フォウティとマリオの同盟2

 カメノ州を支配するオラリア・ケイはフォウティの兵数を知ると、野戦を避けてペルガモ城に兵を集め守らせた。

 フォウティはペルガモ城を包囲したが、要害として有名なこの城を直ぐに落とす方策は無く、持久戦となっている。


 ―――おかしい。

 ペルガモ城に手間取っているが、それは最初から予想された事。

 全ては順調、いや順調すぎる……。

 俺が敵ならば、ペルガモ城の手前にあるダキア城にも兵を置く。

 そうすれば掎角きかくの計となり、どちらを攻めても片方が後背を突きつつ連動して戦える。

 勿論、俺なら打ち破れる。だがそうする方が上策だ。

 この程度の戦術を思いつく奴が居ない訳でもあるまいに……。


 しかし、現実として敵は全軍ですぐさまペルガモ城に籠った。

 既に援軍を呼んではいるだろうが、今のままなら援軍が来る前に城が落ちかねない。

 それは相手も分かっている筈であった。


 ―――違和感があろうとも、俺に出来るのは少しでも早く城を落とすだけか。

 そうフォウティは結論を下した。

 拙速は巧遅に勝る。

 誰がどんな策を考えていようが、それを上回る速度で終わらせてしまえば良い。


 結論を出したフォウティは、早速夜の闇に紛れてペルガモ城の備えを見て回ると決めた。

 早く落とす為には何より相手の備えを確認しなければ始まらない。

 月も殆ど出ていない闇夜であり、この闇の中なら一人の方が早く安全に思えた。


 フォウティ・ニイテは気づけなかった。

 自分が陣を出た時、陣のあちらこちらで松明を持った者が動いたのを。

 そして、それがペルガモ城の一部からよく見えていたのも。

 ただこれはフォウティに酷な表現となる。

 ペルガモ城の高い所から見なければ、気づくのは不可能だったのだから。


 ペルガモ城に着いたフォウティは馬から降り音を立てないように気を付け、木や岩で自分の姿を隠しながら城のすぐそばまで近づく。

 見終わった時には後数日で落とせるとの確信を手にしていた。


 ―――勝った。

 どんな最悪の想定でも数日は時間の余裕がある。

 此処を落とせば後はペルガモ城を拠点とし、じっくりとカメノ州を切り取って行けば良い。


 そう考え自信の笑みを浮かべたフォウティが陣に帰ろうとしたとき、遠くからマリオの兵と自分の兵が松明を持ってこちらへまっすぐに走ってくるのが見え、

 勝利の高揚が一瞬で死の恐怖にとって代わった。


 ―――馬鹿な! 暗闇の中一人だからこそ、こんなに寄って調べたのだぞ!


 松明の光で照らされれば、敵は矢の雨を降らしてくるに決まっている。

 フォウティは必死になって声を出して咎めるのを我慢し、咄嗟の判断で松明とは逆方向の林に走りこもうとする。

 その判断と速度は流石歴戦の将と言うべき素晴らしい物だった。

 

