ある日のリディア2

 意気盛んなアグラ殿と六博りくはくを始めて二時間。

 六回か。アグラ殿は実にせっかちな方であるな。

 一時間で一回が普通な

「どおおおおおおおおいううううう事じゃあああああこれええええ!!!」

「どおおおおおおおおいううううう事だぁあああああこれはあああ!!!」


「おお、お二人ともどうなされた」


「なぜそんなに賽の目が良いのだ! おかしいであろうが!! ビビアナ様よりも良い目が出るなんて絶対に何かしてるとしか思えん!」


「十八の目が出て欲しい時に、合わせて十八回出たぞよ! 全部じゃ! このような事、聞いた記憶がないわぁ!」


「何処に仕掛けがあるのだ! ここかっ!? ここかぁ?!」


 おや盤を、机と椅子もひっくり返しておられる。

 机の下に人がいる訳もあるまいに。如何なる思考なのか想像さえし難い。

 数十問ほど問わせて頂きたく感じる。思考法を是非考察したい。


「ウェリア閣下、どうなされたのですか? お声が屋敷の中まで聞こえましたぞ」


 ホウデ殿か。

 ビビアナ殿の筆頭軍師にして、真面目過ぎて遠ざけられがちとして有名な女傑。

 縛らず伸ばされている髪も真っすぐ。

 ウェリア家では髪型と己の性格を合わせろ。とでも命ぜられているのだろうか。


「あっ! ホウデ! 良い所に! 妾と五分であるお主ならこの小娘に勝てるであろう! ウェリア家の名誉を守るのじゃ!」


 失敬な。

 近頃は背も伸び、胸も重くなってきたというのに小娘とは。ビビアナ殿に比べれば小さいが。

 ……改めて見ると実に大きい。

 剣をお使いになると聞くが、非常に邪魔となるように見える。

 ふぅむ。いかように振るわれるのであろう。


「小娘? ……ぁ、リディア様? ……しかも六博。あの、ウェリア閣下、もしやリディア様に賽を振らせたのでは?」


「そなたまでか! 当たり前ではないか。それよりも早く席に着くがよい」


「お断り致す。天から星でも落ちぬ限り勝てません」


「はっ? お主それでも誇り高きウェリア家の筆頭軍師か! 逃げては恥ぞ」


「ウェリア閣下……どうしてご存じないのですか。リディア様が賽を操れるのは王宮で有名ですぞ? 彼女と六博をする際には賽を振る人間を置くという規則まで産まれております。それでさえ彼女に対して勝ち越せた者が居ないので、彼女と六博をして勝とうと考える者は最早おりません。よいですか? 領主たる者常に周囲の人々に目を向け情報をお集めなさいませ。ソン曰く、敵を知り、己を知れば……」


