シウンとの密談まとめ

「成る程ぉ。間違いないですねぇ。さて今日のお話、非常に有り難かったですわ。グレース殿に感謝の文でも書いた方がいいですか?」


「無用です。全てはシウン様の胸の内だけに。グレース様も私のような者がこちらを伺ったとは決してお認めにならないでしょう」


「くふっ。トークの関与を感づかれテリカの敵となるのがお嫌?」


 勿論トークを敵と認識する者は一人でも少なくしたいですよ。

 が、何よりトークの人に知られたくないの。


「マリオ閣下から見れば未だ猫でしょうが、トークから見れば虎ですので」


 そしてトークが鼠。とは言うまい。顔を見るのも無礼になるご領主を超厄介動物呼びは奇妙奇天烈だろうから。


「あらお上手。本当親子揃って猛々しい家ですわニイテ家は。

 さて。貴方は良い挨拶と言いました。しかしこのシウンは世の悪評通り疑り深い陰険な性質ですの。もう少し具体的に欲しい物を教えて頂けませんかしら?」


 おやまぁ。踏み倒せる借りでさえ動機を知りたいですか。なら我が愚考によるトークの望みえる将来。と、貴方様が感じそうな話をお聞きいただきましょう。


「ではご承知であろう事をくどくど申し上げますと……、

 この乱世が収まるには誰かが圧倒的な力を持たなければなりません。そしてカルマ・トーク閣下がそうなる道は無い。ご本人も一瞬とはいえ大宰相となり、ケイ全土を支配する難しさを知りお望みでさえ無いご様子。

 残る望みは誰かの臣下として家を遺すのみ。その非常に有力な候補は当然マリオ閣下です。そして降伏した者へ慈悲を示すには余裕が必要となります。その余裕がテリカの裏切りによって削られては困るのです。

 もう一つ申し上げるならば成り上がり者への降伏は避けるべきでしょう。そういった者たちは能力があろうとも見識が狭く、トークのような辺境の苦労と国への貢献を書物で読んだ程度も知りません。

 何より大功を上げた臣下への褒美を必要とするため、後から臣下となった者への扱いが厳しいように思えます。

 よってトークが良縁を持つべき相手自体マリオ閣下が最も賢い。そしてこの挨拶をお聞き頂いた時点で最も重要な目的は果たしております。更に褒美を下さるなら、何時かトーク家が存在したままお近づきになれた時、お心のままに。実際これ以上を求めるのはどんな意味においても愚かでしょう」


 よって歴史ある名家にしてケイ第二の勢力であるマリオ閣下へ少しでもゴマを磨りに参りました。と、ね

 私がトークの忠臣なら同じような事を献策する。ご納得頂きたい。

 

「うふぅん? 耳に心地よく、道理が通っているように感じるお話です事。貴方の悪さには感服しますわ。

 ……仕方ありません。多くの気づきを与えてくれた方に不毛な問答と考えましょう。褒美は、この出会いの役立ち方と将来の時世次第。で良いですわね?」


「感謝致します」


「所で、ほんの好奇心なんですけどぉ。貴方の所為でニイテ家が苦難の時を迎える事、どう感じます? 成人もしてない可愛い妹が居るのはご存知? もし不幸があれば……きっと悲しみますよぉ?」


 ほ、わ? 満面の笑み。は、良いのだが。意図が、全く、分からない。答えの趣旨、一つ以外論外では?

 ―――やはり思いつくのは一つだけ。そのまま言う以外どうしようも……。


「迂遠な物言いとなりますが……、以前閣下ご用意の兵糧を子供に盗まれました。当然捕まったのですが、昼間民草の前でとなりまして。すると無関係に思われる若い女が乱入して、哀れではないか。人の心は無いのかと非難を」


 あれは凄かったな。もう遥か昔に思える日々、見飽きた正義の味方の登場場面のようだった。比較的見た目の良いお嬢さんだったし。


「それ、小官の所まで上がってませんわ。こんな時に聞かされると不安になってしまうのですけど、まさか、ですよね?」


「これは失礼を。ご安心ください。即刻盗んだ者たちと一緒に斬首されました」


 御免なさい。配慮が足りませんでした。民の前でアレへ慈悲を与える奴が居たら大ごとなのに。本当の孤児。ちょっと小腹がすいた奴。商人からけしかけられた孤児もどき等々。蟻の前に飴を置いたみたいになってしまう。


「で、その時周りに居た民たちですが、殆どは愚か者と見ておりました。思慮の無い斬首されて当然の者であると。

 文字を読めず史を知らぬ民でさえこの程度の賢さは珍しくありません。

 それは、愚かな者なら可哀そう酷いと一瞬の感情で後を全く考えず行動を起こしますし、更に恥知らずであれば他の人間にも同じ行動を強制しようと致しますが……。

 何か、私の言動にそのような愚かさを感じる事柄があったのでしょうか?」

 

 感情だけで言えばテリカのように名のある方への攻撃は特別躊躇を感じるよそりゃ。私がして良い事なのか哲学的にまで考えてしまう。

 しかし少しでも歴史を学べば、戦争に関わる以上敵は当然友人、家族皆殺しの覚悟が必要だと知る。知らない奴は迷惑だから農業だけやってろとなるでしょうに。

 それを妹が居るから可哀そうって。冗談抜きに不安を……あら、苦笑なされてる? 


