名声を投げ捨てるアイラ

 話してる内に下ごしらえが済んだので、アイラへ鍛錬を始めようと声を掛ける。

 職場の先輩に聞いた所、倉庫の人間も兵糧の管理などで戦場に連れていかれる事がある。

 その時もし戦う羽目になっても生き残れるよう、類まれな強さを持った人と知り合えた幸運を活用したい。

 そう気合を入れ、アイラの家にいっぱいある訓練用装備から選んだ物を手に庭へ。

 だが気合満ち満ちた私を見た先生は、唖然としたお顔。

 え、何か変?


「……何それ? なんで長柄の武器じゃないの?」


「それは、私としては生き残れるようになりたい訳でして。なら近衛の方と同じ片手に盾、片手に剣が一番かなと……。加えて長柄が基本なのは、馬に乗っても戦えるように、ですよね? でも私は馬上だと石を投げるか逃げるかのつもりなので……」


「……」


 なんか凄く考え込んでいる。

 尻尾もブンブン振られてる。尻尾は関係ないね。


「いい、と、思う。……戦わない方が良さそうだし」


「あ、やっぱりそうですか?」


「うん。高耳にしては弱い」


 うっ。美少女に弱いなんて言われるとやっぱり悲しい。

 仕方ないんだけどね、殴り合いなんて中学校までしかしてないし。

 ええもん……中途半端に心得があるのが一番危険って色んな作品で言ってたもん……。

 それにしても、構えただけでモロバレなんですね……。頑張って相手が警戒してくれるようにならないとな。


「ではご指導をお願いします」


「基本の動きから教える。家でも練習して」


 という事で、基本の型を教わる。

 教えを受けた感想としては、言葉は少ないけど良い師匠を得たと思う。

 将来的に組手をして貰いあそこまでの強さを実体験すれば、いざという時敵にビビるという事態も避けられるだろう。

 何時も達人とやってたから、敵の動きが遅く見える……。

 的なのを期待したい。


 三十分の鍛錬が終わり丁度良い運動だった。と、濡れた手拭いで体を拭いているとアイラが庭の隅っこへ。

 どうしたんだろうと見ていると、

「フィオ」


「はぅあ! ア、アイラ殿……奇遇っスね」


 また来てたのか。

 怖いなこいつ……権力があってしつこい。本当に不味い奴と知り合いになってしまった。


「そ、それよりも、やはりあやつは危険人物じゃないっスか! アイラ殿の前で服をはだけるなど、不埒な事をしようとしているに違い無いっス」


「……そろそろ怒るよ」


「ひぅっ!? で、でもアイラ殿、男は」


「次に来たら……暫く話さないから」


「そ、そんな! 小職はアイラ殿を想って!」


 体を抱えて外に連れて行ってくれた。

 アイラも大変だな、あんなのに纏わりつかれて。

 残念な事に他人事じゃない。本当関わりたくない。

 貴族に覚悟決めて嫌われたら此処に居られなくなる訳で。考えれば考えるほど不味いな。対処出来ん。


「有難うございますアイラ様。私の所為で面倒をおかけしてしまい申し訳ありません」


「ううん。来てくれたダンに失礼なフィオが悪い」


「いえ、下級官吏の私より、貴族のウダイ様を大事にするのが普通だと思います。なのに気遣って下さり感謝しております」


「……僕はハグレだけど獣人だからね。獣人に貴族は関係ない」


 そーでもないと思う。

 貴族=力を持っているだから、獣人だろうが配慮しないと不味い。

 まぁ、この人の人生観だとそうなのだろう。


「そうですか……何にしても出来るだけ彼女の目に触れないようにします」


「フィオが何かしたら言って。怒るから」


 何!


「ほ、本当ですか!? アイラ様、お願いしてもよろしいので?」


「うん。フィオが悪ければ」


「勿論私も身を慎みますとも。アイラ様の好意を踏みにじったりはしません」


 た、助かった……命綱を頂戴出来た。ひゅー、面倒が即日で解決したぜ。

 この子可愛く、優しく、強いのか。

 これだけ揃えば敵は居ないな。


「本当に助かりました。では、出来るだけ早く夕食を作りますね。お部屋でお待ちください」


「うん。……頑張ってね」


 いいですとも!

 パワーを天ぷらにそそぐべく私は頑張る。

 努力は報われ、天ぷらはアイラを喜ばせてくれた。

 有難う、過去の料理人の皆さん……この世界が過去なのか未来なのかも分からないけど。


 とにかく良かった。一安心である。

 さーて、聞きたかった事は大体聞けたが、せっかく持って来たのでお茶をお出ししましょう。


「これも美味しい……」


「ええ、良い味ですね。草原族の人達が作ったお茶で、今十官の方々も飲んでいるそうですよ」


 うむ。ゆっくり飲む様が可愛い。

 そんな少女と差し向かいだというのにこの落ち着き……我ながら悟り世代と言われるだけはある。

 後は適当な雑談を……あ、

 

「もしかしたら不快に感じられるかもしれませんが、名声を気にしないのならお金を多く貰えるかもしれない手だてを思いつきました。お聞きくださりますか?」


「うん……? うん。聞きたい」


「ではお耳汚しを。私が考えますに、トーク閣下のような立場の方は戦場での名声を必要とされています。そこでアイラ様が戦場でトーク閣下と同じ格好をし、顔と尻尾を隠して名前を名乗らなければ。敵の兵がトーク閣下とアイラ様を勘違いし、トーク閣下の名声に武勇が加わるかと。

 所詮勘違いですが、名声は名声なので使いようもあると思うんです。この考えをグレース様に相談し、お認めになれば名声を譲ったという事でお金を望まれてはどうでしょうか?」


 世の中大体の物はお金に換算出来るので、アイラが余り大事にしてない物を金に換えたら? という話である。

 しかし、言った後でなんだがこれ駄目では?

