軍議の感想。リーアとダイ2

「それは……言うまでも無き事かと。最も高貴な紫。それに貴族の象徴である銀。共に良き色なのはマリオでさえ異論を唱えないでしょう。

 深刻に気に病みは致しておりませぬが、わたくしの髪はこの通り銀か灰か分からぬ鈍い色。幼き頃より遠目では凡百にて華無く庶人並みと言われております。人の上に立つ者としてはあの者たちの並ぶさまは無上の物。そう、考えますが」


 おや。おやおやまぁまぁ。そうなるのか。確かに民衆へ話す時は遠くからどう見えるかが大事だし、あいつらのケバい色は分かりやすかろうとは思うが……。そりゃ違うでしょ。笑えるくらいおかしい。


「うはっ、はははっ。っと。失礼。しかし……どうも私には奇妙な話に感じて。

 リーアさん、常識を弁えない戯言かもしれませんが、こういう考え方もある。と言うことで久しぶりに一つ、授業みたいな話を聞いて頂けますか?」


 あら驚いておられる。……少し、らしくない事言ってるかな? そうかも。マリオ閣下とリーアが真田を根本的に嫌っていると知って、嬉しくて調子に乗ってるかもしれない。

 ま、よろしかろう。出来れば幸せを御裾分けしたい。


「はい。先生。わたくしは何時でも教えをお待ちしております」


「おやまぁ。実は自分で提案しておいて髪の色を残念に思っておられるのも、そのお言葉も真に受けにくい物を感じているのですが。本心として話させて頂きますね。

 リーアさん、此処に来ている方々ですが誰も彼もが必至です。ある者は欲望の為。ある者は自分の理想を実現させようと少しでも勝ち。一歩でも先へ行こうとしている。雑兵でさえかなりの者がそうでしょう。功を上げ、上の者の目に止まって名を成し何かを得たい、とね。

 そして殆どの者が自分の望みさえ叶えられない行動をしているように感じます。

 マリオ閣下はビビアナとの同盟を拒みました。ビビアナの忠実な臣下となりマリオがあの時あの判断をしたからこそ、我らケイの者は栄えている。ビビアナよりもマリオを讃えよ。そうなる可能性さえあった。何を求めているにしても、成果に対する困難を考えれば妥協すべきと分かっていたのに。

 他の誰もがそうです。戦うより誰かの忠実な配下を選んだ方が自分が日頃口に出してる言葉に沿う。そう分かっていても選べない。少しの違い。自分への過剰な期待。臣下の無責任な応援。色々な物に邪魔されて。

 そんな人々の間では確かに目立ち、強い意味を持つ髪は有効な瞬間があるのでしょうね。

 さてそこで貴方は。此処に居る誰であろうとまず負けない選択の多さを持っていたと思ったのですが。如何ですか?」


「―――はい。確かに。誰の臣下でも。兵を募り強力な領主の居ない領地を手に入れる事も可能では御座いました」


「でしょうね。その中で貴方は庶人の臣下などと言い出し身を低め名を隠し。一方で日々経験を積み力を蓄えている。

 普通その歳だと『自分はこんなものではない!』などと言ってしまうもの。大軍師があそこまで評価されているとなれば、その一人だと言う誘惑に耐えられません。なのに貴方は現状への不満を見せた事さえ無く、得た全てを投げ捨てるのに何の躊躇も無さそうだ。 

 人は多くを欲しがって失敗を増やし、何かを惜しんで損を増やします。庶民でもこの程度は分かっているのです。しかし学べない。なのに貴方は多くを背負って産まれながら己を律しておられる。その年若さで何故そう在れるのか。と、ほとほと感心しているのですよ」


「そのように努めてはおります。しかし今の良き立場は、貴方様が整えてくださった物。わたくし一人で選んだかのように仰られては恐懼に耐えかねます」


「貴方の望みに叶うよう努めはしましたよ。でも私が居なくても大差無かったでしょうに。

 リーアさん、人の間では派手で美しい者が力を持つときもあります。しかしこの天地の間だとそういった者は弱者だ。より多くの子を産むため、毒があると威嚇するため。色々な理由はありますが私の知る限り全て狩られる側。

