしら?」
「は。―――あ、いや、下僕の子供も一緒の可能性が。……その一名は……。元江賊で民に紛れて話を集められる男で御座います。更に武将としても十分で、船戦となれば稀有の前線指揮官。トーク閣下にとっても貴重な人材となり得る者。ですから、どうか、お許しを」
おぉ。話を集められる。それを言う。
隠していた者の情報を明かして謝罪しつつ信頼を得ようという感じか?
しかし下僕の子。何か、そちらも隠したがっているような。……いや、一緒に出てくるのであればどうでもいい。
「ほぉ。確かに特異な人材よ。ふむ。その者の名、もしやネイカンではないか?」
あ、痙攣したかのようにグローサが。上がった顔には驚愕が絵に描いてあるし。
想像以上にデカイ情報だったのね。シウン、本当に好意を抱いてくれていたのかもしれない。
でも……あの腹黒さんも敵。残念だ。好きなのに。
「まさ……。いえ、その通りで御座いますトーク閣下。失礼を、どうか、どうかご容赦頂けますよう。この通り御威徳に触れ冷静さを保ちかねておりますれば。
……さりながら、誤解なさらぬよう伏してお願い申し上げます。我々に隠した想いは天地に誓って御座いません。ただ、我々は今追い詰められており……どうか、どうかご理解くださるよう……」
声がくぐもり、聞こえない所で口が動いてる……。立て板に水が自慢のお方だろうに凄い驚きよう。ここまでになると私が何で知っていたか言い訳を考える必要が……いや、無いな。馬鹿の考えだ。聞かれたとしても偶々で押し通した方が良い。
「…………すまぬがグローサ。ワシは賢い性質ではないのだ。お主が何を言ってるか分からぬ。
ネイカン殿は未だ行方知れずなのであろう? ニイテ殿もさぞ心配であらせられよう。ワシとしては無事と、出来うればトークの為に働いて欲しいと願うのみ」
「は……はっ! 尊きご慈悲、主に成り代わって感謝申し上げます。テリカもトーク閣下の威徳に満ちた言葉を聞けば、心より敬服するでしょう」
わぁ。ずっと気高き片膝姿勢だったグローサが身を投げ出して。
うわぁ……。カルマさんや。相手が床しか見えてないからって自慢気な表情は……いや、まぁ、素直で可愛いという見方も出来ますが。ただそれ私の渡した情報……いえ、其処で苦々しい顔だと奇妙なんで良いんですけどね。
「ワシは先の戦で名を馳せたニイテ殿が第一臣に其処まで言って貰える者ではあるまいよ。さてグローサ、ニイテ殿によろしく伝えてくれ」
「承知致しました」
---
別室に移ったゆーにまだ二人とも満足気なお顔ですこと。
ま、私にとっても良い流れ。テリカが安心しそうな謁見だったもの。
「流石だなリディア本当に居たぞ。どうやってネイカンの名を知った? グローサの態度からして相当に知り難い情報のはず」
チッチッ。やはりこの質問来たか。リディア、頼みました。
「手の者がテリカ陣営でネイカンの名を聞いたのみにて。運が良かったのでしょう」
「……あたしが受け取った名簿には無かったわよ。連絡をしっかりしてくれないと困るのだけど」
あちゃ。ちぃと不機嫌そう。この批判は考慮に入れてなかった。すまんリディアこれも何とかしてくれ。
「裏を取ろうとしても十分な物が取れませなんだゆえ。グレース殿、もしや我等をご自分の配下だと勘違いしておられませぬか? 例え此度の情報を秘匿しようとも責められるいわれは御座いませぬ」
え、へ? 此処で攻めるの。リディアさんマジ尖ってるっす。どーでもいいなら謝っちゃえーと考えては駄目なのね。
お。姉が前に。
「分かってるとも。妹ともども貴重な情報を教えてくれて感謝している。所でネイカンを隠した理由は何であろう。我等に含みがあると思うか」
「含みも込めて万策の為に土台を据える考えは在ったでしょう。されどそれは当然の知恵。信頼出来る有能さを見せたとも言えます。こちらを試そうとの意識も何処かには」
「同意するわ。……グローサの後を追わせるべきかしら? 加えて何か仕込まれないよう見張るべきか。悩ましい所よね」
「謁見させる気であれば止めた方が無難と愚考を。彼女たちは今不安に苛まれている。見張れば逃げかねませぬ」
「そうだな……命の危険を感じつつ逃げるのは辛い物だ。向こうもネイカンの情報を晒して誠意を見せて来た。ワシはそれに応えたいと思う。良いな、ダン」
おっと。完全に聞くだけの姿勢になってた。
「はい。良いと思います。ただ一党と会う時は、どういった人物かよく見定めてくださいね」
「……勿論。任せて」
グレースとしては上手く行ったと考えてるかな?
私の問題を伏せてる間にテリカと縁を繋いでいこうって所か? ま、何でも良いんですけどね。
これで後はテリカたち次第。どうなるんでしょうねぇ。
******
「姉さん、何か、おかしくない? ダンは……何というか、もっと疑り深い。と、思う。それがこんな簡単に……」
「―――言いたいことは分かる。しかし我らの目的程度リディアからすれば大声で叫ばれたようなもの。その上でと考えれば……ビビアナとの折衝に向けて互いの関係を良くするため譲歩してくれている。とでも判断した方が良い」
「……多分、リディアは相当に反対してる。それをダンが説得した。でないと筋が通らないと思うの。―――あのダンが、リディアに歯向かった。気に食わないわ」
「何一つ確かな事が無いのに軽々な判断をしているぞ。
それに何を謀る? 少なくとも我らを今害する訳は無い。不可能と言って良いし何の利益がある。……一番困る事を考えれば、何かテリカ一党を自分の方へ付ける手を持っていた。であろうか? そして将来両者に領地を奪われる。かもしれん。
しかしそれは仕方あるまい。目の前を晴らすだけの動き以上が一体誰に出来る。千年後、机上の大軍師に笑われるようとも気にはせん」
「……姉さんは、正しいわ。でも、気に食わないの。……何か、用心出来ないか考えてみる」
「あまり良く無いように思えるな。我ら姉妹だけでは考え方がどうしても固まる。フィオも似た考えであるし。
リディアと……恐らく相談相手であろうダンの意見はその点実に有難い。必要だ」
「それも分かってる。大丈夫よ。リディアは駄目だけど、ダンはトークから出て行くわけないじゃない。この乱世、特別な貴族か余程の伝手無しに得た職を捨てるのは気狂いの所業でしょう。しかもあんなに危険を嫌う性質だもの。
……リディアに伝手を出す気が今もあるなら不味いけど、その場合は結局どうしようもない。遠慮は最低限にしないと服従するのと変わらなくなるわ」
「引いていては言いなりになるしかなく。押しては関係が壊れる、か。……はぁ。父と母の時代は今少し簡単な世であった。なんにでも万が一の備えが必要で堪らん。
グレース、欲張らないよう気を付けよ。リディアの反対にも道理があろう。どうしても選ぶなら、ワシはこれから理解しなければならぬニイテ達よりリディアとダンを選ぶ。博打はもうしたくない」
「それは―――いえ、正しい、と思う。……気を付ける。姉さんの言うとおりに」
「うむ。……悩むのも、余りよくないのにな。ああ、そうだ。テリカを配下と出来れば水軍を誰に任せるかという悩みが消えるぞ。有難い話だ頑張ろうグレース」
「あはっ。確かに中々の悩みだったわそれ」
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