トークの対応会議・表

 リディア様は実に賢く耳の良いお方だ。

 グレースからアルタ・カッチーニの処刑を確かめたとの連絡は三日前。そしてケイ南部から『文』が届いたとの招集を受け裏会議開催となった今が十五日後。

 情報の精度と早さ、その後の展開まで全て的中と来ますか。当然、八割バルカ家の力なのだろうけど……頼もしくも厄介な。

 一時期増えたと聞く草原族に来るケイの商人の内数人は、やはり彼女の手の者と考えた方が良い。ジンさんは外縁で全て追い返したと言っていたが改めて注意を促しておこう。

 それはさておき今はグレースの司会を拝聴しますか。


「皆も分かっているでしょうけど文はマリオからの物。かいつまめば『今ビビアナを倒そうとせぬ者は彼女の下へ行き足を洗え。覇気ある者は連合軍へ参戦せよ』ですって。一月後。集合場所も明記してあるわ。来れないとは言わせないとばかりに河の渡し場付近よ。

 さて、皆の意見は?」


「勿論全軍での参戦だ。かつての屈辱を晴らし、最大の敵を諸侯の援軍つきで倒せる絶好機。迷う理由が何一つ無い」


 グァシィ! と握るこぶしから熱気を感じる。流石の筋肉さん。レイブン、フィオまで深く頷いてる? 頭脳担当のお前まで筋肉は……。


「全軍の参戦は難しいッスよ。トークは唯一ビビアナの退路を脅かせる領地。せめてビビアナを躊躇させないと利敵行為に近くなってしまうッス。何よりアイラ殿を南部の諸侯に合わせてはどんな面倒が起こるか。

 残念ながら小職とアイラ殿は留守を守るしかないっス。皆様の戦功を祈るッスよ。

 ああ、ダンは同行して戦いを学んで来いッス」


 おやぁ。私とアイラを引き離そうというお話しでしたか。ついでに死んで欲しいとなってません? 面と向かって言う以上冗談の範囲だけどさ。

 あ、でもカルマが苦笑してるし、希望ではあるのかな。


「リディ」「事はトークの命運を担いますので、外様としてはご意思に沿いたく考えます。御卓見を拝聴したくグレース殿」

「このご時世何時でも命運を担ってるのに何がご意思に沿いたくよ。貴方たちほんっと……」


 そいつは言い過ぎだぜ彼女。毎回意志に沿ってるじゃないですか。『こちらの意見通りにしなければ死ぬよ』とチラつかせてるだけで。


「参戦をするわ。ただでさえビビアナと敵対してるのに、更に諸侯から敵と思われたら道が完全に無くなってしまうもの。

 でもフィオの言う通り全軍なんて無理に決まってるでしょう。領地は治まりきってないし、草原族の者たちを完全に信用した訳じゃないでしょうねガーレ。出来れば一兵も外へ出したくないくらいなのに」


「ワシとしても自ら兵を率いて参戦し、諸侯の前でビビアナの首を取りたい。しかしビビアナを取り逃がしそうな気配も感じるのだ。

 何せ主軍であるマリオの領地はビビアナの本領と距離がある。出来るだけ少ない被害で王都から追い出し、西と南に領地を広げようと兵の温存を考えても不思議はあるまい。

 ビビアナの退路を断つには水軍だが、我らの水軍はオレステとウバルトの水兵を出来るだけ集めてやっと作った烏合の衆。敗残兵を抱えた相手でも大した働きは期待出来ん。

 何よりまず山賊子爵チエンを討伐してビビアナと隣接し戦う体勢を作りたい。故に軍を送るとしても千程度の一隊が良かろう」


「それでは諸侯に笑われてしまいますぞ。せめて五千の兵をこのガーレにお与えを。それだけあればマリオが怯えるほどの働きをして参ります。足りぬ分の兵は、あー……。そうだ。おいダン。お前がオウランをその口で何とかして兵を出させろ」


「あ、こやつ! 山を本拠地とするチェンを討伐するならお前の歩兵が主軍であろうが! ここは騎兵の某にお任せを。足りぬ分の兵はダン、お前が口で何とかしろ」


 君たちの欲望の為にオウランさんへ面倒を掛ける事は、天地がひっくり返っても無いから。とは言えないので、

「そんな交渉出来ませんよ。護衛長様はずっと小さな問題の処理に追われて不機嫌と聞いています。呼ばれてもないのに近寄って骨を折られた上に皆さんから馬鹿と言われそうな真似嫌です」


「あたしとしても今ジンの面倒を増やす気は無いから。二人とも黙ってなさい。それで、ダンとリディアの意見は?」


 私から言う事は何もありません。では先生、お願いします。


「我らの考えもカルマ殿と同じで御座いました。つきましては一案を。わたくしと我が君。それに騎兵を少々と新兵を連れ、兵の鍛錬をしつつ連合軍の兵站輸送関連と事務を担えるよう願うのは如何。ただわたくしが知人に会うと面倒が予想されますので木を隠す為、全員にこちらの頭巾で顔を隠すよう手配を。

