アイラに出す交換条件

 リディアの予想より十六日後、又も早馬の到着とその報告が直ぐに街中へ伝えられた。

 何と! カルマがケイ帝国の頂点宰相。を飛び越えて、三百年何人も成れなかった伝説の役職大宰相となったのである。

 空前の出世、領民皆で喜ばなければなるまい!

 という訳だ。

 それに伴いカルマの仕事が急増したためフィオが8000の兵を伴って王都に行き、リディアが残留組のトップとなるのが告げられた。

 客分であるリディアがトップにならざるを得ないまでにランドでの人材が足りてないってこったな。

 凄いわリディア、予想日数ドンピシャ。

 客分でトップになっちゃう貫目かんめに関してはもう何も言えない。この局面で謀反的な動きをして無駄に注目を集めるような真似、彼女に限ってあり得ないとは思うからそーいう意味では正しい人事なのかも。


 街中がお祭り騒ぎとなっており、見知らぬ人から何度も『目出度いな!』と声を掛けられた。

 その度に多大の労力を費やして笑顔を作らなければならなかった。

 流石に同情を感じている。

 街の人とカルマに。


 この国で圧倒的に強い領主が、自ら血を浴びつつ国の為か権力の為か王宮に攻め入った。

 生半可な決意じゃなかったはずだ。まず在り得ない話だが失敗すれば確実に破滅するのだから。

 しかしそれだけの覚悟でやってみたら二週間後には名前を聞いた覚えすら微妙な辺境の伯爵が、自分の成りたかった宰相を越えた地位に居る。

 「は?」ってなって当然だよな。

 さぁ、こいつはどう思い、どう行動する?

 想像を超えた理不尽。欠片も納得出来ない結果。誰を、どれ程恨む?

 全てがカルマの死へ直結する。ついでにこの領地も制圧されて大変な事になる確率が高い。

 しかもそれはこいつ、ビビアナ・ウェリアだけじゃない。

 当時ザンザは大将軍であり、主な武闘派貴族に粉を掛けてたはずだ。

 そいつら全員が、カルマが大宰相となった結果に大小の違いはあれど怒りを抱いている。


 はっはっは。すんげー状況だぜ。

 カルマとグレースだって幾らかは気づいてるはずだ。

 しかし突然の大出世で判断が壊れてる上に自分が権力を保持したまま、ケイ帝国の威信を使って何とか出来ればって思うよねそりゃ。

 誰だって自分が手に入れた地位を手放したくない。

 我が故郷にも人並みの知能があるか怪しい、TPOを考えられないヤベーのが環境大臣にずっと居たもの。

 

 カルマはもう絞首刑台の上に乗って首に縄を掛けられている。

 例えここレスターに帰って来たとしても、山ほどの領主に憎まれている彼女はこれからの乱世で孤立無援となるだろう。

 誰も救えない。しかし私なら可能性がある。援軍を紹介できるからね。

 そしてその時には……どう絞ったもんかな。リディアという要素が実に悩ましい。


---


 カルマの大出世が知れ渡った夜、夕食を食べている眼前のアイラの表情は暗い。

 私の予測を心配しているのだろうか?

 周りがお祭り騒ぎだっていうのに、この表情では何なんだと思われたのではなかろうか。

 黙ったまましばらく食べていると、アイラが凄く重そうに口を開いて、

「ダンが言ったとおり、カルマが凄く偉くなったって……」


 うっ。この人から聞いた記憶の無い暗い声音だ。

 ここまで私の言葉を重くとらえていたのか。

 普通に考えれば、まだ目出度い話なのだが……。


「ダン、カルマ達はこれからどうなるの? カルマが偉くなったらダンは続きを話すって言ってただろ?」


 この暗くなってる顔を更に暗くするのは流石に嫌である。

 しかしそんな甘えを言っても誰も幸せにならん。

 ので、話す。リディアから聞いた通り、悪事を行わずとも悪評が立ちそれによって諸侯達が軍を起こす可能性、そして私が考えてきたどれだけ諸侯達が恨んでいるかという話を。


「……君はカルマがどうなると思ってる?」


「このまま行けば国の真ん中に居るのですから、全方位か、一か所に集まった諸侯の連合軍により攻められ、圧倒的戦力差に押しつぶされて死ぬかと」


「……」


 うおぉ。なんてこった。黙って俯かれるだけで辛い。

 かなり鍛えて来たと思ったのに……。

 しかもこの上支援の継続料金を支払えと言わなければならないのだ。

 こーいう辛さは想定してなかった。

 が、ここで引いていては今後生きていけん。

 

「アイラ様の助けを得られるなら、私は幾らかトーク閣下を有利な状況に出来る考えがあります。具体的には草原族のオウラン様が部族内での勢力争いによる戦いを始める寸前らしいのですが、これに参戦し助けて頂けないでしょうか。

