アイラ大好きフィオ

 本日は二回目となるアイラとのお食事会。この間に私は会話をする為の策を考え出した。

 名付けて、

 ご飯の後にお茶しばきの計

 である。

 だから今日は食材の他に柿の葉茶も用意済み。

 さて、アイラの屋敷に着いたが……。


「久しぶり。待ってたよ」


 おう、当主自らお出迎え。

 と言ってもこの家他には誰も居ないけど。


「態々のお出迎え光栄ですアイラ様。では、台所をお借りしますね」


「うん。楽しみにしてる。鍛錬は食べた後にする?」


「あー、いえ、下ごしらえが終わったらお願いします」


 ぬ? 馬車がこっちに。そして娘っ子が降りて、

「アイラ殿! お会いできて良かったっス。一緒に食事をしませんか? 良い店を見つけたっ……ス? アイラ殿、こちらの者は?」


 良い服着てるな……貴族か。

 めっちゃ長い髪を、先っぽだけ縛ってたらしてるな……貴族か。

 偏見ではない。

 長い髪なんて農作業に邪魔だし綺麗に保つのは大変だしで貴族しか出来ない。高貴さの象徴でもあり、カエルの毒々しい派手な色と同じ効果を持っている。

 アイラへさっきみたいに親し気に話しかけてた、という事は……こいつがフィオ・ウダイか?

 あ、まずいまずい。

 貴族相手には頭を下げないと。


「この人はダン。これから食事を作って貰うんだ」


 アイラ様から紹介して貰ったし、そろそろ頭を上げても良いかな……む、この娘っ子、凄まじく疑わしそう。

 泥棒を見る眼つきだ。間違いない。


「高耳……平民……。そなた、ダンと言ったスか。何故アイラ殿へ食事を作ろうなどとするっス」


 小娘め、尋問か?

 極力正直に答えるので見逃してください。


「以前軍の訓練を見学した際に、アイラ様の強さを見て憧れを持ち、見知りおき頂きたいと思いまして」


「高耳のそなたが、獣人のアイラ殿に? 騙そうとしているとしか思えないっス」


「全く下心が無いとは言えません。私は高耳としては戦うのが不得手、何かあった時にアイラ様を頼れれば、とは思っております。勿論アイラ様の顔に泥を塗らぬように身を慎む所存です」


「聞きましたか! こやつはアイラ殿を利用する気ですぞ! それに食事を作ると言いますが毒を盛られれば如何いかんとするっス! こういう特徴の無い男が暗殺者として送られてきやすいのですぞ!」


「平気だよフィオ。毒はすぐわかるもん。鼻と舌の良さならどんな獣人にも負けない自信があるし。それに美味しいご飯を貰ったら助けるのは当然だよ?」


「ぬぐぁあああああぁぁぁ……。そなたアイラ殿が食事に弱いと知って……何と卑劣なっ! 大体こいつは男っスよ! アイラ殿のような美しい女子は気を付けなければなりません。無理やり手籠めにされたらどうするっス」


 無理……やり?


