オウラン、三部族を支配す2

「最後に最も大切な事を。戦うのなら今にしなさい。正面から戦えば慈悲を与えられますが、背中へ矢を放てばお互いに後悔が多くなります」


「それは……ならマアゾンの噂は事実っちゃち?」


「どのような噂かは知りません。言えるのは奴が服従を示した後、わたしの油断を期待して矢を放ったというだけです。

 お陰で戦いに反対したと証明出来ない一族は赤子まで殺さなければならず。……本当に不快でした。せめて幼子は育てようとも考えたのですが、どうもわたしの慈悲を甘さと判断した様子もありましたので。

 ガンホウ。井戸争いの結果は今から伝えます。判断は一月待ちましょう。ここまで話を聞きに来た礼であり、わたしが不快な真似をしないですむ為の贈り物です」


 一月だけでは働きかけられるのは山の部族と、わたしの方からの裏切りが限界でしょう。面倒が増えるケイとの国境地帯までは話を届けられないはず。

 強い敵と戦う事になりますが服従を確固とした物に出来るなら悪くありません。


「……若いのに、大したお人じゃわなオウラン様は。

 その美しさで夫が居らぬのもしゃあなしちゃ。釣り合う者は滅多におらんち。

 しかしわしゃも多くの者を導く身。己の半分にも満たぬ娘殿へ服従するのには抵抗があるっちゃ。頭の固い爺としては、貴方様の意を理解出来るかの不安も。

 そこで一案じゃ。我が息子メアリカを夫に考えて頂きとうと。

 そうすればわしゃはもちろん山の部族に属する者、皆がオウラン様の意を理解し安堵しようばい。それにこの者は身内びいきを抜きにしても良く出来とう。貴方様に相応しい男じゃ」


 ……さて。配下の者たちは……少々殺意を見せ過ぎていますね。良くありません。大げさに持ち上げただけと許すべきか。

 ああ、メアリカの自信に溢れた顔。……これは正さなければ面倒が増えそうです。


「ガンホウ。わたしは貴方を知恵ある者と聞いていたのですが。盲いていたとは残念です。

 二部族の長たるわたしと、半部族未満の長のそのまた息子を同等に扱うとは驚きます。

 抵抗? 不安? マアゾンの話を嘘だとでも思っているのですか? 我が意は絶対の服従です。価値のある相談は喜んで聞きますが、従わぬ者は土に返すだけですよ。

 ……井戸を争っていたのは雲のエクア。貴方でしたね。ガンホウ。裁定を告げます。争っていた井戸五つ全てをエクアに明け渡しなさい。

 返事は約束通り一月後で結構。出来るだけ多くわたしへ抵抗と不安を持ちそうな者を集めると良い。その方が結局は山の未来は明るくなりもするでしょう」


 怒りが目に見えますね。特にメアリカは生きていて初めての屈辱。と言ったところでしょうか。―――駄目かな。いや、まだ、希望は。わたしより数歳上程度なら成長の余地もある……はずです。


「……確かに、確かにわしゃは、戦いで膝を屈しとう。しかし……。

 まるで我が山の部族全てを相手に勝つ自信があるかのような物言いじゃちな?」


「まず勝つ。とは考えていますよ。わたしの方が戦士の数も大分多いですから。

 しかし負かしてくれるならそれも悪くない。……そうですね。負けて再戦し勝とうとも過剰な復讐はしない。と、風と大地の精霊に誓いましょう」


 おや。そんなに驚く事……かもしれません。負けて良い戦いはありません。

 この目つき。……心の病があるとでも思われては流石に困りますか。


「……負けて、死ぬ者どもをどうでも良いとお考えちか? 草原のオウランは慈愛ある長との噂は何かの間違いじゃったか」


「わたしに慈愛があるかは好きなように判断を。

 ガンホウ、わたしは成人する前に長となり。数年後には戦い配下を増やし続けてきたのですが、実は今の今まで負けたと言っていい戦いを経験していません。いえ、苦戦さえ少ない。これは非常に恐ろしい事だと近頃わたしは怯えています。どうもわたしの配下。特に若い者は戦えば勝つと考えはじめているようなのです。

 そして今此処に居る我が配下の者ども。皆、今は尾を押さえて首を見せます。しかし全ての者が貴方が今言ったように娘より若い者に心から従い、協力しようと考えている訳も無い。貴方もそれを見込み戦う時には背中を撃たせられそうなので、今わたしへの怒りを見せられたのでしょう?」