 当然諸侯の前に顔を出せませぬ。よって統率者に其処で行きたいと言うのを我慢なさっていたラスティル殿とレイブン殿を。

 雑多な諸侯の集まりともなれば兵糧の管理は煩雑を極めましょう。少々の兵を連れて行くよりもマリオは喜ぶはず」


 あら姉妹の目つきに疑惑が少量。今回は二人へ何も企んでないの、

「は、な!? な、何故某を選ぶ。ラスティルが行くなら十分ではないか」


「あ、馬鹿」「レイブン殿。我らだけで諸侯の前へ出しては、向こうの様子さえ正しく伝えぬのではないか。と不安を抱いている主君の様子くらい察するべきですぞ。

 うむ。連合軍の戦いは数か月に及ぶはず。お望みでしたら今少し考え深くなるよう、わたくしが人を変えて差しあげますが?」


 うわぁ。何か今、言い方がおどろおどろしかったような。


「ひ、人を、変える? 結構だ! いや、だが、別にガーレでも良かろう」


 あんなやる気だったのに……。あ、はい。私の出番ですねリディア様。


「レイブンさんが良いかなと思ったのは私なんです。前回ガーレさんを一騎打ちに選んだので、今回喜んで頂くのはレイブンさんが公平と思いまして」


「は? お前某に恨みが……あるのだろうな。にしても喜ぶは意味が分からぬ。兵糧の運搬と護衛を喜ぶ奴が何処に居る」


「それは確かに詰まらないかもしれませんね。でも、場所は諸侯が集まりケイの歴史を定める一大決戦の場ですよ。見物の戦いがきっとあります。もし無くても名を聞いた事がある戦士とその鍛錬を見る機会くらいは。……運が良ければ一緒に鍛錬する機会だって。如何です?」


 驚きからのニヤケ面。……好き者ね。あれ? 姉妹のお顔に非難の色を感じる。理不尽な。戦わず見物に行くと思えば誰だって行きたくなるでしょうに。


「おいダン。その面倒な奴より俺の方がお前の話を聞く。だから俺にしろ」


 ほれ見。誰でもこうなる。しかし筋肉さんが話を聞く。ああ、聞いたけど却下てか?


「黙れ。選ばれたのは某だ。しかし……二人が隠れるのなら、某が他所の諸侯との交渉をするのであろう。リディア殿が何か指示を出しても上手く言うのは無理だが、良いのか」


 失敗を恐れてお伺いをたてる新人みたいな事を。……私もこの姿勢で行くかな。


「元より諸侯へ何かをする気は御座いません。当然の敬意を払い一指揮官としてあって頂くのだけを望んでおります。では、この四人でご異存ありませぬかカルマ殿?」


「……ああ。今日はこれで解散して良かろう。もしより良い考えが浮かべば又相談だ。それとガーレ。お前にはチエン領の攻略を準備させるから諦めろ。ワシだって他所の諸侯を見るだけで良いなら行きたいのだぞ」


「御意。残念ですが」


 良し。まずはこれで良い。後は、

「文官の皆様は少しお残りを。連れて行く文官の人選を相談させて頂きたく。誰かに聞かれるのはまだ早う御座いますから」


 と、言う事で本番だが、まずご退出の筋肉担当の皆様を見送りましょうか。


「無理なのは分かってるけど僕も行きたかったなぁ。ねぇラスティル、レイブン、強い奴探すんでしょ? 帰ってきたら教えてね。負けそうな奴が居たらどんな鍛錬してたかも知りたいな。勿論、兵の使い方とかもお願いね」


「……アイラ、その負けそうな奴というのは、もしや『己が』という意味か? だとしたら残念だがまず居らぬぞ。かなり旅したが拙者と互角の者でさえ数人しか会えなんだ。馬術も含めてしまうと騎兵が売りのサポナ殿の所にも居なかったから……北方遊牧民と血を交わすまでに親交があり、ケイ最強騎兵と名高いスキト家でやっと期待出来るか?」


「えー。居るよきっと。個人で居なかったら連携の良い猛者でも良い。ガーレとレイブン二人同時より強いの探してきて」


「……名のある武人複数相手に勝つ為の鍛錬は気狂い沙汰であろう。いや、お二方。落ち込まずとも―――仕方あるまい?」


 ほぅほぅ。戦士の皆さんは楽しそうね。出陣後もその調子でお願いします。その方が都合が良い。

 さて、本題だが受け入れて貰えるか。何もしなくても真田はビビアナに潰されると思うが、自分の手で首を落とさないと不確実になってしまう。しかし私の出せる要素が無いんだよな。お三方の英断に期待して……せめて祈っとこ。

 ―――祈る。……神、か。私が肉体まで変化してこんな所に居るのなら、居る以外考え付きもしないが。しかしそうなると真田を用意したのも同じ方になる。

 ……やれやれ。どんなお考えなのですやら。触れるも恐ろしい以外何も分らんね。

 お願いだから世界中に真田みたいなのをバラ撒いてたりしないでくださいよ。クソ野郎は私とあいつの二人で既に許容範囲を越えている。

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