「いいえ。咄嗟とは言え正に愚問をしてしまいましたわ。もう、余りに良いようにされて何か仕返しがしたかったんです。それとどうも声が若い方に思えて、こういうのなら反応するかなと。貴方、何歳かお聞きしてもぉ?」


 揺さぶり? 揺れれば何でも良いと仰るか。ならその『凄いですぅ』みたいな笑顔もでしょうか。

 何にしても私へ興味を抱かないでってのは無理なのね。声を変えて話す練習したのに駄目とは悲しい。まぁ、年齢くらいは良いですけど。正体不明になるだけだし。


「お尋ねとあれば。四十を越えております。シウン様の前です。それこそ自分の私情に周りが配慮してくれると考えるような歳では出せません」


「へぇ。貴方随分声が若いのですね~。でも、四十。同年齢。……確かにその落ち着きは若者に無理かしらー。うーん、レイブン殿は偶に戦場の将らしからぬ小知恵が効いてました。知恵を付けてたのは貴方?」


 ……っぶね。体揺れるかと。突然過ぎませんかね奥さん。結婚してるか知らんが。

 狙ってなんでしょうねぇ。


「……私どもがしたのは、グレース様の指示を伝えたのみにて。後はレイブン様がお考えになりました。私のような者、貴方様は勿論レイブン様へも名を名乗れましょうか。シウン様はグレース様の影で私を過大評価なさっておいででは」


「そういった面はあるかもしれません。でも……負けてこんな面白く爽快な事があるなんて驚きです。実は、記憶にある限り初めて人のモノを欲しくなるくらい嫉妬してるんです。

 貴方、この話をグレース殿に伝えたらこちらへ来ませんか? 配下が居るならその者たち全員の面倒も見ましょう。わたし個人でもカルマ殿より良い待遇を用意できますよ~? 何より、小官の方が気が合うと思いません?」


 お、おお。なんと、フェニガに続きここでもお誘い頂いた……?

 出世する気も無い社会の歯車だった私が、支配者である人たちに評価される時が来るなんて。

 リディアを始め関係した貴族たちを考察し、見習うよう努力した成果が出てるか。実に、喜ばしい。

 している事もあの頃とは全く違うから当然ではあるんだが。直接間接に山ほど人を殺し、今も前途ある若者の未来を断つべく動いてる。……私も変わったもんです。


 しかし……本当残念。北方を離れるのはあり得ない。


「……お言葉感動しております。この身をそこまで評価頂けるとは夢想だにせず。

 しかし……我らのような者はせめて必然が無ければ主を変えた時、致命的なまでの不安を感じましょう。それは気が合うシウン様も同じはず。

 至極残念ですが、お気持ちだけ有り難く頂戴いたします」


「う~ん。やはりそうですよねぇ。ま、仕方ありませんか。でも覚えておくといいですわ。トーク家はまだまだ不安定でしょう? もしも潰れた時には小官の所へおいでなさいな」


 これは……幾らでも欲しい諜報の人材と考えてにしても、まず在り得なかろう。

 地面に両膝を付いて頭を擦りつけ、今までより深くお礼をせねば。

 

「下賤の身なれば。お言葉、生涯誇りとなります」


「はい~。本当に楽しい時間でした。すこーし待ってくださいね。物を取ってきますから」


 ……ふむ。物、だけとは思えん。

 と、直ぐにお帰りか。手には重たそうな袋。デコボコとなると、

「これは今日の話への個人的褒美です。どうぞ~」


 重い。多分金貨。遠慮は変だな。諜報には大金がかかる。


「細やかな気遣い感謝の言葉も御座いません。今後ともどうかトークをお願いいたします」


「勿論。同盟を考えられる相手を粗末には。はぁ~、これで終わりとは残念です」


「はい。……シウン様、最後にお願いがございます。配下に後を追わせ、何者かを探ろうとなさっているのなら、どうかお止め頂けませんか。私としても困りますが、マリオ閣下にとっても無用な面倒を招きかねず」


 シウンの笑みが更に深く。

 だよな。

 今まで好意を持ってるのを分かりやすく示してくれたのは、油断させる為でもあったりします?


「あらあらまぁまぁ。世評から当然とは言えこの信用の無さ。悲しくなりますわ。失礼はしませんよ~? でもぉ、どうしてマリオ様にまで面倒だと言うんです?」


「愚考致しますにテリカが本当に宝物を拾い、更に企んでいれば今は相当に気を張っています。当然一番は閣下とシウン様。ここにも何らかの見張りを置いているかもしれません。そんな中、他勢力の一文官に手の者を付けては注意を引きます。

 そうならずシウン様が動きやすいよう、私はトーク家から来る常の者として参りました。また己の言葉に閣下の益のみがあるよう無い知恵を絞りもしたのです。どうか我が意をお汲み取りください」


 お考えですね。十分考えられるでしょう? 此処は本拠地じゃない上に周りに多くの家がある王都ランド。幾らでも見張る手段はある。

 頼みますよ。詰まらない欲をかいて台無しにしないでくれ。

 必勝の戦法は何時だって不意打ち。それを得る最大の好機でしょうに。


「――テリカさん、非常に役立つ方なんですけど……。有能さは時に目障りですねぇ……。分かりました。安心してお帰りなさい。と、言っても後ろを気にするのでしょうけど」


「……他所の間者についても考えなければなりませんので。ご配慮感謝いたします。それでは、失礼を。マリオ閣下、シウン様のご繁栄を心より祈願申し上げます」


「はい♪ 期待して結構ですよ~。わたしも隠れて動くのは中々なんですー」


 期待しておりますとも。貴方の想像より間違いなく多くね。さて一礼して失礼を。

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