 ―――ふむ。『はい』とは見せませんか。やはり良いですねこの者。

 そして配下の者は……裏切りそうな者は居ないように見える。しかし恥じてる者はともかく、驚いてる若い者は……。全く。必勝の戦いなどあるものですか。


「所詮は若く経験の浅い偶々上手く行ってるだけの若い狼。狩りでは大きく吠えるだけで前に出ず。愚かな狼が疲れてる間に獲物を奪おうという狐が。更には傷つく時を傍で待ち、群れを奪おうとする者が居ると考えなければなりません。

 それは仕方のない事です。しかし、わたしとしてもそのような者に群れを預けるのは不快なのですよ。傷ついた時、共に戦う者を見つけ育てたいのです。

 何より最も恐ろしいのはわたし自身が負ける準備を怠り始める事。そうして一度の負けで全てを失っては裏切者マアゾンの骨に嘲笑されるでしょう」


 さて、山の者たち見える驚きは……何にでしょう。ガンホウの目にあるのは畏怖に思えるものと、疑念、ですか。ああ、畏怖はともかく疑いは分かりきってましたね。


「オウラン様。正直に教えて欲しか。そのお言葉、本心からのものっちゃ? 残りのお三方から指示された通り喋っとうやないと?」


 やはり。指示された通り……では無いと思うのですが。話を聞ければ心強いのに。


「小娘らしからぬ賢さである。と、受け取りましょう。疑念も正しくはあります。わたしはこの三人を始め、年取った者の考えを手に入れようと努めていますから。

 ただ心にあるのは言ったままの事です。若者たちが愚かしいまでに油断しているのも事実です。上手く使う事ですね」


 将来あの者たちに千騎を預けるくらいなら、酷く油断している者たちの何割かが死ぬのも仕方がありま、……尾を股の間に通し、後ろ頭を見せますか。


「オウラン様、わしゃ参りきってしもうた。その御歳でわしゃより賢く。更には何時から準備したのか文字を読める者を育てる遠くを見るお力。草原に精霊より賢さを与えられた金狼が産まれたとの噂は事実じゃった。

 山の長が一人ガンホウ。今までの無礼の許しと。貴方様への服従の許しを請い願うっちゃ」


 本当、に見えますね。他の者たちも悪くてメアリカのように少し驚いてる程度。


「少し、遅れましたねガンホウ。井戸の裁定は覆りませんよ?」


「己の傲慢さを恥じておるっち。井戸五つなんでもなか」


 井戸、に加えて完全に譲らされたと下の不満が大きくなるのも大丈夫ですか。


「……正面からなら戦って負けても、貴方の一族が残るよう努力すると誓ってもよいですが?」


「死で償うのは当然ちゃち考えますが、罪はどうかわしゃ一人で。わしゃの愚かさで一族の者を死なせては子供たちの先に申し訳なさ過ぎるっち。どうかお慈悲を」


 一度服従と決めたのなら望ましい態度。良いですね。なら、最後の試しを。


「正しく考えてるとわたしは思いますよガンホウ。では、貴方の意見を聞かせてください。

 山で貴方と勢力を二分するオンラが此処に出向く事を拒否しています。わたしはどうすれば良いと考えますか?」


 普通の者なら自分の案内で攻めれば良いと言う。それ以上を聞けるでしょうか。


「――――――。オウラン様に愚考を申し上げるち。

 わしゃを使者として送りたもう。オンラとは争いつつも親交があるけん。必ずや貴方様に尾を握らせて見せるっちゃ」


 氏族長自ら。とは良く言いました。……やはり、少し疑っていた通りでしょうか?


「良い覚悟です。しかし『必ずや』は悪いですね。わたしは自分に絶対を望まれたくはありません。故に貴方たちへも望みません。何の考えもせず同じ間違いをしないようには望みますが。

