カルマとザンザの出会い4

 グレースに呼び出されてから二週間が経っている。

 今私は自軍の二倍、いやもっと強力な敵に包囲された状態だ。

 しかも食料が乏しい。

 世界一商品説明が上手いと呼ばれたリンゴのオジサンは言った。

『人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるような酷い事も起こる。だけど、信念を放り投げちゃいけない』って。


 今の私ならはっきりと言える。

 あのカリスマは平和ボケしたお坊ちゃんだ。

 レンガで頭をぶん殴られたら死ぬ。相手が殺意持ってないのが無意識の前提である甘くぬるいお育ちでないと、そんな言葉は出てこない。

 その時として起こる酷い事によって死にそうな私の前に出て来いよ。突っ込ませてやんよ矢の雨に。


 全てはザンザの所為である。

 奴と別れる直前グレースが皆の前に立ち、あのアイドルプロモーター野郎から受け取った命令を読み上げたのだ。

 意訳すれば、

『コルノ党による混乱を知った獣人どもが攻め下って来た。お前たちにこいつらの足止めを命じる。殲滅せよとは言わん。長きに渡って獣人達を相手にしてきた経験を見せよ』

 という内容だった。


 つい先日無茶な戦いを強いたザンザが、足止めで良いと言う。

 誰もがとんでもなく不利な状況を押し付けられているのでは? という非常に嫌な疑いを持ったはずだ。

 トーク姉妹も同じように感じていたのは間違いない。

 だが上官命令だ。断れば敗北主義者となる。

 

 という訳でコルノ党と戦うために渡った黄河を又越えて、一週間以上かけて獣人との国境線付近まで行き獣人達の軍を探し回ったのさ。

 そうしたら遠方にでっかい土煙がみえるじゃないですか。

 どう見ても五千以上の騎馬がいた。

 一万は居なかったと思うけど……絶望という意味では一緒だ。

 斥候! 偵察薄いよ、何やってんの!! こんな風に突然出会わない為のあんた達だろう! である。


 こっちも五千は居るが四千が歩兵。

 ヒットアンドアウェイされれば絶望的だ。

 当然走って逃げたくなったが、私を含め誰も逃げなかった。

 何故ならここに来る途中で何度も言われたのだ。


 獣人相手に個別で逃げるのは極まったアホ。

 相手は騎兵、必ず追い付かれ下手したら遊んで殺される。

 逃げる位だったら自害した方がマシだぞ? と。

 幾らか盛ってるとは思う。しかし説得力はあった。

 相手が同数以上なら馬相手に逃げ切れる要素は無い。


 あの時点での対戦ダイアグラムは11:-1だったと私は計算している。

 総兵数で負けた時点で9:1なのに、更に相手が全部騎兵なので2下がってるという意味だ。

 ゲームなら台パン……は我慢して素直に席を立ち、後で友達に愚痴って笑いを取ればいい。

 しかし私は人生の席を立つ羽目になりそう。

 なんでこんな忘れてた事思い出してんだ? もしかして走馬灯的な理屈で……。いや、違う。私に余裕がある証拠なんだそう思え。


 それで全員で怯えていると、グレースからの命令が伝えられた。

 近くにある川まで走り川を背にして布陣すると。

 その際、荷馬車に積んである兵糧の殆どは投げ捨てる。

 これもグレースの指令だ。

 えっ、飯は!? と思ったが一人でどうにか出来る訳も無く、それぞれが手で運べる分だけを持って逃げ出した。


 グレースが下した判断の意味は直ぐに判明した。

 獣人がこっちを無視して兵糧の方へ走って行く。

 しかも食料を巡って争っている。


 これは後で教えてもらったのだが、獣人相手に逃げきれないと思った時は食料を置いて逃げるのが上策なのですと。

 獣人の目的はまず食料。

 食料さえ手に入ればこっちを無視して去る事もあるらしい。


 さて、彼らが食料を奪い合ってる間に私たちは必死になって木を切り倒し、川を背にした急造陣地を作成。

 そしてこの時、老いも若きも男も女も、カルマも私も全員の想いは一致していたと確信している。

 つまり『お願いだからその食い物を持って帰ってくれ』である。


 が、駄目。

 獣人達は食料だけじゃなく、ついでに武器やもしかしたら私たちの服とかも欲しい様子。

 今それを確信し、皆で真っ青になってる所だ。

 獣人達の毛の色は……草原族と、灰色の雲族か。

 草原族の中にオウランさん達が居る可能性はまずない。

 コルノの乱に乗じて草原族内での勢力を拡大させてるはずだ。

 草原族が此処に居るのは、オウランさんにとっては助かってるだろうけど……。

 ……これは、死ぬ。

 数千人にトドメを刺して、少しは人の生死に慣れたと思ったがやはり自分の番だと感じると手が、震えている……。

 

 

 次の日の早朝、全員が静かに起こされた。

 獣人達にこっちの動きを悟られない為だろう、少しでも私語をした奴には腹へ拳がプレゼントされて。

 そして全員の前にトーク姉妹が立つ。

 ……お願いしますトーク様、何とかしてください。

 

「先に言っておく。異論は受け付けないわ。死にたく無かったら言う通りに動きなさい。あたしの言う通りに動けば必ず家に帰してあげる。良いわね?」


 皆無言でうなずく。

 声を出して返事をしたやつは口を塞いだ後に殴り倒された。

 全く正しい行動だ。拍手を送りたい。

 これだけ静かにするよう指示をされて声を出すなんて、理解出来ないアホである。

 二度と無いように口を縫い合わせられればさぞ安心出来るのに。


「まず、アイラが指揮する隊は斥候役よ。獣人達が攻めてきたら一時対応も任せるわ。注意点は二つ。一日四交代して疲労を溜めないように。それと、獣人が近づいて来たら大怪我をさせないようにして射てちょうだい。絶対殺さないように。恨まれたく無いの」