 虎の毛皮を思い起こしてください。あれは私たちの目には派手で美しく映りますが、住んでいる山の中では太陽の光と木に隠されて非常に見え難いのです。

 近くに居るカマキリでも良いですね。草むらで最強の虫は周りと同じ色をしているでしょう? 彼らは正面から戦っても大体勝てる力を持っている。それでも逃げられたり、怪我の可能性を少しでも下げようと。或いは力を使わない為に見え難い体を持ち隠れて戦う時を選び、奇襲する。これこそ天地が産まれてから恐らくずっと続いてきた強者の法則です。

 そして貴方です。幼いころから今まで。名を知られている者たちに勝てそうでも更に自分を鍛えておられる。しかも誰の意識からも消えるように。

 とても正しいと思います。今強くても明日強いかは全く分からない世の中なのですから。

 勿論、偶然で全てが吹き飛んでも不思議は無い。しかし貴方は人事の最上限でしょう。私としては長く待つ気ならもう少し楽をしては? とも思いますがね。

 何にせよ貴方には選択権がある。獲物を誰にするか。何時狩るか。最も役に立つ者として重用されるか。或いは埋没して平穏を買うか。歴史の流れによっては此処に居る誰よりも選択者となる事さえ起こり得るかも。

 バルカ家の血か、或いは神が与えたその髪は最も相応しい祝福された色ですよ。貴族の中に隠れ、天地の理に即した強き捕食者の可能性を示した物です。

 私が笑ってしまったのも当然な奇妙さでしょう? 貴方は天地が何万年。或いはそれ以上守って来た法則に従っているのに、たかが人間が定めた数百年の法則で残念だと仰るのですから。ご自分の正しさを喜ぶべきだと、私は申し上げますね」


 確かに派手な奴が勝者な瞬間も歴史にはある。だが最も長く、強烈に勝っているのは隠れた奴らだろう。このケイでもそうだった。

 誰もが名を知る帝王は長らくお飾り。真に恐れられてたのはその背後に居る官僚。私の故郷でも同じ。人前に出る奴らは皆ていの良い道具で、本当に力があり好き勝手してるのは滅多に名前が出てこない商人だった。

 ……つーか、大体の人類史で商人が一番気楽で好き勝手していたような。欲望だけに忠実な奴らは自分以外にウンコの処理をさせるのが上手いわ。


「……では、その強き捕食者より更にお隠れであるお方は何者なのでしょうか」


「う……ん? あ、私? わはっは。答えはご存知でしょうに。どうぞ言ってください」


 お。ごっつ珍しい微笑。今日は珍しい物をいっぱいみられる良い日だね。この世に二人だけの奴は除いて。


「ふ、ふっ。お答えいたします。『隠れるのは強き者だけではなく何の力も無い虫けらもです。獲物を狩り、腹を満たした後は虫を飼う事を考えてはどうでしょう』

 かようにお考えと存じます。無礼の点は平にお許しを」


 百点満点。口調までそっくりだ。質問が簡単すぎたね。


「流石リーアさん。明察です」


「恐悦。所で聞く所によるとあのイルヘルミは臣下を褒める際、過去の英傑を引き合いに出すのだとか。それ程の者になれると言って発奮させたいのでしょう。

 しかし貴方様は……天地の理に即していると仰る」


「へー。良い褒め方なんでしょうねぇ。具体的で求める姿が分かりやすい。しかし学が無いと無理ですねそれ。忠義者と褒めたいのに不忠の人物を出しては洒落にならない。彼女との能力差がでちゃいましたか」


「あの者も見方によれば成り上がり者ですゆえ。何とか新しき臣下からの忠誠を得ようと日々褒め方を考え書き連ねているのでしょう。わたくしには貴方様の教えこそ得難い物で御座いましたが。

 師よ。実の所弟子は臣下となって後、お会いする時も少なく残念に感じておりました。

 しかし此度、机を並べる機会を得ております。是非、折に触れ以前のように話をして頂きたく。お願い申し上げます」


 ……へ? え、えぇぇ。雑談は当然させて頂きますけども。しかし以前のようにって自信が。それに、

「どうか我が願い真に受けて頂きたく。加えて今まで一度も御座いませんでしたが、もし興味の薄いお話しの時にはさよう申し上げればよろしいと考えます」


 ―――そだね。今度は心配をズバリ賞。降参だね。


「そこまで言ってくださるなら。浅学非才の限りを尽くします。

 なら早速何か……そうだ。これからは戦場暮らし。蚊が気になるかもしれません。少しでも苛立ちが減るよう、蚊が居ないと水が汚れる。という話は……」

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