オウラン、三部族を支配す3

 ガンホウは……迷っていますが止める気は無さそう。なら許しましょう。

 どんな内容でもこの者の意は多くの者が同じくしてるはず。山で問題が起こるなら戦う準備まで整えてある今が良い。


「どうぞ。多くの者が望む意思ならわたしは何時でも知りたく思っています」


「お許しに感謝を。父がオンラを貴方様の元へ連れてきた後。三部族の力で何をするかです。

 山の南に巣食うケイのスキト家をご存知でしょうか。あれはケイの者どもを支配するだけで満足せず、近い氏族から仲違いさせ、調停し、攻め滅ぼし。我らを下僕にしようと動き続けているのです。

 傲慢な奴らですが三部族の力を持ってすれば兎も同然。略奪するだけでは生ぬるい。打倒し、古き英傑バガドルのように貢物を約束させようではありませんか!

 その戦いの際にはどうか我ら山の部族に先陣をお任せください。オウラン様への忠誠と我が力、必ずや示して御覧に入れます!」


 ―――良い覇気。なんで、しょう。ね。

 山の者なんて皆良くぞ言ったと顔に、あぁ、ああぁ……。配下にも乗り気の者が。

 つい先ほどのわたしの話を聞いていたのでしょうか。勿論聞いていたのでしょう。しかも耳をそばたてて。もう、これだから……。


「……メアリカ。貴方は武勇に自信を持っているようですが、矢を後ろと前同時に放つ事は出来ますか?」


「は? 二本撃つだけなら愚かな子供の遊びですが、前と後……む。水の奴らとの争いがあると?」


「我ら尾を持つ者は何処も同じです。牧草地で争い井戸で争い。部族の者を一つ下せば同じ部族の者は同胞の仇などと心にも無い事を言って弓を持つ。水の住む土地は広さは知っているでしょう。一度手を付ければ幾つの冬を越す羽目になるの事か」


「たかが水の奴ら名を聞く者もいません。一万の兵を誰かに持たせれば十分ではありませんか。それよりスキトを攻め滅ぼせば全てが手に入る! 数百年来である我が山の悲願を達成し、大いなる栄誉を築く機会をお与えください!」


 ああ、失敗です。無駄な言い合いになってしまった。せめて一度否定されて考えてくれれば……これは、駄目ですね。―――さようならわたしの期待。


「許しません。問題と敵は一つ一つ片付けるものです。

 何よりも……ケイと交易をしていると聞いて気づいて欲しかったのですが、今の勢力を知られたらケイは酷く警戒し、交易も難しくなるに決まっているでしょう?

 だからトークに我らを小さく見せようと多大の努力を払ってきました。この交易を結ぶためにわたし自ら領都レスターまで行き、トークの姉妹へ目下のように膝を屈しまでしたのです。

 当然貴方方にも協力を命じます。ケイと接している氏族は極力配下にしてはいけません。わたしが主と知る者も出来る限り少なく。山の部族に変化があるとの噂さえ産まれないように。それもあって此処へは井戸争いの調停という名目で来させました。

 今でさえトークは用心深く我らに向けて町の壁を厚くしている。この上スキトを攻め滅ぼすなどすれば交易も、トークの余った土地に住まわせている者たちもどうなる事か」


 最初は損が無い程度になるよう祈っていた交易が目を疑うまでに上手く行っている。何より季節が狂った時、食料を買える当てが出来たのは大きい。

 布団とかいうトークと組んで作っている物もよく売れそうで未来は明るいのです。何としても続けます。


「何を弱気な! 力は見せる物。スキトを服従させ、文句を言うのならトークも攻めればいい。なのに服従の姿勢を取るなど! 略奪した方が遥かに全てを得られる事くらいお分かりでしょうに!」


 敬意を、示して話すのが苦痛……になりません。自分がどのような者か常に気を付けなければ。


「略奪では手に入るのは一度。それも城壁を乗り越えられれば、です。攻めると言いますが、壁と上から降り注ぐ矢をどうするか考えているのですか? せめて攻めようと言ったスキトの本拠地程度は見たのでしょうね? 

 攻め落とせても何人の戦士が死ぬ事か。そして遥かに人の多いケイは我らより何倍も速く戦う者が増える。

 何より村で余っている分を貢がせるだけならまだしも、ケイの何処かと本当の戦いを始めたら諸侯全てに敵意を抱かせるのですよ。それ以降どんな邪魔が入るか全く予想出来なくなってしまう。先の事を少しは考えなさい」


 理解、してなくは無いように見えますが。したくないという感情が強そう。

 こちらこそ理解出来ません。初陣を済ませていれば一度に二人以上と戦おうとは思わなくなるものでしょうに。


「先を見て死を恐れ、ケイの奴らへ常に背中を見せよと言うのですか。

 遥か父母の頃よりの敵に怯える臆病者が、長などとッ! ―――あっ」


 !? チ、ィ! 剣、をっ、あ、……ジェベ、速いですね。笛を吹いた上でもう抜いて前に。こちらはやっと膝立ち。後で立ち方を聞きますか。


「ジョルグッ背を守れ! 山の者ども。抜かず近づかなければ生き延びられるぞ」


「あの、ジェベ。少しずれてもらえませんか。この者たちの様子が見えません。剣も抜きましたし大丈夫ですから」


「なりません。剣に毒は塗られていませんでしたから、オウラン様を殺せはしないでしょう。しかし傷つけるだけなら出来なくもない」


「毒? そんな物まで調べていたのですか?」


 此処に居るのはわたしの兵ばかり。実際今笛の一吹きで近衛の剣に囲まれている。

 そもそも氏族の長を集めて降伏に来た話し合いの場で毒を使えば、不名誉という言葉でも全く足らない気狂いの真似です。流石に居ませんよ。


「はい。大切なのは手と時が許す限り想像できうる最悪を『無い』と確定させる事。この身は『護衛の者』としてそれを学びました。貴方様をどんな意味でも守るよう頼まれてもいます。ゆえに我が背より出ないよう願います」