 これが以前、助ける準備の為一度働いて頂きたいと言ったものです。全てが予想通りとなった時、草原族と縁を繋ぎ背中を安全に出来れば大きな力となるでしょう。あ、一応戦況は五分と聞いています。オウラン様がより少ない犠牲で勝つ為に行って頂きたいのです。……オウラン様はご存じですか?」


「名前だけは。でも……領地の背後なんてカルマがランドに居たら意味ないじゃないか」


「私がアイラ様に連れられてトーク閣下にお会いした時、一応の対処はしましたので、それを試してみようかと」


「! ……出来るの? 帰ってこさせられるの?」


「さぁ……。私が言えるのは皆無ではないとだけ。それでどうなされますか? 行かれるとしたら誰にも言わず、お一人で行って頂かなければならない。向こうで見聞きした事は私を含め誰相手でもお話しになっては困ります。縁を繋ぎたいオウラン様がご不快かもしれませんから。

 加えて今の内に申し上げます。もしも本当に悪い評判が立った時。つまりは諸侯により攻め滅ぼされそうな状況になった時、又お願いを申し上げます。それを聞いて頂かなければ私は動きません」


「ダン、教えずに動けというのは、意地が悪くない?」


「私としては仕方が無いのです。勿論選ぶのはアイラ様ですよ」


「……最初から行くつもりだよ。ダンの話に僕は間違いを見つけられない。本当にそうなったら、皆助けられないから……。……だけど、もしもの時はカルマを助けてくれないと、怒るからね」


 ……抵抗のしようがない程強い人にこう言われると怖いね。震えがくる。

 だが少し勘違いをしている。それは正してくれないと話を続けられない。


「アイラ様、私は最初から必ず助けられるとは言っていません。マシに出来る程度です。しかもトーク閣下が私の言葉に従わなければ無意味となるでしょう。その時お怒りになって私の責任を追及されても困ります。

 ちなみに私の言葉をトーク閣下が聞かなかった場合逃げるのをお勧めします。貴方様が助けに行っても殆ど意味が無いような状況になるはずなので」


「うん……分かってる。言い方が悪かったごめん。忠告は有り難いのだけど……僕はそんな簡単に逃げる気は無いな」


「逃げない、ですか……まぁ、その時になってみないと分からないでしょう。どれ程になるか分かりませんし。それで、オウラン様の所へ行って頂けるのですね? 誰にも言わずに?」


「うん。何時行けばいい?」


「そうですね……バルカ様にアイラ様が二週間程居なくなっても良いか聞かなければなりませんのでその後で。ただ、この戦で無理はしないでください。アイラ様の命の方が大事です」


「大丈夫。……心配してくれて有難う。嬉しいよ」


 ぬぐぅぁっ……。

 少し無理に作ったような笑顔が、き、きっつい。

 だけど、怯んじゃいけない。

 頑張れ私。カルマが今後生きて行くために必要なのは本当だ。


「お礼はお止めくださいアイラ様。ただ約束致します。アイラ様が協力して下さる限り、私はトーク閣下の命を守るべく努力すると」


 私の言葉に頷くアイラを見て、又脈拍がおかしくなった……。



 辛い夕食の後、草原族と連絡を取るため静かに家を出る。

 相手は顔だけしか知らない偶に護衛してくれてる兄さんだ。


「何かお疲れですかダン殿」


「ああ、こちらの問題ですから気にしないでください。それで、オウラン様の勢力拡大に必要な戦の準備は出来ているのでしょうか?」


「はい。言って頂ければ一週間程度で整うでしょう。どうなされますか? オウラン様は貴方の言葉を待つおつもりです」


「有り難い。では準備を始めて下さい。援軍はアイラ様一人です。一週間以内にこちらを発って頂こうと考えています。それとこの文をオウラン様に」


「武将一人、ですか。アイラがどれ程の物か私は知りませんが……いや、私が判断する事ではありませんな。確かに伝えます」


「多分大丈夫だとは思いますが、もしアイラ様が行けなくても始めて下さい。カルマの大出世という話題に、恐らくは全土のケイ人が注目しています。今なら横やりも入りません」


「確かにこれほどのお祭り騒ぎならば。分かりました。他には何か?」


「アイラ様が居ない間の護衛を……いや、却って注目を集めかねないか。私はアイラ様の家に引き続きいます。定期的に居るかどうかだけ見て下さい」


「家の中に誰かを入れて守らせましょうか?」


「いえ、出来るだけ私は貴方方と疎遠であるように見せたいのです。多分、大丈夫でしょう。誰もがカルマと自分のことで忙しいはずですから」


「分かりました。他にありますか?」


「ありません。オウラン様によろしくお願いします」


 後はリディアに確認か。明日の夜だな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る