「分かった。任せて」


「次、レイブン隊は半分ずつに分かれて陣の両端で釣りをして。獣人達から見えるように頼むわよ。もしも相手の斥候が来たら直ぐに合図を送って。作業を中断するわ」


「なんだ、某達だけ遊んでて良いのか? もっと働いてもよいぞ?」


「異論は受け付けないと言ったはず。帰ったら減俸ね。最後、残った人間全員で堤を作って川をせき止めるの。絶対敵に知られては駄目。レイブンからの合図があったらすぐさま陸に上がるように。ガーレ、あたしも監督するけど貴方の力と部隊が頼りだわ。無事帰れたら特に褒賞を与えるから頑張って」


「任せろ。力仕事は俺達が最も得意とするところだ。では、何時から始める?」


「これから普通に食事を取って、アイラとレイブン隊が配置についたらすぐよ」


 さて、娯楽小説なら此処から色々と問題が起こり、それを強力なリーダーシップを発揮したトーク姉妹が解決して行くところなのだが、そんな話は無い。

 足を引っ張ったり、無駄な愚痴を言いだすCスリーP0は居ないし、そんな兆候を見せた奴が居たら口を開けなくなるまで殴られただろう。

 何と言っても命が掛かっている。


 何人かは一人で脱走したようだが、実に分の悪いギャンブルだろう。

 獣人、コルノの残党、盗賊。そこらに見つかれば死ぬ。

 家に帰りつけてもトーク姉妹が無事帰れば、見せしめとして酷い目に会わされると思う。

 今まで有能だったトーク姉妹の指示に従って動いた方が良いに決まっている。


 かくして私たちは全員が一致団結して働き、四日目の夕方には堤を完成させた。

 つい先ほどまでは川の水位が変わらないように気を付けて作業していたが、今はせき止めて水位を上昇させている所だ。

 

 緊張感はとてつもなかったが、作業自体は簡単だった。

 獣人たちは数回矢を軽く射かけて来た以外こっちに来なかったのだ。

 食料を手に入れて戦意が減ったのか、あるいは魚釣りを大勢でする程に食料が無いと知り遠くから見てるだけでその内降伏すると考えたのか。

 どっちにせよ確認をしなかったというのは頭が悪いと思う。

 こちらとしては助かったが……。

 

 ちなみにガーレ隊の働きは正に獅子奮迅だった。

 統率の取れた働きは効率が違う。

 私も一応高耳なわけで体力的に其処らの兵よりある筈だったのに、彼らの一兵卒にも劣る程度しか戦力になっていないだろう。

 腕が上がらなくなるまで頑張ったんですけどね……。

 最後にグレースが堤を確認し、皆を集めた。


「皆、良くやってくれた。では今から軽く食事をした後直ぐに寝なさい。アイラ、見張りは任せたわよ。夜になって堤の下流が渡れるほど浅くなったら皆を静かに起こして。皆も起きた後絶対に声を出しては駄目。良いわね?」


 皆黙ってうなずく。

 声を出すやつは流石に居なかった。

 そして深夜、私たちは重い武器は捨て、浅くなった川を歩いて渡り逃げ出した。

 私は見てないが次の日の朝、獣人たちが居なくなったのに気付いて追撃しようとした所で騎馬兵が堤を壊し、川を氾濫させて時間を稼いでくれたそうだ。


 お陰でトーク軍に大きな損害は無し。

 作業中に射かけられた矢で数十名が怪我をしたくらいだ。

 私自身に至っては酷い筋肉痛と空腹による吐き気以外は健康そのもの。


 獣人たちはあの後引き上げたらしい。

 食料と幾らかの武器を手に入れた以上、最低限の満足は得られたのだろう。

 トーク姉妹としても、ザンザからの無茶振りをほぼ損害を出さずに達成した形になる。

 敬服したとしか言いようがない。


 獣人と戦うのに慣れているのは知っていたが、あんな絶体絶命の状況を冷静に対処し切るなんて……。

 トーク姉妹にはやはり歴史に名を遺す偉人の地力在り。そう感じさせられた。

 現在これ以上無い程全力で人生の峠を攻めており、コーナーを曲がり切れずに崖下へDIEブしそうな気配を漂わせてるが。


 しかも下手したら最悪の董卓コース。

 1800年後には訳分からんヒゲデブ不細工オッサンにされた挙句、色んなお話しでボッコボコにされかねない。

 決め台詞は『酒池肉林じゃあ!』である。別人の悪い逸話まで加えられちゃうのだ。

 まぁ今は素直に二人を尊敬し、感謝しよう。

 お陰で生きて帰ってこれたのだから。


 結局これがコルノの乱におけるトーク家最後の大きな戦いとなった。

 総括すると私にとってコルノの乱は非常に満足な事件だったと言える。

 四か月以上の間人を殺し続けて平和ボケを殆ど解消出来たし、ザンザとトーク家の接触もあった。

 現状でも既に領地の取り合いが発生しそうだと聞いてるのに、これでザンザが何かやらかせばケイ帝国は完全な戦国乱世となるだろう。


 そうなれば、少しずつ少しずつ……。

 クフッ……クフフッ、クククククククククハハハハ。


 おっと、いかんいかん。確定してない物事を決まったかのように考えてた。

 現実だけを受け取り、処理する。そんな岩のような冷静さの元に行動しなければ。

 十歳だったリディアの爪の垢を煎じて飲んでおけば良かった。

 ……そんな事したら、ティトゥス様にブッコロされてたろうけど。

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