「……? 僕、ダンより強いよ?」


 無理やりは無理やろ。

 うむ。良いダジャレ。そして現実だね。

 鍛えられた男三人を、軽く叩き伏せる超人相手に手籠めなんて不可能だから。ネックスプリングだけで私吹き飛んじゃう。

 一応パンピーだと女性が気を付けるべきは当てはまる。こちらでも筋肉的には男の方が強く、兵士は男性が多い。それでも二割は女性が居てビビったけど。

 一方高耳で平均値を計ると女性の方が強い位らしい。

 どうも力って言われてるのは生命力っぽいし、女性の方が強くて当然だと私は思う。

 女性は生物としてかなり男性より優れている。日本に居たころも女性は基本風邪の治りが早くてマジ羨ましかった。

 なーにがか弱いだ。守って欲しいのはこっちの方じゃい。平均寿命表を見て考えて欲しい。


 さて、私が無意味な思い出に浸る間も、目の前で微妙に不毛な感ある私の処遇に関しての会話が成されてる訳で。このままでは埒があかんね。

 私からアイラに提案しますか。


「アイラ様、こちらの方がお食事に誘っておられるようですし、私は明日にでも出直しましょうか?」


「お、そなた身の程を弁えてるっスね。であれば、小職の居る所ではアイラ殿と話すのを認めてやっても」「それは駄目。ダンと先に約束したのだから。約束は守らないと」


「そ、そんなぁ……アイラ殿、こやつは平民ですし、そのように気を使わなくても……」


 当然の意見だね。

 私もそう考えて引こうとした訳で。


「僕獣人。貴族とか関係ない。フィオも一緒に食べる? ダンの料理は美味しいんだよ」


 ゲ。

 それは不味い。

 うわ、フィオが迷ってる。これは口を挟まないと。


「申し訳ありませんが、私はアイラ様以外の方に食事を作る気にはなれません。どうかお許しください」


 これで強制されたら……天ぷらは止めて適当に其処らへんにあるような料理を作るか。


「え……フィオは良い子なんだけど……。だめ?」


 うっすらと、しかし、はっきりと分かる悲しみが美少女の声にこもっている。

 でも大丈夫。

 その程度で動揺はすれど、判断を変えるような年齢では無い。

 二十年前なら一発だったが。


「はい。ご容赦ください」


 特にこいつは嫌だ。

 天ぷらの力の前には貴族も庶民も等しく無力。感動するのは理の当然。

 そしてこいつの場合は、あっちこっちで作れと強制しかねない雰囲気を持っている。

 しかし色々考慮してアイラは行けると考えたのに、フィオという人物が想像より面倒になりそう。

 調べきれなかったなぁ。


「ふん。勿体ぶって……。アイラ殿、これこそ詐欺の常套手段スよ。本当は大した物じゃないのに、焦らして特別な物と勘違いさせるっス。騙されては駄目っスよ」


 こやつめ。若さに見合わぬ確かな見識。

 だが残念だったな。既にアイラは食べている。貴様は一月ほど遅かったのだ。ヌハハハ。


「ダンは詐欺じゃない。凄く美味しかったし。……仕方がないか。フィオ」


「あ、はい。何でしょうかアイラ殿」


「ごめんね……今日は帰って」


 え、そーなるの? 『詐欺じゃない』の時点で私十分だから、問題起こさないように帰りたいのですが。


「ア、アイラ殿?! こんな男の肩を持つっスか?」


「前から約束していたんだ。……僕は食べたいし。それに、いきなり騙そうとしてるなんて言ったフィオが悪いと思う」


「小職は、ただ心配で……フィオの話を真剣にお考え下さいアイラ殿。こやつは余りに怪しいっスよ」


「ごめんねフィオ。……又明日会おう?」


 そのままアイラは家に入れてくれたが、あの娘っ子はずっとこっちを見ていた。諦めてない、そんな感じ。うぬぅ。面倒が産まれてしまった感触。

 心配な気持ちは良く分かる。確かに私は怪しい。危険人物とも言える。

 故に私は普通の人より更に嫌われてるお貴族様とは距離を保ちたい。なので、目の前に居るお嬢さんに、

「アイラ様、正直私どのように先ほどの方へ対応したら良いか分かりません。今日中にまた様子を見に来られそうな感触も受けました。もしもの場合、お守り頂けないでしょうか」


「……そうだね、分かった」


 ぬぅ、こんな簡単に聞いてくれるとは……良い人だ。

 いや、これも天ぷらの魅力あってこそかな。


 それにしても貴族であるアイラが、家名を持たない私へこんなに配慮してくれるのは予想外。

 獣人でも貴族は貴族だと思っていた。

 やはりこっちの常識が身について無いのだろうな。

 貴族制度が元々ピンと来ないだけでなく、この国の貴族制度が私の想像する貴族制度と一緒かも分からんのだから困ったもんだ。


 などと物思いに耽りながら下ごしらえをしていると、暫くして外から声が聞こえた。


「フィオ、諦めて。見に来るから止めてって言われてるんだ」


「アイラ殿!? あやつめっ! 見透かしているとでも言いたいのか生意気なぁ」


「フィオ」


「あっ……お、怒っていらっしゃいますか」


「悪いのはフィオ。失礼だっただろ。それに食べられなくなったら僕が困るんだぞ」


「あうっ! そんな困った顔をしないで下さいっスアイラ殿ぉ~」


 あ、見張ってくれたのね。

 しかし貴族が平民に対して行った行動を失礼とな。

 自分で言っていた通り平民と貴族を分けない人なのか? 有難い。が、正直地域の常識に沿って動かないのはどーかなーと思う。

 オウランさん達もケイの支配者階級への敬意は嫌々である感じがしたし、獣人の感覚だろう……か?