 それでも間に合う可能性は存在しなかったのだが。


 神ならぬフォウティに知る由も無い事である。

 ペルガモ城ではフォウティが見て回っている時から、主将のザマに率いられた全弓兵が四方の城壁上全てに息を潜めて待機していたのだ。

 確かに闇夜の中で一人の人間を見つけるのは難しい。

 だが、明かりによってどの方向に人が居るのか示してくれれば話は別である。

 闇夜の中、数百の矢が正確にフォウティの居る場所一帯に飛び、更に飛び続けた。


 フォウティは対処しようとする。

 超人的な技術と、彼が最上と信ずる白虹の剣によって矢を防ごうとした。

 全身全霊を込めて林に向かって走り、音を頼りに矢を払い落とす。


 勿論無駄だった。

 飛んでくる矢が見えない闇夜、たった一人の状況、数百の矢。

 どれか一つでさえ絶望的なのに、全てが揃っていては。


 もっともフォウティが配下を伴っていたとしても状況は変わらなかっただろう。

 ザマは盾を持った配下が居るのを想定して、必死の状況を整えていたのだから。

 フォウティが一人だったお陰で、配下が死なずに済みニイテ家は幸運だったと言えなくもない。

 誰一人喜ばない幸運ではあったが。


******


 フォウティが次に気付いた時、彼は幕舎の中に居た。


 全く力が入らない体、自分の手を掴む娘、周りを囲む長年の臣下たち。

 生涯で最大の失望が彼を苛んだ。


 ―――ならぬ。今は嘆く贅沢が許される時では無い。

 俺には娘たち、配下たちに伝えなければならない事がある。

 意識を取り戻させてくれた神に感謝を捧げたい所だが、それも贅沢だ。


「テリカ、江東以来の臣下以外全員を外に出せ。誰にも話を聞かれないようにしろ」


「父上! 気づいたの!? 父上は、矢に射られて、ペルガモ城で倒れていて、それでメントが必死になって……」


「黙れテリカ、早くしろ。時間が無い」


「い、嫌! 時間は幾らでもあるわよ!」


 テリカは取り乱していたが、臣下のジャコは冷静だった。

 いや、命令を守って冷静さを示そうとしていた。


「フォウティ様、人払いが終わりました」


「おお、ジャコよ。お前が仕えてくれたのが俺にとって最大の幸運だった」


「は……有り難きお言葉」


「すまぬが、この馬鹿の口を塞いでどかしてくれ。話さなければならない事がある。皆の者、出来るだけ近くへ」


「ち、父上! 嫌よ! アタシは黙らない、ムグゥ! ムグゥウウウウ!」


「俺を射たのは恐らくザマだろう。何本か特別強い矢があった。あの城に居る中で他の者は思い浮かばぬ。だが、それはどうでもいい。それよりも、これは恐らくマリオ・ウェリアとシウンの謀略だ。闇夜の中俺に走り寄って来た松明、その瞬間降って来た矢、あまりに出来過ぎている……グッ」


 直ぐにメントが黙ったまま水を差し出すが、フォウティは首を振って拒否する間も惜しみ話しを続ける。


「だが、決して仇を討とうとはするな。今勝機は無い。直ぐに退却し、領地を守れ。あるいはマリオを頼る事も考えよ。奴は自分が仇であると俺たちが考えているか、確信を持っていまい。生き残る為にはそれしか無いかもしれぬ」


 この言葉が発せられると同時に、テリカを押えていたジャコは振りほどかれた。

 それ程にテリカが振りほどく力は強かった。


「嫌よ! アタシは今すぐに仇を討つ! それを頼れだなん、離せジャコ、メント! お前たちは悔しくないのか! はな、ムグ、グゥ!」


「ジャコ、メント。大変な苦労だろうが、俺の子供たちを頼む。例えこいつを斬ってでもニイテ家を生き残らせてくれ」


「「我が身にかえてでも」」


「まって父上! ビイナは!? 一言も言わないなんて! それにフィリオもよ! もう一年は会ってないでしょう?」


「ああ……それは本当に辛い……。二人に言いたい事も、教えたい物も山ほどある……だが、これからはお前が教えなければならない。テリカ、軽挙妄動をしてはならぬ。俺の娘では辛いだろうが、二人の言葉をよく聞いて自重せよ。何を犠牲にしてでもニイテ家を生き残らせるのだ。誓え。俺に安堵を与えてくれ」


「―――ッッ!! わかった……わ。例えマリオに跪いてでも、二人を、父上のニイテ家を守るから」


「よく、言った。今、白虹はくこうの剣はお前の物だ。欲しがっていただろう? 本当はもっと剣の使い方を教えてやりたかったが……」


「アタシが、一番欲しかったのは……剣じゃなくて、父上の教えだったの……剣だけじゃ…………ッ」


「そうだな、済まぬテリカ。そして心して聞け。軍師を傍に置くのだ。俺は自分を過信し過ぎたし、物の見方が狭かった。故郷に居た知恵ある奴も面倒だと付き合いを絶ってしまった愚か者。お前はそんな俺に似ている。もっと広く世を見られる、信頼出来る相談相手が必要だ。誰か、そんな奴が居ないか?」


「―――居るわ。友が、グローサ・パブリが居る。彼女はアタシより賢く、彼女に裏切られるのなら後悔は無い」


「おお……何よりだ。お前がそのような縁を持っていたのなら、神はまだニイテを見捨ててはいない。

 テリカ、何時か我等の故郷、江東の地を得よ。あそこは親しい豪族も多い。必ずや強固な地盤となるだろう」


「うん。分かってる。必ず江東の地に我がニイテ家の旗を立てる。だって、アタシは江東の虎と言われた父上の娘ですもの」


「ああ、そうだな。それでこそ我が娘だ。皆の者、ニイテ家を頼む。親の贔屓目を抜きにしても、娘二人は英雄の気質を備えている。お前たちが支えてくれれば必ずや大業を成せよう。これから我がニイテ家を多くの苦難が襲うだろう。しかし、今を支えてくれたのならば、我等は決して忘れぬ」


「このメント、生涯閣下に仕えるつもりでした。閣下がそうせよと言うのならば、何を置いてでもそう致しましょう。……ジャコは声を出せないようですが、同じ想いに違いありません。頷いております」


「そう、か。お前たちは、白虹の剣に勝る我が宝だ。……もう、思い残すことは無い……」


 それがケイ帝国最強と言われた将軍フォウティ最後の言葉だった。

 

 この後テリカを長とした軍は大きな損害を出さずに領土へ退却。

 しかしフォウティを悩ませていた食料と金銭の問題を解決出来るはずもなく、テリカは大いに悩む事になる。

 結局配下達を飢えさせない為テリカは、マリオ・ウェリアの配下となるのを決意。

 テリカを迎えた時マリオ・ウェリアはフォウティ・ニイテという英雄の死を嘆き、涙さえ見せたと民は言う。

 それを見て、テリカ・ニイテも又『父の如き頼りになる方を得た』と言って涙した、とも。

 この事件によりマリオ家の勢力は増大。

 ニイテ家の力も使って逆らう勢力を次々に叩き潰し、領土を安定させていった。

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