「ぬぁああああ! このような時に説教などするなホウデ! 賽を操るじゃと? この十八面ある賽でそんな真似出来る訳がない。子供の妄想では無いのじゃぞ」


 やはりご存じなかったのか。


「ビビアナ殿、ご覧あれ」


 賽を振って見せる。1から順番に18まで。


「お、お、おぬし、卑怯であろう!?」


「ゆえに私は始まる前に賽を自分で振るのか? とお聞きしたのです。加えてビビアナ殿が全力で来いと仰ったので」


 王宮で何度かビビアナ殿が休憩の時間に六博をしていた故、私の話を知っているとばかり。

 こういった可能性を考えていないのが、私の若さか。

 省みらなければ。


「む、むむぅ……そなたどうやって賽の目を自在に出してるのじゃ? どんな卑怯な手を使っておるのか興味がある」


「卑怯、と申されても。賽の同じ面を下に置き、同じ高さから同じ力で振る。そうすれば同じ目がでましょう? 今日は屋外なため風で少しずれましたが」


 不思議な事に良く聞かれる。

 当然の話であろうに。

 おや……やはり皆のように奇妙な顔をなされる。


「そうしようとしても、その時の心持ちや諸々で差が出ようぞ。……まて。リディア殿、感情という物をご存知か?」


「勿論です。私ほど感情豊かに生きてる者も少ないでしょう。毎日が……そう、心弾む絢爛の日々と言いましたか? そのような感じです」


 詰まらない時も勿論あるが、興味深い出来事も多い良い日々を送っている。

 変な質問をされたものだ。


「その平坦な口調で言われても困るのぅ……いや、それはどうでも良いのだが、これで終わってはウェリア家の名折れ……ぬぬぬぅ」


 ほぅ、まだお付き合い頂けるのか、ならばちょうど良い。


「ではビビアナ殿、剣にて一手ご指南頂きたく」


 更に言えば、その後胸が痛くないのかもお聞きしたい。

 が、流石に非礼であろう。

 残念だが諦めるしかあるまい。


「うぬぅ……しかし、妾はもう四十近いのじゃぞ。十四歳相手に剣は……」


「故にご指南と申し上げたのです。一応の防具も付けてお願いしたい。それに少しは体を動かしたいと思っております。不都合は御座いますまい?」


「確かにの。妾もリディア殿がどのように剣を使うか興味がある。良かろう、鍛錬場はこちらじゃ」


 さて、木剣で向かい合ってる訳だが。

 隙が無い。

 良い師をお持ちのようだな。流石ウェリア家の当主。

 これは私より強いように見受けられる。


「では、行くぞよリディア殿!」


 大胆な踏み込み。

 から右の切り降ろし。

 体を引けば何とかかわせるか。


 む、体勢を整えるのが早い。

 突いてくる。

 これは横に動けばかわせる。


「ふっ!」


 かわしざま横に薙ぐ。が、受け止められてしまった。

 やはり技術と力で負けているな。

 どうしたものやら。


「良いぞビビアナ様! 勝ってるぞ!」

「ビビアナ様、後は冷静に動くだけですよ!」

「閣下、是非私の恨みを!」


 うむ。孤立無援。

 所でホウデ殿の恨みとは一体なんであろうか。

 満足に会話をした記憶もないのに。


「うむっ。やるとなればウェリア家の者が負ける訳には行かぬからの!」


 再び右から、しかし先程より大振りになっている……ふむ。

 下がる。

 眼前を剣が通り過ぎた。

 良い風だ。

 おや、大きく横に剣を引いた。

 あれでは薙ぎしか出せまいに。


「こ、この! 逃げてばっかりで情けないと思わぬのか! 攻めて来ぬか!」


 攻めては直ぐに負けてしまう。

 やはり動作が少しずつ大きくなっておられる。

 ふーむ……ビビアナ殿の性格が出ているのか。

 右に引き、左に。

 真後ろ。

 おや、大上段とな。

 体を横にして避け、剣をビビアナ殿の前に置く。


 ドフッ!

「…………っ!!!!!」


 あ。

 ビビアナ殿の勢いが、予想をこえて……。

 手を打っては骨を痛めかねぬと思ったが、これは苦しかろう。

 そもそも勝ってしまっては不味かったか?

 私も熱くなってしまったようだ。


「「「ビビアナ様! 大丈夫ですか!?」」」


「うぐっ……ど、どうして負けたのじゃ! 技でも力でも妾の方が上であったのに!?」


 おお。お元気だ。重畳至極。


「冷静さが違いました。剣が目の前を通ろうが瞬きもしないとは。ぐぬぬぬ……、この若さで智において名を馳せているのに、剣までなんて……」


 む、四人で落ち込んでしまった。

 家格で劣る若輩者を相手に、逆上せず負けを認めるとは立派な。

 と申し上げても嬉しくなかろうなぁ。

 さて、どう慰めるべきか……。

 ここは、冗談であろう。


「ビビアナ殿」


「なんじゃリディア殿。妾をわらうつもりかや?」


「とんでもない。私のような者に負けて怒りを示さぬビビアナ殿に感服しております。付け加えますと、貴方様はしょうの将になるお方、少々しょうしょうの剣の腕を気にしてもしょうがないでしょう?」


 ……何故皆黙られる?


「…………のお、リディア殿、それは冗談のつもりかえ?」


「はい。我が才の全てを使って考えました。会心の出来です」


 うぬぅむ?

 抱腹絶倒間違い無しと確信を抱いていたのに、四人ともこちらをボケっと見ておられる。


「……オホンっ! リディア殿、そなたも貴族なら、下手……いや、冗談などではなく詩によって喜びを表してはどうじゃ? このビビアナ・ウェリアに勝ったのじゃぞ」


「詩」


 もっともだ。

 ……よし。

 浮かんだ。


「粗忽な我が 陽の如く輝くウェリア家にて 才を見せびらかす愚を犯せしも 大地の如く許されし 夏の一日」


「……のぅ、それが、詩かの?」


「勿論ですとも。ふむ。大地よりは黄河の方がお好みですか?」


「そーではなく! それは単なる事実を言ってるだけじゃ。しかも嫌味を言ってるように感じるぞよ? もっと情感とか! 風雅さとか! 色々あるじゃろ?」


「嫌味の意は欠片も無く、情感に溢れた物と感じておりますが……」


 中々の出来ではなかろうか。

 なのに皆奇妙な顔をしておられる。

 む、安心している? 何故?