 で、オンラがわたしの元へ来たとしましょう。どのように扱うべきでしょうか?」


 ……迷ってますね。同格の者を連れてくれば自分の下にというのが普通ですが。


「……わしゃがオウラン様の意の使者となれたのは偶々先に来られたからっち。なればわしゃと奴は同じように扱うのがよろしかろうと」


 ―――。良い。非常に。


「素晴らしい。わたしの意と将来を考えてくれているようで嬉しいですよガン、ホウ? ……何か? 口が開いていますが」


「は、あ、いえ。これは、失礼。……お笑いになった顔が、余りに美しゅうて。ぬ、ヌハハハ。いや、オウラン様は多くの意味で無上の長っちゃ」


「……はぁ、まぁ、わたしの顔を見て楽しくなるのなら、嬉しい話ですが。

 所でガンホウ。一つわたしの疑念を推察してください。

 オンラですが使者は寄越しました。しかしどうもその者の態度に不思議な物をかんじたのです。……賢く細かい手を使う貴方なら分かるかと思うのですが?」


 ―――やはり。動揺が目に見える。


「付け加えましょう。わたしは今貴方のお陰で非常に機嫌が良い。それに貴方は今『自分と同じように』と言いました。ならば問題にするほども無いのでは。とわたしは予想しています」


「は、ははぁ。お考えの通りオンラの奴がわしゃより先に来れぬよう、噂を撒いたり、色々な手を。この通り、お詫び申し上げを!」

 

 野心に溢れた小賢しい若者のような手を使いますね。うん。頼れそうです。


「先の提案を出来たなら分かっているでしょう。わたしは多くの氏族を持っている分、氏族同士の争いを嫌っています。オンラへは上手く謝りなさい。

 しかしその分、部族が違っても同じように使い評価したいと考えています。実際に出来ているかどうか後ほど雲のエクアに聞くと良い。

 さて要求ばかりでは不満なはず。願いがあれば聞きはしましょう」


 躊躇いが見えますけど何か……あ、もしかして。


「では、慈悲に甘えて一つ。わしゃ精祝の金狼にまつわる一つの噂を聞いたっちゃ。

 金狼の氏族となった者は祝福を受け、赤子を亡くす親の悲しみが無くなる、と。

 何ちゃない噂と思うた。しかし貴方様なら。もし事実ならどのような功で祝福を頂けますのじゃろう。わしゃ、もしあるのなら一日でも早く……」


 やはり。噂にしてもこう伝わりますか。急に頭が痛くなった気がします。

 はぁ。……面倒でも頑張って正さなければ。


「その噂、酷い物ですね。何とかして消してください迷惑です。

 ただ事実も少しあります。わたしはケイの本と賢人から知識を得ました。その中に出産の知恵があり、様子を見ながら広めたところ年々死ぬ赤子が減っているのです。

 ただし以前の三分の一程度ではありますが幼子となれない子もいますよ」


「さ、三分の一? そんな確かに言うとなら数を前々から? い、いや、何でんよか。三分の二でもどんな優れた呪術師より素晴らしいお話しじゃ。

 どうかその祝福、あ。知恵をお授け頂けるよう仕事を与えたもう」


「良いでしょう。貴方がオンラの元へ行き我が意に添えばオンラ共々与えます。

 詳しくはこちらで用意した産婆と書物で学ばせますが……注意なさい。奇妙で面倒に感じるはずです。長い慣習と違う真似をしますから不快に思う者も居るでしょう。全ての指示に従うのを拒否したのにわたしが殺したと言う者もいました。

 ですからわたしの所では最初から今まで通りするか、新しい方法を試すか選ばせます。今では九割以上の者が新しい方法を選んでますし、雲でも割合的には良い結果が出ています。

 貴方も慎重に知識を使う事です。わたしが山の部族を消すため、赤子に呪いをかけようとしている。等と言いたくならないように」


「何処までも行き渡ったお心に敬服を。改めてこのガンホウ服従を誓いますちゃ」


「よろしい。今夜は宴を共にしましょう。最後に覚えておきなさい。わたしは精霊に祝福された者ではありません。ほんの少しでも賢さを加えてくれるのなら、馬を一万頭は捧げるのですが機会はありませんでした。

 わたしは此処に居る者どもと同じ悩む長。しかも若く愚かな。

 だから経験を持った長を頼もしく思うのです。我が期待、応えてもらいますよガンホウ」


「は……は、い。身に余るお言葉、光栄の至りっちゃ!」


 他の山の者たちも同意しています、か。上手く行きましたね。本当に。

 何よりです。ガンホウの賢さのお陰で「オウラン様! 目出度く三部族の長となられる貴方様に山の部族の一人として、願いが御座います!」


 メアリカ……。意欲に燃えた目。非常に面倒な気配が。お願いですから纏まった物を壊さないでくださいよ。

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