 ああ……想像出来得る限り「無い」と確定させる。ダンさんが言いそう。

 そうです、ね。考えれば後を全く気にしない気狂いも居るものです。


「ガンホウに愚か者。その手の剣、抜くがいい。せめて剣を手に死なせてやる。

 ―――抜かんのだな。無思慮に狼へ吠え掛かり、慈悲を臆病と勘違いして厚かましくも更に慈悲を願うか。ならば腰の剣を鞘に納めたまま横の兵へ投げろ。五つ数える間待つ。

 ひとぉつ」


 ふた、ふぅ。ガンホウが剣を投げ、? メアリカが迷っている? みっつ。よ、ああ、ガンホウが奪って。

 本当に理解しかねます。臆病と見られたくないのでしょうか?


「ガンホウ、子犬。これからオウラン様の許しあるまで両手を前に出して見せろ。膝立ちになる事も許さん。……よし。ジョルグ様、背後の守り代わります。オウラン様。お待たせいたしました」


「ご苦労ジェベ。貴方は頼りになる護衛長です。

 さて、どうしたものか。……ゲイエス、あなたの考えを聞きたい。

 わたしが臆病で長の資格無しとまで言われては対処が一つに思えます。そしてガンホウも恨みに思い将来逆らうでしょう。残念ですがメアリカは此処で処し、ガンホウを帰して兵を上げさせるべき、と。

 ただ色々と理解しかねます。わたしは彼を気狂いとは思わなかったのですよ。貴方になら何か分かりますか?」


「ふぅむ。確かにそれが一番よろしかろうと儂も思います。哀れでも無い。このガンホウの愚かさが悪いのですから。

 まぁ、一応オウラン様の今後の為ご説明しますと、」

「あの、貴方恩に着させ方が下手です。ガンホウは当然、子犬さえもしかしたらと感じているでは無いですか。

 それで、何故慈悲を与えるべきなのですか?」


「いや……はっは。こういうのを上手くするのは難しいですな。

 で、何故と言えば、まぁ愚かな子犬は相手を見る事も出来ず吠え掛かるものだから。なのじゃが……。

 オウラン様もお分かりじゃろう? 鼻先の敵に飛び掛からず十年後を考えて尾を丸めるのは非常な難事じゃ。誰もが狼と言うが皆犬。長たる真の狼には中々なれん。

 しかも腹の黒い奴が此処に来るまで散々に雌に毛並みを見せて横に立てと煽り盛らせておる。妻に出来ると思っていた雌がいきなり群れに加わるのも難しい祝福された者と言われても……止まれませぬさ」


 まぁ、分かります。……毛並み、見たかったのに。


「……左手である貴方が祝福された者など言ってはなりません。次は鞭打ちです。

 しかしこの者はわたしが臆病者だと。更には長としての資格無しと言いました。

 見逃して同調する者を出すのは嫌ですよ?」


「少しでもお怒りのようなら儂も殺せと言うたのです。しかし貴方様にとっては心底よりどうでも良いご様子。お慈悲ゆえに勘違いする愚か者たちの命を案じてなさる。ならば、まぁ、コレの今の様子からして後ほど同じように吠え、更には同調するほど愚かな話はまずなかろうかと。

 少なくとも我らは貴方様がそのような小さき氏族の者どもが気にしなければならない場とは、別の草原に居られると分かっております。

 この者たちも分かっていた、じゃろうと」


「それは、尾を押さえて座ったのですから、わたしもそのように。

 では何故? わたしが……何時でしたっけ。とにかく以前倍の兵を持つ長と話した時は尾の動きにさえ気を配ったものです。正直、この程度も言い含めてないガンホウには大分失望しました」


 ま、何ですか面白そうにこっちを見て。変な事を言ったでしょうか?


「ぬふっ。オウラン様には分かるまいなぁ。このガンホウじゃが、若い頃から知恵者と言われております。しかし勇猛との話は無い。

 じゃからそのような自分から弓馬に優れ勇猛な者が産まれて嬉しく、可愛くて仕方がないのです。妹と弟が居て弟の方は親に似た知恵者と聞きましたから、それに支えさせれば良いとでも考え若犬に臆病な賢さを教えておらぬのじゃろうて」


 うぅん? そういう事が……あるようですね。ガンホウの顔の赤さはどう見ても恥ずかしさでしょう。


「だとしても近衛を呼ばれるような真似をするのは……」


「ふ、ぬふふっ。オウラン様、そのお尋ね、鞭打つよりも強烈な、そして良い罰になるのと思うのじゃが。答えても?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る