「お帰りなさい。有難うございますアイラ様」


「ううん。大した事じゃないから」


「あの方、上級官僚として働いておられるウダイ様ですよね? とても仲が良いようですが、どういった経緯でお知り合いに?」


「二年前、フィオが盗賊に襲われてるのを助けたの。そして一年前ここに来て命の恩人だって。それから友達になった」


 命の恩人、ねぇ……。

 差別されてる獣人相手に恩を返そうとする所を見るに、律儀な人なのだろう。

 怪しい人物である私を遠ざけようとするのも、恩返しの一貫かな。


「アイラ様の立派な行いが良い縁を運んだわけですか。その盗賊から助けたというのは旅でもしていた時なんですか?」


「ううん。軍務で領地を見回ってた時だよ」


「そんな若い頃から軍人として働いていたんですね……。宜しければどうして此処で働くようになったのか教えて頂けませんか? 獣人の方がケイの将軍になるのは滅多に聞かない話です」


「……火族に居たのだけど、毛が白いからあまり食事貰えなかった。だから自分で獲ってたな……。そうしたらテイが来て養子にしてくれたんだ。テイは死んじゃったけど、死ぬ時カルマを助けて欲しいって言ったから此処に居る」


 良く分からん。

 ので、下ごしらえをしながら詳しく聞くと……。


 産まれたのは獣人達の部族でも一番東に住んでる毛が真っ赤な火族。

 毛の色が違う為にかなり孤独だったようだ。

 食いしんぼ……食事が大好きなのも、まだはっきりと残ってるであろう昔食事を貰えなかった記憶による反動かもしれない。

 ついでに言えば、微妙に会話が下手なのもあまり多くの人間と会話してこなかったからじゃなかろうか。

 と推測した。真実は当然分からぬ。私は不吉を運ぶ蝶ネクタイ小僧では無い。


 其処へカルマの将軍だったテイ・ガンという人が来て、養子にならないかと誘われ、アイラは快諾。

 で、こっちに来たのが六年前。成程と思ったね。貴族として、ケイ人としての教育をあまり受けれてないのだな。

 そして二年前テイ・ガンが死にアイラ以外に子供が居なかったので、ガン家を継ぐ。

 教育を受けてないのだから空気を読めない子だったろうし、何より獣人となれば十文字に掟破りであったはずの継承を可能にしたのは……考えるまでもなく腕力だな。

 その際遺言としてカルマを助けて欲しいと言われたから、最低でもテイ・ガンが世話してくれた年数分、つまり後二年は此処でカルマの為に働こうと思ってるとの事。

 うーむ……この子、めっさ良い子なのでは?


「二年後には此処を出て行くつもりなのですか?」


「分からない。でも居ると思う。カルマとグレースは友達だからね」


 友達、ね。

 忠義という文字自体知りそうもないが、その分心から助けようとしてるように思える。

 ……この人は子供的を超えて何もかもが動物的だな。

 純粋で、力強い。憧れる物を感じる。

 私には決して不可能なだけに。


「トーク様もアイラ様を心強く思っているでしょうね。所で……アイラ様は名声や地位を欲しがらないと聞きました。何か理由が? 軍で働く方はどなたもその二つを求めて戦うと聞きますのに」


「名声は良く分からないし。それよりお金が足りなくて……」


「お金、ですか。特に使われてないようですが、どうしてまた……」


 あ、ずっと聞きたかったからって踏み込み過ぎた。

 気にしない人だとは思うけど……。


「馬達がいっぱい食べるんだ」


「えーと、飼っておられる馬の為にお金が必要だと?」


「うん」

 

 えええええ……馬って将軍の給料が吹っ飛ぶ位お金が……かかるかもしれんな。

 待てよ……達?


「何頭馬を飼ってるんですか?」


「五頭」


「ど、どうして五頭も?」


 チームレースにでも出すの?


「好きだから」


 頭が痛い。

 しかもこの人はめっちゃ食べるし、どうせ全て外食だろ?

 あれだ、この子野生では良かったかもしれないが街中では生活力皆無です。

 餌代だけじゃなくて、馬の代金その物も掛かっただろうし……。

 いかん、人の私生活に口出ししてしまいそう……自重しろ私。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る