「リディア・バルカにも傷はあるということかのぉ……。そなた、イルヘルミから出仕を迫られて困っていると聞いたが本当か?」


 突然である。

 全く繋がりが分からぬ。

 とは言え特に困るような問いかけでも無い。


「はい。今のところどなたの配下にもなる気はありませんので、困惑しております」


「ならばそなたが詩を書いて送れば誘いが来なくなるかもしれぬぞ? あやつは詩狂いの一面がある。しかしそなたの下……そなたとは詩の趣味が合わぬ故、近くに置きたくなくなるかもしれぬ」


 なんと。


「そのような妙計が。考えてみます」


「あ、待て、待ってくりゃれ。先ほどの言は忘れて欲しい。あの哀れな黒髪娘だと、下手をすれば詩を侮辱したと怒りかねぬ。害があっては申し訳ないのじゃ」


 おや、とするとイルヘルミ殿から害を加えられるところだったか。


「なんと。ビビアナ殿、今私は実行に移すところでした。ビビアナ殿が謀ったとしたら、私は負けている。教訓を頂き感謝いたします」


「別に謀った訳では無いのじゃが……ま、まぁ、褒めて貰えて光栄じゃ……」


「私の知り合いに居る庶人と全く同じ反応をなさる。大貴族と庶人が同じ反応とは……奇妙な話です」


「庶人と同じにされては普通なら不快じゃが、そなたを相手にしては誰でも同じ思いを持つ時が来ると思うぞよ……」


「そうなのですか。奇妙な話もあったもの。……ああ、夕暮れ時となってしまいました。名残惜しくありますが、私はこれにて失礼致しますビビアナ殿」


「そ、そうであるか。気を付けて帰られよ」


 ビビアナ殿とあまり意見交換が出来なかったのは不満であるが、思ったより楽しい訪問であったな。

 謎も解けた。まさか専用の服で胸の動きを抑えるとは……。

 覚えておこう。私も同年代の者よりは豊満。将来あれが欲しくなるかもしれん。


 何よりビビアナ殿について多くを知る事が出来た。

 流石大貴族の当主、器は決して小さくない。

 多くの臣下から意見を聞く度量もある。

 しかし―――感情的で優柔不断な所を感じた。


 ……世は更に不穏な気配を増しつつある。

 私も何時かは主君を選ぶ。主持ちは良い。

 忠義を尽くし勝てば最良。負けた時も死ぬのは主君。臣下には数多の選択があるのだから。

 際立って強いビビアナ殿は非常に有力な候補なれど……今二つ懸念を感じる。

 広大な領土を持てば当然だが、配下の勢力争いがあると聞く。ビビアナ殿のご性格なら臣下が纏まらねば判断が遅れ、徹底を欠いた物となりかねん。

 何より剣で負けた時、一瞬だが私への嫉妬と不快の念が瞳にあった。

 遊戯同然の稽古であのように思われるのでは、生死のかかる場で力を尽くし難い。

 臣下として弁えねばならぬのは分かる。とは言え今少し妬心の無い方を望みたい。


 その点ではイルヘルミ・ローエン。調べた限り配下に力の全てを出させようと、細やかな気配りをしている。

 一族の為ならば不快な女に奉仕するのも良かろう。しかし立脚の地がビビアナ、マリオの両ウェリア家に挟まれている。

 己の力を越えた何かが無ければ必滅の主君など沙汰の限りよ。

 但しビビアナ殿の配下となってくれれば、丁度良い盾になる有難い主君か。その時は辞を低くし、食に事欠く娼婦のように赴くとしよう。

  

 やはり勝者が分かるまで主君を決めず、隠れて過ごせれば最良である。

 されど世の流れが許すまい。世が乱れれば日和見を敵と判断するは常道の内。それが貴族となれば当然族滅も考えるはず。私も余裕があれば族滅しよう。かの光武王のように美しく成果は出せん。


 中々に難しい世となった。だが我がバルカ家は遺る。

 ―――何を行おうとも。



******

 光武王

 一度滅んだケイを復活させた二百年ほど前の英雄。美貌と強さと叡智と度胸と度量と庶民臭さと自分の為に利益を放り投げる臣下を無数に持っていたという伝説を遺す。

 余りの完全無欠さに、二千年後には実在せず小説による創作の人物ではないかと噂される事になる。

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