 完全に自分ならする事を語ってしまった。普通こんな面倒な真似、戦士の方々は嫌が……ってない?


「……戦場で顔を隠してアイラだと名乗らなければいいのかな?」


 え、本気?


「はい。アイラ様の名が全く広まらなくても良いのなら、ですけども」


「分かった。グレースに聞いてみる」


 わー……無責任な事に自分の提案を受け入れられて驚いてしまった。

 名声、つまり実績は人を集めたり色々使い道がある。何よりちやほやされたい年頃だろうにこれ一考の余地ありなのか。

 何とも珍しい人だ。


---


 数週間後、私が倉庫で真面目に備蓄米の量を調べているとアイラ様が来た。


「アイラ、様? どうなされました?」


「来て、ダン」


 と言うや腕を掴んで引っ張られる。

 優しい美少女に腕を引っ張られては逆らえない。

 というか腕力の差があり過ぎて逆らえない。


 連れて行かれた先はグレースの執務室だった。

 つまり、先日の話か。

 本当にしたのか……スゲーなこの子。

 グレースはこっちを見て意外そうな顔をしている。


「誰が吹き込んだのかと思ったら貴方だったの。で、何を吹き込んだのかしら? アイラは兜をかぶって戦うから給金を増やしてとしか言わないし。説明して欲しいと言ったら貴方を呼んだのだけど」


「あ、はい。えーと、アイラ様、先日の名声とお金の話でよろしいのですよね?」


「……うん。説明して欲しいんだ」


 はぁ、ご命令とあれば。という事で以前話した通りをグレースに説明する。


「……少し待ちなさい。考えるから」


 そう言うと、難しい顔をして黙ってしまった。

 椅子を勧める位はしてくれないかなぁ。


 十分後、考えは纏まったようでグレースは顔を上げ、

「カルマ様の武名が増すのは喜ばしいと思う。カルマ様とアイラにはどちらの手でも弓を引けるという共通点があるし、上手く行く目は十分ありそうね。良いでしょう。案を採用します。給金にかんしては後でアイラと話をするとして、貴方、いつの間に知り合いになったの? こんな考えを吹き込むなんて……」


 難しい顔をしている。

 確かに普通は言わないよねこんなの。


「知り合いは過剰な仰りようです。軍の鍛錬を見てアイラ様の武勇に憧れた私が挨拶させて頂いたのみで。その時お茶をご一緒して下さり、給金を増やしたいと聞いて思い付きを話させて頂いたのですが……まさか真面目に考えてくださっていたとは思いも寄らず」


 む、アイラがこっちを見ている。

 今の発言に何か不満があったのだろうか?


「貴方、感心するほど胡散臭いわね。それにしてもよくこんなセコイ考えを思いつくものだわ。普通の将軍なら怒るわよ?」


 グレースが私を観察してる感じがする。

 怒るような事を言って反応を確かめようとしてる?

 なんと答えた物か……。


 沈黙は金、だな。

 黙って頭を下げよう。


「はぁ……とにかく了解したわ。下がって良いわよ。アイラ、給金は少し考える時間を頂戴。どれだけ効果があるか考えてからにしたいの。でも、耳は兜の形で何とかするとして、尻尾も隠さないと駄目なのよ? 大丈夫なのかしら?」


「ん。……分かった。窮屈だけど、多分大丈夫。我慢する」


 やでやで終わったか。

 さて、仕事に戻るかね。


「僕、ダンと知り合いじゃなかったの?」


 え? うお、背後に悲しそうなお嬢さんが。

 知り合いじゃないと聞いて悲しいまでに心を開いてくれてたの?

 天ぷらの魅力が主な理由としても少々信じがたい。この年頃の私なら知り合いじゃないと言われても『ふーん』で終わりだった気がする。


「先ほどは下級官吏の私が、アイラ様を知り合いと言えば奇妙と思えましたので」


「じゃあ、知り合い?」


「アイラ様がそう思って下さるのなら嬉しく思います」


「うん。……友達に近い知り合い」


 嬉しそう。となると本当に知り合いじゃないと言われたのが悲しかったのか。

 しかも友達に近いとな。この子、友達を大切にしそうなのにハードル低くない?

 それでも知り合いが少ないようなのは、やはり異民族だからか。涙を誘う話だ。


 分かったよお嬢さん。この中身オッサン青年ダンは良い友達であるよう頑張るよ。

 自分の調べの足りなさで踏んだ、地雷貴族のフィオから守ってもらう恩もあるしね。


「有難うございますアイラ様。今後ともよろしくお願いします」

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